一話にどうにか纏めましたが、その分長いです。
ある一人の少女の話をしよう。
かつて小学三年生になったばかりの少女――高見二星は、魔法の使者キュゥべえと出会った。
「僕と契約して魔法少女になってよ!」
ランドセルを背負ったままの二星に、キュゥべえは契約を持ちかける。
何でも願い事が叶う奇跡の権利。
その代償に魔法少女となって、魔女と戦う使命を背負う『魔法の契約』。
それはまさに二星の好きなアニメのストーリーのような、とても楽しそうな謳い文句だった。
好奇心からキラキラと瞳を輝かせて、二星はキュゥべえへ問い掛ける。
「お願い事って、なんでもいいの?」
「もちろんだよ。きみが望むどんな願い事でも、僕が叶えてあげられるよ!」
幼い二星は、疑う事を知らなかった。
だからその言葉に二つ返事で頷いてしまう。
――それが、どんな悲劇を生むかも知らずに。
「ならわたし『正義の魔法少女のお友達』が欲しい!」
ここに禁断の契約は結ばれた。
その意味を、少女は最後まで理解できなかった。
高見二星にとって、魔法少女とはテレビの中の存在だった。
画面の向こう側にいる架空の魔法少女達は、誰もが夢と希望に満ち溢れていて、どこまでも強く正しい正義の味方だ。
そんな魔法少女に対する少女らしい憧れと、一人で魔女と戦う心細さから、二星はそんな『正義の魔法少女の友達』を望んだのだ。
だが二星の望むような魔法少女は全て架空の存在で、現実には決して存在しない。
故に、当然のように奇跡は『正義の魔法少女』を新たに世界へと生み落とした。
「高見二星、きみの祈りはエントロピーを凌駕した。これできみは……いや、<きみ達>は魔法少女だ」
少女の祈りを元に<正義の魔法少女>が奇跡によって産み出される。
作られた命。作られた魂。作られた肉体。
人の願いにより生まれた、人造魔法少女。
そうして生まれたばかりの名も無き彼女に、二星は名前をあげることにした。
「あなた名前がないの? ならわたしの『ニボシ』をあげる! わたしには『フタホシ』って名前があるから!」
「……ニボ、シ?」
少女の無邪気な夢と祈りによって、二星と瓜二つの容姿を持った正義の魔法少女――ニボシは生まれたのだ。
笑う二星と鏡合わせのような笑みをニボシは浮かべる。
だがそれは、どこか機械じみた印象を見る者に与えた。
それでも彼女達は笑顔を交わし合う。
「……ありがとう、フタホシ」
「どういたしましてニボシ!」
ニボシは正義の魔法少女として、理想のままに二星と共に魔女を退治していった。
使い魔を見つければそれを退治し、魔女の口付けによって死にそうになっている人達を数多く救った。
時に縄張りを主張する魔法少女とも争ったが、二星とニボシのコンビは双子にも勝る連携でそれを追い払った。
純白の剣を持つ前衛のニボシと、青い錫杖を持つ後衛の二星。
二人で力を合わせればどんな敵が相手でも負ける気はしなかった。
「わたし達二人、力を合わせれば何も怖くないね、ニボシ!」
「そんなの当たり前でしょ! フタちゃん!」
彼女達は双子のような笑みを浮かべる。
その瞳は希望の光で輝いていた。
――愛と正義の物語は、二星のソウルジェムが濁り切るまで続いた。
だからそれは、必然の出来事だったのだろう。
二人はいつも共に居たのだから。
ニボシの目の前で、二星のソウルジェムが<相転移>したのもまた必然の出来事だった。
「…………いや、いやぁああああああああああああああああ!!」
「フタちゃん!? フタちゃんッ!!」
二星の身を切るような絶叫とともに、彼女のソウルジェムが砕け散り、中からグリーフシードが生まれ出る。
奇跡によって生まれた正義の魔法少女は、その時初めて『魔法少女システム』の真実を知ったのだった。
だが更なる悲劇がニボシを襲う。
これまで数多くの人々を、魔女の脅威から守るために戦ってきたニボシ。
それが絶対的な正義だと、これまで何の疑問もなく信じてきた。
だが彼女の信じていた正義は全て幻想に過ぎず、ニボシを産み落とし同じ正義を夢見ていた半身は、忌むべき魔女へと堕ちてしまった。
彼女を産んだ正義に従えば、人々に害を為す魔女は尽く殺さねばならない。
だがあの魔女は、ニボシの半身とも呼べる存在が転化したモノ。
