【プリコネ二次創作】クロエ勤労日誌番外/森の虜囚とエルフの小夜曲 作:神田徳一郎
牧場から一人の少女が消え失せた頃。
「──シッ!」
クロエは猿の魔物の喉笛を切り裂いていた。
鮮血が噴き出し、土をどす黒く汚す。鼻が曲がりそうな悪臭が漂い出して、クロエは顔を顰めた。
普段魔物を討伐した時の、血や獣臭さの入り混じった臭いとも違う、とにかく不愉快になる臭い。
この森に起きている異常に改めて思いを致し、頭がくらくらした。
「あー、マジしんど……。──ほらユウキ、いつまで寝てんの」
地面にぶっ倒れていた男子の腕を取って起こしてやる。魔物の攻撃を躱そうとして足を滑らせていたのだった。
結果的に隙が生まれ、何とか最後の一匹を狩ることが出来たのだが。
「ありがとう」
そう言うとユウキは魔物の死体に向かって歩み出す。転んだことなど気にもしていないようだったが、クロエは頬に走った赤い筋を見逃さなかった。猿の投石がかすっていたのか。
「ちょい待ち。あんた怪我してンじゃん……今バンソーコー貼ったげっから、そこで起立」
弟たちと違い、ユウキは聞き分けが良かった。腰の鞄からポーションの小瓶と絆創膏を取り出して、傷口に薬液をかける。少し沁みたようで身震いをした。綺麗なタオルで拭いてやり、絆創膏を貼り付けた。
「っし、これでおけ」
「ごめんね、クロエちゃん」
「いいよ、こんぐらい。……まあでも、魔物の攻撃を無理に受けようとすんのはやめとき。あいつら目ぇ血走ってたし、明らかあんたじゃ受け切れないっしょ。無理はしないでうちに任せなよ」
「……うん」
ユウキの口からはやや不服そうな返事。
軽い調子で忠告したのも悪かったのかもしれないが、クロエの正直な意見だった。
ユウキが人を助けたがるのはまあ立派な心意気だと言えるだろうが、それはあくまで普段の生活においてであって、死と隣り合わせの場所で自身の実力を弁えずにいては危険極まりない。
ハツネたちが川の調査をしている間の見回りだけで、既に三体の魔物を斃していた。そのどれもが普段の魔物とは比べ物にならないほどに強く、堅く、狂暴だった。ユウキからの強化を受けて、一体一体に集中してようやく討伐出来たほどだった。
アオイや人夫たちが言うには、この辺りはまだ魔物が少ない区画らしいが、この先には何が待ち構えているかはわからない。魔物に取り囲まれることくらいは想定しなければならないだろう。
とはいえ。
「……んー、まぁ……なんつーか、あんま落ち込むこともないんじゃないの。うちらのどっちかが欠けてても魔物を狩れてなかっただろーしさ」
頭を掻きながらフォローを入れる。これも正直な気持ちだった。
ユウキのしょぼくれた顔が少しだけ明るくなったような気がした。
「……とにかく、」言いさして、クロエはユウキの眉間に指を突き付ける。「今はまずやれることをやるしかないっしょ」そのまま軽く押してやった。悪いことをした弟が反省した時に、こうして許してやっていた。それなりに大きくなってからはやることも少なくなったが、大きな弟のような少年を見ていて、ついやりたくなったのだった。
「うん……」つつかれた所を手で押さえて、まだどこか不機嫌そうなユウキ。
「ほら、不満そうな顔すんなし。とりま狩った魔物を持ってくぞー」
口元に優しい笑みが浮かぶのを感じる。ユウキの姉にでもなったかのような錯覚を覚えた。悪くない気分を味わいながら、なおも不満げな弟の背中を押して行く。
出立に際してミサトから渡された手袋をはめ、クロエたちは魔物の死体を抱え上げた。手が魔物に触れると、手袋から白い光が放たれ、体表から黒い粉のようなものがぱらぱらと落ちて行った。
「何かフケみたいなのが飛んでってンだけど……きったな」
「ハツネちゃんが何か言ってたような?」
「なんだっけ、『有害な魔力を無力化する魔法が掛けられてるのだー! どや☆』とか言ってたっけ」声真似でユウキが少し笑った。無反応じゃなくて良かった。「……まぁ、言われてみれば確かにそうなのかも、ってカンジね。うちは魔法の才能が無いからよくわかんないけど。あんたもわかんないっしょ?」
訊くまでもなく、首を傾げていた。
黒い粉は地面に落ちて消えて行った。由来を考えると払い落としていいものかどうか躊躇われたが、かと言って集める気にはもっとなれなかった。
ミサトの魔法に感謝しつつ、クロエとユウキは魔物の手足を持ち上げて、荷車の方へと進んで行った。
◆ ◆ ◆
荷車へと魔物の死体の運搬をすること三往復。袋詰めを終えたところで荷車付きの人夫に許可を貰い、しばしの休息を取ることにした。
クロエはユウキに棒付き飴を投げて寄越した。
ユウキの嗜好は把握していないが、【美食殿】とかいうギルドに所属するくらいだから好き嫌いもないだろうと思い、パイナップル味にした。水着の柄に選ぶくらいだし外れはすまい。
クロエも苺味の飴を取り出して口に含んだ。緊張がわずかにほぐれるのを感じる。思っていた以上に過酷な戦いの連続で、腕も脚も強張っていた。
