人格調整手術の過渡期、医師の一人は患者と他愛もないことを話している。患者は好奇心から最近流行り始めた記憶追加手術について聞いてみる。医師は普段仕事として記憶追加手術について語り始めるが、患者はその手術にどこか夢を見ている。医師は最後に記憶追加手術について警告し、診察は終わる。

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キャラクタークリニック

「あの……先生は記憶を作るとか、そういう手術もやってるんでしょうか?」

「すごく一部ではありますが、やっていますね」

「……都市伝説じゃなかったんですか」

「都市伝説みたいに噂が拡大してることは知ってます。全然的を射てない噂ですが。

 何か知りたいことでも?」

「そういうのって、どういう方にやってらっしゃるんです? SFみたいですけど」

 

「あまり他の患者さんにつながる情報は言えませんね。……うーん、一番よくある例が、どうしてもセンシティブなんですよね。セクハラとかそういうことをしたいわけではない、と一応言っておきますが、一番多いのは夫婦間のセックスレスの改善です」

「……セックスレス、ですか?」

「仕事の多忙でセックスレスになってしまった夫婦がいたとして、一週間に一回はセックスやキススをしていたという習慣的記憶を追加して許容範囲を拡張するとかですかね。確か浮気―――をしていた人もいて、それらの記憶消去手術・罪悪感抑制手術をしたこともあります。今ではほとんどが円満な夫婦生活を送られてます。かなり自慢できると思ってますね」

「へえ。……私はまだ夫婦でセックスレスとか想像がつかないですが」

「ま、あなたはまだ若いですし、想像はつかなくてもいいと思いますよ」

「先生だってまだ30代じゃないですか。独身ですし」

「それでも分かるくらいには、夫婦のセックスレスについて記憶追加手術を実施したし、夫婦生活を見てきたということです。彼らは幸せにはなりましたが、そういうことで記憶処理措置をするなんてそんな無駄な費用と手続きをやらなくていいならやらない方がいいので。

 本当に自治体への申請手続きが煩雑なんですよ、あれ。倫理委員会とか」

 

「ふーん。……若い子はどうなんでしょう?」

「若い子も普通、記憶処理措置なんていらないんですよ。いるとしたら変な人です。

 これもあなたみたいな頭のいい人には関係ないですが、学力が低いのでなかなか学習できないけどモチベーションはある子に、勉強が面白いと感じるような記憶を追加して勉強への行動意欲を拡張してあげるとかはしてあげました。――成功しましたけど、――――で―――ですね。これは珍しいパターンですけど、数人ほどいましたね」

「それはすごいですね。でもそんなことできるなら、学生全員がやるんじゃないですか?」

「いや、普通の人はほとんど意味がないですよ。その子たちは10代後半で文字の読み書きや方程式の計算ができないようなレベルの学力だから成功しました。でもあなたたちのような―――人たちは、やらなくては――――という強迫――がない、もしくは――。だから意味がないです。

 まあ、実はそういう手術を学生相手にやったことがないので類推なんですけどね」

「そうかなあ……でも、すごく求められてるんじゃないですか?」

「ま、勘違いして来る人はいますね。数学が難しすぎるから、本を読んだ記憶だけ暗記させてほしいとか言ってきた人もいましたね。意味がないんですが」

「意味がないんですか?」

「意味はないですよ。数式や教科書の文章だけを読んだようにぱっと定着させることはできますが、そもそも数式を覚えてないということは内容を理解していないということですし、内容を理解していないということは正しく使うことができないということですから。当時は申請手続きもザルだったので一度だけその人に実験的にやってみましたが、試したところ全く理解してなくて何の意味もなかったですね。そのページをコピーしただけのようなものです。

 結局私が教えてあげた方が、手術をするよりうまくいきましたね」

「……教えてあげたんですか?」

「まあ同じ学部の後輩で、しかも親戚の子だったので教えましたよ」

「なんか、それじゃ手術の結果でないかも分からなくないですか?」

「手術で上手くいくことが目的じゃなかったし、手術の結果を試すことが目的というわけでもなかったのでね。変に断って長く付き合う親戚から逆恨みされても仕方ないですし。

 試験は無事合格だったので、恨まれることがなくてよかったですね」

「なんか、それずるいなあ。私も先生に教われるんだったら教わりたかったくらいです」

「ま、私も贔屓をします。親戚だからやりました。

 患者全員に数学なんか教えてたら、医者の仕事なんてできずに教師やってますよ。

 話を戻しますが、記憶追加手術なんてのは、やらない方がいいんです」

 