ニボシを生んだ親でもあり、双子よりも相似した片割れなのだ。
だが彼女を構成した『正義の魔法少女』という祈りは、そんなニボシの心情など斟酌してはくれない。
穢れなき純白の剣が<悪い魔女>を前にして光り輝く。
ここに<正義の魔法少女>が覚醒を果たした。
「あ、あ、あああああアアアアアアアアアアアアッッ!!」
それは祈り。
それは呪い。
――奇跡によって紡がれた、<正義>という名の呪縛。
その体の一片まで祈りによって産み落とされた少女は、どこまでも正義であることを義務付けられる。
襲いかかる魔女に対して、ニボシの体はその意思に反して剣を振るった。
皮肉にも二星という半身が欠けてもニボシは普段通りに――否、むしろそれ以上の性能を発揮していた。
魔法少女として劣る二星に合わせる必要がなくなり、ニボシは<正義の魔法少女>としての力を十全に引き出した。
むしろかつてないほど自由に戦えるくらいだった。
そんなどこまでも独善的な己の在り方にニボシは涙を浮かべるが、それでも剣を止める事は叶わない。
「い……や……っ!」
ニボシという名前をくれたフタホシ。
ニボシの存在を奇跡で望み、この世界に産んでくれたフタホシ。
この二年もの間、一緒に戦い、一緒に眠り、一緒に生きた半身。
彼女は奇跡でニボシを生んだ母にして、同じ正義を抱いた掛け替えのない存在だった。
『わたし幸せだよ! だってわたしが夢見た<魔法少女>になれたんだもの!』
眩しい笑顔で、想い出の中の二星は笑っていた。
ニボシがこの世に生まれてから早二年。
ニボシが生きた全ての時を、共に過ごした少女との思い出が、無数に浮かんでは消えていく。
生まれたばかりの頃のニボシだったなら、何の疑問も抱かずに正義を行えただろう。
だが二星と過ごした日々が、皮肉にも彼女に人の心を与えていた。
故に、致命的な乖離がその身に引き起こる。
正義を行おうとする肉体と、それに抗おうとする心。
ニボシの魔力が暴走を始める。
純白のソウルジェムが、黒い蜘蛛の巣に囚われたかのように、斑に染め上げられていく。
それは呪縛。
正義を行えと訴える、奇跡の鎖で編まれた呪いの縛めだった。
魂そのものであるソウルジェムを呪縛によって支配され、ニボシの体が自らの意思に反して動いた。
奇跡を叶えるため。
正義を為すために。
――禁断の契約は、死した少女の祈りを忠実に履行する。
「こんなの、嫌だよ……っ!」
だが呪縛はニボシの反抗を嘲笑い、二星だった魔女の心臓へ正義の剣を突き刺した。
魔女の断末魔がニボシの耳にこびり付いて離れない。
その声はニボシを呪う怨嗟の声となって突き刺さる。
魔女を殺した瞬間、ニボシの純白の剣は光となって砕け散った。
今まで一度も欠けたことのない剣が、ガラスのように四散する。
後にはグリーフシードだけが残された。
常に傍に居た半身の姿はどこにもない。
残ったグリーフシードを手にしたニボシは、激情のまま投げつけようとした。
「うわぁああああああああああああっ!!」
だが気付けばニボシは、それを抱きしめ慟哭を上げていた。
生まれて初めて流したニボシの涙は、ただただ熱かった。
正義の剣は砕け、残った白のガントレットでニボシは顔を覆う。
二星の名を、延々と呼び続けながら。
だがその声に応えたのは、ニボシの望む存在ではなかった。
白い悪魔がその姿を現したのだ。
「彼女のことは残念だったね」
キュゥべえ。
奇跡を謳い少女達を魔法少女へ誘う存在。
だがその正体は夢と希望を騙る詐欺師だ。
「お前は……っ!」
ニボシは憎悪を込めた視線を送る。
だがそれに気付かぬ様子でキュゥべえは言った。
「でも良かったじゃないか、これできみは本物の『高見二星』になれるよ」
不気味な真紅の瞳が、感情なきままニボシを映している。
初めて感じる得体の知れなさと、言っていることの意味が掴めなかったニボシは思わず動揺してしまう。
「な、なにそれ……どういう意味……っ!?」
そんなニボシに、キュゥべえは呆れるように言った。
「この世界に『高見二星』の席は一つだけという話さ。奇跡によって生まれたきみは、本来この世界には存在しない存在だ。これまでは魔法で誤魔化してきたみたいだけど、いつまでもそれが通じるとは思わない方が良い。
