気分屋マヤノちゃんがクラシックを荒らす話。   作:隣のAG/マヤノテイクオフ

19 / 25
おまたせしました。
結末は決めていますが、中々筆が乗らず遅くなりました。

運命は待ってくれない。覚悟を決めるときです。
お待たせしました。感想の制限はもうありません
最終話09も翌日更新される予定です。


IF08 忘却

 有マ記念の後はチームみんなで温泉旅行へ行くことになった。

 マヤノが以前温泉旅行券を当てたので、いい機会でもあった。

 アグネスタキオンとマンハッタンカフェはデビュー自体が来年以降の予定だが、せっかくなのでチーム全員で行くことに。

 3人部屋を二つとトレーナーは個室で部屋をとり、小旅行を楽しんだ。

 マヤノとアグネスタキオン、テイオーとマンハッタンカフェという部屋割りにしたらしい。

 普段から関わり合いのある同士だったので、少し意外に思えた。

 マーチャンはマヤノとタキオンの方にしたらしい。

 時折カフェの『お友達』にちょっかいをかけられて、見えない相手にビビらされたと私の部屋へ逃げてくるテイオーをなだめつつ、年末のウマ娘特番を見ていた。

 

 …思えば、あまり気が休まる暇もない1年だったように思う。

 この2年間はあまり気が休まらないものだったと言えるだろう。

 一人担当するのも大変なのに、一度に複数は無茶な話だった。

 

 有マ記念の振り返りが終わり、紹介されるのは3冠ウマ娘特集。あぁ、一握りの高みにいるウマ娘が二人もいるのだと、改めて実感する。

 

「…目の前にいるのに、画面のボクを見て面白いの?」

 

 面白いか、というよりはこういう意見もあるんだなと思っている。

 

「カイチョーのことはともかく自分のはちょっとなぁ」

 

 そういうものだろうか。ウマ娘は勝ち星上げると必然的に有名人なるものである。避けては通れないことだが、担当トレーナーである私も有名人と言えるだろう。

 …あまり紹介されたくはないなぁ。

 

 

「そういえば、パパとママもトレーナーに一度会いたいって言ってたけど」

 

 …前向きに検討させていただきます。

 

「それ、断る人の言い訳じゃん!」

 

 ソ、ソンナコトナイデスヨ…?

 

 3冠達成が成されたときにちょっとお話できませんか?と連絡がきたことを忘れていました。

 確か、これからも娘をよろしくお願いしますといった内容だったと記憶している。

 過保護気味に可愛がってくるらしいことはテイオーから聞いたように思うが、いつか家にも招きたいという話は丁重にお断りしたところだ。

 ウマ娘の力で強引に、ということはないと願いたいところだ。

 お金持ちのパワーでゴリ押しされる、といった事例が過去にないとは言えないのが悲しい現実である。どことはいわないが。

 

 

 それから、テイオーとゆっくりした時間を過ごした。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 特番も終わり、いい時間になってきた。

 「お風呂!」と駆けていったマヤノもそろそろ戻ってくる頃だろうか。

 膝枕の状態から、テイオーはゆっくりと腕を回して抱き着いてきた。

 

「…ありがとね」

 

 囁くように、小声でテイオーは呟く。

 

「トレーナーがいたから、ここまでこれた」

 

 トレーナーの服に顔をうずめるようにして、表情は見せない。

 耳が下がり気味なのは照れ隠しでもある証拠だろうか。

 ゆっくりとテイオーを撫でる。

 

「…ボクのユメ、だいたい叶っちゃったなぁ」

 

 

 ゆったりとした雰囲気を壊すように扉が開き、テイオーは「ピェッ!?」と小さな奇声とともに飛び上がり距離をとった。

 テイオーを撫でようと持ち上げた手は空を彷徨う。

 

「むぅ、テイオーちゃんだけずるーい!!」

 

 飛び込んできたマヤノは、テイオーが離れた隙にしっかりと抱きついてきた。

 少し頬を膨らませながら、もう渡さないとばかりに胸元まで抱き寄せられる。

 ほのかに香る温泉特有のものと高めの体温に、湯上り直後に急いだのだと感じられる。完全にほどかれた長い髪も結ばずにきたほどで、まだ湿っているように思う。

 