「そうですか……なんかつまらないですね」

「派手に見えるだけですからね。医者からしたら、リスクは高いし自治体への手続きは煩雑になりましたし、非定型的な手術は本当にどういう結果になるかもわかりませんから、お勧めできません。セックスレスの夫婦に対する仮想的な習慣記憶の追加手術は私の開発した定型的な手術ですが、あれもやる前はかなり試してから実施しました。

 はっきり言って、あなたにした手術の方が私にとっては自信がありますし、記憶追加手術を実施するよりよっぽどあなたの生活はよくなると思いますよ」

「そうなんですか? 結局、いまいちは分かってないんですが」

「ええ。ストレス耐性上昇、日――注意力上昇、思考速度の強化ですね。これはいわゆるキャラクタードクターに求められている人格調整よりも遥かに軽い、人格補助に近い。効果自体は薄いですし、全面的に人格が変わる――――ないので見た目は地味ですが、普通の生活を送っていてストレスを抱えている人にとっては、こちらの方が効果的だと思います。――会……ああ、つまり役所の上の方に申請手続きを簡便化できるように依頼しましたし、こちらの方が人々の生活は向上するようになるでしょうね。薄利多売とも言えます」

「なんか一気に俗になりましたね」

「いいことですよ。キャラクタードクターはそれまで精神科医や内科医の兼業でしたから。今でも兼業のことが多いですが、少なくともそれだけで稼げる仕事というのは大きいですよ。天才的なキャラクターデザインとか大量の資料を読んで修正する職人作業が必要じゃなくなり、機械化されましたから。セックスレス改善手術も典型的ですしパイとしては大きかったんですが、あれは競争が激しくてパイの奪い合いになってますからね。価格競争とサービス競争が大きくて、そのうえうまくいかないクリニックも多い」

「…………」

「……ずいぶん長く話してしまいましたね。ま、今回の手術はこういうわけです。

 一応言っておきますと、今回の人格補助はあくまでも補助です。短期的にはかなり大きな効果を発揮しますが、これを長期化できるかどうかはあなたの努力にかかっています」

「最初に説明されたあれですか?」

「そうです。

 バランスの取れた食生活と適切な量の睡眠。まずはこれらを心がけてストレスを溜めないこと。食生活についてはカルシウム、牛―や―魚と、ビタミン、野菜を多くとることですね。睡眠については、少なくとも仕事のある、長引いてしまう日でも一日2時間から3時間はとることです。平均的には5時間以上の睡眠が理想的ですね。

 これらさえ保っていれば、他の人からの評価によるストレスは今回のストレス耐性で十分防げるものになっています。陰口を言われたり、仕事で些細な失敗をしたり、雑用をしなければいけなかったり、そういったストレス原因による心理的な許容度をかなり増やし、ストレス発生量を抑制しました。いつでも明るく仕事ができるようになったわけです。

 次に自ら注意することを心がけることですね。日――注――上昇と思考速度の強化に任せきりにしまうと、自らの注意力を磨くことを怠ることがあります。そして結局あぐらをかいたせいで失敗して、上昇と強化を繰り返すようになる。これは極めて危険です。あくまでも補助として使っていることを覚えておいて、自ら注意して行動することを習慣づけてください」

「分かりました」

「これだけできれば、まあ日常的なストレスや作業の範囲内であれば失敗することはないでしょう。とはいえ、もっと社内の人間関係が複雑化したとき、業務が広範囲にわたり複雑化したときなどには、また別の方法で対処する必要があるかと思いますが。

 あ、もちろんこれは宣伝の一環です。そういう人がいたら、私のことを伝えてください」

「……先生って、結構変な人ですよね」

「変な人じゃなければ、こんな仕事はやりませんよ」

「……ふっ、ふふ。そうですね。こんな色んな人のプライベートな悩みを聞いて、セックスレスの治療で金を稼ごうとか考える人なんて、変な人じゃなければおかしいですよね」

「そうそう。その通りです」

「それじゃあ、今日はありがとうございます。こちらで終わりですよね?」

「はい、終わりです。おつかれさまでした」

 

「……………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………ふむ」

「……………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………」

「………………………………あの、どうかしましたか?

