気分屋マヤノちゃんがクラシックを荒らす話。   作:隣のAG/マヤノテイクオフ

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最後なので連続更新。

答え合わせを始めましょう



IF09 名前を呼んで(終)

 気がついたとき、私はチームルームにいた。

 

 いつのまにか眠っていたのだろうか?

 

 なにかを忘れている気がする。

 

 今日はいつだろうか。

 

 立ち上がった私は、ふと目に付いたトロフィーの置かれた棚に近寄る。

 

 皐月賞、ダービー、菊花賞。クラシック3冠に桜花賞から始まるトリプルティアラ。

 たった1年間で揃ってしまった、多くのトレーナーが羨むトロフィーの数々だ。

 

 トウカイテイオーとマヤノトップガンによって荒らされたとでも言うべき、輝かしい功績だ。

 

 それだけではなく、目の前には見覚えのないトロフィーが置かれている。

 ■■■■■ー■■■?誰だろうか。

 そっとひとつを手に取り、安田記念のトロフィーに刻まれた、なぜか読めないその名前をゆっくりとなぞる。

 私はその名前を、知っているような気がする。

 知らないはずなのに、知っているように思う?不思議な気分だった。

 

 

 

 トレーナーちゃんは、知りたい?

 

 

 

 ふと聞こえた声に私は振り返る。

 

 

「トレーナーちゃん」

 

 

 部屋に差し込む夕陽を背にしてマヤノトップガンはいた。

 

 逆光でマヤノの顔はみえない。

 

「もう、休まない?」

 

 

 優しい声色で言われたそれは、堕落への誘いに思えるほど甘美な囁きだった。

 

 

「トレーナーちゃんはいっぱい、いーっぱい私たちの為に頑張ったよね」

 

 胸のあたりで手を重ねたマヤノは続ける。

 

 …そうだ。それが報われたのか、トウカイテイオーは無事にユメを叶えた。

 3冠ウマ娘となって、シンボリルドルフも成し遂げられなかった無敗のまま、有マ記念までもを制し無敗の6冠である。

 

 

「…だから、忘れてしまったとしても」

 

 続いた声は小さかった。

 

「…わからなくても、いいと思わない?」

 

 顔を上げたマヤノは、泣きそうな表情をしていた。

 

 トレーナーである私を、本気で心配しているとわかってしまった。

 

 

 

 

 

 …あぁ、それは、ダメだ。きっと、ダメなのだ。

 

 何がどうと、はっきりとしなくても。

 

 私は。私だけはしちゃいけないことだと思う。

 

「そうだね、トレーナーちゃんはそういう人だよね」

 

 何故かわからないのに、凄く苦しい。

 

 知らないはずなのに。

 

「うん」

 

 大切なモノを失ってしまうような気がして。

 

 小さな違和感がまだ、はっきりとしていなくて。

 

「思い出したい?」

 

 …思い出したい。

 

 私は、確かに約束した。そう思うから。

 

 

「…今ならまだ、間に合うよ」

 

 

 そう言ってマヤノは人形を指さす

 

 

「その子、覚えてる?」

 

 

 ずっと部屋にあったマスコット人形。

 

『私は、マスコットになりたいのです』

 

 そう願った誰かに貰った、大きいぱかプチ人形を手に取った。

 肩にかけられた小さな鞄は、小物入れのようになっているようだ。

 

 ふと何かが入っていることに気づいた。

 ポケットの中にあったのは、きっとあの子の匂袋。

 私は迷わず袋を開けた。入っていたのは貝殻とメモリーカード。

 マヤノに手渡されたビデオカメラに差し込んで、入っていた動画ファイルを再生する。

 映っていたのはこの部屋だった。ウマ娘の声もあるが、姿は映っていない。

 

 頭が痛む。

 

 …いや、彼女はそこにいる。なぜか見えないだけで、きっと。

 

 ■■■■■ー■■■。

 

 まだ、名前はノイズ混じりで思い出せない。

 

 ずっと、ずっといたのだ。

 

 少しずつ、虫食いのようにかけた記憶が蘇る。

 

『私のレンズさん』

 

 

 彼女のいた記憶さえ、白く塗りつぶされていたのだ。

 見えない空白に閉じ込めるように。なくても辻褄が合うように。

 

