女の子になったボクは、とりあえず親友を惚れさせることにしてみた   作:恥谷きゆう

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とうこう!

「おはよう……」

 

 夢のせいで最悪のテンションだったボクは、掠れた声で挨拶しながら朝食の席に座った。稲葉家のリビングには妹の理子が座っていて、母の支度をあくびしながら待っていた。

 

「なに姉貴、ゾンビみたいな声だして。……ってなにそのボッサボサの髪!ちょっとこっち来て!」

「ふぁい?」

 

あくび混じりに返事したボクの目の前に、理子は手鏡を持ってきた。そこに写ったのは、相変わらず憎らしいほどの美少女フェイスだった。

 

「どうやったらそんな髪暴れるの!? 奇抜な髪型でキャラ付けされた少年漫画の登場人物みたいなんだけど!」

「え? ああ、昨日は風呂入ってすぐ疲れて寝ちゃったからかな」

 

 ボクの言葉に、妹は信じられない、と眉を吊り上げた。

 

「この馬鹿姉貴は……! 天はどうしてこの馬鹿にこんな美貌を与えたの……?」

 

 この顔は、天ではなく悪魔から押し付けられたものなのだが。

 しかしそんなこと気づかない理子は、なにやら俊敏に動いたかと思うと、洗面所からブラシを持ってきた。

 

「じっとしてて。梳かしてあげる」

 

そう言ったかと思うと、理子は後ろに周り、ボクの長くなった髪を梳かし始めた。

 

「気持ちいい……」

 

 思わず、そんな声が漏れてしまう。人に髪を梳かしてもらうのがこんなに気持ちいいことだったなんて、知らなかった。

 朝のリビングに、束の間の沈黙が流れる。それは、どこかせわしない朝に不似合いなほどに心地の良い時間だった。

 

「姉貴さ。なんかあった?」

 

 唐突に、理子は静かに問いかけてきた。

 

「何で?」

「いや、いつも何にも考えてもなさそうなゆるゆるフェイスなのに、今日のはちょっと違う気がして」

 

 理子は、どうやら女になってもボクの顔から色々察することができるようだった。そのことに、ボクは少しだけ嬉しい気分になる。

 

「なんでもない、とは言えないかな。まあでも、理子に話すことでもないよ」

 

 理子はボクのことを元から女だったと思っている。だから、相談できることは、ない。残念ながら。

 

「ふーん。まあいいけどね。姉貴なら、他に頼れる人もいるんだろうし」

 

 深く追及することもなく、彼女はボクの言葉を流した。その絶妙な距離感が、ボクには心地よかった。

 しばらく黙った理子は、やがてブラシを動かす手を止めた。

 

「できた。まったく、しゃっきりしてれば可愛いんだから、ちゃんとケアしてよね」

「うっす。ありがとうございます、先輩」

「こんなダメな年上の後輩なんていらない」

「ひどい……」

 ボクの認識では、理子は間違いなく女として先輩なのだが。けれどボクの敬意は伝わらず、後にはただ妹に面倒を見てもらったダメな姉という称号が残った。

 

 

 

 

 朝食をしっかり食べて、妹に整えてもらった髪を揺らしながら、ボクは家を出た。朝起きる時はひどく憂鬱だったはずか、いつの間にか気分は上向いていた。家族と過ごす時間は、ボクに良い影響を与えていた。

 

しかし玄関から出て数歩。早速ボクの足は止まることになる。

 

「おう、来たな」

「俊樹……?」

 

なぜだか、親友の姿がボクの通学路にあった。

 

「何でここに? 家遠かったよな」

「いやだって、今日からクラスの奴らを騙さないといけないだろ。お前と付き合ってるって」

「……ああ、つまり一緒に登校して仲良しアピールしようって? おててでも繋いで?」

「まあな。……改めて口にされると寒気がするな。やっぱりやめるか? コイツここで置いてくか? なんか言い方が腹立ったし」

「待て待て待て! なんでわざわざこんな遠くまで来たんだよ! せっかくだから一緒に行こうよ!」

「ああ、まあ意地張ってもしょうがないし行くか」

 

 そう言うと、彼はボクに背中を向けて勝手に歩き始めた。

 慌ててボクも追うが、不思議と背中がどんどん遠ざかっていく。……なんだかいつもの彼の歩幅が違う気がする。

 