気分転換も兼ねてククリナイフに砥石を当てる。刃こぼれこそないものの斬れ味はかなり落ちていた。岩のように強靱な毛皮、鉄のように硬い肉……この上骨まで斬ろうものなら刃の真ん中から吹き飛んでしまっていたに違いない。
「そーいやあんたの剣、研がなくて大丈夫なん? うちが研いだげてもいいけど」
クロエが言うと、ユウキは鞘から剣を取り出して「うーん」と唸りながら点検していたが、「大丈夫!」いつものサムズアップで答えた。
魔物の攻撃をいなすだけでも剣には相当の負担が掛かっているはずだと思ったが、持ち主が問題ないと言うなら、特に言うこともない。とはいえ見たこともない剣なので、せっかくなら少し見てみたいし触ってみたくもあった。
(……まあでも、うちのキャラじゃないよね、そーゆーの)
昨日のシオリの押しの強さが思い出される。自分のやりたい事のためなら多少はしたないくらいにぐいぐい迫って行くことは、まだまだ出来そうにない。
そんな事を思ううちに短剣が研ぎ終わった。日を受けて刃が輝いた。飴を舐め終わったユウキが棒を口から取り出して何やら弄んでいたが、クロエの短剣を見ると興味深そうに顔を近付けて来た。
「きれい」
「そ? あんがと。……あーほらほら、そんな近付くと危ないぞー」
「僕の剣もこれくらいピカピカになるかな?」
鞘から剣が抜かれ、クロエの前に差し出された。戦闘においてはひ弱なユウキの持つ剣にしてはずいぶんと大きいものだ。
鍔の装飾は見たことのないものだった。真ん中に菱形の青い宝石が埋め込まれており、そこを中心として左右に扇のように広がっている。黒い鍔の外側は黄色い。樋の部分を見ると地味な青色の地に宝石と同じ形の文様が三つ、小さいのが一つと大きいのが二つ、彫り込まれていた。鍔から剣を眺め渡すと、一本の剣が太陽の光のようにも見えた。儀礼用の剣だろうか。
刃はちょっと見には手入れが行き届いているようだったが、よく見ると無数の細かい
「いやあんた、何見て『大丈夫!』なんて言ったの。もーちょい武器の様子ちゃんと見ろし」
「いつもは気付くと剣がきれいになってたから……」
んなわきゃないっしょ、と突っ込みたくなったが、ユウキの周りにいる女たちの中には毎夜剣の手入れをしてくれるような奇特な人間もいるのかもしれない。ユニの言っていた、姉を名乗るサイコサスペンス女なら、あるいはそれくらいの事はやってのけるのではないだろうか。
「しゃーないな……うちがやったげるよ」
クロエはユウキから剣を受け取った。両手剣を持ち慣れないせいだろうが、重みで一瞬体勢を崩しそうになった。すぐに持ち直し、何食わぬ顔で砥石を当てる。
手入れがされていたのは確かなようで、少し研ぐだけで細かい疵は消えてなくなり、クロエの短剣と同じように綺麗な金属光沢を放つようになった。
「すごい……!」
ユウキの目は剣と同じくらいキラキラ輝いていた。弟たちでもここまで純粋な瞳にはなりそうにない。
「ぷー、いっちょ上がり。……あんたもたまには武器の手入れしとき。今度教えたげっからさ」
「僕にも出来るかな?」
「言うてそんな難しいもんでもないし、不器用なあんたでもヨユーよ。うちも昔父さんに教わっただけだしね」
「それじゃあ、今度教えて欲しい」
「ん、任しとき」そう言って剣をユウキに渡す。ユウキはもう一度しげしげと剣を眺め、丁寧に鞘に納めた。
「そんじゃま、そろそろ行くかね……」
たわいのないおしゃべりをしている内にいくらか気が軽くなったように思った。そのまま軽く伸びをして、体の緊張をほぐす。ユウキも真似をしていたが、気にせず放っておいた。
そうして二人は荷車の方へと歩き出した。
◆ ◆ ◆
人夫は荷車の牽き枠に入って腕組みをしていた。
「……すんません、遅くなりました」
決められた休憩時間にはまだ余裕があったのだが、神妙な面持ちで待たれていてはこちらが悪いように思えてしまう。
「おや、クロエ殿にユウキ殿。ご休憩はもうよろしいのですか?」
人夫の表情が柔和になった。声音から判断する限り、特に底意は無いようだった。普段門番として働いているから、何となくいかめしく見えてしまうのかもしれない。
「あー、まぁうちら助っ人なんで、あんまダラけてンのもカッコつかないよなーと思って。あんたもそう思うっしょ?」
ちらと視線を向けるとユウキはコクコク頷いた。働きたがりだから心配はしていなかった。
ユウキの間の抜けた反応のせいか、人夫の口角がいくらか上がったのが見えた。
「お二方が我々のために尽力してくださること、誠に心強う思います。……それでは、ハツネ殿たちの部隊に合流しましょうか」
そう言って人夫は深々と頭を下げた。プライドが高いのかと思ったら案外腰が低い。
ユウキは牽き枠に入り込み、人夫とともに荷車を牽き出した。クロエはその後ろに着いて、荷車の護衛をすることになっている。辺りに魔物の気配は感じられなかったが、魔物の死臭と生者の気配がまだ見ぬ魔物たちをおびき寄せるかもしれない。大きく息を吐いて気合いを入れ直す。
荷車が滑り出した。
◆ ◆ ◆
ここ、は……? 森の中?