「マヤのトレーナーちゃんだから、テイオーちゃんにはあげないもん」

 

 抱きしめ返したいくらいに可愛いウマ娘だが、抱きついてきたマヤノを引きはがし、生乾きな髪の手入れを始める。

 マヤノならくるかもしれないと思って、準備してあったのを思い出したのだ。

 

「…いやいや、ボク“たち”のトレーナーじゃん」

 

「でも、トレーナーちゃんはマヤにむちゅーだしぃ?」

 

 ねー?と聞かれたので頷いておく。マヤノ“だけ”という訳ではないが、間違ってはいない。

 私はマヤノ“たち”に夢中だと言えるのだから。

 はぁとため息をついたテイオーは背中側に回り、体を預けるように密着する。

 これからもこの3冠ウマ娘ふたりに振り回されそうだなぁと、少し諦め気味ながら嫌には感じないトレーナーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 扉の外にもいることはマヤノ以外は知らない。

 

「…カフェは混じらなくていいのかい?」

 

扉を挟んだ二人は中へ入ることなく、マヤノが飛びつく様子を見送ったままだ。

 

「…いえ」

 

 相方の珍しい様子に、アグネスタキオンは興味が湧いた。

 私達は待ち望んでいたトレーナーという理解者を得たのだ。ちょっとくらい揶揄ってもいいだろう。

 

「遠慮する必要はなさそうだけどねぇ」

 

「遠慮というよりは、その」

 

「ん?」

 

 おや、思っていた反応とは違うような。

 

「…歯止めが、効かなくなったら嫌なので」

 

「歯止め」

 

 …何の?

 まさかの回答に、ちょっと揶揄ってやろうと思っていたタキオンの思考が停止してしまった。

 

「『お友達』もきっと、止めてくれないので」

 

 ちょっぴり頬を赤らめて言う様子に、具体的な内容は聞けなかった。

 あれ、ひょっとしたらトレーナーはマズイものを目覚めさせてしまったのでは。

 トレーナー君でちょっと薬の実験する発想があった自分のことを棚に上げて、タキオンはそう思った。

 まぁ、うん。トレーナー君には責任をとって貰うのがいいんじゃないかな。

 

 名のある家ほど強制連行というご招待はよくある話だし、思春期のウマ娘を支えたトレーナーが一生を共にするという話は、少なからずある話である。

 

 少しだけ、トレーナーという存在を哀れに思ってしまったタキオンは、これからも忙しくするトレーナーの負担を1割ほど軽くしたらしい。

 

 

「…マーちゃんにはちょっと、あそこは眩しすぎますね」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 身体がふわふわとした浮遊感に包まれている。

 

 夢を、みているのだろう。

 

 微睡に揺れる意識の中で、誰かに似た白いウマ娘は私の手を引かれていく。

 

 グラウンド、チームルーム、河川敷と移り変わる非現実的な景色にはっきりとこれは夢だと感じた。

 

「…きっと、あなたは目が覚めたら忘れてしまうでしょう」

 

 やがて砂浜についたところで、手は離された。

 見覚えのある場所だが、どこの海岸だろうか。

 

「ここは境界の開く場所。異質な存在や、魔に魅入られた存在ほど引き寄せるところ」

 

 彼女が指さしたのは海の向こう側。薄暗い夜の海は静かに揺れている。

 

「ここは夢なので、本物ではないけれど」

 

 夢。つまり現実のこの場所が、そういった場所なのだろうか。

 私の考えを肯定するように頷いた彼女は続ける。

 

「彼女はここではない場所から流れついた」

 

 彼女、きっとあの子のことだろう。不思議なウマ娘の、アストンマーチャン。

 

「だから、気を付けて。彼女はずっと、呼ばれていると思う」

 

 海の向こうから?あの世とでも言うべき場所、もしくは彼女本来の居場所に繋がっているのだろうか。

 海といえば、生命の帰る場所。こぼれ落ちる水に例えた彼女にとっても終わり(はじまり)の場所。

 

「次はきっと最後の機会。だからトレーナーさん、どうか―――

 

