私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 久々にかなり長め。二章の前半戦となる〇〇〇様編、ようやく始動です。


第十三話 悪意の果実

 

 

 突如現れた謎の生命体に、あすみは警戒の眼差しを向ける。

 どこか見覚えを感じさせる姿形をしたその生物は、あすみ達と目を合わせるとぺこりとお辞儀してみせた。

 

「オイラの名前はジュゥべえ! よろしくな、お嬢さん達!」

「べえちゃん!」

「グエッ!?」

 

 ジュゥべえと名乗った生物は、傍にいた里美に全力で抱き締められて悲鳴を上げた。

 喋る不可思議な生物に遭遇したかずみは、頭の上にはてなマークを浮かべている。

 

「……べえ?」

「べえちゃんはね、私達を魔法少女にしてくれた妖精さんなの」

 

 里美の腕の中でぐったりするジュゥべえを眺め、かずみは首を傾げた。 

 

「妖精さん?」

「……UMAの間違いじゃない?」

 

 ジュゥべえは黒猫が白い覆面を被ったような外見をしており、その両目は紅く、額に卵のような模様が描かれていた。

 可愛いと評価できるかは、微妙な所だろう。

 

 少なくともあすみの琴線には全く触れなかった。

 そのため、あすみは正直な感想をぽろりと零してしまう。

 

「……こいつ、よく見ればキモいわね」

 

 そんなあすみの聞き捨てならない台詞に、ジュゥべえは里美の腕の中から飛び出すと、ピンと耳を立てて憤慨してみせた。

 

「あんだと!? オイラがキモいだって!? おいおいお嬢ちゃん、オイラのどこがキモいってんだ!」

「……なんかもう、存在自体が、無理」

 

 言葉を話す未確認生物(UMA)

 コミカルに話す様を見ているだけで、あすみは生理的な嫌悪感を覚えた。

 

 何故ここまで気持ち悪く思うのか、自分でも不思議だったが、畜生風情が人間様の言葉を話すのが受け入れられないからだろうと、自分で納得していた。

 

「あすみちゃんダメだよ! そういうのは()()()可愛いねって言うのがマナーだよ! それに()()()()っていうの、お店でも見かけたし、ちょっとっくらい()()()()()十分可愛いって言えるよ! たぶん!」

「……あなたも結構言うわね」

「ふぇ?」

 

 かずみはきょとんを首を傾げた。

 ……天然って怖いわね、とあすみは思う。

 

 そんな少女達の無邪気な悪意に晒され、俯いてぷるぷると震えていたジュゥべえは、その両目から滂沱の涙を流した。

 

「ど、どちくしょぉおおおおお!! お前等なんか嫌いだぁあああああ!!」

「よしよし。大丈夫、べえちゃんはとっても可愛いわ」

 

 泣き叫んで駆け出したジュゥべえを、里美はそのふくよかな胸で抱き止めた。

 それを見て、ニコがぼそりと呟く。

 

「……里美の趣味って、割とアレだよね」

 

 里美の魔法のステッキは猫の頭部を模しており、かなりリアルで怖い。

 さらに魔法使用時には、何故か「シャァッ!」と牙を剥いて威嚇するので尚更怖い一品だった。

 

 そんなステッキを愛用している里美に「可愛い」呼ばわりされた所で、何の保証にもならなかった。

 

「あすみちゃんも、ジュゥべえみたいな妖精さんと契約して魔法少女になったの?」

「……あれが妖精? 笑えないわね」

 

 【銀の魔女】と契約し、あすみは魔法少女になった。

 それは悪魔との取引きであり、断じて妖精などという生易しい存在ではない。

 

「……まあ、契約して魔法少女になったのは同じよ。このUMAじゃないけど」

「へぇ、色々いるんだね!」

 

 あの銀魔女みたいなのが、複数いるとは考えたくもなかったが。

 少女と契約する<魔法の使者>の存在は、あすみも知っていた。

 

 魔法少女の真実を知るあすみにしてみれば、このUMAもまた、妖精の皮を被った害獣に過ぎないと断じていた。

 

「お前達、ジュゥべえで遊ぶのもそれくらいにしないか」

 

 サキは脱線する面々に呆れながら、ジュゥべえに現れた目的を尋ねる。

 

「それで、どうしたんだジュゥべえ? まだジェムの浄化には間があったはずだが?」

「……いいんだ……どうせオイラなんか……可愛いマスコットキャラ……人気者に……無理な夢だったんだ……」

「重症ね」

 

 海香はお手上げとばかりに両手をひらひらさせた。 

 カオルは手刀を作って「叩けば直るかな?」と呟いていた。

 

 そんなカオルの意見に、あすみも大いに賛同してみせる。

 

「……任せなさい。そういうのは得意よ」

 

 暴力で会話するのは大の得意分野であるし、年代物のテレビをチョップで直した経験も豊富だ。

 

 というのはただの言い訳で、本心ではこのUMAを排除する絶好の機会だと思っていた。

 何故かは知らないがこのUMA、見ているだけで不愉快だ。

 

 これほど不愉快なのは、あの銀魔女を相手にした時くらいしか覚えがなかった。

 