都合よく席が余ったのだから、きみが座っても何の問題もないはずだろう? 何しろきみ達を見分けるのは普通の人間には不可能なんだから、簡単なことじゃないか」
「お前はぁあああああああああ!!」
目の前が真っ白になった。
気が付けばニボシは、キュゥべえの頭を掴み上げていた。
「私達を騙して! 裏切って! いけしゃあしゃあとよくもそんなことをほざけたなっ!!」
「……見解の相違だね。そもそもきみとは契約していないんだから、その怒りは筋違いだよ。恨むなら条理を越えた奇跡を願った<彼女>を恨むべきだろう? その反応は流石に理不尽だね。
それに僕としては、これはあくまで善意からの忠告なんだよ? なにしろ本来、この世界にきみの居場所はないんだ。奇跡を叶えた身としては<その後>のフォローは当然のことだと思ったんだけど――」
「余計なお世話だッ!!」
ニボシは激情のまま、キュゥべえを握り潰した。
頭部が潰れ、壊れたぬいぐるみの様に床に散らばる。
だがそれが無意味なことだったと、すぐに思い知ることになった。
殺したはずのキュゥべえが、再びニボシの目の前に現れたのだ。
「……やれやれ、どうして人間はいつも決まった反応をするのかな。種としての学習能力に疑問を感じるよ。まぁそれを愚かだとは言わないさ。それが感情というものらしいからね。だけど無意味に壊されるのは勘弁して欲しいな。勿体ないじゃないか」
全く同じにしか見えない個体が、潰されたモノを喰らった。
その悍ましさに吐き気が込み上げ、ニボシは口元を抑える。
「……っ!」
「きゅっぷぃ……それじゃ僕は行くけど、きみもあんまり自棄にならない方が良いと思うよ? 『高見二星』はもういないのだから、残されたきみの行いが彼女の評価になるわけだしね。
彼女はきみにとって、大切な存在だったんだろう?」
そう言い残し、白い悪魔は去って行った。
残されたニボシは襲い掛かる絶望に打ちのめされ、ただ膝を付いた。
どれほどの時間を、ただ呆然としていたのか。
我に返ったニボシは壊れた笑みを浮かべた。
己という存在のあまりの滑稽さに、笑いが込み上げてくる。
「あはっ……つまり、なに? 私ってただの、道化?」
信じていた正義に裏切られ、自身を産んだ祈りにすら裏切られた。
『正義の魔法少女』役を演じ続ける操り人形。
それがニボシの正体。
ニボシが生まれて来た意味。
――そんなもの、認められるはずがなかった。
溢れる憎悪は己自身に留まらず、ニボシを産んだ全てへと向かう。
何も知らず無邪気に奇跡を願った二星の存在すら、ニボシは憎悪した。
一人取り残されたニボシは怒声を上げる。
「……ごっこ遊びに付き合わされるために、生まれてきてっ! こんな滑稽な道化を、演じろっての!? ずっと! ふざけないでよ! そんな事のために、私は生まれてきたって言うのッ!?」
魔女とは絶対的な悪だと、これまで断罪してきた正義の魔法少女。
だが真実を知り、己という存在が如何に無意味で道化師じみたモノであったかを思い知る。
それでもニボシは、呪縛の支配を受けながらも生き続けた。
自分が生まれた意味という物に悩みながら。
正義の虚しさを知りながら、道化のように正義を行う惨めさをニボシは噛みしめる。
それでも世界は、ニボシを待ってはくれない。
結局ニボシはキュゥべえの言う様に、空いた『高見二星』に己を当て嵌める始末となってしまった。
二星がいなくなった穴は、その代役としてニボシが埋めるしかなかったのだ。
でなければニボシの居場所など、この世界のどこにもありはしないのだから。
二星は明るく誰からも好かれる少女だった。
誰とでも仲良くなれる、そんな理想の女の子。
高見二星。
愛称はニボシ。
だから作り物の存在であるニボシは、そんな正しい高見二星を模倣する。
明るく活発で、いつも笑顔を浮かべていて、誰とでも仲良くなれる存在。
そうしなければならないと、ニボシの中の正義の呪縛が突き動かすのだ。
そんな風に半身の居場所を奪い取ってまでその席に座る世界の異物。
正義の魔法少女が、聞いて呆れる。
誰よりも正義を謳いながらその実、誰よりも穢れた存在。
自分が信じた正義など、所詮は幻想に過ぎなかったのだ。
