女の子になったボクは、とりあえず親友を惚れさせることにしてみた   作:恥谷きゆう

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こくはく!

「好きだぞ」

 

 意を決してボクの告白。やっと言えたそれは、確かに彼の耳に届いた。

 

 ――俊樹は、ひどく気まずそうだった。遠慮がちに、彼が口を開く。その様子に、ボクの嫌な予感は加速的に増していた。

 

「ごめん」

 

 重たい沈黙が下りる。虫の鳴き声が、嫌に耳に入ってきた。

 胸中に渦巻く感情に、どうにかなってしまいそうだった。

 

 分かっていたじゃないか。俊樹にとって、ボクは親友。ボクが男に戻るための方法を考えてくれている彼にとって、ボクは男だ。

 分かっていたことだ。そう言い聞かせても、胸の痛みはいっこうに治まらなかった。

 

「……変なこと言ってごめん」

「そんなこと、言うな」

 

 彼は、ボクと目を合わせてくれなかった。その様子に、また胸が張り裂けそうになる。ああ、終わった。ボクの告白だけじゃなくて、彼との友人関係すらも、終わった。

 

「じゃ、じゃあ、最後の花火も見れたことだし、行くか」

 

 ああ、ボクの貼り付けた笑顔は歪んでいないだろうか。涙は、こぼれていないだろうか。倒れ込んでしまいそうな脱力感。精一杯の勇気を振り絞った告白は、失敗した。

 

「お前、泣いてるのか……?」

「え?――あ」

 

 頬を触って、気づく。生温い液体の感覚。どうやらボクは、泣いているみたいだった。

 

「ちがっ……これは、違くて……」

 

 言葉とは裏腹に、ボクの瞳から流れる涙は増える一方だった。やがて、ボクは嗚咽を漏らして泣き始めた。

 

「う……ああ……ああああああ」

 

 止まらない。違うのに。ボクは、彼に困った表情をさせたくて告白したんじゃないのに。感情を制御できない自分が情けなくて、また泣いてしまう。

 

「ゆうきっ!」

 

 突然、俊樹の声がした。次の瞬間、ボクの冷え切った体は、優しい温かさに包まれた。俊樹が、ボクを抱き止めていた。

 

「ごめん」

「あや……まるな……悪いのはボクだから……男なのにこんな感情を持ってしまったボクだから……」

 

 俊樹を困らせたくて泣いているわけじゃない。そう思うのに、彼は抱きしめる力を強めるばかりだった。

 

「俺が、言葉足らずだったせいで、ゆうきを傷つけた。だから、今度はハッキリと言葉にしたい」

「え……?」

 

 言葉の意味が分からなくて、ボクは顔をあげた。

 

「俺も、お前が好きだ」

「――ッ!」

 

 驚きに、ボクは目を見開く。

 

「でも、俺がお前の告白を受ければ、お前は男に戻る。だって俺は、お前に心の底から惚れていたからだ。手が触れるだけでドキドキして、表情の一つ一つに魅力を感じて、もっとお前を見ていたいと思った。こんな日々が、女になったお前との日々が、ずっと続けばいいと思ってしまった」

 

 ああ、感情の整理が追いつかない。歓喜の渦に、どうにかなってしまいそうだった。

 

「でも、そんな日々ももう終わりだ。俺はお前に告白した。心からの、真剣な告白だ。これでお前も男になって、元通りだ」

 

 気づけば、俊樹の目には涙があった。涙に滲む視線でそれを認めたボクは、また涙を流す。

 

「なんでお前まで泣くんだよ……馬鹿……」

「うるさい。お前は何も考えずに喜べばいい。これで男に戻れるんだろ」

「でもっ!」

 

 諦めたような彼の言葉に、ボクは思わず言い返していた。

 

「せっかく想いが通じたのに、元通りなんて、今のボクには考えられない! ボクはもう、お前と親友以上の何かになることを望んでしまっているんだ!」

 

 泣きはらした顔で見つめる。初めて見た彼の泣き顔は、思ったよりも可愛らしくて少し笑いそうになる。ああ、こんなにも愛おしい感情になるのも、これが最後になるのだろうか。ボクが男に戻れば、もう二度と――

 

 

「クックック! 素晴らしい!」

 

 夢の中で聞きなれた声。いつの間にか、悪魔は現世に降り立っていた。冗談のような容貌の黒い影が、現実に堂々と立っている。

 

「あ、悪魔お前、ボクの夢から出れたのか!?」

「当たり前だ。俺は人間を越えた存在だからな」

「……実際に目にすると、冗談みたいな光景だな」

 

 初めて悪魔を目にした俊樹が、悪魔をじっと見つめていた。

 