 あすみの大嫌いなゴ〇ブリでさえ、ここまで不愉快ではないだろう。

 そんな害獣を駆除する為、あすみは殺意の篭った手刀を放った。

 

 魔力強化されたあすみの一撃は、直撃すれば首がもげるほどの威力を持っていたが、ギリギリのタイミングで我に返ったジュゥべえは、見事な跳躍力を披露し里美の腕の中から脱出。

 あすみの手刀を躱してみせた。

 

「……ちっ」

「あ、あぶねぇ……危うくお星様になっちまうとこだったぜ。っておいこら、なに舌打ちしてやがんだテメェ!? 確信犯か!? 殺る気満々なのか!?」

 

 何を当たり前の事を、と冷笑を浮かべるあすみに怯えたのか、ジュゥべえは再び里美の腕の中に避難していった。

 

「な、なんておっかねぇ奴なんだ……流石のオイラもガクブルだぜ……」

「よしよし。怖かったねぇ、べえちゃん」

「正気に戻った所で、ジュゥべえ。私達に何か用なの?」

 

 怯えながらも一応我を取り戻したらしいジュゥべえに、海香が再度目的を尋ねた。

 

「おっと、そうだった。ちょっと小腹が空いてな。グリーフシードの回収に来たぜ!」

 

 それを聞いたあすみは、所詮畜生であるという認識を強くしていた。

 このUMA、どうやら本能のままに動いているらしい。

 

「んじゃホレ。取れたてホヤホヤのグリーフシード」

 

 ニコが、かずみの捜索中に獲得したグリーフシードをジュゥべえに与える。

 ジュゥべえは額にある卵型の印からグリーフシードをぱくりと呑み込むと、そのままもぐもぐと咀嚼していた。

 

「た、食べちゃったの?」

「……流石UMA。額が口とか、脳味噌どうなってんのかしらね」

 

 ジュゥべえの食事風景にドン引きするあすみ達に、フォローのつもりか里美が説明を加えた。

 

「あれは魔女の種子(グリーフシード)。魔女の残した思念の塊で、べえちゃんが処理してくれてるの。だからそんなに引かないであげて」

「熟れてねぇな。他にはねぇのか?」

 

 苦笑する里美に、少女達の残酷な会話が聞こえていなかったジュゥべえが、おかわりを要求していた。

 食事に夢中なその有様は、あすみにはやはり畜生だとしか思えなかった。

 

「じゃあ、あの悪魔達が大量に残した奴」

 

 放置するのは危険そうだったため回収しておいた、見た目グリーフシードとよく似ている物を、カオルはジュゥべえに与えてみる。

 

 すると速攻で吐き出してしまった。

 

「ペッ、ペッ! なんだこりゃっ、ゲロマズ! こいつはグリーフシードじゃねぇぞ!?」

「……確かにこれは魔女じゃなくて、悪魔みたいな奴が残した物だけど」

 

 カオルも薄々とだが、これがグリーフシードとは別物である事に気づいていた。

 なにせ落とした悪魔そのものが、魔女とは根本的に異なるイレギュラーなのだ。

 

 海香は、何か手掛かりはないかとジュゥべえに問いかける。

 

「どういう事なの? ジュゥべえ」

「詳しいことは分からんが、それは魔女の力を模したパチモンだ」

 

 つまり詳細は不明というわけだ。

 ならばと、海香はこれらの影響力について尋ねた。

 

「これ、放置しても害はないの?」

「魔力は強いぜ。人に影響を与える事くらい容易いだろう。それがどんな形で現れるかは、ちょっと分からんが……」

「試してみるわけには、いかないしね」

 

 まさか実際に、人体実験する訳にもいかない。

 山と積まれた疑似魔女の種子(グリーフシード)を、ニコが魔法で生み出したカプセルへ纏めて収納する。

 

魔女の種子(グリーフシード)から生まれた<悪意の実(イーブルナッツ)>。食らわば毒なのは確定確実。くわばらくわばら」

 

 一抱えほどもあったカプセルは、ニコの魔法で縮小しその掌に収まる程の小ささになった。それをニコは腰にあるポーチへ仕舞う。

 

「今まであんな魔女でも使い魔でもない化け物、見た事なかったし。ソウルジェムが反応しなかったのも偽物だからか?」

 

 カオルはこれまでの出来事を思い出す。

 隣では海香が、今までの詳しい事情をサキ達に説明していた。

 

 あすみに()()された<かずみ>の発見。

 それと日を同じくして襲いかかってきた<悪魔>の存在。

 

 ソウルジェムには全く反応しないが、悪魔はかずみの<マイ探知機>によって探知可能である事。

 

 そして今、魔女と悪魔が同時に待ち伏せていた事実。 

 その後に現れた、一連の悪魔騒動の犯人と思われる<謎の魔法少女>の登場。

 

 海香はサキ達に、その魔法少女の詳しい容姿を説明した。

 金髪のツインテールに紫色の魔法少女衣装。胸元に金色のスプーンを下げた魔法少女。

 

 そんな説明の最中、あすみはふと件の魔法少女の格好がかなり肌色の多い、露出度の高い物である事に気付いた。

 かなりどうでも良い事だったが、かずみを含めた周りの魔法少女達も、妙に扇情的な格好をした者が多い事にも気付いてしまう。

 