「……正義なんて、馬鹿みたい」
一人きりになったニボシは鏡に映った自らの魔法少女衣装を眺めながら、乾いた自嘲の笑みを漏らした。
ニボシの純白の剣は砕け散ったまま、二度と生み出すことができなくなっていた。
己自身とも言える<正義の祈り>を自ら否定したのだ。
その象徴である<正義の剣>が使用できなくなったことは不思議と納得できた。
元は純白だった魔法少女衣装も、気付けば絶望に蝕まれるニボシを現すように、所々に黒が混ざりモノクロな姿になっていた。
そして両手のガントレットは、二星を殺した罪悪感からか漆黒に染まっている。
正義の名の下に数多の魔女を殺し、自らの半身をも殺した両手だ。
その変化をニボシは疲れたように受け入れた。
ニボシのソウルジェムは、あの時から変わらず蜘蛛の巣が張ったようなモノクロな色合いをしていた。とてもではないが他の魔法少女には見せられないモノに成り果てていた。
いっそ魔女になってしまえれば楽だったのかもしれない。
だが穢れが溜まると呪縛はニボシに耐え難い苦痛を味わわせ、魔女狩りに駆り立てた。
<正義の魔法少女>が<悪い魔女>になる。
けれどもニボシを産んだ祈りは、それを許してはくれなかった。
その内ニボシは穢れを溜めること自体が生理的に受け付けられなくなっていた。
病的なまでにジェムを綺麗にし続けなければ、呪縛はニボシに耐え難い苦痛を味わわせた。
呪縛の象徴――ソウルジェムを眺めながら、ニボシは呟く。
「……私は奴隷だ。私を産んだ奇跡の、ありもしない正義の……ただの操り人形」
ニボシは惰性のまま魔女を狩り、正義の鎖に引き摺られるまま正しい魔法少女としての活動を行った。
何も考えず呪縛に従うことを覚えれば、後は楽だった。
いつしか二星の演技も自然とできるようになっていた。
ニボシは生まれてからずっと傍で二星を見続けて来たのだ。
彼女の模倣をすることは、ニボシにとって息を吸うのと同じくらい簡単なことだった。
いつしか、本当の自分というモノを見失いながら。
それでもニボシは踊り続ける。
ただ操り糸の命じるままに。
そんな時、ニボシは錦戸愛菜という魔法少女に出会った。
彼女はニボシが初めて自分達以外に出会った『正義の魔法少女』だった。
魔法を自分のためではなく他者のために使う。
結果は同じでも、その出発点は彼女とニボシではまるで違っている。
それでも向かうベクトルだけは、冗談のように同じ場所を目指していた。
アイナは、ニボシの目から見ても理想の『正義の魔法少女』に近い存在だった。
その献身ぶりはニボシにかつての自分達を思い出させるほど。
だからだろう。
遠い昔の自分を見るような気持ちでアイナと会話を重ねる内に、気付けばニボシは彼女と行動を共にするようになっていた。
そうすることでニボシの中で常に矛盾する正義については悩まなくて済んだ。
ニボシにとってアイナは『正義の秤』の役割を持つようになっていたのだ。
彼女が正しいと思う行動なら、それは正しいのだろう。
真実を知ったニボシには無意味なことにしか思えない行為も、アイナが行うのならそれは正義なのだろう。
だからニボシは、アイナに魔法少女の真実を教えるつもりはなかった。
そんなことをしても誰も救われないことは、身を持って知っているのだから。
本当ならニボシも、二星が魔女になったあの時に死ぬべきだった。
けれど死に損なったニボシの呪縛は、自ら死を選ぶことすら許してはくれない。
魔女にもさせてはくれないまま、ただ呪いの言葉だけが胸の裡に積み重なっていく。
いっそのこと、ニボシは開き直ることにした。
アイナも言っていたではないか。
――楽しんだ者勝ちだと。
それが正義とは程遠い感情だったとしても。
ただの奴隷でしかないニボシにとっては、自らの精神を守る唯一の術だった。
「……そう、だね。たとえ正しさに意味がないのだとしても、楽しんだ者勝ちだよね」
アイナとニボシでは、決定的に意味が異なる言葉を口にする。
理想と現実に挟まれ続けたニボシには、もう何が正しいのか分からなくなっていた。
ただ呪縛の命じるまま、ニボシは張りぼての正義の魔法少女を演じ続ける。
ニボシの立ち位置は基本的にアイナの補佐だった。
アイナの方針に従い、彼女の望む様に振る舞う。
