私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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短いです。


第五話 運命の少女

 

 

 

 あすなろ市港区近隣に存在するテディベア博物館<アンジェリカベアーズ>。

 人通りから外れた場所にあるその博物館は、一般公開された施設ではなく、魔法少女達の秘密基地として存在していた。

 

 魔法によって人々の注目から逸らされた建物の中で、魔法少女達は集い、儀式を行っている。

 それは禁忌を犯し、神を冒涜する魔女の夜宴(サバト)だった。

 

 だが彼女達の顔に夜宴に興じる喜びはなく、ただ悲壮なほどの決意だけが浮かんでいる。

 六芒星の魔法陣が刻まれた石畳の上には、無垢な寝顔を浮かべる乙女が横たわっていた。

 

「……今度こそ、うまく行くはずだ」

「ええ、そうね……今度こそ……」

 

 黒ローブに同色の三角帽子を被った、魔女装束の者達は囁き合う。

 

 <儀式の成功>に喜びの声は一つもあがらない。

 なぜなら本番はこれからだと言えるのだから。

 

 魔法少女の一人が、眠る少女の耳に優しい手つきで耳飾りを取り付けた。

 軽やかな鈴の音が凛と小さく鳴る。

 

「……たとえ、何度繰り返そうが諦めるものか。

 <彼女の物語>を絶望で終わらせたりはしない!」

 

 代表格らしき者がそう締めくくり、サバトは終わりを迎えた。

 眠り続ける乙女は水槽に入れられ、目覚めるまで微睡みの中を漂うことになる。

 

 

 

 

 

 

 そして全ての者が去り、意識のある者は誰もいなくなった空間に、突如侵入者が現れた。

 

「呼ばれずとも飛び出てジャジャジャンッ! 私参上!」

 

 【銀の魔女】リンネは侵入者の身でありながら、隠れようと言う意識が見事に欠けていた。

 でなければ、意味もなく声を上げたりはしないはずだ。

 

 観衆の誰もいない場所で、リンネは道化のようにおどけてみせる。

 

「さてさて、ここが例の連中の本拠地。いうなれば心臓部であることに間違いなさそうだ。胡散臭い<情報提供者>様の話は、とりあえずガセじゃなかったみたい。ま、こっちでも裏付けとってんだけど。我が組織【S.W.C.】の情報収集力、舐めんな小娘ってね」

 

 銀の指揮杖を振るい、リンネは暗い室内に魔法の明かりを灯す。

 

 見つかっても構わないと思っているのか、あるいは絶対に見つからない確信があるのか、やはり彼女に隠れ潜むという意識はないようだ。

 

 明かりによって無数の水槽が照らし出される。

 

 ずらりと並ぶ水槽の中にはそれぞれ例外なく少女が眠っており、水槽の上部には金属製のネームタグがまるで標本の名称を記すかのように付けられていた。

 

 死体にみえる少女達だったが、そのどれもがまだ生きていることを、リンネは一目で把握していた。

 そして眠る彼女達がどういう状態なのかすら、その紅の瞳は見透かす。

 

「……あはっ! やるじゃない【プレイアデス聖団】! 並の魔法少女達とは一味違うようね!」

 

 部屋の中央には台座があり、そこには穢れの溜まったソウルジェムが大量に並んでいた。

 

「……なるほどね。これが【魔法少女の保護】か。もっとも、保護される側の同意が得られるとは思えないけど。

 その心意気は買うわ……なんて、偉そうに言える立場じゃないのよね、私も」

 

 リンネは水槽に入った少女達を順繰りに眺めながら、魔法少女達が保管されている<レイトウコ>を探し回る。

 

 そして最奥の間に目的のものはあった。

 明らかに他の魔法少女達とは別扱いだ。

 

 それも当然か。

 目の前の少女こそが、彼女達にとって何物にも代え難い<秘宝>なのだから。

 

「今宵の私は瀟洒な怪盗。リンネ・フジコ・フルイケ三世とでも名乗りましょうか。リンネは大切な者を盗んでいきました……なんてね」

 

 適当な事を口ずさみながら、リンネは水槽に手を添える。

 水槽に飾られた金属板には【No13 かずみ】と銘打たれていた。

 

 

 

 

 

 

 数刻後、サバトを開いた魔法少女達によって場は騒然となっていた。

 一同は血相を変えて拐われた<かずみ>を探そうとするものの、そのための手掛かりが何もないことに焦りを募らせる。

 

「誰か! 犯人を見た者はいないのか!?」

 

 手持ちの情報を確認するため、浅海サキは仲間達に問いかけた。

 だが誰もが困惑した顔を浮かべるのみ。

 

 厳重なセキュリティの数々を、侵入者は空気になってすり抜けたのかと思うほど何の痕跡も残さず突破していた。

 この場にいる魔法少女達全員が、侵入者の存在を感知できなかった。

 

 気まずい沈黙が支配する中、宇佐木里実がぽつりと呟いた。

 

「私達みんな、さっきまで一緒にいたわよね?」

「……それ、私達の誰かが犯人だって言いたいの?」

 

 里実のどこか含みのある言葉に、御崎海香が鋭い視線を向ける。

 