 ……まったく、最近の魔法少女は慎みというものが足りないらしい。

 

 あすみは自分の魔法少女衣装が、ただのゴスロリ服である事に感謝していた。

 少々派手ではあるが、決して破廉恥ではない服装だ。

 

 もし仮に、あすみが彼女達の様な格好をすれば、精神的に死にかねないだろう。羞恥で。

 

 そういう意味では、彼女達を尊敬しなくもなかった。

 これっぽっちも羨ましくはなかったが。

 

 そんな風に冷めた目で、思考を遊ばせていたあすみだったが、海香達の説明を聞いた全員が謎の魔法少女について真剣な顔で話し合っていた。

 その中の一人、かずみが疑問の声を上げる。

 

「ねえ、どうして魔法少女がこんなこと……みんなを守り、悪い魔女とかを倒すのが、わたし達の役目じゃないの?」

「……ハッ」

 

 かずみの言葉を耳にした瞬間、あすみは思わず鼻で笑ってしまった。

 あまりにも現実と掛け離れた、その<魔法少女>の幻想に。

 

「あすみちゃん?」

「……やっぱり、あなた根本的に勘違いしてる。<魔法少女>って言葉に騙されて、その本質というものがまるで見えていないわ」

「あすみ!」

 

 海香が鋭い声を発した。

 見れば海香だけでなく<プレイアデス聖団>の全員が、あすみに険しい視線を送っていた。

 

 それに怯む事なく、むしろ挑発気味にあすみは睨み返した。

 

「……どうせいつか知る時が来る。その分じゃあなた達も気付いてるんでしょうけど、秘密にしたままでいる方が、後々反動が大きくなるものよ。

 かずみの為にも、知るべき事は早めに知るべきだわ」

 

 そんなあすみの言葉に、サキは反論してみせる。

 

「私はそうは思わない。知らずに済む事を無理に知る事は、賢い選択とは到底言えないだろう。

 何があっても、かずみは私達が守ってみせる。知らなくて良い事は、知らなくても良いんだ」

「……その過保護さは、いっそ無責任に近いわね」

 

 少し前のあすみだったならば、サキと同じ様に考えていただろう。

 魔法少女の真実を知った所で誰も救われないのだと、今までかずみを放置していた。

 

 いざとなれば、あすみの魔法で精神を、記憶を操り、あすみの持つ大量のグリーフシードを使って無理矢理浄化すれば、【魔女化】という最悪の事態は回避できるのだから。

 

 そんな楽観が、当初あすみの中にもあった。

 

 だがそれは、今のかずみの消失を意味する。

 精神や記憶というものは、安易に弄れば人を呆気ないほど簡単に壊してしまう。

 

 あすみの魔法を受けて廃人同然になるかずみの姿は、今は何故か、あまり想像したくない物だった。

 

 それに「知らなかった事にはできない」とあすみの前に立ち塞がってみせたかずみが、そんな選択を認めるはずもない。

 

 案の定、かずみは決意の顔を浮かべると、プレイアデス聖団の者達へその胸の内を明かした。

 

「……みんな、教えて? わたしは知りたい。みんながわたしを大切に思ってくれてるのは、わかる。大事にしてくれてるのも。

 それでもわたし、そんなみんなの優しさに守られているだけなのは、イヤなの。

 たとえ魔法少女が、わたしの思っているような物じゃなかったとしても、それはもうわたしの一部なんだ。見なかったフリなんて、できないよ。

 だってそれも含めて、いまの自分を形作っているんだから。

 そんな自分からは、わたし……逃げたくないんだ」

「っ……だがッ!」

 

 サキは拳を固く握りしめる。

 苦渋の顔を浮かべ、言葉を探していた。

 

 他のメンバー達も眉間に皺を寄せて俯く最中、場違いなほど気楽な声が響き渡る。

 

「別にいいんじゃなーい? このタイミング、悪くないと思うよ」 

「ニコ!」

 

 サキの咎める声を面倒くさそうに振り払うと、ニコはかずみの目の前に進み出た。

 

「いつだって君の言葉は、ココロにくるね」

 

 微笑むニコの視線から目を逸らさず、かずみはその瞳を見つめ返す。

 深い色合いをしたその瞳を見ていると、かずみは何故だか物悲しく思えた。

 

「……かずみの決意は尊いものだと、私は思う」

 

 かつて誰も見た覚えがないほど真剣な様子で、神那ニコはこの場にいる全員を見渡した。

 普段は一歩引いた場所からマイペースに茶々を入れる少女と同一人物だとは、俄には信じられなかった。

 

「話そう。その子(あすみ)の言う通り、いつまでも隠し通せないことはみんな、分かっていたはずだ」

「…………そうね。本当に、その通りだわ」

 

 海香が自身の眉間を揉んで、疲れた声を発した。

 言われて初めて気づく事もある。

 

 守る事ばかりに意識が向いてしまい、何が正しいのか分からなくなっていた。

 本来ならただの部外者であるはずのあすみに指摘され、当事者のかずみの想いを知り、仲間のニコに促され、ようやく気付く事ができた。

 

 本当の希望を得るためには、真実を知る事は、避けては通れない道なのだと。

 何故なら絶望という名の落とし穴は、常にこちらの隙を窺っているのだから。

 