正義の奴隷の次は彼女のシモベにでもなったつもりかと、自らの滑稽さに乾いた笑みを浮かべた。
竹田マコ。
新谷ユリエ。
藤堂アリサ。
彼女達の存在はニボシにとって至極どうでも良かった。
ただアイナが自分以外の仲間を欲したから手伝っただけ。
正しい魔法少女になろうと口にするニボシだったが、彼女自身が一番それを信じていなかった。
それでも、正義の魔法少女は笑顔で希望を振りまくものだから。
壊れた人形は糸の命じるままに動き続ける。
その糸の先が、宙ぶらりんであることに気付きながら。
そんな永遠の牢獄にも似た日々を過ごしていたニボシの目の前に、ある日一人の転校生が現れた。
教師の案内によって教室に入った彼女を目にした瞬間、しんと教室が静まり返る。
一瞬目を奪われた生徒達が次々と我に返り、ざわめき始めるのを教師が手を叩いて収め、彼女に自己紹介を促した。
それに頷き、銀髪の少女が自らの名を告げる。
「古池凛音です。よろしくお願いします」
――そしてニボシは、リンネと出会った。
想像を絶する邪悪を身に纏った<銀の魔女>との出会い。
かつてないほど呪縛が疼くのを感じる。
そのソウルジェムの高鳴りは、恋する鼓動にも似ていた。
一目惚れだった。
彼女を目にした瞬間、ニボシは彼女だけを見つめていた。
雪のような銀色の長髪と赤みがかった瞳、左目下の泣き黒子が印象的な綺麗な少女だった。
だがそんなことは、ニボシにとってどうでもよかった。
なぜなら彼女の存在そのものが、ニボシには衝撃的だったのだ。
ニボシの全身が震えた。
ニボシを構成する<正義の祈り>が叫びを上げている。
かつてないほどの『悪』が、ニボシの目の前にいた。
どんな魔女を前にしても、どんな犯罪者を前にしても、ニボシの呪縛がここまで強く疼いたことなどなかった。
一体どれだけの悪行をその身で犯してきたのか、ニボシには想像もできない。
ニボシの呪縛はリンネに絡んだ因果を読み取り、その邪悪さに悲鳴を上げていたのだ。
その悍ましさに体を震わせながら、気付けばニボシは笑みを浮かべていた。
「……………………あはっ」
この時、ニボシはあることを思い付いた。
上手くいけば、ニボシがいつも夢想していた願いが叶うかもしれない。
そんな素敵な思い付きを。
それからしばらくの間、ニボシは自らの呪縛を押さえつける事で精一杯だった。
悪は滅ぼすべきモノ。
邪悪を殺せ、正義を為せ。
しきりにそう訴えかける呪縛を押さえつけるのに、ニボシは手間取った。
結局魔法を使った封印まで使って、ようやく呪縛を押さえつけることに成功する。
そこまでして初めて、ニボシは彼女に声をかけることができた。
「ねー、なに読んでるの?」
二星の皮を被ったまま、ニボシはリンネに近づいた。
もはやその皮はぴったりと張り付いていて、その下の素顔がどんなものだったのかニボシには思い出せなかった。
リンネの声を聞く度に、ニボシは胸がドキドキした。
ニボシの体を構成する祈りが、彼女を許すなと叫び声を上げる。
彼女を殺せと血は熱く滾り、体温は上昇する。
彼女の一挙手一投足から目が離せなかった。
それは傍目からは、恋する乙女のように見えたかもしれない。
ニボシが拍子抜けするほどリンネと友好を深めることにあっさりと成功し、ニボシはアイナ達に彼女を紹介した。
メンバーの中では長い付き合いになるニボシの紹介だからか、アイナは無警戒にそれを受け入れた。
「構わないと思うわ。ニボシの勘は、もはや魔法ですからね」
その勘の正体が魔法どころか、奇跡の呪縛に過ぎないことをアイナは知らない。
微笑むアイナの傍にキュゥべえが現れる。
ニボシが真実を知ったあの日から、互いに不干渉を貫いている両者だったが、キュゥべえの登場はニボシがきな臭いものを感じるのに十分過ぎるものだった。
「そうだね、彼女には僕の姿が見えているようだ。魔法少女としての素質は十分あると思うよ」
よくも言えたものだとニボシは感心した。
その面の皮の厚さ、人目のない場所で出会ったら迷わず殺す所なのだが、今は大人しくしていよう。
それが向こうの思惑ならば、ニボシもそれに乗るだけだ。
全ては自らの願いのために。
「リンネちゃんにだけ私達の秘密を教えてあげる!