 彼女もまた、共に歩んだウマ娘なのだ。

 数々の記録を塗り替えた、凄いウマ娘なのに。

 

『だから、■■■■■ー■■■を覚えていてくださいね』

 

 

 私は、なぜ彼女を忘れていたのか。

 

 消えてしまいそうな雰囲気があった。

 

 病院が嫌いだと言った。

 

 送った日傘を大切にしていた。

 

 儚げで、放っておけない、あの子を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …行かなければ。

 

 今だに名前がノイズまみれで思い出せないのに。

 

「トレーナーちゃんなら、きっとわかるよね?」

 

 …あの海だ。

 

 そこに行けと、言われた気がした。

 

 あの海で、誰かと話した気がする。

 

 いまだ顔のよく見えない、あの子の記憶は確かに存在する。

 

 彼女はきっと、そこにいく。

 

 確かな確信があって、忘れるなと言われた気がする。

 

 だから、行かなければ。

 

 

「いってらっしゃい、トレーナーちゃん」

 

 

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「急ぎなさい。彼女が戻れなくなる前に」

 

 

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 日傘はもう、必要がなくなってしまいました。

 

 名残惜しいと感じながら、そっと浜辺に置いて、彼女は歩み始めた。

 

 こっちへおいでと、彼女を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

 

 もう既に、ひざ下まで水に浸かってしまうところだ。

 

 

 

 ■■■■■ー■■■!!

 

 

 彼女を呼ぶ、あの人の声が聞こえて彼女は足を止めた。止めてしまった。

 

 

 

 なぜ、きてしまったのでしょう。

 

 もう決心はとうにつけていたのに。

 

 どうしてでしょうか。

 

 トレーナーさん。私の、レンズさん。

 

 あなたはひどい人です。

 

 私がまた、覚えていてほしいと、思ってしまったのです。

 

 やがて、私のことなど忘れてしまうというのに。

 

 

 

 

 

 トレーナーさん。私、二度目なんです。

 

 消えてしまったはずの私はなぜか、何かの悪戯か再びトレセン学園にいました。

 

 今までがユメだったのか、今がユメなのか、私にはわかりません。

 

 誰も、私を知らないのに、ちゃんと部屋も、籍もあるんです。

 

 三女神様ならなにか知っているのではないかと思いましたが、何もわかりませんでした

 

 不思議なことが起きると言われる場所に、再び行きましたが何も教えてはくれません。

 

 もしかしたら、ここでならできなかったことができるのではないかと、思ってしまいました。

 

 愚かなウマ娘は、願ってはいけないモノを願ってしまったのです。

 

 

 

 

 

 そんなある日、トレーナーさんに出会ったのです。

 

 ああ、この人なら、きっと。

 

 ウマ娘に寄り添ってくれる人だと、運命のようなものを感じてしまったのです。

 

 それからは夢のような日々でした。

 

 やがて泡のように消える日々だとしても、輝いてみえました。

 

 やむことのない歓声が聞こえなくても。

 

 

 

 

 

 …だからでしょう、愚かなウマ娘は気がつきませんでした。

 

 都合のいい話などありはしないのだと。

 

 望みを叶えるには支払う代償があると、よくわかっていなかったのです。

 

 私は、レースに出るたびに、領域を使う度に、代償として人々の記憶が消えていくようです。

 

 この世界の異物である故に、認識されにくい私の有限な力。

 

 やがて忘れ去られた私の存在は、消えていく。

 

 どうりで、マスコットの人気に反して名前だけが認知されない訳です。

 

 人々の記憶からも消えていく私は、やがて存在そのものが初めからなかったことになるのでしょう。

 

 

 ここが私のいるべき世界ではないのだから。

 

 

 

 

 

 そのことに気が付いたのは、あの夏です。

 

 日傘を貰った日、匂い袋を貰った、あの日。

 

 ふと、下を向いた私は、自分の影が薄まっていると気づいてしまったのです。

 

 その事実を知った私はもう、日傘を手放せなくなってしまいました。

 

 知られることを恐れてしまったのです。

 

 せめて、トレーナーさんに悟られてしまう訳にはいかないと。

 

 

 

 

 

 砂時計のように零れ落ちる、私という誰かの記憶。

 

 明確なタイムリミットを感じてしまった私は、映像を残すことにしました。

 

 私の顔も、声も、匂いも、蹄跡もきっと忘れてしまうかもしれません。

 

 …もう十分貰ってしまいました。

 

 

 

 

 

 だから、この海に呼ばれる声に惹かれるのも、悪くないと思ってしまったのです。

 

 私の番がきていたのに、流れに逆らうことを止める。それだけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、私の名前は、どんなものだったでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ー■■■!!