 真実の灯火なく、目の前の道を知らずして、確かな歩みは有り得ない。

 私もとんだ愚か者ね、と海香は自嘲した。

 

 サキもまた、血を吐く思いでその言葉を受け入れた。

 ()()失うかもしれない恐怖に震え、それでもかずみの意思を尊重したいというサキ自身の意志が、その恐怖に打ち勝った。

 

「……分かった。かずみ、私は君を信じてる。君が私達を信じてくれたように」

 

 長らく停滞していたプレイアデス聖団が、動き始める。

 そんな希望の予感を確かに感じ取ったサキは、その重い口を開いた。

 

「だから全てを話そう。私達プレイアデス聖団の、真実を――」

 

 

 だがその言葉の続きは、永遠に失われる事になった。 

 

 

 

 

 

「なら教えてやるよ! このユウリ様が、絶望の味をな!!」

 

 

 

 

 

 突如あすみ達の足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がったかと思うと、激しい爆発が辺り一面を襲った。

 同時に無数の矢を射掛けられ、魔法少女達の悲鳴が重なり合う。

 

 誰もが襲われるなど想像だにしていなかった、完璧な奇襲のタイミングで、裂けた笑みを浮かべる魔法少女――ユウリは現れた。

 

 金髪のツインテールにとんがり帽子を被り、紫色の大胆に開いた布地の道化師に似た衣装を纏い、胸元では金色のスプーンが揺れている。

 両手にそれぞれ魔法の銃を握りしめ、銃口から途切れることなく魔法を撃ち出していた。

 

「みんな逃げろォ!!」

 

 ジュゥべえが叫ぶが、その警告はあまりにも遅すぎた。

 倒れ伏す魔法少女達に、ユウリは自己紹介とばかりに挨拶をする。

 

「よう、プレイアデス!

 このユウリ様のことが、気になるご様子で!」

 

 ……自分から襲撃しておいて、何を。

 

 その間も次々と襲い掛かる魔法の矢の雨に、あすみは咄嗟にモーニングスターを盾にするものの、全てを防ぎきる事は難しく、急所は守ったものの何本か体を貫かれてしまった。

 

 反射的に痛覚を遮断し、自身の周囲に簡易的な防御結界を展開。

 魔法で出来た矢を、あすみの魔力で強制的に上書きして霧散させると、応急処置として回復魔法を行使する。

 

 それら一連のプロセスを半ば無意識に実行しながら、あすみは襲撃者を睨んだ。

 混乱に乗じて、ユウリは気絶したかずみを脇に抱えていた。

 

 初めから、かずみが狙いだったのだろう。

 

「……こちらの隙を窺っていたのか」

 

 一端引いたと見せかけ、奇襲のタイミングを計っていたのだろう。

 立ち去ったと完全に油断していたわけでもないが、これはあすみにしても防ぎ難いタイミングだった。

 

「……ユウ……リ?」

 

 爆発に巻き込まれ意識の朦朧とするみらいの腹部を、ユウリは魔法の矢で容赦なく貫いた。

 

「覚えてないのォ?」

「がは!?」

「アタシにとっては唯一(オンリーワン)でも、あんたらにとっては十把一絡げだもんねぇ?」

「「ぎゃあああああああああああッッ!!??」」

 

 海香が、カオルが、里美が、サキが。

 プレイアデス聖団の魔法少女達が為す術もなく、その身を貫かれ悲鳴を上げていた。

 

 それを見て「きゃはは!」と笑う少女は、その無様な有様に快哉を叫んだ。

 

「悲鳴合唱団最高! でも許してあげない!」

 

 倒れたニコが密かに魔法を使おうとするが、その腕を二丁拳銃から放たれた魔矢に、発動しかけた魔法ごと貫かれてしまう。

 

「しゃらくさいんだよ」

 

 酷薄に表情を歪めて、ユウリは獲物達の無駄な抵抗を嘲る。

 ユウリの二挺拳銃「リベンジャー」の弾丸は全て魔法の矢へ変換され、プレイアデス聖団のメンバーを串刺しにしていた。

 

「じゃあね、プレイアデス。ちゃんと読んでよ、ラブレター」

 

 かずみを担ぎ上げ、使い魔の牛の背に乗ったユウリは「あははは!」と高笑いを残して去っていった。

 

 割れた額から血を流しながらも、サキは追い縋るように空へ手を伸ばした。

 

「……かず……み……!」

 

 かずみを連れ去ったユウリの影は見る間に小さくなっていき、やがて空に溶け込むように消え去った。

 

 死屍累々となりながら、奇跡的に死傷者は出ていなかった。

 否、わざわざ生かされたのだと、この場にいる誰もが理解していた。

 

 その気になれば殺せたものを、あの魔法少女、ユウリは見逃したのだ。

 

「ニコちゃん大丈夫!?」

 

 比較的軽傷だった里美が、重傷を負ったニコを涙目で支える。

 

「けっこう痛い……ねッ!」

 

 貫通した矢を一思いに引き抜くと、その矢羽根が割れて遅延式の魔法が発動した。

 身構える一同だったが、発動したのは攻撃性のある魔法ではなかった。

 

