私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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第十話 幸福の花嫁

 

 

 

 夢を見るのは嫌いだ。

 

 楽しかった思い出や幸せな過去の記憶は、現実(いま)の自分を傷つける。

 苦しい思い出や心に傷を負った記憶は、再体験する事でより深く刻まれてしまう。

 

 目覚めた時のあの孤独感は、何度味わっても泣きたくなる。

 

 人はその死と同じく眠りからは逃れられない。

 夢を見ない者もいるらしいが生憎とあすみの眠りは浅く、頻繁に悪夢が襲いかかった。

 

 今もまた、あすみは悪夢の中にいた。

 明晰夢の中、あすみはいつものゴスロリ服ではなく、親戚の家に居た頃の地味な格好をしている。

 

 魔法も、武器も、ゴスロリ服も。

 身を守る鎧が何一つないまま、あすみは無数の人間に取り囲まれていた。

 

 それ等はかつて、あすみが殺した者達だった。

 

『あなたがもっとうまく立ち回れば、今も幸せに過ごせていたんじゃないの?』

 

 あすみのクラス担任だった教師が、もっともらしく言う。

 最後はあすみの魔法によって狂った教え子達に惨殺された。

 

 

 ――言葉は意味を持たない。

 

 

『どうして私を殺したの? なにもしてないのに』

 

 あすみがイジメられるのを、ただ傍観していた少女が言う。

 耳を潰し目を抉り舌を引き抜いた。

 

 

 ――使わないモノは必要ない。

 

 

『お前、頭おかしいよ』

 

 下品な笑顔で、かつてクラスメイトだった少年が嘲る。

 生きたまま頭部を切り開いて見せた。

 

 

 ――何も変わらない。みんな同じ血と肉と骨と汚物(キタナイモノ)でしかない。

 

 

『あんた一人のせいで、どれだけの人間が不幸になったと思う?

 あんたなんか生まれてこなければ良かったのよ!』

 

 両目のない少女が、キィキィと責め立てる。

 最後の最後に死なせてあげた。

 

 

 ――誰が望んで、こんな世界に生まれたんだろう。

 

 

『クソガキが、お前が世界の中心だとでも思ってやがるのか? テメェが世界で一番不幸だとでも?

 そんなテメェが誰かを不幸にする権利があるとか思っちゃってるわけ?』

 

 頭の潰れた死体が怒りを露わにする。

 半死半生だったのを無理矢理蘇生させて、身体の末端からゆっくりと磨り潰した。

 

 

 ――ならばどこの誰が、誰かを不幸にする権利を持っているのか。

 

 

 無数の怨嗟の声があすみに突き刺さる。

 

『……どうしてわたしは殺されたの? わたし、何か悪いことしたかな?』

 

 あすみとよく似た少女が涙を流す。

 

 

 ――悪くないことが、綺麗でいられる理由にはならない。

 

 

『この子に罪はあったの? あなたの不幸は、この子の<幸せ>を壊すほど、大切な事だったの?』

 

 知らない女が、少女を抱きしめる。

 

 

 ――その<幸せ>が、泣きたくなるほど憎らしい。

 

 

 

『なぜ話を聞いてくれなかったんだ。私はお前達を見捨てたつもりなど――』

 

 あすみの■■だった男が嘆く。

 

 

 ――都合の良い真実(モウソウ)なんかいらない。

 

 

 

 無数の人間達から終わることなく糾弾される。

 亡霊達の呪詛をその身に浴び続ける。

 

 あすみは白けた目で、そんな彼らを見ていた。 

 

「……うるさい」

 

 すると連中の体は徐々に形を失っていき、ただの呻き声を上げる肉塊へと変わっていった。

 あすみがそれを無感動に眺めていると、一人の魔法少女が現れた。

 

 黒いゴスロリ衣装を身に纏いモーニングスターを手にした少女――<神名あすみ>だった。

 もう一人のあすみは、肉塊に変わったモノを次々と蹂躙していく。

 

『死ね! 死ね死ね死ね死ね!! みんな死んじゃえバーカッ!!』

 

 怨嗟の声が響き合い、呪いで世界が満たされる。

 

 傍から見た自分の姿はどこまでも醜悪で――死ねばいいのに、とあすみは思った。

 

