復活のルルーシュ最終シーンよりわずかに前の幕間です。
今作は2021年5月に発行されたルルーシュ(L.L.)×C.C.アンソロジー『The end of loneliness』に参加させていただいた際の作品です。
「やはり、確定だな」
ギアスの力を使って潜入した建物の中で見つけた資料を片手に、紫紺の瞳を細めた青年が呟く。
その隣で青年と同じように表情を険しくした緑髪の女はため息をついた。
「面倒な事だ。私達と同じで、ギアスの欠片を集める者、か」
「正確にはギアスの欠片を持つ者を集める何者か、だな」
女の発言に青年は生真面目に訂正を入れる。
細かい指摘に呆れながら、女は文句を呑み込んで存在が明らかになった謎の人物について言及する。
「お前から聞いた時は半信半疑だったが、本当にこんな奴が現れるとはな。そもそもこいつは、どうやってギアス保有者を見つけてるんだ? まさかとは思うが、コードを持っているのか?」
「可能性がないとは言えないが、コード保持者ならわざわざギアスの欠片を持つ者を探さずとも、自らギアスを与えればいい。その線は薄いだろう」
自分達以外のコード保有者の存在を女は危惧するが、青年はあっさりとそれを否定した。
口元に手を当て少しだけ考え込むと、青年は思考を整理するように己の推測を語る。
「一番可能性が高いのは、偶然ギアスの欠片を授かり、それが自分だけの特別なものではないかもしれないと、自分と同じギアス保有者がいないか調査した人間というところか」
「調査して見つかるものか? 他の人間がどんなギアスを持っているかも分からないんだぞ?」
「超常の力を授かった者は大なり小なりその力を使って周囲に影響を及ぼす。情報に精通している者なら、その異変を目敏く見つけるだろうさ」
実際にコードでギアスの欠片を察知し、その周辺の異変を調べたりもしていた青年はそれが決して不可能ではない事を知っていた。
コードがなければ効率は悪くなるだろうが、人海戦術やギアスの使用など、それを補う方法はいくらでも考えられる。
「そうして探し出したギアス保有者を傘下にし、何かを企んでいるという事か。思った以上に厄介そうな相手だな」
「ああ。ここにも正体につながる証拠はない。超合衆国にも気付かれず、水面下でギアス保有者を集めながらまるで尻尾を掴ませない周到さから考えても、相当なやり手だろう」
目的も正体も悟らせない狡猾な敵の存在に、二人は揃って顔をしかめる。
しかし青年は手掛かりがないからと潔く引き下がるような男でもなかった。
「だがギアスの能力は想像がつく」
「ほぅ?」
たとえ直接的な情報はなくとも、過程や状況から推察を重ねて青年は黒幕への仮説を導き出す。
「これほどまでに効率的にギアス保有者を集め、しかもギアスの欠片を得て調子に乗ってる奴らが無条件に従っている。少なくとも、目に見えて反旗を翻すような事をしている様子はない。不自然だとは思わないか?」
本来なら突如として超常の力を得た人間の大半はその力を自分のために使おうと考える。誰だって頭ごなしに従えようとしてきた者の下につこうとは考えないだろう。
しかし現実にはギアスの欠片を持っている者の多くが黒幕に下っている。
そこに青年は黒幕のギアスが関わっているとみた。
「つまりお前やシャルルのような、他人の意思を捻じ曲げるタイプのギアスで操っているという事か」
「その通りだ。もしかしたらマオのような人の心を読むタイプもあり得るが、可能性は低いだろう」
人の心を操れるのなら、自身の情報を隠す事も容易い。確信に近い推測を語りながら青年は頷く。
しかし確証がないとはいえ相手の秘密の一端を暴いたというのに、女はその結論に顔を曇らせた。
「ギアスの中でも強力なタイプだな。私には効かないが、お前が操られる危険は常に付きまとうというわけか」
本来コード保有者にはギアスが通用しない。だが特殊なコードを持ち、失われるはずのギアスを未だ保有している青年は相手のギアスを無効化する事ができない。つまり相手が強制的に人を従わせるようなギアスを持っていた場合、青年が敵の手中に落ちてしまう事も考えられた。
しかし女の危惧に青年はなんて事ないように答える。
「油断はできないが、過剰に警戒する事はない。そいつが俺にギアスを掛けられる状況という事は、逆に俺もそいつにギアスを掛けられる状況という事だ。それにこのタイプのギアスが万能でない事は、俺が一番良く知っている」
