気分屋マヤノちゃんがクラシックを荒らす話。 作:隣のAG/マヤノテイクオフ
EX01 残光
有マ記念を制したマヤノトップガンとチーム・アンタレスは一躍時の人となった。
まるで自分の手柄のように話す者、お前には相応しくないという者、手のひらを返して擦り寄る者もいる。しまいには私のアドバイスのおかげだろう?なんて言ってもいない話をする者もいる始末。
この手の類は富と権力と名声にしか興味がない輩なのはわかりきっているので、たづなさん越しに丁重にお帰りいただいた。ついでに理事長に報告である。
インタビューや独占取材の電話もひっきりなしだが、マヤノがこの人!と決めた人以外は全てお断りしている。おかげで一部週刊誌はあることないこと書いているが、それに関しては、既に名誉毀損で法的手段に出ています。と事後報告と共に、その出版社からの今後一切の取材を受け付けませんという宣言を、チーム宣伝用SNSで公表した。ファンによる追撃も合わさり、該当の出版社は大炎上しているらしい。
マヤノトップガンのクラシック年間戦績はなんと、7戦7勝。うちG1が6つという驚異の大記録だ。
それだけでないのが、マヤノトップガンが複数の歴史を塗り替えたという事実だ。
まずは年間無敗記録。これに関してはG1レースを6つ含めたクラシック期であるという点だ。過去の3冠バでこの数のG1を勝利したという例がまずない。そもそも無敗で3冠のシンボリルドルフでさえジャパンカップで敗北しているのだ。
…まずクラシック年度に6つのG1レースをこのローテーションで走ることが極めて珍しい。
マヤノトップガンが怪我無く走り切ったことが奇跡なのだ。少しの無茶で大怪我に繋がりかねないということは知識あるトレーナーならはっきりと理解しているだろう。
2つ目はクラシック期ウマ娘による宝塚記念制覇。
これは前例がなかった記録である。人気投票上位のウマ娘によるシニア混合レースで競うには、ダービー後の時期ではまず難しいということだ。
ジャパンカップと有マ記念は既に前例があるので初という訳ではない。
3つ目、クラシック3冠ウマ娘が同一年度のジャパンカップを制覇したこと。
これは意外なことだが、そもそも3冠ウマ娘自体が珍しい例なので、そうそうあってたまるか、と言われても仕方がない。
シンボリルドルフはともかく、ナリタブライアンはジャパンカップに未だ出走してすらいないので、それもそうかという記録である。
唯一の敗北はホープフルステークスということもあり、無敗の7冠が達成される可能性もあったという事実が議論を熱くさせているらしい。
マヤノトップガンが年度代表ウマ娘に選ばれるというのは、当然の結果といえるだろう。むしろこれで選ばれなかったら人間性を疑われる。
年度代表となった特典として、新しい勝負服を頼める権利が貰えたが、偶然にも有名デザイナーのビューティー氏の目に留まり、名乗りを上げた翌週にはもう出来ているらしい。
仕事が早すぎる。お詫びに細かいチェック含めた確認やら調整やらを普段以上に対応する他、1点物のコーディネートもまとめてつけるとか。
表彰式翌日に早速届いたサンセットブーケというらしい勝負服は、マヤノトップガンのためだけの花嫁衣装であった。
正直、ウエディングドレスの勝負服です。と言われて聞き間違いではないかと思い、何度も聞き返して確認をとったところ、本当にドレスであった。
なお、試着したマヤノトップガンによって写真と共に報告を受けたマヤノパパは泣いた。
嬉し涙ではなくガチな方の号泣であった。娘に突然、結婚しますと報告をされた父親の姿そのものであったので、トレーナーは静かに合掌した。
泣きながら娘の相手は!?と問い詰められる身にもなって欲しい。新しい勝負服なんです。と誤解を解くのに数時間かかった。
しかし、いいことばかりではないのが現実である。
理事長直々の呼び出しで部屋によばれたトレーナーとマヤノトップガン。URAからの“出走制限”という通達は、本部からやってきた樫本理子氏によってもたらされた。
樫本氏も理事長も、掛け合ったものの取り下げられることはなかったという。
マヤノトップガンの出走は、天皇賞・有マ記念含む一部のレースを除き認められない。
