「おいトレーナー」
「なんでございましょう…」
「席を外せ、この女と二人で話がしたい」
真剣な表情だというのを悟ったのか、不平を述べようとした女も何も言わずにこちらを見ている。にしても…私のトレーナーの方はこの一瞬のうちにやたらとやつれている。ちょっと面食らっているようだがこの場から逃げれるとあっては生き生きとし始めた。カフェテリアにいるから〜、と電子端末を片手に嬉々として部屋を出て行った。
「それで、話って何よ」
「単刀直入に聞くが、貴様リンクスだろう?」
そう言うと、目の前のメアリーシェリーは一瞬だが顔を強張らせ、次の瞬間にはそういうことね、と吐き捨てるように言った。
「ええ、ご名答。私がBFFの女王、メアリーシェリーよ。それで、何をするつもりかしら」
そう言った女は顔は平静を装い、声色は単純な質問と見せかけているが、彼女の手は腰の方へと回されていた。おそらく、制圧用のテーザー銃でも持っているのだろう。
「そんなに警戒しないでくれ。ただ話がしたいだけだ」
「あらそう、でも私の記憶にステイシスなんて機体名はないわよ。貴方、どこの所属?」
「オーメルサイエンス、もっとも、元レイレナードだがな」
「レイレナード?」
私がレイレナードの名を出した瞬間、より一層怪訝な表情をされる。
それも無理はない。BFFにとってレイレナードは陣営の音頭をとっていた実質的なボス、そして裏切られた相手でもある。メアリーシェリーへの単騎出撃要請も、クイーンズランスの孤立も全て王小龍とレイレナードの差金によるものだった。BFFは実質レイレナードが殺したようなものなのだ。
それに加えて、彼女の脳のメモリーに私の名前はおそらくないのだろう。それは彼女が他人に興味がないから、ではなく単に彼女が死亡したとき、私に機体がなかったからだ。さらに、オーメルサイエンスはリンクス戦争時代とはレイレナードと敵対していた企業だ。今の彼女の中での私の評価は、同盟相手の企業に所属していたと騙る嘘つき鞍替えリンクスと言ったところか。
彼女のいた時代背景を鑑みれば信じられないのも仕方のないことだ。あの戦局、如何なGAとオーメルだとて巻き返せるはずもないと誰もがそう思っていた。最精鋭のリンクスが勢揃いなレイレナード陣営に対して、オーメル陣営のまともに動員できる戦力といえばAMS適正の低い伝説のレイヴンと実験的な趣の強いアスピナの最も新しく現れたリンクスの二名のみという、控えめに言っても目に見えた戦いだった。それを全て才能と経験で覆せるあいつらが異常なのだ。
信じられないのもわかるが、信じてもらわねば困る。どうにか証明する手段はないものか。
「フィオナ、失礼するぞ」
どうにか証明してやろうと思案をしていると、この場に来てはいけない人物ナンバーワンが扉を開けた。
「部屋を間違えたようだ。すまなかったな」
扉を開けた彼、いや彼女はこの部屋がフィオナ・イェルネフェルトのトレーナー室でないことに気付くと、すぐさま扉を閉めて出ていこうとする。おそらく、メアリーシェリーはおろか、私にすら気づいていないのだろう
閉まる扉に、ライール特有の超速クイックブーストで割り込み、手を掴む。
「少し付き合え...!」
そして、ホワイトグリント、アナトリアの傭兵を室内に引きずり込んだ。部屋に転がり込んだそれを見たメアリーシェリーは、雰囲気で察したのだろう、その目をまん丸にしている。
「あなた、あの時の野良犬じゃない」
「む、その声は...誰だ?」
「へぇ、忘れるなんていい度胸ね。本当に、いい度胸だわ!」
彼女は堪忍袋の緒が一瞬ではじけ飛んだようで、背中で持っていたテーザー銃を何のためらいもなく発砲する。
しかし、音速近く飛来するそれは地面に突き刺さった。次の瞬間に聞こえるうめき声。そちらを見ると、銃を持つ腕を掴まれたメアリーシェリーと棒立ちながらしっかり関節を極めているホワイトグリントがいた。
アナトリアの傭兵は、弾を脊髄反射で回避したうえ、避けたことを気づかれる前にメアリーを制圧したというわけだ。いくらなんでも頭がおかしい。私より早いぞ、多分だが。
「放し、なさいよ、雑種の分際で...!」
「どこかで聞いたことがあるな、この声。ステイシス、知らないか」
