女の子になったボクは、とりあえず親友を惚れさせることにしてみた   作:恥谷きゆう

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夜空とアルコール臭

 夜の通りを一人で歩いていたボクの目の前に現れた、若者の集団。派手な色の髪をし、軽薄で粗野な印象を受ける彼らは、ボクの姿を認めるとこちらに近寄って来た。

 

「こんばんはー、ひとり?」

 

 ずかずかと近づいてくる彼らの目には、危険な光があるように見えた。ボクは警戒心を強める。

 

「あの、いそいでるので失礼します」

「そんなこと言わないでよー」

「ッ……」

 

 ひときわ大きな声に、ボクは思わず肩を震わせた。怖い。背が縮むだけで、世界の見え方がこんなにも変わるのか、とボクは驚愕する。

 ボクを取り囲む男たちは、まるで城壁みたいにボクに立ちはだかっているように見えた。その迫力に、彼らを押しのけて逃げようという気すら失せてしまった。

 

「おしゃれな恰好してるじゃん。どっかの帰り?」

 

 だみ声で話す男の口からは、ツンとした酒の匂いがした。

 

「はい、友達と遊んでいて」

「へえー! 彼氏?」

「はい」

「おおー、いいね! ――でもさ」

 

 男は、ぐいと顔を近づけてきた。不快なアルコールの匂い。恐怖に喉の奥がキュッと締まる。

 

「こんなに可愛い子を夜道一人で歩かせるのは感心しないな」

 

 そんなこと、お前らに言われる筋合いはない。想いとは裏腹に、唇は無意味に震えるばかりで言葉を紡ぐことができない。

 

「それでさー、俺らさっき合コンで惨敗してきたばかりでさ、良かったら、二次会に付き合ってくれない?」

「あの……ボク未成年なので……」

「ボク! アッハッハッハ! いいね! 可愛い! 最近はそういうのが流行りなのかな?」

 

 矢鱈と上機嫌で話す男は、まるでマスコットキャラクターと話しているようだった。

 

「安心してよ。無理して酒飲ましたりしないからさ。ただちょっと話に付き合って欲しいだけ」

「いやでも」

「――それに」

 

 男は、ボクの手を無理やり握った。ヒ、と情けない声が喉から零れ出る。

 

「ちょっと大人の付き合いについて教えてあげるからさ、つれない彼氏を誘惑するためにも、俺たちの話を聞いていってよ」

 

 不穏な響きの籠る言葉を、男はニヤニヤしながら告げた。

 

「あの、もう帰りたいので」

 

 不穏な気配に、もはやボクはなりふり構わずにその場を立ち去ろうとした。話している男に背を向け、歩き出す。

 しかし、そんなボクの背中に、アルコール臭のする男が抱き着いてきた。

 

「ヒッ」

 

 今度は、はっきりと悲鳴が声に出た。生温い感覚が、背中いっぱいに広がる。こんなの、以前ならどうということなかったはずなのに。男同士で、スキンシップの一つや二つ、気軽にしていたはずなのに。

 今のボクは、こんなことにすら怯えてしまうのか。自分の情けなさに、泣きたいような気分になってくる。

 

「はあー、女の子の柔らかい感覚、さいこー。三ヶ月ぶりだわー」

 

 ボクの背中に首を預けながら、自分勝手な独り言を続ける男。周りの男たちも、ニヤニヤするばかりでそれを止めようとする気配もなかった。

 

「はな……して……」

「ん? なんか言った?」

「は、離してください!」

 

 震える声を振り絞って、ボクは叫んだ。男たちは驚いたように体を震わせたかと思うと、身に纏う雰囲気を変えた。

 

「へえ、結構生意気言うじゃん」

 

 ボクの背中にもたれかかった男の口調が、硬く、野蛮になった。

 男の大きな手が、ボクの手を力強く握りしめた。同時に、もう片方の手がボクの口を塞いだ。

 

「ムグッ……!」

「じゃあこのまま、一緒に居酒屋行こうか。大丈夫、二時間もすれば帰してあげるから」

「ンンッ……!」

 