 

 

 

 

 …トレーナーさんはずるいです。

 

 幻聴であったら、良かったのに。そう思ってしまいました。

 

 

 服が濡れてしまうことを気にせず、あの人はきてしまいました。

 

 絶対に離さないというように、強く■ー■■■を抱きしめました。

 

 

 

 

 ■■■■、■ー■■■!!

 

 

 

 

 

 叫ぶように言う、ノイズまみれのその言葉は、きっと私の名前なのでしょう。

 

 酷い音です。

 

 そんな風に抱きしめられてしまっては、乱暴に振りほどく訳にはいかないじゃないですか。

 

 ウマ娘の力は強すぎるので、人間のトレーナーを振りほどけばケガでは済まされないでしょう。

 

 マヤノさんもテイオーさんもいるのに、私を止めにきてしまったのですね。

 

 

 

「■ー■■■は、もう終わりでいいじゃないですか」

 

 まだ、始まっていない。そうトレーナーさんは言います。

 

  ■■■■■ー■■■の蹄跡は、まだこれからだと。

 

「誰も、■ー■■■を覚えていませんよ?」

 

 私がいる。それに―――

 

「…それに?」

 

 まだ、取っていないレースがあるだろうと。

 

 チーム・アンタレスのマスコットは君しかいないと。

 

 チームだけでなく、みんなのマスコットには、まだなっていないだろうと。

 

「…そうですね」

 

 マスコットの枠は、譲るわけにはいきませんね。

 

 私は、■ー■■■は、みんなのマスコットになると、そう言いましたね。

 

 一緒に帰ろうと、トレーナーさんは私の手を引いていきます。

 

「…名前」

 

「…もう一度、読んでくれますか?」

 

 

 

 

 

 ア■■■ー■ャ■

 

 

 

 

 

「もう一度です」

 

 

 

 

 

 アストンマーチャン

 

 

 

 

 もう、ノイズまみれの酷い音ではなく、今度こそハッキリと聞こえました。

 

 

 そうでした。これが私の名前です。

 

 

 

 

「はい。アストンマーチャンです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …もうあの忌まわしい声は、すっかり聞こえなくなっていました。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 私はトレーナーさんと共にトレセン学園へと戻りました。

 

 すっかり夜になっていて、寮長さんもカンカンです。

 

 スカーレットも、ウオッカも心配していました。忘れていると思っていたので意外です。

 

 ぱかプチ人形が、思い出す切欠だと言っていました。

 

 …はて?私は二人にあげたのでしょうか?ちょっと記憶にありません。

 

 次の日、私にとってはじまりの場所でもある、三女神像を訪れることにしました。

 

 また、ここに戻ってきてしまいました。

 

 

 あの日との違いは、皆さんがおかえりと言ってくれます。心配したと怒っていました。

 

 

「マーちゃんは、もう少しだけ頑張ってみます」

 

 

 

 トレーナーさん達がいる部屋へといくことにしましょう。

 

 踵を返したとき、一瞬だけ風が強く吹きました。

 

 4本足の動物が、マーちゃんの横を通り抜けていったように見えました。

 

『これは、特別ですよ』

 

 かすかに声が聞こえた気がしますが、きっと気のせいでしょう。

 

 システム:■■■を変換

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーちゃんは、トゥインクルシリーズでのレースは引退することにしました。

 

 マーチャンの問題は完全に解決した訳ではなく、レースに出るのは現状危険である。とのことです。

 

 あくまでも“現状は”なので、いつか走れる機会がくるのかもしれませんね。

 

 今するべきなのは、マスコットとしての再スタートです。

 

 はい、チームの広報大使兼、マスコットウマ娘のアストンマーチャンです。

 

