本格化、ウマ娘の肉体に急速に訪れるという成長期のことのようだ。私の身長的に本格化前とみられたのだろう。だが、おそらくこの体は...。
「私の肉体はおそらくだが本格化を終えている」
「らしいわね。...希望が薄れたわ」
話しているうちに私の肉体についての理解が深まったわけだが、会話の流れで彼女も察したのだろう、私はもう生育終わっている。単に肉体が貧相なだけだ。
「まあ、いいわ。それで、あなたの異能は?」
「異能?」
「ええ、用語ではゾーンっていうんだったかしら。走ってる途中で起こる特殊能力というところかしら。あなたもあったんでしょう?」
「いや、まったく」
「なら発動条件に合わなかった走り方だったのかしら。まあないことはないわよ」
「そうだといいが、な」
ゾーン、か。この前は一切の追随を許さない最速を見せつけたわけだが、あれがゾーンなのか?いやまさか。何かが発動した感覚はなかった。名前が付くほどのことなのだ、体感的にわかりやすく変化が起きるはずだ。
「あとはそうね、友情トレーニングについては知ってるかしら」
「...?いや、なんだ?それは」
「複数人でトレーニングをすると効果が上がる、と言われてるトレーニング法よ」
「スピリチュアルか?」
「まさか、ちゃんと効果があるのよ。だから友情トレーニングできる相手は探しておきなさい」
「何を言い出すと思ったら、そんなことか。くだらん」
「...馬鹿にしてもいいけど、そのうち後悔するわよ」
友情トレーニングだと?実にくだらない。そんななれ合いで強くなれるなら、この世界の勝負とはずいぶんとたやすいように見える。勝負の世界では常に一人、勝負の場では、全員敵だ。
内心、友情トレーニングというものへの嫌悪をあらわにしていると、部屋の扉がノックされる。呼びかけるその声は男性のもの、要は私のトレーナーだ。いいぞと返事をするとおずおずと部屋に入ってくる。
「あのー、お話しのほうってもう終わりましたかね」
「ああ、ちょうどな」
「このあとはどうしようね、僕としてはトレーニングしてもいいんだけど、どうする?」
「ああ、頼む。時間を無駄にしている暇は私にはない」
「やる気満々だねぇ。まあ今日は初めてだし軽くやろうか」
「さすがにそうだな。いかに機体が強力だろうと破壊してしまっては意味がない」
「んじゃもう少ししたら女神像前で集合でおねがーい。それじゃ!」
そう言って、爆速で部屋を出ていった。メアリーの視線に耐え切れなかったようで、小言を言われるよりも早く出ていった。その危機回避能力だけは特筆に値する。流し目で彼女のほうを見ると、自慢話のフェーズに持ち込めなかったことが不満なのか、少し機嫌が悪そうだ。
あらぬ流れ弾を食らいたくはないので、私も部屋を出ようとドアノブに手をかける。
「これから待つのは、お前の思っているよりも数段厳しい戦場よ。心しておきなさい」
「老人の助言には感謝の意を示しておこう」
バタン、と扉が勢いよく閉まった。
三女神像前、今日はもう授業は放課らしく、すでにウマ娘たちが何人か集まっている。というか、あれからかれこれ30分近くさまよってしまった。なぜ私は知っている前提で返事をしたんだ。てっきりグラウンド方向にあるものだとばかり思いこんでいて、そちらを右往左往する変質者になってしまった。通りがかった教員に恥を忍んで聞いてようやくわかって、今こうしているわけだ。女神像の前のベンチには、バインダーを手に持った私のトレーナーがいる。
「遅くなったな」
「お、何かあった?」
「いや、特に何も」
切れる息と流れる汗を何とか隠しながら受け答えをする。もとから持ち歩いていたジャージを取りに戻って遅くなったように見せかける。
「さて、今後のトレーニングメニューについての相談なんだけど、こんなのでいいかな?」
そう言って手渡してきたバインダーには文字が隅々まで書かれた紙がざっと20枚ほど挟まれていた。軽く目を通してみると、体格に合わせたトレーニングメニューの一覧で、適正距離や脚質に応じた育成方針が記されており、最後のページには、何らかの分析をしたグラフや表の一覧などが載っていた。
「なんだ、これは」
「どこか不満でもあった?」
「こんな量、いつの間に作った...?」
「ああ、それは前に作ってたやつ。もし担当が持てた時のためにある程度のパターンを作っておいたんだ。それらを単に組み合わせただけだよ」
「ふむ...」
あらためてしっかり目を通すと、とてつもないほどの研鑽と情報収集の粋ということがわかる。レースの予定や、最適なトレーニングメニューなど、私のあずかり知らない領域まで完璧にカバーしているのは正直脱帽だ。あんな風に馬鹿にしていたのが少し申し訳なくなる。
「そんなにまじまじと見られたら照れちゃう...」
「赤面するな気持ち悪い。だが、この資料は感嘆に値するな」
「え~そう?俺なんてまだまだだよ」
「謙遜か?しすぎは嫌われるぞ」
「いやいやいや、会長のトレーナーさんなんて、一年近く休憩なしに彼女を怪我無く鍛えたって噂なんだから」
...この世界のトレーナーとやらはどうやら化け物ぞろいのようだ。一年、休みなくトレーニングをして故障のひとつもない?そんなの、ゲームの世界でもないと無理だろう。ただの陸上だとしてもそんなハードなトレーニングしたら一瞬で瓦解するぞ。ましてウマ娘の速度でそんなことをしたら...。考えるだけでも恐ろしい。さすがに嘘だろう。
そう思いながらめくっていると気が付いたらラストページにたどり着いていた。
一番気になるのはこれだ。先ほどは何らかのグラフがあるとしかとらえられなかったが、よく見るとこれは、私のスペックの一覧のようだ。芝A、ダートC、逃げD、先行D、差しA、追い込みB等々何らかの適性のようなものが事細かに記されているが、いったいどこでこんな情報を手に入れたのか
「おい、貴様。この最後のページは何だ?」
「見ての通り、データ表だけど?」
「そんなことを聞きたいのではない。どこから仕入れたのか、と聞いている」
「どこから?どこから...?」
そういうと、記憶を手繰るように長考を始めた。いやいやいや、自分で仕入れた情報だろう。なぜわからん。
「多分、三女神かな。なんかぽっと頭に浮かんできたんだよね」
「なんだと?そんな情報が信頼に足るものか」
「結構いるんだよ?ウマ娘の性能がなぜか手に取るようにわかるトレーナー。まあ、僕はまだまだだけど」
「...変人集団」
言葉を失ってしまった。偏執的というか、もう狂気に魅入られた集団だろう。そのスピリチュアルがまかり通るなんてありえていいはずがない。しかしこの世界ではこれが一般。もう私ではついていけない気がしてきた。
レースという競技を甘く見ていたのは私だったのかもしれない。だが、あくまでもやばいのはトレーナーだろう。ウマ娘本体の性能はこの前の選抜レースであらかた理解したが、やはり低い。それがトレーナーの裁量でいくらでも上がるという話なんだろう。
基礎スペックの差が歴然な以上そう焦ることもない、か。
「まあいい。今のところはこの方針で問題ない。さあ、今日のトレーニングを始めるぞ」
「おっけー。それじゃ今日は、スタミナトレーニングにしよう!」
この世界は、何も知らないけど基礎スぺの高いAC勢vsアプリトレーナーのもとゴリゴリのチャンミ育成をするウマ娘たちの構図で、お送りいたします。