 禁忌の魔法が世界を穢し、モーニングスターが骨を砕き肉を捏ねる。

 そんな狂気の宴はいつまでも続くかと思われた。

 

 

 

 そこへ銀色の光が射し込む。

 

 

 

 気が付けば、あすみは血臭漂う修羅場から、暖かな光の射す庭園のなか椅子に座っていた。

 テーブルの向こう側、白塗りのガーデニングチェアに腰掛けた銀髪の少女が、紅茶を片手にあすみへ語りかけてくる。

 

『魔法少女とはどこまでも身勝手で、独善的で、どうしようもなく寂しがり屋で。

 誰かの幸せを祈れば、誰かの不幸を願わずにはいられない……そんな矛盾の体現者なの』

 

 それはかつて、あすみが銀魔女主催のお茶会に参加した時の記憶だった。

 人形部隊によるあすみへの教練が一通り終了した時の事、卒業祝いに催されたガーデニングパーティーでの一幕。

 

 銀魔女の傍らでは金髪の人形が紅茶を淹れており、その足下では子犬の使い魔が寝そべっている。

 その周囲にも、様々な人形達が思い思いに過ごしていた。

 

 見た目だけは華やかな庭園でのお茶会だったが、生きている者はあすみと銀魔女しか存在しなかった。

 

 そんな薄皮一枚の先に狂気が透けて見える光景の中、リンネはあすみに告げる。

 それは卒業したあすみへの訓辞のようなものだった。

 

『たった一つの祈りを胸に戦い続ける私達魔法少女は、その祈りの果てに絶望が待ち受けている。

 大抵の魔法少女は真実に耐え切れず、中には自ら死を選ぶ者もいる。真面目で正義感の強い子ほどその傾向は強いわね。

 だけどそれを乗り越える者達もいる。つまりは、私やあなたのような。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、良い子ほど早く死に、悪い子ほど長生きするわけね。

 善悪の概念を超え生存する事が生物にとっての正道ならば、あなたの悪は世界(システム)によって肯定されているとも言えるわね。もっとも、それがあなたにとっての免罪符には成り得ないのでしょうけど』

 

 その長々しい話を、あすみはクッキーを頬張りながら聞き流していた。

 そんなあすみの様子に苦笑を浮かべ、銀魔女は告げる。

 

『あなたが真に望めば、どんな未来も思いのままでしょう。

 そうできるだけの才能が、あなたには許されているのだから』

 

 それにあすみは、なんて答えたのだったか。

 いつもの調子で『ならいつかの未来、わたしはあんたを殺す』と言った気がする。

 

 そんなあすみの言葉に、リンネは笑みを浮かべた。

 

『楽しみにしてるよ。<神名あすみ>』

 

 ――あなたもまた、私と契約した魔法少女の一人なのだから。

 

 その言葉を最後に、夢は終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 空から落ちたかのような浮遊感とともに、あすみは目覚めた。

 じっと何も考えずに停止していると、夢の内容は泡沫のように浮かんでは消えていった。

 

 ずっと同じ体勢で寝ていたせいか、右腕が痺れている。

 

 それに体が重い。金縛りだろうか。

 上から何かに押さえつけられているような息苦しさを感じて、あすみは体を仰向けにする。

 

 するとそこには、黒猫が鎮座していた。

 主人の上で丸くなりながら、黒猫は「にゃあ」と鳴いてみせる。

 

「……おまえ」

 

 あすみが不機嫌そうな声を発すると、黒猫は何食わぬ顔でベッドから飛び降り、そのままドアの隙間から出て行ってしまった。

 

 飼い主に似て、実に可愛くない猫だった。

 あすみは飼い猫に起こされる朝など、望んじゃいないのだ。

 

 朝というにはまだ少しばかり早い時刻だったが、二度寝する気分でもなかったので仕方なく顔を洗いに一階へ下りる。

 

 すると玄関口で、カオルが出かける所にばったりと出くわした。

 未だ瞼の重いあすみに、カオルは挨拶する。

 

「お、あすみじゃん。おはようさん」

「……どこ行くの?」

「朝練。サッカーやってるんだ私。将来の夢は全日本で10番もらうんだってね」

「……そう、行ってらっしゃい」

「おうっ、行ってきます! 朝食には戻るからって二人には伝えといて!」

 