回りくどい言い回しを全て省いた内容は、実質トゥインクルシリーズをほぼ出走するなということであった。天皇賞は認める、と多少の妥協があるあたり、シンボリルドルフに続く7冠ないしはそれ以上の偉業を達成する可能性は、残してあげようという考えが透けて見えるかのようだ。
悔し気なふたりだが、当の本人であるマヤノトップガンは「わかっていたことだから」と気にした様子ではない。むしろ以前から進めていた新しいレースの方が気になるらしい。
URAファイナルズ、というらしい新しいレースは早くても2年かかるだろう。ということだ。
「じゃあ、それまでトゥインクルシリーズでのレースは走らないから」
いいよね、トレーナーちゃん?と笑顔のマヤノトップガンの様子に集まった大人たちは頭を抱える
こととなった。
URAの上層部が思うようなレースの顔として、または新しい伝説の象徴としてという意図は、気分屋なマヤノトップガンにとってどうでもいいことなのだ。
◇◇◇◇◇
後日、マヤノトップガンがクジ引きで見事引き当てた温泉旅館の宿泊券があったので、ふたりきりのぷち旅行へ行くことになった。
お高めの料理に舌鼓をうちつつ、温泉へ入る。仮にもウマ娘とトレーナーである。余程仲が良いとしても一緒の風呂に、なんてことはしない。
部屋ではマヤノが膝に座り体を預けるので、撫でながらゆっくりと過ごした。大型犬を乗せてだき抱える感覚ってこんな感じなのだろうか。
こうしてゆっくり休めるのは本当に久々な気がする。何かと慌ただしい1年だった。トレーニング、取材の対応、同僚への対応etc.
新人トレーナーのはずが、急に肩書いっぱいのベテラントレーナーのような状態になってしまったというのに、全くの実感がないのである。
思えば遠くにきてしまった。
振り返っても、毎日を必死になってマヤノトップガンのために費やした日々があっという間だった。としか言えないのだ。
その結果として、トレーナーの誰もが羨む欲しいものを、纏めて手にしたウマ娘の担当になってしまった。
夢のような日々だ。いつの日か覚める夢のように、平凡なトレーナーのひとりとして特に何も残すことなく何年過ぎたある日に正気に戻り、消えてしまうのではないかと思ったこともある。
マヤノトップガンは自分には勿体ないくらい、凄いウマ娘だ。
何故、私だったのだろう。その答えは3女神だけが知るのかもしれない。
夜は布団を並べていたが、しっかり抱きつかれて動けない状態で寝ることになった。
尻尾も脚に絡めて、逃げられない状態だった。逃げはしないが。
だが、偶にはこういうのも悪くないだろう。
初めての担当となった愛バであるマヤノを抱きながら、微睡に身を任せていった。
◇◇◇◇◇
「おやすみ、トレーナーちゃん」
眠りに落ちたトレーナーの顔を胸に抱きながら、マヤノトップガンはこの慌ただしい日々に付き合わせてしまった相手を振り返る。
間違いなく、マヤノトップガンの運命を変えた出会いだった。
あの日、このトレーナーと出会うことが無ければ、こんなに早くデビューすることはなかっただろう。
つまらない日々を見送りながら、2,3年後あたりに妥協できるトレーナーを見つけ、デビューを迎えるだろう。
このトレーナーちゃんのように、自由気ままに過ごす日々なんてなく、トレーニングの重要性を理解させようと根気よく付き合うような相手だろう。
それまでは夢を追いかける相部屋のトウカイテイオーを、スヤスヤと眠りながら見送る日々なのだろう。不思議なことに、そう確信をもっている。
トレーナーの長めの黒髪を弄びながら、マヤノは寝顔をゆっくり見れる今を楽しんでいた。
「…今だけは、マヤだけのトレーナーちゃん」
来年からは、新しいウマ娘の担当が増えるかも知れない。マヤノに振り回された結果もあるが、随分とトレーナーらしい顔になったと思う。
トレーナーちゃんはマヤが育てた。なんちゃって。
まぁ、真面目なトレーナーのことだ、経験不足を補うことも考え、暫くはサブトレーナーのような仕事をすることになるだろう。
「大好きだよ、トレーナーちゃん」
口づけを落とすように、胸に抱いたトレーナーにそっと、囁くように言う。
もし、違うトレーナーだったとしたら、恋に恋する乙女のマヤノトップガンだったのであろう。
