今更ですが、リンネの原作知識は本編アニメ+劇場版のみで、他スピンオフ作品は知らない子状態です。
穢れを多量に孕んだグリーフシードは、アリサのソウルジェムを問答無用に穢していく。
<アリサ>が蝕まれる。
穢れそのものを体内へ入れられてしまい、為す術もなく侵されていく。
「あ、わた、ワタしの、ソウル、ジェムが! いぁ、イヤ……っ! ワタシが、壊レちゃう……ッ!?」
魔法少女の胎内は魔女の揺り籠と化し、その穢れを吸い上げて急速に孵化していく。
それはアリサの魂すらも吸い付くし、ソウルジェムとグリーフシードが融合を始めた。
「あ、ああ……!」
ぽろぽろと崩れていく自我の中、アリサは一瞬の光を見た。
それはアリサのソウルジェムが汚染される最後の瞬間に浮かべた、泡沫の夢。
魂の断末魔が見せる走馬灯をアリサは見ていた。
かつて家族三人で過ごした日々が再生される。
それは幼きアリサが家族で遊園地に行った時の思い出だった。
アリサの見る過去の母は笑っていて、父も笑顔だった。
そこには顔に痣を作った母の姿も、亡者のように虚ろな顔をした父もいない。
今のアリサから見れば理想的な両親に手を引かれて、過去の幼きアリサは幸せそうに笑っていた。
最低な両親だとばかり思っていた彼らとの間にも、確かに温かな思い出はあったのだ。
だが父が仕事を辞めてから全てがおかしくなってしまった。
辞めた原因がリストラだったのか、あるいは父に何か考えがあったのか、幼かったアリサには分からない。
だがその後しばらくしてから、父は酒に逃げるようになり暴力を振るい始めた。
それに耐えきれず母は逃げて行った。
幼いアリサを残して。
どうして?
どうして、ママはわたしを置いて行ったの?
わたしが、わるい子だから?
ねえ、ママ……どうして……?
わたし、ちゃんといい子にするから……。
幼き心の声はいつしか憎悪とともに忘れ、アリサはいつしか母のことを考えるのを止めていた。
所詮は娘を捨てて逃げた人でなしなのだと、心で切り捨てていた。
父に優しく頭を撫でて貰った記憶も、初めて殴られた時に呆気なく砕け散ってしまった。
――ああ。
走馬灯の中、アリサは後悔していた。
優しかった彼らの事を忘れ、憎しみに走ったアリサを責めることはできない。
そうなって当然の環境にアリサはいたのだから。
だが、それでも。
それでもアリサは<力>を求めるべきではなかった。
知る努力をすべきだった。
それで何が変わったかは分からない。
だけどアリサはあまりにも両親の事を知らな過ぎた。
あんなにも憎んでいたのに。
あんなにも嫌いだったのに。
彼らがああなってしまった原因すら、アリサは知らないのだ。
あんなにも大好きな人達だったのに。
どうして、こうなってしまったのか。
「いまさら……気付くのが遅すぎるよ……」
走馬灯が切り替わる。
両親が温かな笑顔と共にアリサに手を差し伸べていた。
『アリサ、ちゃんと手を繋いでなさい。逸れないように』
『アリサちゃん、お昼は何にしましょうか? 大好きなオムライスにする?』
その両手を嬉しそうにアリサは掴んだ。
『うん! パパ、ママ、だいすき!』
二度と訪れない情景を目にした瞬間、アリサは魔女へと転化した。
――もしもやり直せるなら、私は……。
声なき声を最後に遺して、藤堂アリサのソウルジェムが砕け散る。
強さを願った少女はその祈りを後悔しながら逝った。
そして魔女が生まれ結界が展開される。
広がる結界の中にあったのは遊園地だった。
ただし狂気と凶器に満たされた地獄のような場所を、本当に遊園地と呼ぶのならば。
拷問器具のような遊具が色取り取りに並び、不気味な外見をしたマスコットキャラクターらしき使い魔達が闊歩している。
そこは悪夢の楽園だった。
人型の使い魔を的にして、頭部が銃身になった使い魔が不快な笑声を上げながら射撃する。
ミルキーウェイでは首吊り死体が回る。
真の意味で絶叫マシンと化したコースターが使い魔達を、
轢き、