「ちょっ……俊樹、なんか早くない!? まだなんか怒ってる?」

「は? ……ああ、なるほど女になって足が短くなったのか」

「その言い方腹立つなあ……というか短くないし! 普通だし!」

 

 口調に籠る微妙な悪意とは別に、彼は歩幅を緩めてくれた。ボクは彼の横に並び立ち、彼の顔を見上げた。

 

「……でも、ごめんな。ボクのせいで、わざわざこんなところまで来てもらって」

 

 ボクが困っているから、彼が困っている。夢の中で悪魔に向かって言った自分のセリフを思い出して、ボクは少しだけ申し訳なくなった。けれど、彼はなんでもないことのように言う。

 

「別に。親友なんだろ? 俺たちは」

「……どうしてそう歯の浮くようなセリフを素面で言えるわけ?」

 

 ずっと疑問だったのだが、こいつには羞恥心というものがないのではないか? ボクだったら、そんなこっぱずかしいセリフ吐けない。

 

「は? お前が言い出したんだろ。俺たちは親友だって」

「そうだっけ」

 

 正直、記憶にない。ああ、俊樹の目が「やっぱコイツ馬鹿だなー」と語っている。

 

「とにかく、ボクのためと思うなら忙しい朝にわざわざ家まで来なくたっていいから!」

「分かった。ちょっと考えよう。ただ、今日に関しては俺とお前の関係性を周知するって意味で大事な日だ。一緒に行くぞ」

「大事ってどんな風に?」

「嘘を信じ込ませるのは、最初が肝心だ。今後疑いの目を向けられないためにも、完璧に偽装する必要がある」

「それで、仲良く一緒に登校か。……分かった、俊樹がそこまで言うなら、ボクも全力で演じるよ!」

「あ、いや待て待て」

 

 ボクが意気込んだところで、なぜか俊樹がストップをかけた。

 

「お前が気合いれてもロクなことにならないのは目に見えてる。自然でいい。いつも通りにやれば、後は俺が誤魔化すから」

「ボクが大根役者だと?」

「ああ。その短足みたいに大根だな」

「だから短くも太くもないって!」

 

 相変わらず、冗談にデリカシーのない男だ。

 

「むしろ、自然体の方が怪しまれない。一応、前から付き合っていたって体でいくからな。鈴木の一件との整合性を考えて」

「ああ、なんかもう設定が俊樹の頭の中にあるのか。聞かせてよ」

「……今語るのか? それは、なにか凄まじく恥ずかしい罰ゲームじゃないか?」

「でも、ボクも聞いておかないと口裏合わせられないよ」

 

 ボクが珍しく正論を吐いたのに、俊樹はため息を吐いた。

 

「それもそうか。……設定だぞ。設定だからな。まず、高校一年生の時に出会った俺たちは、隣の席になったことから意気投合して、一緒に遊びに行くことになる」

「ふんふん、そこは嘘なしだね」

「ああ。そして、五月の遠足で、距離が急接近する。前から俺に惚れていたお前は、一緒に乗った観覧車の中で俺に告白する」

「待って」

「なんだ?」

 

 なにか、聞き逃せない言葉があった気がする。

 

「なんでボクの方から惚れたことになってるの!?」

「……そっちの方が自然だろ? 俺がお前に惚れて告白したというストーリーには無理がある」

「ボクが魅力のない奴だと!?」

 

 失礼なやつだ。でも微妙に頬を赤らめているのを見るに、彼も自分の方から惚れたと説明するのが気恥ずかしいという思いがあるようだった。

 

「まあ、そこはいいだろ。あくまで設定だ」

「ちょっと! ボクのプライドとかいろんなものが関わる大事な話だよ! 流さないで!?」

「とにかく、そうして俺たちは付き合い初めて、だいたい一年近くのカップルということにする。異論はあるか? ないな。ないよな」

「さっきから抗議してるじゃん! なんで俊樹の方から告白したことにしないんだよ! ずるいぞ! 不平等だ!」

「分かった分かった! じゃあ告白の話ははぐらかしておこう。聞かれても、恥ずかしいからと答えなくていい。これでいいだろ?」

「まあ、それなら……」

 

 渋々納得したボクに安堵したような表情を浮かべた俊樹は、ふと思い出したように言葉を紡ぎ出した。

 

「そういえば……髪が昨日よりも綺麗になったな。なにかしたのか?」

「……俊樹、あざとい」

 

 やはりこいつの羞恥の基準はどこかずれている。ボクはこれ見よがしにため息を吐いた。

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