 魔女の紋章にも似た、特徴的なデザインが浮かび上がる。

 そこから先程の襲撃者、ユウリの残したメッセージが再生された。

 

『かずみを返して欲しければ、今夜零時<あすなろドーム>へ来い。

 来なければかずみの命は勿論、この街に無数の悲劇が起こるだろう。

 ――<悪魔>の軍勢を、あすなろ市全域で一斉に孵化させる準備が整っている。

 お前らが正義を気取るつもりなら、無視するわけにはいかないよなぁ? 聖人気取りの<プレイアデス聖団>』

 

 くすくすと、皮肉げな嗤いが聞いている者の耳をざわつかせる。

 

 大切な者の命と、見知らぬ大多数の者の命。

 その両方を盾にとった悪辣な脅迫だった。

 

 ユウリの告げた脅しに、プレイアデスの面々は揃って顔を歪ませる。

 

『待ってるよ。お前らの墓場でな』

 

 ユウリのメッセージはそこで終わった。

 虚空にあった紋章が消え去り、後には痛いほどの沈黙が場を支配する。

 

 そんな中、辺りを見渡したカオルが、困惑した声を発してその静寂を破った。

 

「……あれ? あいつは……あすみは、どこに行ったんだ?」

 

 神名あすみが、その場からいつの間にか姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 気絶したかずみを使い魔の背に乗せ、ユウリは空を飛んでいた。

 追っ手が迫る様子もない。それだけのダメージを与えた自信はある。

 

 実質ユウリ一人に、プレイアデスは壊滅させられたのだ。

 先ほどまで広がっていた悲鳴合唱団の有様を思い出すと、ユウリは笑いが止まらなかった。

 

「ねえコル見た? アイツ等の間抜けな顔!」

 

 主に忠実な牛型の使い魔<コル>は「ンモー」と肯定の鳴き声を上げた。

 その声が目覚ましとなったのか、気絶していたかずみが目覚める。

 

 頭を抑えながら、かずみはユウリへ問いかけた。

 

「ぅ……あなた、誰なの?」

「チッ、起きたか」

 

 舌打ちするユウリに、覚醒したばかりのかずみは朧げに問いを重ねた。

 

「どうして……こんな事するの? 同じ魔法少女なのに……」

「これから死ぬ人間が、聞く必要ある?」

 

 その宣告を聞いても、かずみは不思議と落ち着いていた。

 何故だろうと内心で首を傾げたが、脳裏に銀髪のゴスロリ少女が思い浮かんだ。

 

 あすみは護衛として、かずみの傍にいたのだ。

 ならば逆説的に、かずみの命を狙う者がいてもおかしくはないのだと、点が線となって繋がった様な気がした。

 

 ならば何も不安に思う必要はなかった。

 何故なら、かずみの最も信頼する<友達>が、守ると誓ってくれたから。

 

 だからかずみは、ユウリを毅然と見返した。

 失われた記憶さえあれば、狙われる理由も分かったのかもしれないが、生憎と彼女に見覚えは全くなかった。

 

 彼女の事を知りたい。

 それが、今のかずみの望みだった。

 

「……何で、わたしを殺すの? ねぇわたし達、どこかで会った事あるのかな?」

「『なぜ』『どうして』ばっかりだな、お前。バカの一つ覚えが」

 

 吐き捨てられた言葉にムッとしたかずみは、体を器用に回し、唯一自由な両足でユウリの首を締め付けた。

 

「あなたが! 答えて! くれないからでしょーが!!」

「わっバカッ!? これから死ぬ人間が知る必要ないだろ!?」

「それさっき聞いた! バカの一つ覚え!」

 

 さっきのお返しとばかりに言い返す。

 ユウリは暴れて、かずみを振り落とそうした。

 

「ええいバカバカ言うな、このバカ!」

「そっちが始めたんでしょバカー!!」

「じゃあお前はアホだ! このアホ毛!」

 

 びっと舌を出して馬鹿にするユウリに対抗して、かずみも舌を出して見せる。 

 

「なによこっちだって、べえーっだ!」

 

 その時、不意にユウリは固まった。

 目を見開き、かずみではないどこか遠くを見ている様子だった。

 

 その様子にかずみは首を傾げるも、我に返ったユウリに足を捕まれ、放り投げられてしまう。

 

「……お前はもう、黙ってろ!」

 

 今度は拘束の魔法を全身に隈なく掛けられてしまい、かずみは覆面付きの蓑虫状態となってしまった。

 

「んむぉー!?」

 

 牛の様なくぐもった悲鳴を上げながら「あ、なんかこれ、すっごい既視感」と、かずみは場違いにも懐かしさを感じていた。

 

 あすみが聞けば心底呆れ、海香達が聞けば爆笑しただろう。

 そんなかずみのボケにツッコミを入れる者は、生憎と不在だった。

 

「ったく、調子が狂う」

 

 ユウリはとんがり帽子を目深に被り、先を急ごうとする。

 だがその進みは、強制的に止められてしまう。

 

 

 

「<縛鎖迷宮(チェインラビリンス)>」 

 

 

 

 ――ユウリの行く先を、鎖で編み込まれた障壁が阻んだ。

 

