コア娘アーマードダービー   作:舌百

7 / 14
待たせたな


出走、失望

芝の上を軽く駆ける。アップも兼ねて芝になれておくためだ。レースについての概略は先日読んだルドルフの雑誌にあったので把握済みだが、現場の情報は必須だ。事実、草がこんなにも長いとは思っていなかったので、知っていなければ草に足を絡め取られて転倒するおそれもあった。一歩一歩、レースでの展開を思い浮かべながら走っていると、気づいたら一周していた。軽く汗を拭い、ふぅと一息つく。大体の距離感なんかもつかめたことだし、控室に戻って開始を待つ、か。

そして踵を返して部屋に戻る寸前、視界の端にターフの上で立ち止まってこちらを凝視する影が見えた。

 

 

美しい、彼女の走りは私にそう思わせるのに十分だった。外周を軽やかに走る蒼の少女は私を見惚れさせる。その足取りは妖精のようで、なびく髪から覗かせる横顔は女神のようで、気がつけば足が止まり彼女のことを目で追っていた。そして、彼女は一周をしたところで足を止めて額に流れる雫を拭った。その時の表情、吐息、動きの一つ一つが荘厳で、流麗で、美しかった。少しの汗で濡れた髪の彼女は水浴びを終えた直後の女神のようで目が離せない。呆けた表情のまま眺めていると、彼女は自分とは反対の方向へと歩き出す。ああ、行ってしまう。そんなことが脳をよぎったと同時に、彼女はなにかに気づいたように耳をピクリと動かして、こちらを一瞥し、そして向かってきた。

心の中を動揺が満たす。そして彼女は私に向き直って口を開いた。

 

「何をジロジロと。自分のトレーニングを疎かにして鑑賞会とはいい身分だな?」

 

その口から放たれたのは、びっくりするくらいの皮肉だった。それを聞いて、また一層の動揺が頭の中を満たす。可愛らしい容姿からは想像もできないような、プライドのある声色。言葉の節々に見られる私に対しての悪感情。その瞬間私は悟った。あ、関わっちゃいけない人だ、と。どうしよう、喧嘩売ってんのかとか言われるのかな。

えっと…えっと…と下を向いてキョドっているとこちらの顔を覗き込みながら彼女が再び口を開いた。

 

「まあいい、それで何の用だ?貴様の恨みを買った覚えはないが。」

「え、えと。あなたの走りが綺麗だなって思って…。」

 

ゴニョゴニョと呟くように答える。それを聞いた彼女は何も言わずにこちらを見ている。

もしかして地雷踏んだ?綺麗とか言われたくない系の人か?兎にも角にも話題をそらさないと…。

 

「あっえと、今日の選抜レース、あなたも出るんですよね!」

「まあ、そうだな。」

「良いトレーナーに出会えるように一緒に頑張りましょうね!」

 

そう言うと、いよいよ持って静寂が場を包んだ。必死に作り出した笑顔が凍りつく。これも地雷?ならどうしたらいいんだよ!ちょっとイラついてきたよ!

そう思っていると、彼女が口を開く。

 

「貴様らはどいつもこいつも馴れ合うのが好きなんだな。畜生の性か?」

 

そう、一方的に言い放って彼女は踵を返していく。振り向く直前の顔は、呆れと失望と皮肉が入り混じっていた。そして脳が理解をする前に彼女は私の視界から消えていた。

 

「は?」

 

理解したとき、そうとしか言えなかった。

 

 

出走の準備を整える。靴紐を解けぬように軍隊式で縛り、ゼッケンの確認を行い、用意されていた水色の短パンを身にまとう。一通りの準備が終わったらターフの上へと移る。

すでに何人かのウマ娘がそこの上で待機しており、落ち着かぬ様子で周囲を見渡したりしている。

その視線の先には数人のトレーナーらしき人物がいる。その全員は私達に大して期待はしていないようで携帯をいじったり走る前のウマ娘の写真を撮っている。

全くもってくだらない。走る連中が走る連中なら、見る連中もということか。ひょっとしてこれが正常なのか?だとしたら腐敗もいいところだろう。

パパラッチのようなトレーナー群から目線を外してコースを見渡す。距離は1600m、マイルと呼ばれる距離だ。人間の体であれば長い距離だが、この体ならば大したこともない。レース開始まで残り数分、流石に他のウマ娘たちの表情にも緊張が見られる。