己の左目に右手を当てながら不敵に笑う青年に、不安を感じていた女も思わず笑みを零す。
調子に乗っている時は気をつけねばならないが、これほど頼りになる男もそうそういるものではない。
「ひとまずここで得られる情報はこれで打ち止めだな」
「ならとっととずらかるとするか。ギアスの欠片は回収した事だし、超合衆国に密告すれば、後はどうとでもしてくれるだろう」
そう結論付けて女は出口に向けて歩き始める。
だが青年がついて来ない事に気付き、すぐに足を止めて振り返った。
「なんだ? まだ気になる事があるのか?」
「……そういうわけではないが、やり残している事はある」
「なに?」
目的を達し、情報も得たというのにこれ以上何をすると言うのか。
怪訝そうに眉をひそめる女に、青年は険しい表情のまま口を開いた。
「この屋敷に残っている者達の事だ」
「ああ。まだ買い手のついていなかった奴らか」
青年の答えに女は思い出したように頷く。
今回二人が相対した男は、ギアスを使って証拠を掴ませず相当あくどく稼いでいた。その方法の一つが人身売買だ。いまもこの屋敷の中には連れ去られてきた多くの者が囚われている。
しかしなぜ彼らについて言及するのかが分からず、女は首をかしげた。
「あいつらがどうした? 放っておけば超合衆国の奴らが適切に対処してくれるだろう。まさか全員を救ってやりたいなどと言うつもりか?」
「まさか。俺は聖人じゃない。出会った人間を全て助けるなど土台無理な話だし、そのつもりもない」
女の言葉をあり得ないと否定する青年。
ならばなぜと女が問う前に、青年は続けた。
「だが理不尽に奪われながらも、そこから立ち上がろうとする者がいるなら話は別だ」
青年の眼差しが、女を射抜く。
その真摯な瞳に女は咄嗟に言葉を返す事ができなかった。
「C.C.、もしあの中にそんな奴がいるのなら、俺は機会を与えてやりたいと思う」
その言葉に女――C.C.は金色の瞳を細めた。
「それはギアスを与えるという事か?」
青年は答えなかった。
しかし真っ直ぐC.C.の瞳を見つめる眼差しが言葉よりも如実にそれを肯定していた。
「分かっているのか? それはギアスの欠片を回収するという私達の目的とは掛け離れた行為だ。それにギアスは人の世に混乱を齎す。安易に振り撒くものではない」
青年の望みに反して、C.C.は厳しい意見を口にする。
昔から変わらない。青年が感情に流され理性的でない判断を下そうとする時、傍らの魔女は容赦なくそれを糾弾する。
「加えて言うならお前がギアスを与えたとて、そいつはお前に感謝する事などないだろう。私が魔女として迫害された記憶をお前は見たはずだな。最初の内は喜ぶかもしれないが、いずれは恨み言と共に憎悪を向けてくる。私が飽きるほど繰り返してきたように」
それは青年よりもずっと昔からギアスとコードという超常の力に振り回されて生きてきた魔女だからこその言葉だった。
安易にそれを否定する事は、彼女の壮絶な人生の一端を知る青年にはできない。
「何よりお前は知っているはずだ。ギアスによって起こされる悲劇を。誰よりも」
先程よりも柔らかく、しかしどこか憂いを帯びた声でC.C.は告げた。
どんなに身近な人間よりも、青年の悲劇を、その悲しみを間近で見てきた者として。
「……確かにお前の言う通りだ、C.C.。ギアスという王の力は闇雲に人に与えるべきではない」
長い沈黙の後、青年は彼女の言葉を肯定した。
「なら――」
「だがこの力があったから、俺は立ち上がる事ができた」
C.C.が続けようとした否定の文言は、聞き覚えのある青年の台詞によって遮られた。
それはかつて決戦に挑む前に告げられた言葉。
フレイヤという災厄の脅威に立ち向かう直前に、自分を恨んではいないのかと問うた魔女への答え。
「ルルーシュだった頃、俺は大切なものをいくつも失った。その中にはギアスがなければ失わずに済んだものもあったかもしれない」
自らが歩んできた道を思い出すように目を細める青年。
その道程を共にしてきた者として、C.C.も表情を曇らせる。
しかし――
「それでも俺は、お前と契約しギアスを授かった決断を後悔した事は一度もない」