 そう言い残すと、カオルは出かけて行った。

 

 休日なのによくやると思いながら、あすみもせっかく早起きしたので手の込んだ料理でもしてみようかと思いつく。特に深い意味はない。

 強いて言うなら、いつもあすみ一人と猫一匹の準備で済んでいたのが、三人分余計に増えたからだろう。

 

 海香とカオルは現在、この屋敷に泊まり込んでいた。

 かずみの事がどうしても心配らしい。

 

 昨夜襲撃した悪魔達はかずみが撃退して以降、波が引くようにぱったりと新手が現れなくなった。

 海香は魔法で悪魔達の弱点を発見したらしく、カオルと合流して悪魔達を蹴散らしていた。

 

「連中の防御は鉄壁じゃないわ。鉄壁に見えるだけのハリボテよ。

 攻撃を受ける瞬間、魔法で瞬間的に防御力を上げているだけみたい。おまけにその魔法は約十秒おきにしか使えない。

 だから間断なく攻撃を与えていけば倒せるってわけ。魔法の吸収にしても打ち返せるのは直前に吸収した物一種に限られるみたいだから、そんなに怖くないわ」

 

 当初のやられっぷりは一体何だったのかと言いたくなる奮闘ぶりだった。

 呆れるあすみに、海香が訝しげな視線を送る。

 

「あなたの方は、どうやって連中を倒したのよ?」

「……教えない」

 

 全力全開でのゴリ押し。

 そんな神名あすみにあるまじき脳筋戦法だったなどと、言えるはずがない。

 

 言い訳させてもらうなら、悠長に弱点を探す時間などなかったし、勝算が十分にあったから決行したのだ。

 たとえ防御力を上げていようが、それを上回る攻撃を与えれば良いのだから。

 

 屋敷に残った悪魔達を掃討し終えた頃には、すでに深夜も良い頃合だった。

 かずみはと言えば、戦いが終わるなり倒れるようにぐーすか眠ってしまった。

 

 初めての魔法行使と、戦闘による緊張感から解放された結果ではないかと海香は言っていたが、単純に子供は寝る時間だったのだろうとあすみは予想していた。

 自身もまた紛れもない子供であるという事実は、完全に棚上げだった。

 

 破壊されてしまった屋敷は、海香が魔法で修復してくれた。

 多彩な魔法を使えて羨ましい限りだと、戦闘特化型のあすみは思う。 

 

 魔法は万能に限りなく近いが、使用者によって当然得手不得手は出てくる。

 あすみほど「他人を傷つける事」に特化した存在は、珍しいかもしれない。

 逆に海香の魔法は汎用性に富んでいて、あすみとは正反対のスタイルだった。

 

 その後かずみを連れ帰ろうとした二人だったが、あすみがそれを拒否すると、ならばとばかりに押し掛けてきたのだ。

 

 深夜に一度自宅へと帰った二人は、しばらく泊まり込むつもりらしい大荷物と共に戻ってきた。

 そんなわけであすみは現在、かずみ達三人と奇妙な共同生活を送っていた。

 

 

 

 あすみは台所に立ちながら献立を考える。

 誰かの為に料理を作るのは、久しぶりのことだった。

 

 変態女にせがまれることは多々あれど、あすみが自分から作るのはかなり珍しいのだ。

 そんな機会がなかったという理由もあるが、あすみの打算によるものとはいえ、無闇に傷つけない方が都合の良い存在が近くにいる。

 その影響は、あすみが自身で思うよりもずっと大きいようだった。

 

 ブランクのせいか多少手際が悪くなっていたものの、大過なく作り終える。

 そのタイミングで海香が起きてきた。

 

「あら、早いのね。おはよう」

「……おはよう」

「私も料理を……と思ったんだけど、出番なしかしら?」

「……したいならシチュー作ったから、それ以外のメニューでやって」

 

 あすみの手持ちメニューの中で、一番手が込んでいると思えるのはそれくらいだった。

 久しぶりに作る母直伝のシチューは既に煮込み終え、完成している。

 

「え、やってもいいの?」

「? ……やりたいんでしょ? やればいいじゃない」

 

 驚いた表情を浮かべる海香に、あすみは首を傾げてみせる。

 