「リマさん、マヒルさん……! え、あれ……?」
見た事のない森……いや、ここに来たことがあるような気がする。木の植生、土の匂い……昔過ごした、エルフの森によく似ている。けれど空気は冷え切っているような……。
それにしてもどうしてこんな所に……? 牧場が危ない、急いで戻らなくちゃ──
「――っつぅ……!」
腕が痛い。戦いの後の怠さとも違う、割れるような痛み。弓を取り落としそうになった。弓を杖代わりにしてどうにか立ち上がると、後ろの方で何か物音がするのが聞こえた。
木陰に身を潜めながら近付いてみると、黒々とした巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。リマさんが五人くらい入りそうな穴だ……大のいたずら好きというミソギちゃんでも、ここまでのものは掘れないはず。
「……あれ?」
よく見ると、穴の周りに沿って何かの線が描かれていた。辺りを見回してから、穴の傍に寄る。
線が紫色に光った。何かの魔法陣だろうか。穴の中にも妖しい光が輝いていた。
胸がざわめいた。触れてはいけないものに触れてしまった時のような──
「……目覚メタカ」
「!? 誰っ!?」
ぐるりと見回しても、誰もいない。この声はどこから──キサマノ頭ノ中ダ──後頭部に強い痛みが走る──先刻ハ手勢ノ魔物ノ群レヲヨクモ倒シテクレタナ……マア、オカゲデキサマモ強クナレタノダ、ワレニ感謝シテ、ワレノタメニ尽クセ──尽くせ、だなんて、あなたは何を……それに強くなれたって……? ──フム、キサマハ何ガ起キタカ理解シテオラヌヨウダナ。ナラバ……──後頭部の痛みが嘘のように引いた。
目の前で黒い霧が渦巻く。
霧が晴れると小さな黒い獣が音もなくそこにいた。掌に乗るかどうかという大きさなのに、肌がビリビリと痺れるような威圧感。
一歩、また一歩、それはこちらに近付いて来る。逃げないといけないのに、体が逃げることを許さない。まるで、体が服従させられているかのような──
「サア、ワレノ
小さな瞳が紅い光を放つ。甘い匂いに脳が蕩ける。何かが体を這い上がる感覚──脚を、腕を、絡め取られる……。
「エルフドモヲ
──ハイ……。
◆ ◆ ◆
静かな森。車輪の音だけがいやによく響く。
荷車の後方にあって、クロエは周りの気配を探りながら歩いていたが、魔物と遭遇することはなかった。
(ま、いないならいないでありがたみ……なんだけど、さぁ)
それにもかかわらず、魔物が存在していることだけは鋭敏に感じ取れる。森の異変を考えれば居るのが当たり前なのだが、どこにどうやって隠れているのかがまるで掴めない。いつどこから急襲されてもいいように構えておくにしても、何が起こってもおかしくはないし、確実な対処は出来ないと思った。
車輪の音、土を踏む音、三人の呼吸。木々のざわめきにも一々背筋が凍りそうになる。
前方に回ってみる。二人は言葉もなく荷車を牽いていた。ユウキは話しかけられれば喋るが、そうでないなら置物のように静かなままでいる。隣の人夫も仕事柄口数が多いわけではないようで、ひたすら無言の状況が続く。
雁首揃えて黙りこくっているのも気が詰まる。再び後方の見回りをするも、やはり魔物の影はない。
(ちょい不安だけど、もう少し探索範囲を広げてみンのも──)
「──大丈夫ですか?」
突然のユウキの声。急いで向かうと、人夫が青い顔をしていた。脚がわなわなと震えていて、牽き枠で体を支えてようやく立っているという感じだった。
「あ、あぁ……私は平気ですよ、ユウキ殿……」
「どう見てもつらそうなんですケド……あの、お兄サン、ムリしないで少し休みましょ? うちらが見張ってますんで」
クロエの提案に少しだけ顔を緩ませたように見えたが、すぐに険しい表情に戻った。
「ご提案、痛み入ります。しかし、私一人のためにこれ以上時間を使うわけにも行きますまい。先を急ぎましょう」
「でも、今は休まなきゃいけないと思います」
先を急ぎたいという気持ちは無下には出来ないが、さりとて病人を駆り出すことはもっと出来なかった。
「……それに、そんな状態じゃロクに運搬もできないっすよ。荷台に腰かけられそうなトコあるんで、そこで休んでてください。……ワリと臭うんでキツいかもっすけど」
「荷車を牽くのは僕たちがやります」
クロエは病人の手を引いて荷台に載せた。骨張った手は冷え切っていた。ユウキがマントを外し、人夫の足元にかける。気休め程度でも暖かい方が良い。
荷車の牽き枠に入って、二人で牽き始める。短剣を鞘に仕舞った以上、のんびりとしてはいられない。多少の不快は我慢してもらうことにした。
それにしても、とクロエは思う。ギルドハウスを出発した時点では体調は万全だったはずなのに、あの衰弱の仕方は異常としか思えない。魔物の襲撃があったわけでもないのに、大の男がああも急激に窶れるものだろうか。
(もしか、うちらじゃ気付けないような原因があんのか……?)