私と一緒に魔法少女をやろうよ!」
偽りの希望に満ちた笑顔で、ニボシはリンネに手を差し伸べた。
呪縛の仮面を被り続け、ニボシは正義の魔法少女を演じる。
邪悪が目の前に現れるのをニボシは心待ちにしていた。
そしてマコが殺された。
真紅の魔法少女が復讐劇の開始を告げる。
リンネが描いたと思われる脚本に身を任せながら、ニボシはその時を待ち続ける。
学校での決戦。
ユリエが魔女となりアイナが豹変する。
そしてアイナの結界で強制的に戦場が作られた所で、ニボシは舞台を整えることにした。
堕落したアイナを打ち倒し、邪魔なアリサは気絶させて出演者の数を絞った。
そうすれば舞台裏から現れるのではないかと思ったから。
アイナはリンネによって何かされたのか、ニボシの呪縛が強く反応していた。
故に倒すのは簡単だった。
ニボシが<正義の魔法少女>である限り、呪縛はむしろニボシの力となるのだから。
かつて高見二星が夢想した<正義の魔法少女>は誰にも負けない存在だ。
逆にそのせいで、真紅の魔法少女を相手にした時はニボシ本来の力が制限された。
ニボシの呪縛は復讐者の正義を肯定していたのだ。
茶番だと知っているニボシにしてみれば、呪縛のその判断は壊れているとしか思えなかった。
だが無数のエラーを積み重ねて来た<正義>は、もはや始まりの理想とはかけ離れた存在になっているのだろう。
歪みはもう限界まで捻じれ切っていたのだ。
――そしてついに、ニボシが待ち望んでいた存在と出逢う。
憎悪と絶望が渦巻く戦場に、死んだはずのリンネが姿を現したのだ。
驚きはしない。
ずっと呪縛はリンネの存在を訴えていた。
ニボシもリンネのことをずっと信じていた。
彼女が簡単に死ぬような悪ではないと。
だからニボシは満面の笑みを浮かべ、目の前の邪悪を歓迎する。
「やっと会えたね、リンネちゃん!」
神々しさすら感じられる武装を身に纏った、<古池凛音>がそこに居た。
黄金の翼を背負い、銀色の鎧を纏った魔法少女。
想像を絶する魔力を秘めたその姿は、見た目の麗美さとは裏腹にニボシの中の正義の呪縛が悲鳴を上げるほどの邪悪によって作り出されている。
それを見て、ニボシは溢れ出る喜びが抑えられなかった。
アイナの胸を貫いたガントレットを差し伸べる。
血濡れた両手を広げ、ニボシはリンネへと告白した。
「さあ、私と一緒に殺し合おうよ!」
頬を染めて、ニボシは忘れていた本当の笑顔を浮かべる。
それはニボシが生まれて初めてする――愛の告白だった。
予告:
故意に悲劇を見過ごす壊れた正義の操り人形。
対するは。
全ての魔法少女を裏切った邪悪なる銀の魔女。
――舞台は最終決戦へと突入する。
正義なき戦いが、今始まろうとしていた。
今回のハートフル要素:
一目惚れ
愛の告白(百合)
溢れ出る(魔法少女的)乙女心
ラブコメ的王道展開(学校での告白)
二人きりでくんずほぐれつ(予定)
キュゥべえ「……これは酷い詐欺だね」
(作者より)
またも推敲ガガガ……
前回の終わりだと、ニボシがあまりにヤンデレっぽかったので過去回投入。
あれ、そんなに変わってない……? むしろ(ry
次回更新は間が空きます。