気分屋マヤノちゃんがクラシックを荒らす話。 作:隣のAG/マヤノテイクオフ
マーチャンと空白について、匂わせ以上の感想は控えて貰えると助かります
とりあえず、あと3話くらいは続くかも?
感想はありがたいですが、過度な内容は消すのでご注意を。
ついでに☆設定まとめに気分屋マヤノIFの項目を現時点分まで足しました。
「過労ですね」
病室で医師の診察結果を、ベッドの上目覚めたトレーナーは告げられた。
自覚があっただけにショックが小さく、ここ最近の日々を振り返り、やっぱり駄目だったかと思った。
6月後半の宝塚記念、マヤノトップガンは見事勝利し、クラシック期のウマ娘にしてグランプリウマ娘の称号を得る快挙となった。
それを最前列で見届けたまでは良かったが、慌てた様子のマヤノが駆け寄ってくるのをどこか他人事のように感じながら、意識は遠のいていった。
そして運び込まれた病院で目を覚ました、というのが事の次第である。
過労、と聞いて思い当たるのはここ1年のことだ。複数の担当をして、嫌みな同僚を受け流し、記者の対応をする。
マヤノトップガンだけでも手に余る新人トレーナーが、トウカイテイオーとも契約して忙しい日々を送った結果だ。 さらにアストンマーチャンという3人目もいる。
ベテラントレーナーのように、器用に立ち回ること等できない新人には当然の結果だった。
ウマ娘の体調管理をするのがトレーナーの仕事ではあるが、自分の体調管理を怠ってしまった。
担当がクラシック期に入ったことで、本格的にG1レースの研究を以前よりもする必要性を感じ、あまり疲労感は抜けないままエナドリやサプリメントで誤魔化そうとしたが、ついには限界がきたところだろう。
ときどき向けられた、マヤノのちょっと呆れたような表情の理由もわかった。
その日に限って「今日はおでかけしたい!」とテイオーが引きずられる形でトレーニングを休みにするので、マヤノなりの気遣いだったのだろう。
マーチャンも「忘れた買い物があったのでした。いやーうっかりですねー」とどこか行くことが多かった。
しばらくして、戻ってきたマヤノ達に診断結果について伝えた。
「はぁ、ボク急に倒れる人の介抱とか初めてだよ」
呆れたテイオーに返す言葉もない。
心配をかけてしまった。
安心したのかマヤノは抱き着いたまま寝てしまった。ゆっくりとその栗毛の髪を撫でる。
「まぁ、マヤノもわかっていたから急にトレーニング休みにしてたのかな」
「…ボクは、自分のことでいっぱいだったから」
顔を伏せるテイオー。誰だってそういうものだ。マヤノがたまたま気が付いただけかもしれない。
私だって周りを見るほど余裕があるわけではない。
同期のトレーナーなんて桐生院トレーナー以外の交友があった試しがない。
「トレーナーは単純に人付き合いが苦手なだけじゃないのかなぁ…」
耳が痛い話だ。嫌味な人達と友好的になる余裕は、現状ないのだから。状況が落ち着いても、仲良くなれるほどタフなメンタルはしていない。
「しばらく夏合宿なんだから、トレーナーも無理せず十分にお休みしてよね」
あまり負荷のかからないトレーニング中心にして、夏はしっかり体を休めるように予定を組もう。元からそのつもりだった予定は、あまり変化しなかった。
マーチャンは不調を顔に出さないウマ娘だった。そう気づかされたのは倒れたときだ。
ごめんなさい。その言葉から彼女は続けた。
「マヤノちゃんには気づかれていましたけど、マーちゃんも無理してました」
「トレーナーさんが無理しないように、マーちゃんも控えます」
◇◇◇◇◇
夏の合宿。アンタレスは人数が多いチームではないので、海も近くにあるいいホテルが使えるところを選んだ。
あまり負荷の大き過ぎるトレーニングをする訳にはいかないので、軽いものを中心に砂浜でできるメニューを組んでおいた。
それ以外はG1レースの疲労を抜くためのバカンスというのが目的だ。特にマヤノは宝塚記念まで挑むローテーションだったので、心配であった。
テイオーは菊花賞からジャパンカップ、有マ記念と短期間の3戦が控えている。皇帝が成しえなかった偉業のため、脚のことも含めて万全を期して臨みたい。
ところだったが、抜けきっていない疲労からか、先に夏バテしてダウンしたのはトレーナーの方だった。
アストンマーチャンも夏バテしてるが、普通にトレーニングしようとするところをマヤノに知らされた。