 手を振りほどこうとするが、男の大きな手はびくともしない。ボクは、女になった自分の非力さに絶望した。

 このままでは、この暴力的な香りのする男たちに、どこかに連れていかれてしまう。自分の意思すら押し通せない今の体の軟弱さに、ボクは絶望する。こんなに、情けなくなるなら、女の子になんてなりたくなかった。

 男に引きずられるようにして、ボクは歩く。胸中には、恐怖と自身の不甲斐なさへの失望がグルグルと渦を巻いていた。

 ――その時だった。

 

「ゆうきっ!」

 

 滅多に聞けない必死な声をあげて、俊樹がこちらに走ってきていた。

 助けに来てくれた。その事実に、胸の中に温かい感情が溢れ出してきた。

 

「え、なに、彼氏君?」

 

 俊樹の姿を認めたボクの胸には、()()が戻って来た。

 

「そ、そうです! 離してください!」

「おお、急に元気になっちゃって可愛いね」

 

 しかし、男たちには、まだ諦めた様子はなかった。

 

「離してやってください。俺の……彼女です」

 

 怖い雰囲気の男たちを前にしても、俊樹は毅然とした態度で言い放った。その様子に、ボクの胸中は再び荒れ狂った。

 

「うーん、どうしよっかなー」

 

 しかし男たちは、あくまでニヤニヤとして余裕の態度を崩さなかった。当然だろう。自分たちよりも若い俊樹が一人来たところで、大した脅威にも感じていないのだろう。

 けれど、俊樹は冷静に対処してみせた。

 

「あまり聞き分けが無いと、警察を呼びますよ」

 

 その言葉が本気であることを示すように、彼はスマホを取り出した。思った以上に強引な態度に、男たちは狼狽する気配を見せた。

 

「そ、そんなガチになるなってー。悪かった悪かった。ほら」

 

 あっさりと、男は手を離した。ボクは安堵と共に、すぐに俊樹の元へと走り出した。

 そのまま、男たちは夜の闇へと消えていった。その背中を最後まで目で追い、完全に立ち去ったことを悟ったボクは、安堵のあまり腰が抜けてしまった。

 

「お、おい。大丈夫か」

 

 俊樹が、慌てたようにボクの体を支えてくれた。

 その時、ボクの体には異変が起きた。

 

「ひぁっ!?」

 

 俊樹に触れられると、体が熱い。特に顔のあたりから、火が噴き出そうだった。

 

「おい、どうした!? なにかされたのか!?」

「な、なんでもないから、は、離れて……!」

「お、おう」

 

 俊樹がボクから手を離すと、ペースを失ったように早鐘を打っていた心臓が、ようやく落ち着いた。

 

「俊樹」

「なんだ」

 

 その顔を見ているだけでも、体が熱い。まるでたちの悪い病気だ。

 

「助けてくれて、ありがとう」

「おう。……いや、俺も悪かった。お前を夜道一人で歩かせたのは、不注意だった」

「違うよ、ボクが女の子になったのが悪い」

 

 あの男たちに絡まれたのも、俊樹に迷惑をかけてしまったのも、全部ボクが女の子になったせいだ。そう思うと、申し訳なくて、不甲斐なくて、俊樹に顔を向けられなかった。俯いた瞳から、涙が零れそうだ。

 

 でも、俊樹はそんなボクの手を、しっかりと握ってくれた。

 

「ひぁぁ!?」

「ゆうきは何も悪くない。そういう風に自分を責めるのはやめろ」

「わ、わかったよ……」

 

 正直、頭の中は混乱しまくっていて、それ以外の言葉が出なかった。俊樹に手を握られた途端、体中から熱が噴き出てきて、考えることなんてできなかった。

 

「あ、すまん、手なんか握って」

 

 ぱっと手を離す俊樹。それを見たボクは、少しばかり落胆した。……なんでボクは落胆したんだ?

 

「じゃあ、今度は二人で帰るか」

「そうだね……」

 

 分からない。どうして俊樹に声をかけられるだけで、こんなに動揺しているのか。どうしてこんなに胸がざわめくのか。

 

 答えは出ないまま、ボクらは解散して、長い長いデートは終わりを告げた。

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