街の塵埃に馴れたエルフとヒューマンでは感じ取れないような何かが、この森の中に起きている。直感でしかないが、訊ねてみたかった。
「すんません、門番のお兄サン。ちょっと聞かせて欲しいンですけど」
「……なんでしょうか、クロエ殿」病人は体を荷台に凭せかけながら言う。
「んーと……、お兄サンが急に体調を崩したのと、先を急ぎたがってたのって、なんか関係があんのかなと思って」
人夫が息を呑むのが聞こえた。ちらと振り返ると苦渋の色が顔に現れていた。体調が悪くなったのか、それとも何かを隠しているのだろうか。
「うちらは森住みじゃないし、お兄サンたちじゃないとわからない事があるかもと思うンすよね」
「何か知ってたら教えてください」
車輪の音が止んだ。
人夫は躊躇いがちに口を開く。
「……前にお話ししたかと思いますが、我々森のエルフたちは、自然の中から生命力の源たるマナを受け取り、それを魔力に変換しながら暮らしております」
「そーいやそんなこと言ってたっすね。で、今は森がこんなことになってるんでマナを受け取れなくなってる、と」
「ええ、いかにも」人夫は少し息を吐いた。重い疲労を感じた。「そのため、我々はいつ尽きるとも知れないマナを慎重に扱わねばなりません。ミサト師やハツネ殿たちは実力もあり、気力体力ともに充実しておりますが、それもいつまでも持つか……」
「……確かに、あんまダラダラしてる時間はないっすね。……あれ? でも……」
クロエはちらりとユウキの顔を見て、また人夫の方を向いた。
「えーっと、お兄サン、確か元々はこいつだけを連れて来るつもりだったんすよね?」
「ええ……。ユウキ殿の能力があれば、魔力の欠乏を補えますから。他のギルドに助力を乞うて魔物を狩り続けてもらえれば、その間に我々が魔物の穴の発生原因と魔力構造を突き止めることで、穴を封印できるはずです」
クロエとユウキの顔が綻んだ。つまり、援軍がやって来るまで凌げば良いわけだ。
クロエはハツネが【王宮騎士団】に援軍を頼んでいたのを思い出した。多少時間がかかることを割り引いても二、三日もあれば来てくれるだろう。異常事態と認識されていれば優先度はさらに上がるはずだ。
(今はうちもいるし、長めに見積もっても二日くらいなら何とかなるはず……あれこれ案外アッサリいけんじゃね?)