 シチューを作ったことであすみの気まぐれな欲求は、大分解消されていた。

 都合よく後片付けを押し付ける相手が現れたのだから、場所を譲るくらいは構わないという打算もあった。

 

「よし! じゃあ作りますか!」

 

 あすみと交代した海香は、腕まくりをして包丁を振るう。

 その後ろ姿に、あすみは何故か鬼気迫る物を感じていた。

 

 

 

 手持ち無沙汰になったあすみは、丁度いい時間だったのでかずみを起こしに行くことに決めた。

 二階に上がり、あすみの自室とほど近い部屋へと向かう。

 

「ひらけ! ごまあぶらーゆ!!」

 

 ドアを開けたあすみを出迎えたのは、かずみの意味不明な呪文だった。

 

「……なに馬鹿やってんの?」

 

 おまけに何やら奇妙なポーズを決めており、見ていてイラッとする。

 

「おお、あすみちゃんが出てきた! これは魔法の呪文だね!」

「……これで寝ぼけていないなら、いっそ永眠させてしまいたいわね」

 

 あすみの呟きは、残念ながらかずみの耳には届かなかったらしい。

 

「おはようっ、あすみちゃん!」

「……ええ、おはよう」

 

 元気良く挨拶するかずみに、勢いに押されたあすみも仕方なしに挨拶を返す。

 

「うん!」

 

 かずみは、満面の笑みでそれに頷いた。

 二人でリビングに行くと、シチューの匂いがいっぱいに広がっていた。

 

「おはよう海香……うわーっ、いいニオイ~!」

 

 くんくんと鼻を鳴らしかずみは歓声を上げる。

 前々から思っていたが、かずみの行動はどこか犬っぽい。

 

 そんな風に呆れるあすみを置き去りに、かずみは見えない尻尾を降りながら海香の元へと駆け寄った。

 

「なに作ってるの?」

「……大人しく、座って、黙って、おまちなさい」

 

 ダンダンと包丁を叩きつけながら海香は答えた。

 その頭には見えないはずの両角が、何故かはっきりと見える。

 

 そんな鬼気迫る様子に涙目になりながら、かずみは躾られた犬のように主人の命令に従っていた。

 やはり犬っぽい。

 

「……どうでもいいけど、包丁を叩きつけるのはやめて。痛む」

「……気をつけるわ」

「……そうして頂戴」

 

 馬の耳に念仏状態の海香に、言うだけ無駄かと諦める。

 

 そんな親の敵のように料理されても困るのだが。

 一応見る限りそれほど不味いものは作らなそうだったので、あすみもテーブルで待機しているかずみの隣へと腰掛ける。

 

 いざとなればあすみのシチューだけで済ませるという手もあることだし。

 その場合、デキソコナイは全て責任者(海香)に処分させるつもりだが。

 

 あすみが内心決意を新たにしていると、隣に座ったかずみがビクビクと怯えていた。

 

「う、海香サンはなぜにお怒りなのでしょうか……?」

「……知らないけど、そんなにガタガタ震えるほど? あなたが調理されるわけでもなし、少しは落ち着きなさい」

「たっだいまー!」

 

 そこへカオルが帰ってきた。

 スポーツバッグを肩に掛けたカオルに、かずみは涙目で縋る。

 

「カ、カオル……海香、どうしちゃったの?」

「んあ? ……またかぁ」

 

 キッチンを見たカオルは、うへぇと呆れた顔を浮かべた。

 

「執筆に行き詰まってるんだよ。海香先生は筆が止まるとああして料理をするんだ。普段は全然しないのにね」

「……傍迷惑な奴ね」

「あ、そういえば作家さんだっけ? 小説の?」

 

 そ、とカオルは短く肯定し、テーブルに着いた。

 

「わ、わたし達はどうすればいいのかな?」

「海香センセの角が消えるのを静かに待つだけ……世知辛いね」

「あれ、カオルにも見えるんだ?」

 

 見える見えるとくすくす笑い合う彼女達だったが、その背後には話題の海香先生が佇んでいた。

 

「……何が見えるのかしら?」

 

 極寒の冷気がビュォオと吹き荒ぶ。

 