「さて、俺の呪いを受けたお前、無事に呪いを解く条件を達成したみたいだな」

「……本当に達成してるのか? コイツは本当に心からボクに惚れていたのか?」

「ゆうき!?」

 

 いや、正直上手くいきすぎて信じがたいっていうか、都合よすぎて嘘みたいっていうか……。

 

「クックック! 安心しろ! 貴様の隣にいる男は、それはもうお前に心から惚れている! なんならだいぶ前から俺の言う条件には達していたな。お前がそれに気づいたら呪いを解いてやろうかとも思ったのだ。しかし楽しそうだから放っておいた」

「あ、悪魔お前ー!」

 

 呪いが解ける状態だったなら言えよ! なんで楽しそうだから放っておくんだよ!

 

「それで、お前は条件を達したわけだが、どうするのだ?」

「……どうって?」

 

 ボクが問い返すと、悪魔はキョトンとした顔で聞き直してきた。

 

「だから、呪いを解くのか解かないのか」

「は、はあああああ!?」

 

 驚愕の声をあげたのは、ボクではなく俊樹の方だった。

 

「おい自称悪魔! ゆうきは呪いを解くのか自分で選べるのか!?」

「そうだが?」

「じゃ、じゃあ! 数か月俺が悩んできたのはいったいなんだったんだ! コイツを男に戻すために告白するべきか、それともこの関係をズルズル続けたいのか、とか色々悩んでいた俺の苦悩は!?」

「全部無駄だな」

「ハーッ……!」

「落ち着け俊樹! コイツ相手にキレてもいいことないぞ! おちょくられるだけだ!」

 

 ボクが経験則から得た教訓を伝えると、俊樹はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「それで、どうするのだ。解くのか、解かないのか。言っておくが、これがお前の最終決断になるぞ。もう一度性別を変えてくれ、なんて願いは聞かないからな」

 

 厳かな口調で、悪魔は告げる。けれど、ボクの答えは既に決まっていた。

 

「――もちろん、このままでいい」

「……あっさり決断したな。貴様の人生を左右する大事な決断だぞ」

 

 俊樹も心配そうにボクの決断を見守っていた。だからボクは、そんな彼を安心させるように、彼の腕を取った。

 

「コイツとの愛以上に大事なものがボクの人生にあるか?」

「――!」

 

 一瞬、悪魔と俊樹が驚愕の表情で止まった。ややあって、悪魔が喋り出す。

 

「貴様、重いな」

「確かに、重い」

「俊樹!?」

 

 裏切られた!?

 

「でも、浮ついたお前を俺から離れないようにするには、それくらい重い方がいいかもな」

 

 俊樹は微笑むと、寄り添うボクへと体重を預けてきた。

 

「……貴様らの行く末は俺が心配する必要なんてなかったな」

 

 悪魔は似合いもしない優しい笑みを浮かべた。それがなんだか分かれの挨拶みたいに見えて、思わずボクは問いかけていた。

 

「なあ悪魔、最後に聞いていいか?」

「なんだ」

「どうしてボクだったんだ? どうしてボクを、女の子にしたんだ?」

「ふむ。最後だから語ってやろう。――かつて、俺は愛の神と呼ばれていた」

 

 不思議と、ボクに驚きはなかった。

 

「時代が移り変わり、信仰と愛の在り方が変容し、それに伴い今の俺はもう愛の神と呼ばれるような存在ではなくなった。しかし、この薄汚れた現代でも、純粋な愛が見たかった。性別の壁すら乗り越える愛の可能性を、お前らに感じたのだ。だからこそ、俺はお前に呪いをかけた」

「……ボクが男の頃からコイツのことが好きだったと?」

「前も言っただろう、人間。愛を区別する意味などない。貴様らの友情は、俺の思い描く純粋な愛へと達する可能性があった。俺はそれにちょっとした変化のきっかけを与えただけだ」

「……相変わらず、価値観がズレてるな」

「俺の価値観がズレているのではなく、貴様ら人間の価値観が薄汚れ、擦れていっただけだ」

 

 これ以上話すことはない、と言いたげに、悪魔は背中の蝙蝠の羽根を羽ばたかせた。どうやら飛び立つつもりらしい。

 

「人間のように別れを惜しむつもりはない。ただ、せいぜいその愛を変わりなく育むように」

「お前に言われるまでもないよ」

「ふん」

 

 悪魔の体が宙に浮く。最後に、ボクは一番言いたかったことを告げた。

 

「悪魔! いや、愛の神!――ありがとな!」

 

 ボクの言葉に、黒い影は何も答えることはなかった。それを見送ったボクらは、顔を見合わせ、どちらともなく笑った。お互いの腕は、ずっと絡まったままだった。




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