だというのに、人夫の顔はますます曇って行った。
「……本来は、そのはず、だったのですがね……」伏し目がちに言い添える。
「……何か、あるんですか?」ユウキが暗く沈んだ顔を見据えながら言う。
何かを観念したように、人夫は顔を上げた。
「私も、今日ここに来るまでは気付かなかったのですが……何か得体の知れないものが森の中を蠢いているようなのです」
「得体の知れないもの?」
「ええ……今までに感じたことの無い、異質な魔力を感じ取ったのです。私の魔力も少なくなっており、靄の中を探るような、曖昧なことしか申せないのですが……少なくとも、魔物たちの発するものよりもずっと、刺々しい魔力でした。それを探知した時、深淵を覗いたかのような気味の悪さを感じました……」
「……それでお兄サンも体調を崩してたんすね」
「はい……門番としてそれなりに過ごして来ましたが、あのような感覚は初めてでした。黒く、深い憎悪に呑まれるようでした……そのようなものと出会ったが最後、我々ではまず太刀打ちできますまい……必ず逃げなくてはなりません。たとえあなた方がいるとしても、です……」
そこまで言って、人夫は身震いした。
クロエとユウキは押し黙るばかりだった。
何かを言おうと思ったが、寡黙な門番が恐怖とともに語る言葉は、とても軽い感じで否定出来そうにない。
魔物の処理だけで苦戦しているところに、魔物よりも遥かに強い、新たな敵の襲撃に備えなければならなくなった──少し考えるだけでも気が遠くなりそうだった。
隣を振り返ると、ユウキの顔が強張っていた。話の順番のせいとはいえ、落差で眩暈がする。
(おいおいこのお兄サンとんでもないフラグ立ててくれてンじゃん、ウケる。……いや笑えねぇんだわ)
クロエのやる方ない思いを知ってか知らずか、人夫は手を組んで荷台に座り込み、目を瞑っていた。化け物を探知するために残りの魔力を集中させるつもりだと言う。
クロエとユウキは荷車を無言で牽いて行く。車体が揺れるのもお構い無しだった。
今はまず、すぐにでもハツネたちと合流したかった。
◆ ◆ ◆
三人は水の流れる音を聞いた。下の方を見やると、木々に埋もれるようにして川が流れていた。緩やかな曲線を描いて流れる川の背に、大きな河原が広がっている。川の上流に、白い煙のようなものが吹き上がっているのが見えた。
幸い、ハツネたちの姿はすぐに見付かった。
河原に広げられた、巨大な黒い物体の傍にいた。
「……いや何なんアレ」
河原へのなだらかな坂道を下りながら、クロエの口から言葉が漏れた。ピンク色の頭が黒いものの周りをきびきびと動いているのを見る限り、ともかくも無事なことは判った。
川の臭いがする砂利道をなるべく静かに進みつつ、ようやくハツネたちのいる所へと辿り着く。
「あっ、クロエちゃん! お疲れさま!」
こちらを見るなりハツネが飛びかかって来て、抱き着いた。普段なら暑苦しいと思っただろうが、今はただされるがままになっていた。
「……ハツネたちもおつ。……でさぁ、アレ何なワケ」
そう言って黒いものを指さす。
近付いてみると巨大なものは一層巨大だった。岩石のような頭部と、大きな丸太を思わせる巨大な腕と脚を力無く拡げて、河原に仰向けになっている。それらを振り回していたであろう胴体は強靭そのもので、子供一人分の体高に大の大人二人分の高さはあるとクロエは見て取った。
立て膝の体勢の人夫が二人、その上で魔法陣を手に纏っていた。専門外なので何をしているのかは判らなかったが、何かの調査をしているのだろう。
「魔物の死体……だとは思うけど、こんな大きな魔物は初めて見たよ……今まではこんなの見たこと無かったのに」
ハツネの表情が暗くくすんだ。定期的にエルフの森を警護している彼女が初めて出くわした異常な魔物。こんなものと戦うことになった時を想像して、クロエはぶるっと身を震わせた。
「それに、この臭い……クロエちゃんたちも気付いたと思うけど、この魔物は焼き殺されてるんだ」
「水の臭いに紛れてっけど、確かにかなりコゲ臭いね」
「……確か、この森には炎を吐く魔物はほとんどいなかったはず……」荷車に乗っていた人夫が口を挟んだ。「コドモオオトカゲたちの吐く炎は微弱ですし、そもそもほとんど棲息していません。たとえ今の異常の中で変質したとしても、これほどに屈強な魔物を斃せるものでしょうか……」
ハツネは門番の言葉に頷いて、話を続ける。
「……だからおかしいんだ。こんな強そうな魔物を焼き殺せる魔物なんて、この森にいるはずがないの。もしかしたら──」
「は、ハツネさんっ!」アオイが青い顔でハツネたちの元へ駆け寄って来た。「あの焼死体から、無数の傷痕が見付かりました!」ハツネの顔が強張ったのが見えた。
「傷痕って……魔物たちの仲間割れとかじゃないの?」クロエが口を挟む。空虚な言葉でしかなかった。
「いえ、それが……その傷痕は全部魔物の腹部に集中していたんです。腹部の奥にまで食い込んだ傷があるのに、その上でさらに傷を増やしていて……残虐な魔物でもここまでするかどうか……」