瞳にわずかな悲しみを滲ませながら、しかしその悲しみを打ち消すほどの強い意志の光を宿して青年は断言した。
「ギアスを得た事も、それ利用した事も、ブリタニアに反逆した事も、世界と戦った事も、俺が決めた事だ。その結果生まれた犠牲はギアスのせいなんかじゃない。全て俺の責任だ」
青年は告げる。
懺悔をするでもなく、許しを請うでもなく、他者やギアスに責任を押し付けるでもなく、罪であろうと犠牲であろうと、己の行いをありのままに受け止めて。
「あの時は邪魔が入ったが――良い機会だ、改めて言っておく」
そう言って青年はもう一度C.C.の瞳を正面から真っ直ぐ見つめた。
「もしお前からギアスを与えられなければ、俺は立ち上がる事すらできなかった。お前がいたから、俺は歩き出す事ができた。――ありがとう、C.C.。俺に力を与えてくれて。俺の傍にいてくれて」
「っ……!」
いままでこれほど実直な言葉を青年からもらう事がなかった魔女は、思わず顔を赤らめて青年から視線を逸らした。
「だから俺も、もし理不尽に打ちのめされながらも立ち上がる意思を持つ者がいるのなら、力を与えてやりたい。かつてお前が俺にそうしてくれたように」
続けられた言葉に、C.C.は目の前の青年の思いを理解した。
理解すると同時に、こういう男だったと、呆れとも感心ともつかないため息をつく。
「儘ならない男だな、お前は」
理屈だけで考えるなら、何もせず超合衆国に任せてしまった方がいい。
所詮、自分達は世界の理からは外れた存在だ。浮世に生きる者達と深く関わるべきではない。
青年もそれは理解している。理解していながら、それでも青年はただ傍観する事を良しとはしない。人が理不尽に奪われる事に、その現実に声を上げずにいられない。
かつて無力な学生の身でありながら反逆の旗を揚げたように。
「もう一度聞くぞ。ギアスは世界に混乱を齎す。お前が与えたギアスのせいで、多くの悲劇が生まれるかもしれない。私達の目的であるギアスの欠片の回収にも遅れが生じるだろう」
金色の瞳を細め鋭く青年を見つめながら、C.C.は無情な現実を突きつける。
情の一切を排し、冷徹に予想される事実だけを語る。
「リスクは大きく、デメリットもまた大きい。それに反して得られるものなど一つもないだろう。それでもお前は、望む者がいればギアスを与えると言うのか?」
覚悟を問うC.C.の言葉に、まるで銃口を向け合ってるかのような張り詰めた空気が流れる。
一度瞼を閉じて思考の海へと身を沈めた青年は、再び目を開くとゆっくりと頷いた。
「ああ。その通りだ」
短い肯定に視線が絡み合う。
金色と紫紺の瞳が互いを映し出す。
そのどこにも、曇りはない。
迷いも不安も躊躇いもなく、あるのはただ己の意思を信じる心だけ。
「全く、強情だな」
青年が決して折れる事はないと悟り、C.C.はそれ以上の問答を諦めた。
その顔は諦めの他に、呆れと、どこか喜びを含んでいた。
「それに傲慢だ。世界を顧みず、己のエゴを通そうとは」
挑発混じりに笑うC.C.。
彼女らしい物言いに青年も口の端を吊り上げた。
「ふっ、当然だ」
邪悪な笑みを浮かべ、もう何度も聞かされてきた言葉をなぞるように青年は告げる。
「何せ俺は、L.L.だからな」
その言葉に、C.C.は金色の瞳をしばたかせる。
そして数瞬後、表情を隠すようにプイッとそっぽを向いた。
「しかしギアスを与えるというなら、別に私の許可を取らずともできただろう。お前ももうコードを持っているんだからな」
早口に、何かを誤魔化すようにC.C.は文句を言う。
それに対する青年の答えは淡々としたもの。
「ギアスを与える以上、俺と行動を共にするお前も巻き込む事になる。話を通すのは当然の事だ」
事務的な青年の解答にどこか恨みがましい視線を向け、諦めたようにC.C.は首を横に振った。
「好きにしろ。お前が決めたのなら、私に異論はない」
「いいのか?」
「何物にも縛られず、どんな命令にも私達を従えられない。それが私達だろう? なら私にお前の意思を止める権利はないさ」
意見が食い違った場合には別行動もやむを得ないと考えていた青年だったが、それを読んだようにC.C.はその唇に人差し指を当てて彼の発言を封じる。
「それにお前が何をしようが、私の行動は変わらないさ」
そう言ってC.C.はいたずらに成功した少女のように可憐に笑った。
