女の子になったボクは、とりあえず親友を惚れさせることにしてみた 作:恥谷きゆう
『本当にデートなんてするのか? いくら偽装のためとはいえ、そこまでやる必要なくないか?』
『だから、栗山さんたちにボクらの関係を怪しまれないために、必要なんだって。いいから早く待ち合わせ場所来て?』
『まだ集合十分前じゃねえか。ちょっと待て』
『彼氏のふりするなら三十分前には来ないと。はい、急ぐ。駆け足駆け足』
『電車なんだから無理言うな』
メッセージアプリから目を離して、周りを見る。この駅のシンボルである特徴的なオブジェクトの前は、メジャーな待ち合わせ場所だ。休日のここには、既に多くの人が集まっていた。
人混みから、時折視線を感じた。ああ、やっぱり着飾ってきたのは正解だったようだ。周囲の反応から、ボクはそれを確信する。
電光掲示板に表記される電車の到着時間を睨み続けていると、ようやく彼が乗る電車がここに到着したようだった。
「おう、待たせたな」
「ううん、今来たとこ」
「さっきめちゃくちゃ急かしてただろうが……それにしても……」
「うん?」
ボクはニヤケそうな顔を必死に引き締めて、彼の言葉を待った。彼がボクの姿に目を合わせたり逸らしたりとソワソワしているのは、さっきから確認済みだ。確実に、栗山さんと片岡さんのコーデの効果はある。いくら鉄仮面の俊樹と言えども動揺しているのは間違いないのだ。
さあ、ボクのキュートでセクシーでビューティーな姿を褒めたたえるがいい!
「……なんだ、中身あれでも外面だけなら変わるものだな」
「な、な、なんだよー!!」
期待していた言葉のもらえなかったボクは、キレた。
「時間もお金もかかってるのに! 初心者のボクにめちゃくちゃ親切に教えてもらったのに! お前に見せるために頑張って着飾って来たのに! なんだそのリアクションは!」
「い、いやいや。褒めてる。褒めてるから」
「だったら可愛いとか綺麗とか美しいとか言ってみろよ!」
「ええ……」
凄まじい剣幕で捲し立てるボクに、俊樹はちょっと引いていた。
「そもそもお前、男だった時は女みたいに見られるの嫌がってたじゃないか。どういう心情の変化だ?」
「それはボクっていう男が正当に評価されてない気がして嫌だったの! でも今は、まごうことなき女だし、それに協力してくれた二人のためにも、お前に認められるのが大事だったわけ!」
分かったか! ボクのこの憤りが……!
俊樹は、ボクの言葉に何事か考えるように黙り込んでしまった。その様子に、ボクは落胆した。
そんなに難しいこと言ってるつもりはなかったのだが、褒めてくれないのならもういい。
「じゃあ、早く行こ。俊樹」
「ああ。……ちょっと待て」
「ん?」
「可愛くて良く似合ってる。照れくさかったり今までのお前を否定する気がして、素直に言葉を出せなくてすまなかった」
「な……なんだよー!?」
うわああああ! 急に素直になるな! 恥ずかしいだろ!
「なあ、本当にお前に道案内任せていいのか? 不安なんだが」
「うるさいうるさい! 俊樹は黙ってついてくればいいよ!」
というか、今顔を見られたらいまだに赤みが引いていないことがバレるだろうが。ボクが向かっているのは、栗山さんたちに教えてもらったレストランだ。イタリア料理を出すそこは洒落た雰囲気で、ちょっと背伸びした高校生のデートにはオススメだよ、と言っていた。
いくら着飾ったとはいえ、ボクと俊樹がいつも通りにゲーセンに行っても普段通り遊ぶだけだろう。そう考えて、デートオススメスポットまで教えてもらったのだ。俊樹を落とすことに全力なボクに、抜かりはない。
「なあ、どんどん路地裏に向かってるけど、本当に道あってるか?」
「俊樹は心配性だなあ。ボクのことなんだと思ってるんだよ」
「ポンコツ?」
「失礼な!」
たまにちょっとだけ抜けているところがあるだけの、普通の男子高校生だ!
下調べした道を歩くと、無事店先に到着した。大通りから外れてひっそりと存在している店だったが、しかし客入りは上々のようだった。ドアを開けると、カランカランと涼やかな鈴の音が鳴った。
「いらっしゃませ、何名様でしょうか」
「あ、二人です」
「こちらどうぞ」
丁寧な物腰の店員に連れられて、奥の席へ。俊樹は普段来ることのないような雰囲気の店に、興味津々のようだった。
お冷を置いて去っていく店員を見送ると、早速俊樹が口を開いた。
「お前、なんでこんな店知ってたんだ?」
「それはもちろん、落とすべき男を発見したら、デートに誘うためだよ。こういう店の方が、いつもと違う雰囲気になれるかなって」
まあ、他ならぬお前のことだがな! クックック。ボクの巧みな話術でコイツを油断させてやるぜ。
「落とすべき男って……なにか、目星を付けたりしたのか?」
「まあね」
他ならぬお前のことだがな!
「ふーん。気を付けろよ。この前の鈴木の時みたいにならないように」
「うん、分かってるよ」
ボクは氷の入ったお冷を、勢いよく飲み込んだ。ちょうど喉が渇いていたところだったのだ。
「……プハーッ!」
「ああ、やっぱりゆうきだな」
「は?」
ボクが水を飲む様子を眺めていた俊樹は、急に変なことを言いだした。
「いや、服も違うし、顔もなんかいつもより綺麗だし、洒落た店知ってるし、なんか知らないやつと話してるみたいでさっきから落ち着かなかったんだよ。でも豪快に水を飲むお前見てたら、少し安心した」
「あれ、ボク馬鹿にされてる?」
「いや、そうでもないぞ。なんかお前が遠くに行ったような感じがしたっていうか、それだけだ」
「……そっか」
それは、ボクも同じ懸念を持ったことはある。例えば、体育の授業の時。男子はクラスに残って着替えるが、ボクは女子に連行されて更衣室まで行った。例えば、トイレ。一緒に行ったところで、入口で別れることになる。
そんな小さなことが積み重なって、ボクは変わってしまったんだ、俊樹と常に一緒にいることはできないんだって気づいて、少し不安に襲われた。
だから、俊樹も同じことを感じていることが分かって、少しだけ嬉しくなった。
「……まあ、男だろうが女だろうが、ボクが俊樹の親友であることに変わりはないからな。安心しろ」
「……それはそれで暑苦しいな」
「あれ、ひどくない!?」
ああ、この近づいたり、近すぎて暑苦しくて離れる感じ。この感じは、変わらないな。