「「ひぃっ!?」」

「さあ、できましてよ」

「「い、いただきます!!」」

「……はぁ、馬鹿ばっか」

 

 騒々しい朝食になりそうだと、あすみは溜息を溢した。

 涙目でシチューを啜るかずみに、ホットドッグを頬張るカオル。一応あすみの作ったシチューは好評な様子だ。

 

「お、おいしい……」

「朝練帰りにこの味、ボリューム、たまんない~」

 

 朝食のメニューとしてはあすみの作ったシチューに加え、海香の作ったホットドッグにサラダ、デザートにはアイスを乗せたワッフルが加えられていた。

 だが笑顔で朝食をとる面々とは打って変わり、海香だけはぶつぶつと何事かを呟いていた。

 

「アイデアがポット出るドッグ……サラスパッと小説が書ける……名作の予感がワッ来る、ワックる、わっくる……わっくる神よー!!」

「「!?」」

「……うるさい」

 

 ビクつくかずみとカオル。心底迷惑そうな顔を浮かべるあすみ。

 一人何か良くないものが憑いている者は、放置することにした。

 

 当初あすみが海香に感じていた、冷静な頭脳派キャラの面影は、もはや完膚なきまでに粉砕されていた。

 

「そういえば、あすみちゃんに借りた服も返さなきゃいけないね」

「……あなたにあげるわ。似たような服はたくさん持ってるし」

 

 その殆どが銀魔女からの贈り物なので、毛ほども気にならない。

 むしろ有り余った在庫が処分できるから万々歳だ。

 

「それでも着替えとか必要でしょう。よし、買い物に行くわよ!!」

 

 あすみ達の会話を聞いていた海香が、何故か気合いの入った様子で告げた。

 カオルが海香に聞こえないよう、ひそひそと解説する。

 

「小説に詰まった時の行動、その二。買い物でストレス発散」

 

 ……傍迷惑な。

 あすみは二度目となる感想をそっと漏らしたのだった。

 

「十分で支度なさい!」

「「はい!?」」

「……はぁ」

 

 結論。

 ストレスは人格を崩壊させる。

 

 

 

 

 

 

 支度を整えたあすみ達四人は、駅前のショッピングモールへとやってきた。

 大都市に相応しい規模の施設には様々な小売店が立ち並び、さながらオモチャ箱のように見る者を楽しませる。

 

「さあ存分にお買いあれ!」

 

 現地へ到着した海香は、キリッとした声であすみ達へ告げた。

 腰に手を当ててポーズを取る海香を、通行人達が何事かと見ている。

 

 そんな通行人達にカオルは頭を下げ、かずみは目を丸くしていた。

 あすみはと言えば「……この女、実は馬鹿なの?」と海香を見て真剣に考え込んでいた。

 

 当初の頭脳派キャラは、本当に何処へ行ってしまったのか。

 

「……というかこれ、わたしもいいのかしら?」

「良いんじゃない? 少なくとも海香はそのつもりだと思うよ。じゃなきゃ誘わないって」

 

 彼女達にとって<神名あすみ>はどういう存在なのだろうと、不意に居心地が悪くなった。

 停戦協定を一応結んでいるとはいえ、いつ反故にされるか知れないのに。

 

「……そ、じゃあ遠慮なく」

 

 あすみは顔を背けるように、そっけなく言い放つ。

 昔とは違い金に困っているわけではないが、聞けば海香はベストセラー作家様らしいのであすみが遠慮する必要もないだろう。

 

「わたしもいいの?」

「もちろん。今までのかずみもばっちり買ってたから」

「う、うん……」

 

 今までのかずみ――ね。

 彼女達の遣り取りを見て、あすみはやはり部外者なのだと認識を新たにした。

 

 彼女達の間にあって、自分にはないもの。

 一人きりの時は何とも思わなかった事が、人に囲まれていると余計な事まで考えてしまった。

 

 当初の目的であるかずみの服を購入するため、まずは服飾店へ向かう。

 かずみだけではなく、その他のメンバーもそれぞれ自分の物を雑談しながら選んでいく。

 

「まーた似たような服、選んでるし」

「いいもーん、わたしはわたしだもーん。あすみちゃんに貰った服は余所行き用、これは普段用だもん。動き易さ重視重視」

「ねえねえ! これかずみに絶対似合うと思う!」

 