 後ろを振り返ると、そこには銀髪の魔法少女がいた。

 神名あすみは、無数の鎖をのたうつ蛇のように従えていた。

 

 空の一部を丸ごと監獄に変えてみせたあすみは、ユウリの言葉にしみじみと頷いてみせる。

 

「……同感ね。その気持ち、本当によく分かるわ。そこのバカといると、ほんと調子が狂うもの」

 

 ユウリに奇襲された直後、襲われるプレイアデス聖団の者達を隠れ蓑に、逆襲の機会を窺っていたあすみが、その牙を剥いていた。

 

「な!? お前は!」

「……だけどお生憎様。かずみをイジメて良いのは、わたしだけよ」

 

 驚いたユウリの背後から、あすみの鎖が襲い掛かる。

 だがその狙いはユウリではなく、使い魔の背に乗せられたかずみだった。

 

 鎖は意思を持つかのようにかずみに巻き付くと、強い力でかずみを引っ張った。

 空をぐるんぐるんと揺さぶる乱暴な機動に、かずみは目を回す。

 顔袋が外され光を感じると、焦点の合ったかずみの視界に、あすみの顔が飛び込んできた。

 

「ぷはっ……あすみちゃん!?」

 

 あすみに抱えられているのだと気付いた時には、無造作に放り捨てられてしまった。

 鎖が巻き付いたままなので、かずみはテルテル坊主のように宙にぶら下がってしまう。

 

「……面倒掛けないでよね。あっさり攫われるとか、この間抜け」

「むー、あすみちゃんに攫う云々言われるのは、何だか納得いかないかも……でも、助けてくれてありがとう!」

「……お礼なんかいらない。間抜けってのは、わたしの事よ。これじゃ護衛失格ね」

 

 その意外な言葉にかずみは目を丸くするものの、慌ててあすみをフォローする。 

 

「でも助けてくれた! わたしは無事だから、あすみちゃんは何も悪くないよ! 結果オーライオーライ! どんまいだよ、あすみちゃん!」

「……はぁ、あなたってほんと、能天気ね。少し羨ましいくらい」

 

 今なお鎖でぐるぐる巻きにされている者の言う事だとは、とても思えない楽天さだ。

 あすみによって雑に扱われる事に早くも慣れた様子のかずみに、あすみは軽い頭痛を感じていた。

 

 そんなかずみを放置し、あすみはユウリへと顔を向ける。

 あすみを警戒してか、ユウリは使い魔に背中を守らせ、自身は二挺拳銃を構えていた。

 

 神名あすみはサディスティックな笑みを浮かべ、凶悪なモーニングスターを振り回す。

 

「……あなたはもう、蜘蛛の巣に囚われた虫ケラに過ぎない。楽に死ねるとは思わないでね」

 

 迫り来るモーニングスターをユウリは魔法拳銃(マジカルハンドガン)で迎え撃ち、使い魔のコルと共に空を立体的に駆け回った。

 

「ちっ、余所者の分際で、調子に乗るな! <コルノ・フォルテ>!」

「<宵明の星球(モーニングスター)>」

 

 ユウリの使い魔とモーニングスターが激突した瞬間、星球が弾けて爆発した。

 凶悪な攻撃を真正面から食らった使い魔は、額にある二本の角の内、一本を根元から折られ、血だらけになっていた。 

 

「コル!?」

 

 頑丈なはずの自らの使い魔の満身創痍な有様を見て、ユウリは焦りを浮かばせる。

 逡巡するユウリだったが、あすみの厄介な強さを目の当たりにし、ある決断を下した。

 

「……こいつは使いたくなかったんだが、仕方ない」

 

 ユウリはとんがり帽子の中から、手品の様に小瓶を一つ取り出した。

 青く透き通った液体と、その特徴的な硝子細工に見覚えのあったあすみは、反射的に眉を潜めていた。

 

「……なんで、あなたが()()を持ってるの?」

 

 だがユウリはその問いには答えず、小瓶の中身を一気に飲み干した。

 その瞬間、ユウリの魔力が増大した。

 

「<コルノ・フォルテ>! 突き破れ!!」

 

 魔力に物を言わせた強化魔法を使い魔に掛け、ユウリはあすみではなく、結界となった鎖の障壁を破壊する事を狙う。

 

「……ごめん、コル。<イル・トリアンゴロ>!!」

 

 使い魔の全身に魔法陣が浮かび上がる。

 紅蓮の爆発を召喚する魔法をその身に宿し、コルは鎖の障壁を破ろうと突き進む。

 

 だが鎖は蜘蛛の巣のように絡み付き、獲物を絞め殺そうとしていた。

 

 コルの身が完全に囚われ、その身を結界深くに取り込まれた瞬間、ユウリの掛けた魔法は発動する。

 

 空を揺るがす衝撃音。生きた爆弾となったコルが爆発したことで、あすみの結界に僅かな穴が生じた。

 

 それを見逃さず、ギリギリのタイミングで障壁を突破したユウリは、あすみを忌々しげに睨む。

 

「……そこのアホ毛はお前に譲ってやる。メインディッシュの前菜に添えるつもりだったが、材料は他に幾らでもある。あいつらにお似合いのがな」

 

 自らに言い聞かせるように呟いたユウリは、あすみに銃口を向けて叫んだ。

 