その上魔物を火にかけて川に捨てた──大した念の入れ方だ。明らかに魔物の所業ではない。
クロエは再び頭がくらくらした。ただでさえ危険な魔物が徘徊しているというのに、それに匹敵する新たな敵がいる。魔物を屠っているから事によっては戦わずに済むのかもしれないが、わざわざこんな状況の中に飛び込んで来るくらいなのでとんでもない戦闘狂である可能性も考えられる。少なくとも無害な存在ではありえない。
(なんか無理ゲー感増しすぎじゃない? ゲームバランスどーなってんのよ。あれか、簡単そうなクエストで人を釣っといて乱入ボスで殺しに来るやつか。……頼むから、せめてゲームの中でだけやっててくんない)
「……私はもう少し魔力の探知をしてみるね。もしかしたらこの魔物を倒した人のことがわかるかもしれないから」
二人の人夫から報告を受けたハツネはもう一度焼死体の方へと赴いた。ハツネと入れ替わりでこちらに来た二人の男は息が上がっていた。顔は蒼白で、門番と同じように魔力を使い果たしているのだろう。
話に入っていなかったユウキは荷車の荷物を端に片付けて、どうにか二人がくつろげるだけのスペースを確保すると、二人を台に乗せる手伝いをした。それからハツネに付いて黒いものの方へと近付いて行く。興味をそそられたのだろうか。
荷車に座っている門番がアオイを呼び、何やら話をしている。クロエたちに話した謎の存在についてのことだろうか。アオイの顔が引き締まるのが見えた。
クロエはこれだけの魔物を斃した存在の実力を知りたいと思い、魔物の死体を見てみることにした。魔法の方は付け焼刃の知識ではさっぱり判らないが、魔物の全身が焼け焦げていて、並の魔力ではここまでやれるとは思えなかった。
「この巨体を火ダルマにするって……どんなバケモノだよ」
ぽつりと感想が漏れた。
だらりと広がった魔物の手に飛び乗って、アオイの言っていた傷痕のある腹部へと進む。歩く度に焦げた毛皮がぼろぼろと崩れたが、筋肉はまだしっかりと形を保っており、生々しい感触が足裏に伝わる。死んでいるはずなのに、蘇生魔法──クロエは無論、ヨタ話としか思っていないが──でも使えばすぐにでも動き出しそうな気がしてならなかった。
腹部に着いた。傷痕は腹部の中央、内臓の収まっていそうな部分に執拗に刻まれていた。斧のようなものではなく、剣──それも短剣のような、鋭利なもので、抉るように切られている。傷痕の上を炎が巡ったようで、血の気は感じられなかった。
(魔物の腹を切って動けなくなったトコで炎の魔法で丸焼きにして川に流した……ってカンジか? 殺意エッグいわー……これやった奴確実に性格悪いっしょ……)
「よっ、と」
一通り腹部を見終えたクロエは胴体から飛び降りた。ハツネが焼死体に手を当てて何やら唸っている。手には星型の魔法陣が浮かび上がっていた。クロエの気配に気付き、顔だけを向けて話し掛ける。
「クロエちゃん、何かわかった?」
「んー……」頭を掻きながら言う。「とりまわかったのは、この魔物を殺った奴は間違いなく強いし、間違いなく性格が終わってンな、ってことくらいかな。そっちは?」
「……この人はものすごい魔力を持ってるってことくらいしかわかんない……筋肉はあんまり焼けてないから、炎で怯んだ隙に川に突き落としたのかなって思うけど。……あ、あとね? ちょっと驚かないで聞いて欲しいなぁって思うんだけど……」
「どしたん?」
「私もありえないとは思うんだけど……この魔力、昔どこかで感じたことがあるような気がするんだよね……」
いきなり恐ろしい事を言い出した。
「…………え、ハツネ、そんなやべーヤツと面識あんの? 割とガチめに怖いんだけど……あんたの体に塩撒いとくわ」そう言うとクロエは塩を取り出すべく鞄に手を突っ込んだ。
「うぅ〜っ、そういうのじゃないよぉ! ……私だって、何でかわかんなくて困ってるんだからねっ」
ハツネの可愛らしい怒りがクロエに向かう。手を魔物から離していたらぽかぽか殴られていたに違いない。
「あーあー……悪かったから拗ねんなし。アメちゃんあげるから機嫌治しとき」
棒付き飴の包装を剥いでハツネの口に突っ込む。自分のせいとはいえ残り少ない飴をくれてやるのは癪だったが、ご機嫌取りのためだと諦めた。
ハツネの頬が緩んだ。怒りはどこかへ飛んで行ったらしい。飴を咥えたままお礼を言いさえした。いくらか気恥ずかしさを感じつつ、クロエは口を開く。
「……で、さっきはちょっと茶化しちゃったけど、マジなん? ハツネの知ってる魔力って……」
「うん。もちろん、私も色々な人と出会ってきたから、誰のものなのかっていうのはすぱっと言えないんだけど……、懐かしい、って感じがしたの」
「懐かしい?」
「……でもなんでかは全然わからないんだ」そう言うと気味悪そうに身震いした。シオリのこともあって、ハツネがガラの悪い人間とは付き合わないようにしていたことをクロエは思い出す。「少なくとも、ここまで残忍なことをする人のことなんて知らないはずなのに……」