一緒に日陰で涼みながら、マヤノ達を眺めていた。
チーム・リギルも合宿にきているので、あまり便りすぎるのも申し訳ないが、トレーニングを行う際はふたりが混ざることを了承してもらえた。
なお、たまに遠くで腕組みして見守る皇帝の姿があったそうな。
マヤノからは「パパみたいなことしてる」と生暖かい目を向けられている。
夏の間、マーチャンによく合う日傘をマヤノと共に選び、プレゼントした。
とても気に入ってもらえたのか、このときからアストンマーチャンは、晴れの日には日傘を差していることをよく見るようになる。
ある日、近くの商店街では夏祭りがあるらしく、マヤノのテイオーは二人先にお祭りへと向かった。
「トレーナーちゃんも後で一緒にまわろうね!」
と橙色の浴衣に身を包んだマヤノに、トレーナーは後から行くと伝えて、ひとり波打ち際へと来ていた。
先客であるマーチャンはひとり、海を見つめていた。
慌ただしい1年の折り返し地点まできた。今までを振り返る。
「人の記憶は曖昧です。だから、マーちゃんからのお返しです」
これまで大変だったが、これからも大変だろう。
マーチャンから渡されたのは匂い袋だった。
貰った匂い袋を眺める。赤と緑、そして王冠の刺繡がされていた。
「忘れる順番、最後に残るは匂いだそうです」
花火の音がして顔を上げる。
「だから、私のレンズさん。マーちゃんを覚えていてくださいね」
海辺に咲く色とりどりの花。長い時間をかけて準備されていても、その輝きは一瞬のもの。
忘れるものか。私は彼女たちを支えるトレーナーなのだから。
長い人生の中でも、トゥインクルシリーズという瞬きのようなあまりにも短い期間。
彼女の夢もまだ、これからなのだから。
私は私にできる限りをしよう。そう決意を新たにした。
「遅いよトレーナー!ボクたち待ちくたびれちゃったもんね!」
と頬を膨らませたテイオーに怒られたのは余談である。
マヤノは理解ってると何も言わず、トレーナーに腕を絡めその後の祭を楽しんだ。
「トレーナーさんはモテモテですねー」
束の間のバカンスもあっという間に終わりを告げた。
9月後半、テイオーの菊花賞とマヤノの秋華賞を控えた日に行われた、短距離G1レース、スプリンターズステークス。
アストンマーチャンの晴れ舞台だ。
並み居るシニア期ウマ娘をなぎ倒し、そこでクラシック期のウマ娘が勝利した。
クラシック期ウマ娘での勝利はニシノフラワーに続く快挙だけではなく、レースレコードを大きく更新。
後に続くウマ娘達が破るのはとても難しい偉業という、鮮烈すぎる蹄跡を残して世間は大いに賑わっている。
マーチャンの記憶に残す目的は、着実に進んでいる。
今年は3冠ウマ娘への期待だけではないと、今までにない盛り上がりをみせている。
次世代のウマ娘たちの見せる輝きに人々はユメをみるだろう。
この後に続くクラシック3冠とティアラ3冠、無敗の3冠は達成されるのか、それとも他のウマ娘が伝説的偉業を阻むのか。
着実に、決戦の日は近づいている。
新たなる帝王と女帝の誕生を、世間は待ち望んでいた。
「トレーナーちゃんならきっと、大丈夫」
「マヤはヒントしか出せないけど、きっと」
ユメのその先へ。今回は、きっと。
◇◇◇◇◇
私はあと何回、走れるのだろうか。
命は流れていくもの。
上流から下流へ。それが理。
波の音が聞こえる。
まだ大丈夫。まだ大丈夫。
こっちへおいでと私を呼んでいる。
まだその時じゃない。
その声に応えるわけにはいかない。
まだこれからなんだ。
ユメを叶えるまでは。
誰もいない部屋を後にするのは、人形だけが見ていた。
今日も、誰かにみせる訳ではない映像を残す
「今日の記録終わりです」
誰もいない部屋での撮影を終え、カメラを止める。
「その時がきたら、人形の中に入れましょう」
きっと、こないことを願う日々。
「蹄跡は忘れてしまうかもしれません」
でもそれは叶わないのでしょう。
「ですが、確かに残っているハズです」
人形をそっと、元の位置に戻す。
「覚えてもらうことと、思い出すこと。似ていても違うことです」
あなたと見たユメも忘れてしまうかもしれません。
「覚えていなければ、思い出せないのです」
マーちゃんはちょっぴり。ちょっぴり寂しいですが。
「だから、アストンマーチャンを覚えていてくださいね」
もう半分、叶ってしまいましたから。