 そこへ海香がはしゃいだ様子でやってきた。

 キラキラと輝かんばかりの笑顔と共に海香が持ってきたのは、確かにかずみの希望通り動き易そうな服だった。

 対象年齢がかなり低そうなデザインだったが。

 

「……なんかそれ園児って感じ」

「だから似合うと思うのよ!」

「どういう意味っ!?」

 

 目を丸くするかずみに、隣にいたあすみは酷薄な笑みを浮かべてみせる。

 

「……あら、良いじゃない。あなたにお似合いよ」

「ひっどーいあすみちゃん! わたし絶対着ないからね!!」

「それじゃあ代わりにあすみが着て「……死にたいの?」もらうのは、うん、ナシで」

 

 茶化そうとしたカオルは、即座に撃墜されてしまった。

 

「……賢明な判断ね。牧カオル」

「そりゃどーも」

 

 カオルは肩を竦めてみせた。

 だが、それでも引き下がらない勇者が一人だけいた。

 

「あら、この服あなたにも似合うと思うわよ。背丈だってかずみとそんなに変わらないじゃない。ぜひかずみとペアで見せて欲しいわ」

「……御崎海香、あなたはどこまで愚かなの。そんなにわたしと殺し合いたいのかしら?」

「ふふっ、なら私が勝ったらあなたはこの服を着てくれるのね? 写真に残して大事にアルバムにしまってあげるわ」

「……あなたに必要なのは遺影でしょう? 今のうちに自分で選んでおきなさい」

「もー二人とも、喧嘩しちゃダメー!」

「あははっ、仲良いなー」

 

 かずみが頬を膨らませて仲裁に入り、それを傍観するカオルは笑っている。

 

 殺し合いの理由があまりにも下らなすぎて、あすみは溜息とともに「……冗談よ」と答えた。

 未練がましい海香の視線は努めて無視した。

 

 どことなく変態女(リンネ)と似た匂いがする。

 嫌なことを思い出してしまい、あすみは渋い顔を浮かべた。

 

 

 

 会計を終え、ぶらぶらと目的もなくウィンドウショッピングに興じるかずみ達。

 買った衣服は結構な大荷物となったので、即日配達のサービスを利用していた。

 

 本屋で海香が執筆した本を紹介されたり、カオルに付き合ってスポーツ用品店を覗いたり、かずみの食欲に付き合って買い食いなんかもした。

 

 そんな自分に終始違和感が付き纏うものの、決して嫌な気持ちではなかった。

 流れに身を任せ、緩やかに通り過ぎるショーケースを流し見ていく。

 

 そんな時、不意にあすみの足が止まった。

 視線の先には、純白のウェディングドレスが飾られている。 

 

 その華やかさに、ついつい目が引き寄せられてしまう。

 ぽつりと、あすみは無意識に呟いていた。

 

「……………………綺麗」

「そうだねぇ」

 

 ビクッと振り向けば、そこにはニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべるかずみがいた。

 

 ……油断した。

 

「えへへっ、あすみちゃんも女の子だねぇー」

「……忘れなさい」

 

 不覚だ。

 羞恥のあまり死にたくなる。

 

「うんうん、ウェディングドレスは女の子の夢だよ!

 全然恥ずかしがることじゃないよ、あすみちゃん!」

「……わたしは、忘れろと、言った!」

「いひゃいいひゃいいひゃいぃぃっっ!!」

 

 かずみの頬を両側から抓り上げるが、何事か気付いた海香とカオルからは、生温かい目で見られてしまった。

 それが鬱陶しくてキッと睨みつけるも、照れ隠しだと思われる始末。

 

 ……鬱だ。

 

「どうせなら試着してみる? ほら、今ちょうど子供ドレス試着できるらしいわよ。簡単なアンケートはするみたいだけど」

「わあ、それいいな! あすみも着てみろよ!」

 

 あれよあれよという間にあすみは店内へと引きずり込まれ、さらには店員まで加わってしまい状況は正に四面楚歌。

 あすみの味方など、どこにもいなかったのだ。

 

 もし本当に嫌だったなら、あすみは無理矢理にでも突き放していただろう。

 だがあすみはそれをしなかった。

 