「……神名あすみ、か。覚えておけ! お前は所詮、イレギュラーな脇役に過ぎないって事をな!」

 

 捨て台詞を残し、ユウリは飛び去っていった。

 当初の目的であるかずみの奪還を果たしたあすみは、その背中を大人しく見送る。

 

「……逃げたか、まぁいい。あいつ、もうそんなに長くないだろうし」

「それって、どういうこと?」

 

 あすみの言葉に、かずみが疑問の声を上げる。

 

 本来なら禍根を絶つ意味でもユウリの追撃は必須なのだが、リスクを考えてあすみは手を引いた。

 ――あの時ユウリの使った小瓶が、あすみの想像通りの物だったとしたら。

 

「……近い内に自滅するって事よ。あれは、そういう禁じ手」

 

 深追いは思わぬしっぺ返しを受ける可能性がある。

 だからあすみは、素直にユウリを見逃したのだ。

 

「……あれは使用者の魔力を一時的に高める効果があるわ。短期間だけ、使う者が使えば、その間は無敵になれる」

 

 爆発的に魔力が増大し、あすみから逃げおおせたように。

 ユウリのような才能のある者が使えば、あすみでも手を焼く。

 

 それが並みの魔法少女が相手ならば、結果は言うまでもなかった。

 

「……だけど当然、代償もある」

 

 元々は「魔法少女を簡便に魔女化処理する為」に開発された狂気の魔法薬だ。

 潜在能力の全てを強制的に引き出し、魂の一片まで魔力に還元させる禁断の薬。

 

 その制作者が誰なのか、あすみはこの街で誰よりも知っている。

 

 素質のある魔法少女から時間を掛けてエネルギーを搾り取る手間を考えれば、高濃度<ポーション>を使って手早く済ませた方が遥かに楽だ。

 そんな効率化によって、あすみのような粛清部隊所属の魔法少女には二種類の魔法薬が支給されていた。

 

 自己強化のために希釈調整された<青い涙(ブルーティアーズ)>と、魔女化処理用の高濃度抽出された<燃える心臓(フレイムハート)>。

 

 処刑用の赤い液体<燃える心臓(フレイムハート)>を使えば、数分で魂が焼き切れる。その間、服用者は理性を失い見境なく暴れるので、事前に無力化させておく必要があった。

 生きた爆弾として使う状況もあったが、基本的に追い詰め過ぎた鼠には手を出さないのが常道だ。

 

 また<燃える心臓(フレイムハート)>をかなり希釈して調整された青い液体<青い涙(ブルーティアーズ)>は、奥の手のドーピング薬として支給されている。

 

 適切に使えば恐るべき威力を発揮する有用な魔法薬だったが、あすみは使った事がなかった。

 部隊長であるあすみの方針に倣ったのか、シノブやサリサも自分に使った事はないはずだ。

 

 何故なら、使えばソウルジェムに消えない穢れを残すばかりか、長期に渡って服用を続けると呪いを生み始めるからだ。

 

 能力に限界の見えた弱者しか使わない禁じ手。

 それがあすみの認識だった。

 

 <燃える心臓(フレイムハート)>の方もあすみの魔法で代用できるので、使った事はなかった。

 薬なんかに頼らずとも、あすみの魔法なら一発で魔女化させる事が可能なのだから。

 

 そんなあすみ個人の事情は伏せ、ユウリの使った禁じ手(ポーション)の効果だけをかずみに伝えた。

 

「そんな……助けてあげられないの?」

「……あなた、あいつに殺されそうになったの、もう忘れたの? あなたを攫ったのも状況的に人質か何かに使うためでしょうし、あなたが彼女を心配する義理はないはずよ」

 

 あすみの言葉を聞いて、それでもかずみは納得しなかった。

 あすみの顔を、その綺麗な瞳で映し出している。

 

「……あの子、ちょっとあすみちゃんに似てるんだ。だから放っておけないよ。

 少しだけ話したんだけど……ユウリ、そんなに悪い子って感じはしなかった。話せばきっと仲良くなれる。わたしは、彼女を助けてあげたい」

 

 ……どこまでお人好しなのだ。このバカ娘は。

 

 呆れた目でかずみを見るものの、あすみが何を言ってもこの頑固な娘は聞き分けたりしないだろう。

 

「……バカね。わたしに似てるなんて、それこそ最悪じゃない」

 

 ヒトデナシに似ているからと言って、安心できる要素は皆無だ。

 

「……助ける価値なんて、ないのに。救いなんて――」

 

 もしもあの時、あの地獄のような日々の中で。

 あすみが出会ったのが【銀の魔女】ではなく、かずみだったなら。

 

 ――今とは違う未来が、あったのだろうか?