牽き、
挽き、
それを下から影絵のような観客達がポップコーンを片手に悲喜交々観覧している。
一際巨大な大観覧車では棺桶が回っていた。
様々なアトラクションで死んだ使い魔を収集しては、新たな使い魔を吐き出していく。
その有様はまるで製造工場のようだった。
そして暗闇の空を、狂ったように花火が上がる。
それは無数の落下傘となって地上へ降り注いだ。
喜びながらそれを受け取った使い魔が爆散する。
ここは魔女の結界。
狂った世界観を現す魔女の領域だ。
常人なら精神を病むだろう世界に取り込まれても、ここにいるのは常人ではなくただの魔法少女と呼ぶことすら憚られる者達。
その一人、銀の魔女リンネは狂気的な光景を前にして快哉を叫ぶ。
「あはは! アリサもやれば出来る子だったんじゃない! 駄目元だったけどこの魔女は<アタリ>ね! 良いステージになってくれるわ!」
トラップだらけ使い魔だらけの地獄の様な結界の中だ。
それ故に<正義>という厄介な特性を持っているニボシを倒すには、丁度良い舞台だとリンネは思う。
そこに魔女になってしまった魔法少女への思慮など欠片もない。
あるとすればそれは有効活用できたという思いのみ。
使い魔を踏み潰しリンネは塔の上に降り立つ。
足元では使い魔の集団が一斉に首を吊り上げられ、地面に叩きつけられていた。
リンネは新たな戦場に銀の魔力糸を張り巡らせる。
障害物の多い場所でこそ、リンネの魔力糸は最大の効果を発揮するのだから。
さあ、人形劇を始めよう。
最後のエトワールとなった魔法少女、ニボシは目の前で起こった邪悪に力を滾らせるものの心は全く震えていなかった。
かつての仲間が魔女になったのを目の前にしても、ニボシの心は欠片も揺るがない。
正義の魔法少女は目の前の一切合財を切り捨てて突進する。
だが遊園地の使い魔達は、その狂った接客のおもてなし精神を十全に発揮した。
過剰なサービスによる四方八方から銃撃が加えられ、様々な物が投げられ、果ては使い魔すらも投げつけられまるで蜂の巣を突いたような有様だった。
ニボシはそれら全てを切り伏せてみせるも、数があまりにも多すぎた。
一太刀で空間ごと切り裂いても、また次の瞬間には新たな攻撃が加えられる。
足を止めたら終わりだと判断したニボシは第一目標をリンネ、第二目標をこの結界の魔女に定め重囲からの突破を図った。
だがそれを許すほど銀の魔女は甘くない。
地面を這うように伸ばされた魔力糸がニボシの足を絡め取る。
「くっ……!」
銀の糸はニボシの魔力によって瞬時に消滅したが、一瞬の隙は高く付いた。
見慣れた翠色の魔力によって一点に込められた強力な結界がニボシの足を封じた。
それを砕くだけの時間的な猶予は、もはやなかった。
使い魔達の一斉攻撃がニボシに襲い掛かる。
その様子を上空から銀の魔女とその人形が眺めていた。
周囲の使い魔はリンネ達には見向きもしない。
連中の意識を逸らす程度のこと、リンネの<支配>の魔法の前では造作もなかった。
苦境に立たされたニボシを見て、アイナがぽつりと呟く。
「あら、やったかしら?」
「アイナそれフラグだから」
反則染みた能力を持つニボシを相手に使い魔達が勝手に物量で押してくれるのだから、リンネ達は遠くからニボシの足を文字通り引っ張るだけで良かった。
足さえ止められればニボシを封殺できるはずだ。
だがそんなリンネの思惑は、やはり楽観的過ぎたようだ。
正義の魔法少女は白い極光を煌めかせ、周囲一帯の使い魔を一掃する。
あれだけの攻撃を受けてなお冗談のようにニボシは無傷だった。
ぽっかりと空いた爆心地の中央で、ニボシの視線がリンネを捉えている。
「……使い魔相手じゃ駄目か。だからと言って魔女をぶつけてもこの分じゃ期待薄よね」
ターミネ○ターの親戚か何かだろうか、こいつは。
そう内心で呆れながらもリンネは長期戦を覚悟した。
そこへ思わぬ闖入者が現れる。
