辺りを取り囲むのは、トレーナーの群れだ。その数、およそ20人近く。手にはバインダーを持ってわれよわれよと勧誘をしてくる。
勧誘法はさまざまだ。担当するチームの優秀さを語る人物、如何に格を上げられるかを語る人物、幸せにすると語る人物。
その根底は見え透いている。表面上取り繕ってはいるが、所詮金儲けがしたいだけなのだ。
「フン…くだらん」
そうとだけ切り捨てて、間を抜けていく。引き止める声や腕が伸びてくるが、ウマ娘の動体視力を以てすれば避けることなど容易だ。
そして群衆を抜ける直前、何者かの胸にぶつかった。女性の胸だ。
「おや、すまないね」
「その声は…」
聞き覚えのある声を耳にしたことで上を向くと、かの会長がそこに立っていた。周りにいる人間どもも気づいたようで、ヒソヒソと話している。
「何の用だ?」
「少し世間話でも、と思ったのだが…ふふ、場所を変えようか」
「ああ、そうだな」
そう言って、歩き出そうとした自分の腕が掴まれる。次の瞬間、視界が加速する。ハッとして前を見ると、会長がこちらをチラと見た直後に前を見て駆け出したのだ。
そこからはよく覚えていない。流れる景色を視界の端に捉えながら全力で足を回すしか出来なかった。立ち止まった時、そこは学園の近く、一度訪れたことのある河原であった。
切れた息を辛うじて落ち着かせていると、ルドルフが口を開いた。
「ふふ、すまないね。だが、これだけ離れれば追っては来れないだろう」
「だからって…ゲホッ…ここまでする必要はないだろう…」
「おや、速度を出し過ぎてしまったな…すまない」
「フン…憐憫なら、かけてくれるな…」
私がそう言いながら汗を拭いルドルフを見ると、彼女は一瞬驚いたようだったが微笑みをたたえた。その後は土手に座り、軽い雑談をしながら時間を過ごした。これからのこと、学校生活について、そして今日の私のレースについて。
「君は今日の相手をどう思ったかな」
「…言葉を慎まないのならば、粗製と言うところか」
「そう、か」
何かを懐かしむかのように彼女は遠くを見つめる。そして立ち上がり、覆い被さるように私と向かい合う。
「天資英明、君の素質は私から見ても凄まじい」
「フン、皮肉としか思えんぞ」
「青天白日、本当さ。私、それどころかあのシュープリスすらも超えかねない。故に、一つ忠告だ」
彼女は前にかがみ、南中からズレた太陽を背に私に語りかける。彼女の長い髪が視界を狭め、彼女の顔のみを私に見せる。口が開き、言葉を紡ぐ。
「あまり孤独を好まない方がいい」
「…?いったいどうい…」
「さて、私は用事があるからこの辺りで退散するとしよう」
問いかけを遮るかのように腕時計を見て彼女は呟く。おい、と声をかけるが彼女は1人去ってしまった。時刻は正午から少し経った頃。彼女の忠告に首を傾げて、少しの空腹を感じながら学園への帰路を辿るのであった。
学園に着いた時、周囲から無数の視線が注がれていることに気がついた。今日のレースの結果でも学園に届いたのだろうか。数が多すぎて感情までは流石にわからんが、どうせ良いものではないだろう。エンターテインメントを度外視したかのような無慈悲なまでの圧勝、普段の他者と関わらない姿勢など反感を買うのには十分すぎる条件が揃っている。
あくまでも気づいていないフリをしながら空腹を満たすために食堂へと歩みを進める。
食堂は昼時を過ぎていたことから空いている。外で感じた視線もなく、落ち着いて飯を食えそうだ。さて、何を頼んだものか。看板のメニュー表を見ると、どれもこれも美味そうな見た目をしている。ひとまず一番人気と書かれている、特製ニンジンハンバーグとやらを頼むか。
食券をカフェテリアの受付に渡し、引き換えに貰った呼び出し用のアラーム機を手に料理の完成を適当な席にて待つ。
窓際のカウンター席で、外を見る事ができる。屋外には楽しそうに談笑するウマ娘達が見える。
孤独を好むな…か。私も、あのウマ娘達のように協力しあえと、そういうことなのだろうか。だが、戦いというものは個人のもの。僚機として動くミッションもあるがそれだとしてもお互い自由に動く方が気楽で、良い動きができた。その環境を整える整備士がいるのはいいとしても、争い競う同僚など私には不要なのだ。
まして同期の相手はカラードで言うところの20番代後半。仮に私の今の実力がオーメルの才女程度だったとしてもその格は比にならない。一方的な蹂躙となるのが目に見えている。そんな相手とどう研鑽しろというのだ。だがしかし、あの皇帝の異様なまでの強さの根源がそれだとしたら…。
腕を組んで悩んでいると、テーブルの上に置いたアラームが震える。赤色のランプを点滅させてけたたましく喚くそれを手にして受け取り口に向かう。そして、アラームを手渡して出てきたものを見た時、絶句した。
あまりにも巨大な、ハンバーグだった。3kgはあるだろうか。そして、大胆にまる一本人参が刺さっていた。
いや…写真で見たときこんなサイズじゃなかったよな…刺さってる人参だって、4分の1くらいだったような…目の錯覚を疑って目を擦ってみるが相変わらずの存在感でそれは鎮座していた。
「失礼…サイズ間違って…」
「いや、注文通りさ。それとも、ドミナントサイズのほうがよかったかね?」
厨房に立つ若い青髪赤眼のウマ娘が答える。ドミナントサイズ…?もしやこれよりも大きいのがあるのか…?ウマ娘という文明の底知れなさに内心恐怖しつつも仕方がないのでそれを持って先程の席に向かう。
来たときよりも人が減っており、今この食堂には私一人と遠くに見える人目を気にしながらスイーツを頬張る上品な芦毛のウマ娘くらいしかいない。
それにしても…この両手に乗るこれをどうしたものか。確かに美味そうではある。内側から溢れた肉汁がソースと混ざって光り輝いているし、シンプルな旨味の香りも空腹を誘発する。
だがあんまりにも量が…。元の私の姿でも到底食いきれない量だ。それよりも小柄な今の私の体では到底完食できないだろう。ひとまず食えるところまで食って、遠くのお嬢様に譲ってやろうか。重量物をテーブルの上に置き、フォークとナイフを取ってくる。そこのそばに大量の白米の入った巨大な炊飯器と大量に積まれたバゲットがあり、上には無料、おかわり自由と書かれた看板が吊るされていた。量が増えるのはかなり厳しいものがあるが、ハンバーグ単品で食い切れるという気もしない。バゲットを2つ皿に載せて空いた手でフォークとナイフを持って席につく。
さて…どう攻略したものか…。
そう思いながら無心で食べ進んでいると、気がついときには目の前からあの巨体は消え失せていた。存外に入るものだな…。自らの胃袋に恐ろしさを抱きながら呆然としていると、隣に何者かが座った音がした。
「いや〜ウマ娘の食いっぷりってのはやっぱりいいね〜」
「何者だ?貴様」
そちらに目を向けると笑みを浮かべた男性が頬杖をついてこちらを向いていた。私の問いかけに対してそいつはそうそうと言ってポケットに手をつっこみ、名刺を取り出して差し出してきた。
「俺は新人トレーナーの金田っていうんだ。あんたをスカウトに来たのさ」