「わ、私はそんなつもりじゃ……」

「……ええ、わかってる。ごめんなさい。私もかなり焦ってるみたいね」

 

 里実は慌てて否定し、海香も穿った見方をしてしまったことを謝る。

 

 冷静になろうとするあまり、仲間の言葉の裏まで邪推してしまった。

 よくない傾向だと、海香はため息を零した。

 

 再び沈黙が場を支配しそうになると、それまで携帯端末を弄っていた少女が他人事のように言った。

 

「私達の誰にも気づかれることなく<秘密基地>に侵入し、<かずみ>だけを攫ったんだ。どう見ても計画的な犯行。狙ってるのは明らかだ。見知らぬ第三者よりかは、説得力あるんじゃなーい?」

「ニコ!」

 

 仲間の一人、神那ニコの軽率な発言に牧カオルの叱責が飛んだ。

 熱血気味のカオルとマイペースなニコの二人には、割合よく見られる光景だった。

 

 これを見れば、馬が合わなかったり仲が悪かったりするのも当然のように思えるが、凸凹な性格がうまい具合にハマったらしく、これでも意外と気は合う方なのだ。

 

 とはいえ、今の状況下では流石にピリピリとした緊張感が高まっていた。

 リーダー気質であり、実質的にも今の聖団における代表格であるサキは、話の行き先を修正する。

 

「……仲間内で争っている場合じゃない! 問題はかずみの行方だ!」

「サキの言うとおりだよ。ボク達がこうしていても、喜ぶのは犯人だけじゃないか」

 

 若葉みらいが、サキの援護をするように声を上げた。

 

 だがその言葉はどこか軽く受け止められた。

 みらいがサキを好きなのは、仲間内では周知の事実だったので、発言自体は至極真っ当なものであるにも関わらず、どこか不純なものが見え隠れしていた。

 

 誰かを好きになることが悪いことだとは思わないが、内心釈然としないものを感じている者は少なくない。

 唯一の例外は、当の想われ人であるサキくらいなものか。 

 

 サキは主人公のような恋愛方向における鈍感体質を備えていて、みらいの気持ちに未だ気付いていない天然記念物だ。

 

 本人は隠れて恋愛小説を嗜んでいるのだが、それが現実でのスキルアップに繋がるとは限らない一例だろう。

 

 ともあれ、いい加減に進捗のない緊急対策会議に飽きたニコは、先ほどから調整していたアプリを一同に披露する。

 

「こんなこともあろうかと、探索用のアプリはできてるんだな。かずみの魔力だけを特定するスペシャルなワンオフ機能」

 

 マッドなサイエンティストのように、一度は言ってみたい「こんなこともあろうかと」を実際に言えた感動にニコの内心でテンションが上がる。

 もちろん誰にも悟られることはなかったが。

 

「でかしたニコ!」

「はいはい」

 

 ニコは肩を竦めてみせた。

 カオルはさっきまで怒っていたくせに、単純だなぁと言いたげな顔だった。

 

「……これで方針は決まったな。犯人を見つけだして、かずみを救いだそう」

「その犯人の処遇はどうするの?」

 

 海香がメガネの縁に手を当てて、サキへ問いかける。

 サキと海香の眼鏡コンビは名実ともに聖団の頭脳役を担っていた。

 

「……動機もその正体も分からないうちは、決められないだろう」

「どの道ボク達の敵には違いないんだから、ぶっ潰しちゃえばいいじゃん。こんなことできる奴なんて、どうせ同じ魔法少女の仕業だろうし」

 

 テディベアを抱えながら物騒なことを口にするみらいに、海香は頭が痛くなりそうだった。

 もちろん彼女の言う通り、犯人がどうであれ<聖団の目的>からすれば最終的には戦うことになる可能性は高い。

 

 だが、だからといって最初からそんな態度では、いざという時の選択肢を自ら捨てるようなものだ。

 勝負するならば、持ち札は多ければ多いほど良い。

 

「私はサキに賛成。どうやって誘拐を成功させたのか、最低でも情報の出所だけは押さえないと。また同じ事が起こりかねないわ」

 

 自分の意見が無視されたからか、あるいはサキに賛同したことに対する嫉妬か。

 海香はむっとしたみらいに睨まれたが、じっと見返すとみらいはサキの背に隠れた。

 こう言うところが実にお子様だというのだ。

 

「なんにせよ、まずは犯人をとっ捕まえないとな!」

 

 カオルは単純にそう考えることにした。

 むしろ今の状況で小難しいことを考えるのは、あまり意味がないとも思った。

 

 こうしたトラブルは少しずつ着実に挽回していくものだ。

 そうすれば最後には逆転ゴールでサヨナラ勝ちだってできるだろう。

 

 彼女達は各々の武器を掲げて、かずみの奪還を誓い合う。

 

「では、プレイアデス聖団の名に賭けて、かずみを必ず救出するぞ!」

「「「おう!!」」」

 

 ニコのアプリによって、かずみの魔力パターンをそれぞれのソウルジェムに記憶した面々は、かずみの探索と、その救出へと向かった。

 

 

 

 この日、星座の姉妹――プレイアデス聖団が、闇夜で動き始めた。

 それがどんな結末へ運命を導くのか、それを知るものはまだ誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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