 そんな睨まないでください」

「…………ちょっと待ってください。なんとなく気になることがありまして」

「…………はい」

「……そう、そうですね。最後に一つだけ、これはオフレコなんですが」

「……なんでしょう?」

「私の患者さんで一人だけ、非常に特異的な追加記憶手術をした方がいました」

「……特異的、ですか?」

「私の友人の作家なんですがね。

 別の人間の気持ちになりたいと言って、別の人間の人生を丸ごと入れたことがあります」

「……それって、大丈夫なんですか? 法律的にとか……」

「もちろん違法です」

「……………………………………………………………………」

「だからオフレコですね。都市伝説を話しているとお考えいただければ」

「…………」

「その友人は、別の世界、別の歴史の人間、あるいは人間以外の人生を幾つも頭に追加しています。大体同時期に五人くらいですが、多いときには十人以上追加していたこともあります。それは歴史上の偉人のこともあれば、昔の只の庶民生活のこともありますし、現代の別人や動物の記憶、異世界の記憶を追加することもありました。この前なんか怪獣の記憶を追加したら、めちゃくちゃ暴れ回りましたね。さすがにびっくりしました。

 まあ五人もの人格を持ってると、どうしても琴線に触れることが多くて、すごい躁鬱というか情緒不安定になるんですよね。まあ面白い小説を書けるのは、そういう色んな感情を持つ人だからなのかもしれませんが。なかなか面白いんですよ、その人の作品。

 後畑咲っていうんですが。一番有名な作品だと、何だろうな。友人なせいか幾つも読んでいて、どれが世間からの評価が分からなくなるんですよね」

「『××××戦記』ですよね。海外を舞台にした長編歴史小説の」

「お、知ってますか。そうそう、それです」

「会社でも有名ですよ。そうですか、ここの患者さんだったんですか」

「まあここに来るときは変装してる、というか作家業として表に顔を出してるときは化粧してめちゃくちゃちゃんとしてるんで、ここのが素なのかもしれませんが、別人みたいに見えるでしょうね。少なくとも注意力を増したあなたでも分からないと思います」

「……それで、どうしてその作家さんのことを?」

 

「まあ……記憶について、少しだけ注意した方がいいなと思いまして。

 私は記憶追加手術をかなり悪く伝えましたが、それは私の実感としてあまり意味がない、あるいは意味がありすぎて有害なことだと感じているからです。私が偏っているのは間違いない。それでもあなたにはただ偏見と捉えてもらいたくない、軽々に手を出してほしくない。

 現実には確かに、記憶追加手術によって世界が変わったという人はいます。私はそういう人は例外だと思っていますが、もしかしたら私の記憶追加手術が良くなかったのかもしれない。それでも私は記憶追加手術をやって、良かったと思えることが少ないんですよね。良かったと思えるのが、セックスレスの夫婦を幸福にできたときですね。予定調和なので。

 だからあまり、記憶追加手術に興味を持ってほしくないなと」

「……その作家さんが、どうかしたんですか?」

「別にどうもしてないですよ、彼女は」

「…………」

「ただ……旦那さんと離婚してますけどね。本人はけろっとしてますけど。

 "ま、仕方ないんじゃない?"とか言って」

「…………」

「もちろん、記憶追加手術による影響と決まったわけじゃない。でも旦那さんはそれと分かったとき、私のところに殴り込みに来ましたね。すごく殴られました。もちろん手術の影響だとしてもおかしくないので、私も言い返せなかった。彼女と旦那さんが付き合う前に、私の方が先に人格を入れていたんですがね。そのことを彼女は秘密にしていたみたいだ。

 ま、私の方の配慮が足りなかったということでしょうね」

「なんで……旦那さんは、作家さんと別れたんですか?」

「”別人になった”とか言ってましたね。”自分の妻が別人になった”と」

「……………………………………………………………………」

「まあ事実ですよね。今までにない記憶を追加するんだからそりゃそうなります。私はそういうところまで含めて彼女の自己同一性だとは思ってたんですが、旦那さんには納得できなかったみたいです。ネズミとかライオンとかの記憶を追加してることまで分かったらもうカンカンでしたね。一応彼女が望んだんですが。人体実験だとか言って。

 さすがの私も、あれは申し訳なかったですね」

「…………」

「だから記憶というのは、愛情や関係性を維持するものでもありますが、同時に社会的な摩擦を生み出すものでもあります。追加すれば色んな視点を見ることができていい、経験を得られていい、という単純なものではない。適切な時期や状況というものがある。たとえば彼女の場合だと旦那さんにも結婚前に伝えておくとか、同じような経験をさせてあげるとか、そういう色々なことを考慮しながらやっていくべきものでした。

 記憶追加手術に興味をお持ちでしたが、私以外のキャラクタードクターにかかる、他のクリニックにかかる際はどうぞお気を付けください。記憶追加手術は決して安定的で安全な既存技術ではなく、むしろまだ前例の少ない実験段階の技術です」

 

「……はい、気を付けます」

「どうぞお願いします、本当に。

 あなたが当院で行った手術で、幸福になれることを祈っています」

「そうですね。……本当に、そうなりたいです。

 今日はありがとうございます」

 

「……それでは、待合室でお会計をお待ちください。

 お大事にどうぞ」


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