独占欲の象徴として首あたりに証を残すのも良いかもしれないが、そういう関係になりたい訳ではないのだ。これはきっと、恋を通り過ぎてしまったのだろう。
トレーナーとウマ娘。この関係だから許されるものが確かにあって、これから数多くの経験と苦難が待ち受けているだろうトレーナーの最初のウマ娘だと、誇りをもって言いたいから。
愛しさを感じるトレーナーの未来を切り開く翼として、マヤノトップガンは走るのだ。
君と。ユメを、想いを、願いを乗せて。マヤノトップガンは走る。
今はまだ、ふたりだけの勝利のその先へ。
◇◇◇◇◇
夢を見ている。どこかふわふわとした浮遊感を感じる私は、そう感じた。
壁には無敗の3冠の文字(トウカイテイオーのものだろう)、戦闘機のポスター(こちらはマヤノらしいと思う)。スヤスヤと眠るマヤノトップガンだけがいる部屋。
話には聞いていたが、ここがマヤノトップガンとトウカイテイオーの部屋なのだろう。基本的にトレーナーは立ち入り禁止な為、中に入ることはないので、たまに聞く部屋での出来事からうかがうことしかできない。
もし夢なら、会話できるのだろうか?試しに呼びかけてみるのもありかもしれない。幸い、マヤノトップガンはいる訳だから。
マヤノ、そう呼びかけると「うにゅ?」と可愛らしい反応が返ってきた。
「…だぁれ?」
寝ぼけまなこのマヤノトップガンはこちらに振り向きながら、そう答えた。
…おや?私の知るマヤノとは、雰囲気が少し違う気がする?
「…あ、
はじめ、まして…?混乱する私に「わかっちゃった」とマヤノは続ける。
「そっちのマヤは、いいトレーナーちゃんに出会えたんだね」
そっち?やはり私の知るマヤノトップガンではないのだろう。より幼げな性格に見える。
「きっとココロだけこっちに迷い込んだんだよ」
ココロだけが別の世界へと迷い込んだ、ということらしい。不思議なことに、ここは違う未来を歩んだ世界で、トウカイテイオーは無敗の2冠をとったばかりらしい。
せっかくならお話聞かせて欲しいと言うので。マヤノトップガンとの鮮烈な一年間をざっくりと話すことにした。
「いいなぁ、そっちのマヤは楽しそう。マヤもいつか、いいトレーナーに出会えるかなぁ」
きっと、出会える。マヤノトップガンならきっと。
「えへへ、なんだか不思議だなぁ。はじめてあったヒトなのに、こんな気持ちになるなんて」
ぽかぽかと胸の奥があったかくなる。不思議だね。そういうマヤノトップガンはやはりどちらの世界でも変わらないのだろう。
「そっちのマヤによろしくね!ユー・コピー?」
アイ・コピー。そういつも通りの返事はできず、意識が遠のいていった。
部屋には寝間着姿のマヤノトップガンがひとり。
「…いっちゃった」
そこに慌ただしくトウカイテイオーが帰ってきた。
「ただいまー!あれ?さっきまで誰かとお話でもしてたの?」
マヤノの笑い声が聞こえた気がするけど、そう言うトウカイテイオーは不思議そうに辺りを見回すが、誰かがいた跡が何も感じられない。
あれ?おっかしいなー?電話にしてははっきりと会話していたような?ううん?と首を傾げている。
「うん?誰もいなかったけど?テイオーちゃん」
「え…?」
不思議そうに返すマヤノだが、トウカイテイオーにとって求めていた答えは帰ってこない。
固まるテイオーの顔がゆっくりと青ざめてくる。いや、まさか。幽霊?いやいや。まさかそんな訳と認めたくない事実がマヤノトップガンならあり得るのだと。
天才肌でなんでも「わかって」しまうマヤノトップガンは、冗談をあまり言わない。それは今まで一緒に過ごしてきたテイオーにはよくわかっている。
気分が悪くなってきたテイオーは回れ右して、ゆっくりと部屋を出ていった。いつものマックイーンをからかう姿はどこへやら。耳は尻尾はすっかり垂れていた。
再び静かになった部屋で、窓の外を眺める。
今日は絶好のフライト日和。あの飛行機雲はパパの乗った飛行機だろうか。そう思いながら。
「…無事に帰れたかな、あのトレーナーちゃん」
泡沫の夢のように、世界を越えて魂だけが迷い込んだトレーナー。きっと3女神のイタズラに違いない。
しかし、育ち盛りのマヤちゃんは、スヤスヤマヤちゃんに戻るのでした。
書いていたら長くなりそうなので、区切りの良さそうなところで上げます。
気がつくと5千字手前ですし。
もう少し続きます。