 憧れたのは紛れもない事実だったから。抵抗する力が弱くなってしまったのも仕方のない事だと、自らに言い訳を重ねる。

 

 神名あすみ。

 全てが狂う前は「幸せなお嫁さんになること」を夢見ていた少女だ。

 そんなかつての名残が、未練となってあすみの抵抗を奪っていた。

 

 純白のドレスにブルーのコサージュ。

 小物のティアラを頭に乗せれば、小さな花嫁の出来上がりだった。

 

 考えてみれば、普段から似たような格好(ゴスロリ)をしているのだ。

 恥ずかしがる必要など、どこにも――。

 

「あすみちゃん、すっっっごく綺麗だよ!!」

「……そ、そう」

 

 ――ない、はずなのだが。

 どうにも居心地が悪い。

 

 そもそも、なぜこんな茶番じみた事をするはめになったのか。

 全部かずみのせいだ。

 

 羞恥に震えるあすみを、海香が何処からか持ってきたカメラで激写していた。

 

 あとで欠片も残さず粉砕することを心に誓う。

 こんな黒歴史確定の思い出など残してなるものか。

 

「ほらほらあすみちゃん、笑って! あすみちゃん可愛いんだから、笑顔になればもっと可愛くなれるよ!」

 

 

 

『女の子は笑顔でいなさいって、ママいつも言ってるでしょ』

『あすみは可愛いんだから、もったいないわよ』

 

 

 

 ――全然似ていないはずなのに、かずみの視線と母の眼差しが、一瞬だけ重なって見えた。

 

 母の言葉が、不意に思い出される。

 

 いつからだろう。

 母の最後の言葉を忘れてしまったのは。

 

 精神を摩耗させる日々の中、あすみは笑顔を失い母の言葉を忘れた。

 代わりに埋め込まれたのは、無数の呪詛と憎悪。

 

 そんな今のあすみを、母が見たらどう思うだろう。

 

「ほらあすみちゃん、笑顔笑顔!」

 

 にこーっと自らの両頬を指差すかずみに、あすみは()()を返す。

 

 今まで忘れていた、母の言葉を思い出させてくれた。せめてもの礼として。

 どこかであすみを見守ってくれているかもしれない亡き母の魂が、少しでも安らぐように。

 

「……ありがとう、()()()

 

 かずみは目を丸くし、ぱぁあっと満面の笑みを咲かせた。

 カオルは満足気に頷き、店員と一緒に温かな微笑を浮かべている。

 

 海香はシャッターを切る手を思わず止めてしまい、はっと我に返ると慌てて写真に収めた。

 それは記録に残さないのが勿体なく思えるほど、綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 かつて不幸を願った魔法少女、神名あすみは幸せな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 カチリと、あすみの中で何かが変わる音が聞こえる。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人知れず地下に築かれた魔法都市、その最奥に建てられた神殿。

 崇める神のいない空虚な祭壇に、銀髪の少女が腰掛けていた。 

 

 背後では無数の魔法陣が歯車のように重なり合い、因果の螺旋を描いている。

 

「時は満ちた。舞台は整い役者(コマ)も揃った。

 ならばこれより実験を始めよう。

 ご都合主義の化身たる<機械仕掛けの女神(デウス・エクス・マキナ)>を創造しようじゃないか。

 インキュベーターの想像を遥かに超える<人の可能性>を見せつけよう」

 

 銀の魔女は、熱に浮かれたように告げる。

 

「<――――――――>の開始だ」

 

 歯車が動き出す。

 その紅の瞳は、ここではないどこか遠くを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




【偽予告(劇場版風)】


「……これはどういう事なのか、説明してもらえるかな? 海香、カオル」

 幸せな時は終わりを迎える。
 星座の姉妹が揃う時、他の魔法少女達もあすなろ市を目指し集結する。

「お遊戯の時間はおしまいだぜ」

 謎の妖精<ジュゥべえ>の登場と共に、舞台は急展開を迎える。

「アタシの事、欠片も思い出さないわけ?」

 魔法少女あすみ☆マギカ。

 幸福(シアワセ)をあなたに。






 ――その頃のオリ主様。

「あれ、私の出番は?」
「……もうないんじゃないかな?」
「なん……だと……」

 余計な事を言う白いナマモノは迷わず(ry




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