 少しずつ、時間をかけて確実に。チームのみなさんも協力してくれます。

 

 今はすっかり、世界的な知名度となったらしいです。

 

 トレセン学園の宣伝大使という肩書もいただきました。

 

 

 

 

 やがて、いつの日かに行われるクライマックスシリーズ。

 

 そこで、マーちゃん達チーム・アンタレスは新しい伝説を作るでしょう。

 

 何度目かの開催で、マーちゃんも、その舞台へ―――

 

 おっと、未来のことを言い過ぎました。

 

 ここでマーちゃん達のお話は終わりなのです。

 

 続きは公式マーチャンネルで。

 

 

 

 みんなのマスコット、アストンマーチャンでした。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

システム:シミュレーションNo.■■■■■■■を終了します。

 

 

 

 はじめまして、でしょうか。それともおひさしぶり、でしょうか?

 また、ここへやってきたのですね。

 

 ここはだれかの夢が繋がることで、できた世界です。

 このIFの世界は分岐した世界、マルチバースのひとつと言えるでしょう。

 または膨大なシミュレーションのひとつの可能性というべきでしょうか。

 そこに紛れ込んでしまったバグ、ウマ娘アストンマーチャン。

 

 本来は消えてしまったはずのあの子。偶然にも迷い込んだ魂なのです。

 誰かが願って生まれた可能性のひとつであるので、世界を飛び越えて彼女はきてしまった。

 なぜなら、彼女もまた願ってしまったから。

 

 しかし誰かの想いを背負うウマ娘ですが、彼女への想いは消えてしまうもの。

 彼女は存在しないはずなのですから、時間が経てば消えてしまうのも当然です。

 

 だから、支払う対価は彼女自身で補う必要がありました。

 彼女を知る人々の想いを束ねる代償として、加速的に人々の記憶は薄まっていきます。

 足りない分は彼女の持つ名前に残された、どこか遠い世界の想いたちで埋めました。

 あのぱかプチが、彼女の時間をほんの少し稼く手助けになったのは少々意外でしたね。

 

 本来なら、あなた方がこの世界を観測することは有り得ないことなのです。

 つまりあなた方は、ここではない違う世界の住人なのでしょう。

 儚く消える偽りの世界であったとしても、込められた想いは偽物ではありません。

 あなた方の想いもまた、確かなものでしょう。

 

 ところであなた方は、『感想』や『お気に入り』といった方法で、想いを残すのでしょう?

 それなら想いを束ねて、ほんの少しばかりの奇跡を起こすには十分かもしれませんね。

 

 幸い、少しづつ彼女があの世界で歩んでいけるようする為に、都合のいいマスコットがありますし。

 時間と共に、人々は思い出すことでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐグランドライブが行われます。

 

 トレーナーさん?お疲れでしょうか。

 

「う~ん、どんなユメを見ているんだろう?」

 

「マスターはお疲れです。しばらくそっとしておきましょう」

 

「トレーナーくんも中々大変だからねぇ」

 

「走るだけじゃ見えない景色が、ここにあるのですね」

 

 スマートファルコンさんに始まり、ミホノブルボンさん、アグネスタキオンさん、サイレンススズカさん。

 

 彼らの協力もあって、みんながセンターの特別なライブがついに行われようとしています。

 

「みんなのおかげでここまでこれた、ううん、これからだね!」

 

 ファルコンさんの言葉に皆頷きます。

 

 

 

 

 

 

 起きて、トレーナーちゃん?

 

 

 

 

 

「いくよみんな!テイクオフのときだね!」

 

 そして、マヤノトップガンさん。

 彼女とトレーナーさんなくしてこの日は迎えられなかったでしょう。

 

 見てますか先輩、勝ち負けだけじゃないウマ娘の可能性を。

 

 誰もがセンターとなる、もう一つのユメの舞台を。

 

 

 

 

 

 

 

 IF:気分屋マヤノちゃんたちがクラシックを荒らす話。 完




IF√は完結です。これにて終わりとなります。
拙い文章ながら、ここまでのお付き合いありがとうございました。

あとはIFの設定まとめを次回に更新くらいですね

ここまでありがとうございました!

隣のAG/マヤノテイクオフ
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