そして、そんな人間がこの森を徘徊している――確かに想像するだに悍ましい。ハツネの動揺は察するに余りある。まかり間違っても味方をしてくれるものとは考えるべきではない。
まして、今朝突然現れたとかいう新たな敵がいるという時には。
クロエが何と言葉をかけてやるべきか思案していた時、ユウキを呼ぶアオイの声が聞こえた。
「だ、団長さん、危ないですよ!」
確かユウキは頭の方を見に行っていたはずだ。他の魔物と遭遇したのか。そう考えると居ても立ってもいられず、クロエは駆け出した。
ユウキは無事だった。
あんぐりと開いた魔物の口に体ごと突っ込んで何かを探していた。
すーっ、と息を吸ってユウキのところへ駆け寄る。
「……あのさ、うち今わりとガチめに焦ってたんだけどさ、どうしてくれんのこの気持ち」
殺し屋も逃げ出しそうなトーンになっていた。
魔物の口内探索に熱を上げているのか、ユウキは何の返事もしない。こんな事態じゃなければすぐにでも拳を脳天にくれてやりたかった。
「てかアオイも。こいつの不思議ムーブなんて今さらじゃん。何もそこまでマジになんなくても」
「え、えっと……」アオイが挙動不審になっている。ユウキのマントを掴む手がぶるぶる震えていた。「団長さんが口の中に潜り込もうとしてたので、つつつついぃ……!」
「……なんたってんなアホなことやってんだこいつ。まぁいいや、うちも手伝うからこいつを引っ張り出すぞ」
二人はユウキの脚を掴み、引き摺りだした。アオイは「すみません、団長さん……!」と一人言のように言ったが、クロエはむしろ乱暴に引っ張っていた。
ユウキの体は煤っぽく汚れ、焦げ臭くなってはいたものの、魔物の唾液などは付着していなかった。念の為に口の中を見てみると、舌は炭になっており、頬の裏は触れただけでボロボロと崩れた。魔物は口に炎の魔法を撃ち込まれて絶命したのだろうか、とクロエは考えた。
「で、あんたはなんであんなことしてたん。言ってみ、ん? おばちゃん怒んないから」
川の水で濡らしたタオルで汚れを拭ってやりながら、クロエはユウキに訊ねた。ふざけた理由だったらデコピンでもくれてやろう。
ユウキはクロエに気圧されてしばらく目を逸らしていたが、やがて「魔物の口の中から変なものを見つけた」と言って、手の中にあるものを見せた。
融けたガラスがこびり付いた、丸っこい小さな木。
グーで殴るべきかどうか一瞬迷ったが、これをハツネに見せてやれば魔力の解析が進むのではないか、とクロエは思い直した。うろ覚えの知識だが、魔力というものは時間が経つと放散して行くものらしいので、口腔内という擬似的な密閉空間の中で術者の魔力をもろに浴びたものであれば、魔力の解析がかなり容易になるかもしれない。
「ふーん……やるじゃん。ちょっとそれ借りてっていい? ハツネに見せに行きたいから。あんたらはそろそろお兄サンたちのトコ戻っとき」
二人は荷車の方へと歩き出した。
ユウキから受け取ったそれは、黒く焦げてはいたものの、その割には炭化が進んではいなかった。魔物の舌に守られて燃え残ったのだろうとクロエは思った。
ハツネのところに行くまでに見て判る程度の情報は集めておきたいとも思い、クロエはまじまじと木片だったものを見詰める。息を吹いて煤を払い除けた。三つの小さなくぼみがあり、綺麗な正三角形を描くように配置されていた。固まっているガラスのことを考え合わせると、元々は小さな簡易ランプのようなものだったのだろうか。
ちょっと見るだけでもなかなか良い手掛かりが見付かった。裏面にも何かあるのかもしれないと思い、クロエは木片をひっくり返す。
こちらも焼損を免れてはいなかったが、表側よりは被害が少なく、ところどころに木目まで見えた。
「……あれ、何コレ……」
だから、彫られている文字がはっきりと見えた。
「なになに……『クロノおとうさんへ──クロエ』………………は?」
読み返す。
クロノおとうさんへ──クロエ。
指でなぞる。
クロノおとうさんへ──クロエ。
頬を叩く。読み返す。
クロノおとうさんへ──クロエ。
思い出す。
ナイフの訓練に明け暮れる日々に嫌気が差したこと。
親に渡す小物を作る授業の時、好きな方法で名前を書くことになったので、部屋の片隅に蹲って小さなナイフで彫り付けたこと。
先生には叱られたものの、当人は喜んで受け取ってくれたこと。そして訓練の厳しさが一段と増したこと。
叫びそうになるのをすんでのところで押し留めた。
何故、見も知らぬ森の奥で、自分の名前を、何より、蒸発したはずの父親の名前を見ることになるのか。
脳が理解を拒む。脈動が速くなる。息が苦しい。悪い夢であってくれと願うのに、掌にあるものは存在感を増すばかりだった。
(……てか待てよ、ハツネが懐かしんでたのって……昔父さんに魔法を教わってたからなんじゃ……?)