「私はC.C.。お前の――L.L.の傍にいる女だからな」
満面の笑みを浮かべ、L.L.の腕を取るC.C.。
その姿からは、彼が何を考えようが、どんな選択をしようが、共にあろうとする彼女の想いが見て取れた。
魔王の隣にあるのが、魔女の本懐だとでもいうように。
「そうか――ならついて来てくれ、C.C.。俺が選ぶ道に」
C.C.の言葉に意表を突かれたL.L.が、すぐに気を取り直して微笑みながら告げる。
それに答えるC.C.も、穏やかな笑みを返す。
「ああ。どこまでもついていくさ、L.L.。それがお前の歩む道ならな」
そうして魔王と魔女は歩き出す。
いつまでも続く約束を、その胸に抱きながら。
~おまけ~
「ああ、そうだL.L.。今回の件に付き合う対価として、ピザを10枚は用意しておけよ」
ギアスを与える人間がいるかどうか見定めるために人身売買の被害者の下へ向かう途中で、思い出したようにC.C.がそんな事を命令してくる。
その内容にL.L.はギョッと目を見開いた。
「なんだと! まさかお前、たかるつもりか!?」
「たかるとは人聞きが悪いな。お前の我儘に付き合ってやるんだ。当然の報酬だろう? それともお前はなんの見返りもなく私を奴隷のように付き従わせるつもりか?」
「っ、そんなつもりはない……いいだろう。確かに今回の件は俺の都合だ。ピザの10枚程度の出費で済むなら安いものだ」
自身の意見を押し通した自覚があるL.L.はC.C.の要求を呑む。しかし彼女の我儘はそれだけでは終わらなかった。
「ちなみに、市販のものは認めん。お前が焼け」
「なに!? ちょっと待て。そうなると調理場の確保から始める必要が出てくる。そんな事をしている余裕は……」
「余裕もないのに余計な事をしようとしているのはどこの誰だったかな?」
「ぐっ……」
定住している場所がないL.L.は調理場の手配という手間を理由に要求を退けようとしたが、その試みは呆気なく失敗に終わる。
やりこめられ唇を噛むL.L.にC.C.はまさしく魔女の微笑みを向ける。
「期待しているぞ、L.L.。久しぶりの愛妻ピザをな」
「……誰が愛妻だ。妻とは女性を示す言葉であって、俺は男だ」
「ほぅ。愛の方は否定しないんだな。よっぽど私の事が好きと見える」
「どうしてそうなる! 俺はただ単に言葉の誤用を指摘しただけだろう!」
「照れるな照れるな。今日の夜はたっぷりとベッドの上で愛を囁いてやるから、楽しみにしていろ」
「なっ……! お前はまたそういう――」
妖艶な笑みを浮かべ自らの頬を撫でながら耳元で囁かれたC.C.の言葉に、L.L.は怒りとは別の意味で頬を朱に染める。
それを見てC.C.はさらに笑みを深めた。
「おや? どうしたんだ、顔が赤いぞ?」
「うるさい! お前が恥じらいもなくはしたない事を言うからだ!」
「ふふっ、いつまで経っても初心な坊やで、私は嬉しいよ」
揶揄する事を止めないC.C.にL.L.は舌打ちをして問答を打ち切る。
すっかりへそを曲げてしまった相方を楽しそうに見つめ、C.C.はその腕にしなだれかかる。
「なぁ、L.L.」
「……今度はなんだ」
何を言うのか警戒しながらも律儀に返事をしてくれるL.L.がおかしくて、C.C.は破顔した。
「ピザ。楽しみにしているからな」
屈託のない笑顔で告げられる。
その笑顔がとても眩しくてL.L.は目を瞠ったが、すぐにふっと笑みを返す。
「ああ、期待していろ。最高のピザを用意してやる」
かつて自分がどんな色だったか忘れてしまったと、そう言った女がいた。
孤独を味わい、愛される事を望み、偽りの愛を手に入れ、人に騙され、悠久の時を生き、全てを諦め、死を望んだ女は。
昨日の自分を忘却し、明日の己を見出せず、今日に自身を固定した。
だが、明日は来る。
この世界に生きる全ての人間に対して平等に。
そして誰もが幸せを求め続ける限り、明日は必ず今日より良くなる。
それを理解するだけで、世界は色付き光を放つ。
自分を雪に例えた薄幸の魔女が、こんなにも眩しい笑顔を浮かべるように。
「明日が待ち遠しいな。L.L.」
「全く、現金な女だ」
もうどこにも、孤独を嘆き死を望む女はいない。
それを教えてくれた男と共に、女は明日を求め続ける。
青年が命を持って齎した、優しい世界を噛み締めて。