「お前がやったオリジナルの一人、メアリーシェリーだ」
それを聞いた奴は数秒思案した後、ああ、と合点がいった声を上げた。
「そういえばそんなリンクスもいたな」
「あんたねぇ...!」
無意識の煽りににらみを利かせるが、関節を極められていることで少しでも体を動かすと激痛が走るようで苦悶の表情を浮かべている。
「その辺にしておけ、そろそろ乱射されかねん」
「アンジェじゃあるまいし、そんな品のない戦い方をするもんですか」
私の発言を聞いて思い出したかのように、手の拘束を外した。いきなりの拘束解除で変な態勢だったメアリーは地面にその身をたたきつけた。
「チッ、覚えておきなさいよ」
「?。ああ、わかった」
「この男にそういう言い方は通用しないぞ」
不満そうな雌猫を見下して会話する。
「まあ、私はアナトリアの傭兵と知り合い、ともすれば同世代のリンクスだ。信じたか?」
「ええ、はっきりとわかったわ、どうりでアナトリアの傭兵がこっちに来ないわけよね」
悪態はついているがさすがに人の上に立つもの、呑み込みは早い。服についた埃を払いながら彼女は立ち上がる。すると、私を見ていた時のように今度はホワイトグリントを嘗め回すように見る。
「悔しいわね」
そう小さくつぶやいて、すぐにその目線を外したのを私は見逃さなかった。もっとも、見られていたやつは見られていたことにすら気づかずに明後日の方向を向いている。
「もういいか?」
「ん?ああ、もう貴様への用は済んだ。去っていいぞ」
「ではな」
気が付いた時には白い閃光は部屋からいなくなっていた。残されたのは私たち二人のみ。
「完全に忘れていたが、私が貴様にリンクスかと聞いた理由はだな」
「ネクストウマ娘関連の情報が欲しい、この世界のある程度の概要について聞きたい、といったところかしら」
「ご明察だ、ただ私も代償なしでもらえるとは」
「無料で上げるわよ」
「なんだと?」
提案しようとした私を遮って、最高の提案が示される。こちらから報酬として提案できるものなんてなかったものだから、願ったりかなったりだが、なぜ?
「あの男と同じ世代になるんでしょう?お前」
「ああ、そうだが」
「負かしてやりたいのよ。だから、協力してあげるわよ。感謝なさい」
彼女の表情は、あの時の戦場を見ているようだった。彼女の瞳の中に雷を幻視する。彼女の死の間際を映したような情景が見えた。私すらも焼き焦がしかねない雷を向けられるくらいなら、辞退すべきだった。100万Cなんかよりもはるかに重い責任だ、下手を打ったらこいつに殺されかねない。少ししり込みするが、ここで怯んではオッツダルヴァの名折れである。
「フン、まあ任せておけ、何せ私は、ステイシス、オッツダルヴァだ」
「ただ、あれのスペックは正直とんでもないわ。ベルリオーズなんて目じゃないわよ」
「彼我の差はどれくらいだ?」
「そうね、ざっと二回りは格が違うわね」
「...なんだと?」
「もっとも、これはあくまで総合値。速度だけなら貴方のほうが勝っているわ」
速度だけなら、要はほかの性能が低いという話だろう。うすうす感づいてはいたさ。すべてのステータスがあいつは高い。前世の乗機の性能に左右されるなら、せっかくだったらアンサングのほうがよかった。ステイシス自体が嫌いなわけではないんだが、アンサングは私の全霊。ステイシスよりも慣れていたし、機体として純粋に強い。マクシミリアン・テルミドールはあれを自らの半身のように動かしていた。
だが、今の私は何か違う。マクシミリアン・テルミドールは私であるが、なぜか別の個人のように思えてしまう。革命への熱意も、愛機への情熱も、誰かの伝記を読んだような距離感である。
愛着込みであるのならば今頃泣いて悔やんでいるだろうに、今の私にはスペック的にそちらのほうが有利だな、という至極冷淡な感想しか出てこない。
「でもまぁ、成長率がどうかはわからないわよ。貴方はまだ本格化なりたてみたいだし」
「本格化...ってなんだ」
「あら、あまりにも基礎的過ぎて誰も教えなかったのかしら」
「貴様はそういう口ぶりでいないと死ぬのか?」
「まあ、教えてあげるわ。天才トレーナーとうたわれたこの私が、ね」