幼いハツネが父親に魔法の指導を受けていたのを思い出す。魔力を体に通わせる練習をする時に、ハツネはクロエの父親の魔力を間近で感じたはずだ。魔法を使うところもたくさん見ていたに違いない。
「クロエちゃん、そっちは……ってどうしたの!? 顔が真っ青だよ!?」
「え……? あれ、うち、なんで……?」
知らないうちにハツネがこっちに来ていた。やけに顔が遠くに見える。
ハツネに手を差し出されて、クロエはようやく自分がへたり込んでいたことに気付いた。
氷を背負ったような冷たさが、今更のように体に沁み渡る。どうにか手を借りて立ち上がったが、ハツネの顔は戸惑いと不安で曇っていた。
「……ありがと、ハツネ」か細い声で礼を言う。
「ううん、大丈夫だよ……ね、クロエちゃん、体調悪いみたいだし、しばらく休む?」
ハツネの気遣いが心苦しかった。
手に持っているものを川にでも放り投げてしまえたらどんなに良かっただろう。
それでも、森のためには見せなければならない。
「……あー、そっちはだいじょぶ、うん。……その、さ。コレ……魔物の口から出てきたンだけど、調べてみてくんない?」
顔を俯けたまま、手に持っている木片を手渡す――裏面を上にして。
ハツネは不思議そうに目を走らせ、――彫られた文字を見て目を見開いた。
無言を貫くクロエに合わせるように、ハツネは何も言わずに魔力の解析を始める。
魔法陣の光はあっという間に消えた。
「……クロエちゃん、これ……クロノおじさんの……」そこで言葉が途切れた。青ざめた顔。嫌な想像が完全に裏書きされてしまった。
「……マジかぁー……」思わず空を仰ぐ。
幼い日々に共に過ごした大人が、異常な森を徘徊していて、クロエたち一行を襲撃するかもしれない。
味方になってくれるかもしれないという妄想は、あの残虐な殺戮の前にはあまりにも無力だった。
──まして、戦うことになったら?
二人は何かを言おうとして、何一つ言えないまま虚空を見詰めていた。
◆ ◆ ◆
何度となくふらつきそうになりながら、二人は荷車に戻って来た。
さっきまで休息を取っていた二人の人夫がいなくなっていた。アオイに訊ねると「あの魔物の肉を採取してくると仰ってました」と言いながら、二人の顔をちらちらと見てはまた視線を逸らした。
曖昧に頷くと、クロエとハツネは空いた荷車の台に腰を降ろす。体が石になってしまったようにすら感じる。
あの魔物を殺したのはクロエの父親だということを一行に言うべきかどうか、二人は道すがら相談していた。言えば二人の気が休まるかもしれないが、仲間たちに生半可な希望──娘の危機に蒸発したはずの父が駆け付けるという出来過ぎた
──そして、もしもの時は、短剣を突き立ててでも止めなければならないとも。
(……ねぇ、なんでこんなコトになってんの。悪夢かよ……いや、もうこの際悪夢でもいいや、それでもいいから夢だって言えし。てか言え。言えよ。……うちも大概ろくなもんじゃないとはいえ、ここまでされるいわれはないはずなんですケド……)
また大きな溜息が漏れた。
ユウキがこちらをじっと見ているのには気付いていたが、ものを言うのも気怠かった。
ハツネも血の気が引いた顔をしていたが、上辺はいつも通りの明るさを取り戻しているように見えた。門番と何かを話している。「撤退」とか「続行」とかの言葉が切れ切れに耳に響いた。
鞄の中から飴を取り出そうとして、指が焦げた木片にぶつかった。鞄をこじ開けると飴がもうほとんど残っていない。どうにか一本だけ取り出して口に咥える。不思議なほどに甘味がない。
「──クロエちゃん」ユウキの声。
「……なに、どしたん」地を這うような声。自分の喉からここまで酷い声が出るとは思わなかった。
「……二人が戻ってきたら出発するって」
「……わかった」
そう言って作り笑いを浮かべた。ユウキの目が露骨に心配を訴えていたが、クロエにはこれが精一杯だった。
それでもどうにか立ち上がって、少しでも不安を払拭してやろうと考えた。
悲鳴が上がった。
魔物の死体のある方からだ。
ユウキとアオイが駆け出すのが見えた。
青い顔をしている門番をハツネは積荷で隠し、二人の後を追う。
状況に呑み込まれるようにして、クロエも走り出した。
「──おい、なんだよコレ、おい……」
重い足を懸命に動かして、悲鳴の上がった場所に着いたクロエの目の前には、黒い霧に包まれた
頭部に付いている虎耳がまっすぐクロエたちの方を向いた。
幼さの残る可愛らしい顔の上で、血の色をした瞳が妖しくきらめく。口角が吊り上がったのは、獲物を捉えた興奮ゆえか。
その首元には、緑色に光る石が提げられていた。──控えめな笑顔を浮かべて姉のことを自慢していたのが、遠い過去のように思えてならなかった。
「なんで……なんで、シオリンがここにいるの……!?」
ハツネの悲痛な声がクロエの耳で谺した。
一年待たせて溜め回です。誠に申し訳ございません。
次回は戦闘回。
読書と執筆にいくらか身を入れられるようになったので、次こそはもう少し早めに投稿したい所存。