 

 この場所をわすれないで

 

 

 薄れゆく意識の中、彼女の忠告は薄れていく。

 

 夢からは現実へ持ち帰ることはできない。

 記憶に残らないとしても、それでも込められた想いは残る。

 可能性を繋ぐことはできるのだ。

 

 どうか、運命のその先へ。乗り越える切欠とならんことを。

 

 カフェですら私には、助けることができないのだから。

 

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 激戦を制したトウカイテイオーのシニア1年目は、今年大事をとって休息とした。

 

 脚の疲労を取り除きたいので、年末のクライマックスシリーズまでお休みだ。

 クライマックスシリーズはトゥインクルシリーズとは別枠の特別レースという扱いらしく、どのような勝敗であっても数に入れないらしい。

 来年度から本格的にシンボリルドルフのG1勝利記録に挑むことになるだろう。

 または、シンボリルドルフさえ掴めなかった凱旋門賞へ挑む、なんてこともあり得るかもしれない。

 最近は以前のように、生徒会室によく遊びに行く様子が見られている。

 時期生徒会長候補では?とも噂されているらしいが、「そういうのはマックイーンの方が向いてるし」と否定している。

 「生徒会入りはするかもしれないけれど、手伝いくらいで留めてそもそも入らないかも?」と言っているので、ゆっくり考えるらしい。

 

 その一方で、マヤノトップガンは今年の予定として宝塚連覇を掲げている。

「せっかくブライアンさんに挑まれたからには、一度白黒つけないとって」

 この間のインタビューの際には、マヤノはそのように答えていた。 

 

 

 

 

 あと一ヶ月もしないうちに、トレセン学園名物の感謝祭が開催されるということで、レースを控えたウマ娘以外はそれぞれの催し物について準備をしているらしい。

 関係者以外の人がトレセンに大勢集まる数少ないファン交流イベントで、数少ない一般開放される機会でもある。

 クラスやチームで集まり行われることが多く、学園は準備で忙しいようだ。

 マヤノとテイオーは年度代表ウマ娘となったので、相応の対応が求められるだろう。

 こういった機会では、輝かしい功績を残したウマ娘が、握手会やちょっとした並走等、何かしらのファンサービスを行うことが通例らしい。

 しかし、アストンマーチャンに話は一切こなかったようだ。

 彼女もまた、名を連ねたウマ娘であるというのに。

 聞いた話では、フジキセキ監修テイエムオペラオーらによるウマ娘歌劇、「トゥインクル☆スタアライト」なるものも行われるらしい。

 マンハッタンカフェもどうですか?と話がきたようだが断ったとか。

 

 

 

 感謝祭当日は、チーム・アンタレスとしての催しといえば、限定チームぱかプチ3体セットを販売したくらいである。

 マヤノの気分次第でサイン付きになっているらしいが、私はどれがそうなのかを知らない。

 たまたまテイオーがきたときに来ていた、ファンを名乗るウマ娘2人組にはマヤノとテイオーがそれぞれサイン入りで渡していた。

 マヤノ曰く「きっといいライバルになるよ!」とのこと。きっと将来が楽しみなウマ娘なのだろう。

 

「せっかくなのでマーちゃんのサインもつけておきますね」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 3月に開催される高松宮記念は、年度の切り替わりを考えると大阪杯と並び、最後のG1レースと言えるだろう。

 4月には長距離レースとしてかの有名な春の盾、G1レース天皇賞・春が控えているが、あちらと違い短距離レース。

 日本ではクラシックディスタンスといえば中距離が主流ということもあり、多少注目度が低いかもしれないが、立派なG1レースである。

 

 一昨年の覇者、キングヘイローの活躍は記憶に新しい。

 黄金世代と中・長距離で勝負していたウマ娘が短距離に路線変更し、勝利した。

 距離を延ばすより縮める方が難しいと言われるくらいなので、彼女は天性のオールラウンダーかもしれない。

 少なくとも、サクラバクシンオーがキングヘイローと同じように中・長距離で入着することはほぼ不可能だろうし、かのシンボリルドルフであっても短距離で勝利するのは難しいだろう。