ヒーローショーならぬ使い魔の解体ショーを行っていた広場の舞台が中央から開き、そこから一体の禍々しい魔力を纏った存在が登場する。
己の領域を蹂躙され、結界の主である魔女が出て来たのだ。
それは一見すると魔法少女のような出で立ちをしていた。
煤けた水色の衣装にツインテール。
生前のアリサを思わせる格好だったが、その顔は蠢く影のような二つの穴が目のようにあるのみ。
その二つの影の中には血の様な紅い光が灯り、憎悪の輝きを放っていた。
体格は魔女にしては小柄で二メートルほどしかない。
だというのにそれが人型であるだけで強烈な違和感となって襲い掛かる。
その四肢は棒のように丸く機械染みた印象を見る者に与えた。
自らの体をホバークラフトのように浮かび上がらせ、魔女は滑る様に移動を始める。
『ギャラギャリギャラギャラ!!』
掘削音にも似た鳴き声を発しながら、魔女は両腕を回転させた。
まるでガトリング砲のように魔弾が豪雨となって降り注ぎ始める。
自身の使い魔や結界のアトラクションすらも破壊しながら、魔女はただ嵐のように暴虐の限りを尽くしていく。
「これなんて魔砲少女……」
リンネは魔弾を躱しながら呆れたように呟くが、現れた魔女の暴虐は止まらない。
辺り構わず乱射するものだから呑気に傍観することもできなかった。
乱戦になると予想したリンネは、アイナに撤退を命じる。
「……アイナ、きみはここから離脱して。あとは私が片付けておくから」
「でもリンネちゃん――」
何か言おうとするアイナの唇を、リンネは人差し指を押し付けて封じた。
「これ以上アイナを壊されるのは我慢ならないからね。ましてや今のニボシ相手だと、どうなるかわからない。最悪アイナが消滅してしまう危険を考えたら、まだ私一人の方がやりやすい」
<私>が死んでも代わりはいるもの。
などとあながち冗談でもないことをリンネは口にする。
ソウルジェムさえ無事ならば、リンネにとって肉体的な死はさほど意味がないのだから。
「だから、ね? お願い」
「……仰せのままに、我が主様」
主が望むのであれば、シモベである人形はただそれに従うのみ。
結界をすり抜けて脱出することは、アイナにとって造作もないことだった。
それを見送ると、リンネはやれやれと溜息を吐いた。
「さーて、黒幕を目指すつもりがどうして肉体労働するハメになったのやら。
まぁリナの件はともかく、アイナでニボシを完封できるっていう予想が外れたのが一番の原因かな。見積もりの甘かった私のミスね。
とはいえ魔法少女を相手に完璧な計画なんて所詮は絵空事。
いつなにが起きたとしても、それは驚くには値しないのだから……ってなんだかこれキュゥべえみたいな物言いだわ、気を付けましょうっと」
流れ弾を躱しつつ、リンネは気を取り直すことにした。
まずは辺り構わず噛みつく狂犬を躾けることから始めよう。
「銀色は水色を汚染する。弱き者は強き者に跪き、悪はより強き悪に屈する。
支配の理。だがここに、さらなる裏切りの銀貨を投じよう――外法<傀儡支配>」
無数の糸が四方から魔女を絡め取る。
糸は魔女の内部に浸透していきリンネの支配をその末端まで届かせた。
魔弾の魔女は乱射を止めると、その場でくるくると踊る様に回った。
「これであなたは私の操り人形。
私の為に踊ってちょうだい」
リンネが指揮杖を一振りすると、ぐるりと魔女は反転しニボシへと襲い掛かる。
火力こそが正義だとばかりに魔弾を次々と打ち込む魔女に、ニボシは防戦一方だった。
「さあ、かつての仲間の屍を越えて私を殺しに来なさい。
同じ人形同士、気が合うんではない?」
なんてね、とリンネはおどけて見せた。
(作者より)
前話含めて、一話で締めようと思ったけど無理でした(´・ω・`)
あと一話+エピローグ的な話でエトワール編終了です。
その後は短編を数話挟んですぐに原作介入するか、あるいはオリジナル展開をもう一章やるか……
外道だけじゃなく、陰険魔法少女も主人公にしてみたい。
それが終わったら私、普通のラブコメ書くんだ……(白目)