それらを尻目にゼッケンに書かれた番号のゲートの中へと入る。他のウマ娘たちも続々ゲートの中へと入ってくる。そして左隣を見ると、先程見た顔があった。

 

「あ、さっきの…。」

 

向こうも気づいたようで、こちらに顔を向けて小さくつぶやいた。その直後、彼女は下を向いたかと思うとこちらの顔面を再び見据えてきた。

 

「…なんだ?」

「あなたには、あなただけには負けません!友情を、くだらない馴れ合いだなんて呼ぶ人にだけは!」

 

その顔は怒気に満ちており、目尻には涙が浮かんでいる。よほど先程の発言を気にしていると見える。

 

「フッ、精々気張るといい。まあ、勝てるとは思えんがな。」

 

怒りとは燃料になる。闘志と決意を胸にしたこの娘であれば、あるいは。そう思い、期待をこめて言った。

それを聞いた彼女は再び唇を噛み締め、前を見据えた。

実況と思しき人物が話し始めるのが聞こえる。各人の名前などが紹介されていく。

全員の紹介が終わったとき、レース開始のカウントダウンが始まった。

足に力を入れ、走る構えを取る。そして、ゲートが開いた。

 

 

絶対に負けない。あんな、他人をバカにすることしか考えてない人なんかに。そう思って勢いよくゲートから飛び出した私は、瞬間的に絶望を叩きつけられた。

私のすぐ右のゲートから走り出した蒼は、同じタイミングで出たにも関わらず、私の戦法が逃げなのにも関わらず、100mを越えたあたりでもう大差がついたのだ。

彼女を除けば私が先頭。トップスピードで走っているから私と後ろの子たちの距離は結構離れている。だから後ろの子たちの表情は見えないけど…走る子たちの気配からすべてを察せる。みんな、絶望してるんだと。決して追いつけない。並ぶことすら許されない。そんな異次元の速度。

シンボリルドルフさんの走りを初めて見たときのような、ああこの人は自分たちとは違う世界の人なんだという現実逃避に似た感情が胸を支配する。私の足が水に呑まれたかのように遅くなっていく。そして、トップスピードだったものは徒歩に等しい速度へと落ち込んだ。次第に歩くのすら億劫になった私は、他の子の邪魔にならないようにと少し外れた場所まで歩くと立ち止まった。そして、何も考えられなくなった頭にポツリポツリと弱音が浮かんでくる。

そりゃ、あれだけ強いんだから、馴れ合いなんていらないよ。私には、彼女に怒りを覚える資格すらなかったんだ…。

今までの私なりの積み重ね、レースでうまく行けなくて辞めちゃった子の思いも、友達と一緒に編み出したトレーニング法も、それら全てがふみにじられた。絶対的な強者、彼女はそれだ。絶望感とかの何もかもがようやく頭に追いついてきて涙があふれる。

そして、彼女がゴールした歓声にかき消されて、私はコースの隅で声を上げて泣いてしまった。

 

 

まったく…あの女は期待外れだったな。早々に離脱するとは。心が折れでもしたか?

それに他の連中もだめだな、未だにゴールしていない。フン…腑抜けどもめが。

 

「ステイシス、帰還する。」

 

大歓声に包まれる中、そうとだけ小さくつぶやいて控室へと戻った。




ウマ娘:アートマン

身長:168cm
体重:微減
胸:C
靴のサイズ:25.5cm

髪:小豆色のボブ
目:緑

耳:小さい
尻尾:先が窄まっている
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。