 キングヘイローは今年の参戦も表明していたので、優勝筆頭候補と言われている。

 マーチャンの知名度自体は上がっていて、3番人気だったはずだ。

 他にも強敵といえるウマ娘達が多く、私には予想がつかないレースになりそうだった。

 しかし、マーチャンなら勝てる。そう思えた

 

 

 ファンファーレは鳴り響く。

 

 人々のユメと想いを乗せて。祝福のように。

 

 ユメの先へ、遠く、遠く。

 

 

 今日が、運命の日であると告げるように。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 『勝ったのは■■■■■■■■■!!』

 

 『2着にキングヘイロー!!』

 

 激戦を制したのは、小さな王冠をつけたウマ娘。アストンマーチャンだ。

 彼女達の健闘を称える観衆と、応援していたウマ娘の敗北に悔しさを浮かべる人々がほとんどだった。

 

 私も勝利した彼女の名前を呼ぼうとして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズキリと突然、ひどく頭が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反射的に頭を抑えていたことに気がつく。

 すぐに収まったので、掴んでいた手摺も離し再びターフに目を向ける

 

「トレーナーちゃん、大丈夫?」

 

 突然様子がおかしくなったトレーナーの姿に、マヤノが心配そうに服を掴んでいる。

 歓声もいつの間にかやんでいた。

 

 恐らく1着であろう知らないウマ娘が、観客席に向かって手を振っている。

 

 なぜか歓声はならなかった。驚くほど静かな観客席のままだ。

 それでも手を振る彼女の名は誰も呼ばない。呼ばれない。

 

『よかったぞキングヘイロー!』

 

 ポツリ、ポツリと観客席からウマ娘の健闘を称える声が出始める。

 しかし、彼女の名は呼ばれない。

 

 誰も彼女に気がついていないように。

 

 

 やがて彼女はこちらへ顔を向けた。

 観客席の様子に驚きはしてないようで、悲しんだようには見えなかった。

 

 

 …?

 

 彼女はにこやかに私のいる方向へ、口を開く。

 

「■ー■■■はどうでしたか?レンズさん」

 

 

 目が合った私に向かって、ノイズ交じりの名前を口にした。

 

 しかし、彼女の名前と思われる部分にに聞き覚えがなく、首を傾げた。

 私は彼女の関係者なのだろうか?全く身に覚えのないことだった。

 私ではなく周りに担当のトレーナーがいるのか?と辺りを見回してみるが、誰も彼女の方を見ていない。

 

 

「…あっ」

 

 

 私の顔を見た彼女は、驚きと共にゆっくり手を下ろした。

 信じたくないものを見てしまった、そんな顔だ。

 

 ゆっくりとふらつきながら彼女はターフを去っていく。

 

 途中、よろけてぶつかった記者の誰もが、彼女に気がつかない。

 

 

 …私は、彼女の知り合いだっただろうか?

 

 伸ばしそこねた手は、気づかぬうちに御守りのような匂袋を握りしめていた。

 

 

 

 そして彼女は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ、マーちゃんは失敗しました」

 

 涙は、出なかった。

 

 初めから、わかっていたことなのです。

 

 ユメは、醒めるものです。

 

 あの日と同じ舞台で、繰り返されたユメなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、学園に戻るまでのことをよく覚えていない。

 

 いつの間にか部屋へと戻っていて、今日はユメでも見ていたのだろうか。

 

 小さな王冠をつけたウマ娘。あのウマ娘は、なんて名前だろうか?

 

 私はあのウマ娘を知っているのだろうか。

 

 小さな棘のような違和感が残る。

 

 昼か夜かもわからない黄昏の中で、意識は闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

「ゆっくりおやすみ、トレーナーちゃん」

 

 

 

 

 マヤノの声だけは、はっきりと聞こえた。




IF世界、その秘密を知る覚悟は、ありますか?

もしあるなら、始めから黒く塗りつぶしてください。

隠された真実は残酷なものかもしれません。

彼女の名前を呼んであげてください。

彼女の軌跡を忘れないであげてください。

この世界を観測しているあなたならば、きっと。

貴方達の想いが集い、少しばかりの奇跡を生み出せるかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。