 

 下らない、とあすみはその考えを一笑に伏した。

 

 仮定に意味などないし、もしそうだとしても当時のあすみなら、かずみすらも呪っただろう。

 どう考えても、救いなどあるはずがない。

 

 ……わたしは、あなたの思っているような善人じゃない。

 

 かずみを連れて帰還する空の上で、あすみはそんな言葉を胸の内で呟いていた。

 

「おーい! みんなー!」

 

 呆気に取られるプレイアデス聖団の面々を空の上から見下ろしながら、あすみは笑顔で手を振るかずみの横顔を見つめていた。

 

 

「…………その甘さが、いつかあなたを殺すわ」

 

 

 小さな呟きは、かずみの帰還を喜ぶ声にかき消された。

 

 

 

 

 

 




おまけ:閑話② 英国陥落


 英国首都ロンドンを流れるテムズ川の岸辺、イーストエンドに聳え立つロンドン塔。
 中世の時代に築かれたこの城塞は、現代においても魔法少女達の決戦場として使われていた。

 魔法少女のみで構成された大部隊同士の<戦争>は、兵站(ソウルジェム)の関係から、過去現在の全てを合わせても有数の出来事だろう。

 遥か遠くの故国を懐かしく思いながら、銀の魔女――リンネは溜息を付いた。

「やはり本場は一筋縄じゃいかないか。英国の魔法少女組織も大した物ね」
「極東の魔女め!」

 金髪(ブロンド)の少女が叫ぶ。
 憎しみで人が殺せるなら、その視線には間違いなく致死量の憎悪が込められていた。

 だがリンネは、挑発気味に鼻で笑って見せる。

「降伏するなら相応の扱いにしてあげてもいいけど? 奴隷扱いでも良ければね」

 傍に転がっていた英国魔法少女の<抜け殻>を蹴り飛ばす。
 本体のソウルジェムはとっくに魔女へ転化してしまったのだろう。

 生まれた魔女は転化早々、銀魔女の人形部隊と英国の魔法少女部隊に挟まれ、封殺されてしまったようだが。

 リンネの挑発に、英国魔法少女達は憤怒で顔を真っ赤に染め上げた。

「この狂人が! 我らは誇り高き英国魔法少女! 何もかも貴様ら下種の思い通りになるとは思うなよ!!」

 古からの貴き血を引く隊長格の少女が、気炎を上げて剣を振るう。
 だがそれを阻んだのは、少女と同じ金色の髪を持つ黄金の魔法少女だった。

「なっ!? 貴様ぁっ! 私の邪魔をするな!!」
「あらあら、私のアリスに乱暴はやめて頂戴――思わず殺したくなっちゃうでしょう?」

 銀の指揮杖が振るわれる。
 すると黄金の魔法少女から圧倒的な魔力が解放され、英国魔法少女は地に叩きつけられてしまった。

「があああああ!!??」
「外法<聖呪刻印(スティグマ)反転術式(リバース)>」

 虚空に描かれた魔法陣から呼び出された青い不定形の物体が、少女の体目掛けて殺到し――その身を蹂躙し始めた。

「――――ッ!!!!」

 かつてないほどの激痛が少女を襲う。
 悲鳴を上げている自覚すら遠く、ただ涙が溢れ肉体が暴れ狂う。

「さて、あなたはいつまで耐えられるかしら?」
「クラウディア様!?」

 少女の仲間である英国魔法少女達が、指導者である少女を助け出そうと駆け出す。
 だがその行先には、恐ろしい力を秘めた人形達が立ち塞がっていた。

「ったく、姉ちゃんの邪魔すんなよな! ギガントハンマー!」
「っ、このぉおおお!?」

 だが仲間の魔法少女達の奮闘虚しく、少女のソウルジェムは呪われた魔法によって犯され、魂を貪り尽くされる。

「さあ、目覚めなさい」

 ソウルジェムがひび割れ、中から悍ましい化物が生まれる。
 それを見た英国魔法少女達は、思わず絶望の吐息を漏らした。

「あ、あぁ……そんな……クラウディア様……」

 拮抗していた戦力は、主柱となる少女の欠落により崩壊する。
 戦いの趨勢は決した。

「――蹂躙を開始せよ」

 銀魔女の号令により、人形達はその全力を振るう。
 これまで力を抑えていた人形達は、次々と魔法少女を魔女へ堕落させ(おとし)ていく。

 中には自決するためか、自らソウルジェムを砕こうとする者もいたが、影から現れた魔法少女達がそれを阻んだ。

「ダメじゃない、そんな勿体無いことしちゃあ」
「そうそう、どうせ捨てる命ならボク達に頂戴」

 人形である彼女達の言葉に、少女は心を砕かれる。

 地獄と化した戦場では、魔法少女と魔女と人形が踊り狂う。
 そして終幕を飾るのは、黄金の魔法少女だった。


「フィナーレをお願いね、アリス。――限定解除・<黄金剣(Excalibur)>起動」


 圧倒的な黄金の光が全てを呑み込み、通り過ぎた後には無数の倒れ伏した魔法少女達の姿があった。

 倒れた少女達を、人形共が次々と担ぎ上げ何処かへ転移していく。


 全てが終わった後には、災厄の爪痕以外に何も残らなかった。


「ほら見てアリス、大きなダイヤモンド。
 なんでも世界最大級だってさ。あなたにとっても似合うと思うわ」

 戦利品として略奪した幾つもの宝石を転がしながら、銀魔女は邪悪な笑みを浮かべる。

 その日、「女王陛下の宮殿にして要塞」と呼ばれたロンドン塔は崩壊した。
 世界は混沌へと呑まれていく。



「そういえばあすみん、元気にしてるかな?
 お土産持って行ってあげようっと」






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