私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 短めです。


第十七話 燃える心臓

 

 

 

 不思議と驚きはなかった。

 少女を初めて目にした時から、ユウリには薄々とこうなる予感があった。

 

 この街と何の因果関係もないはずの魔法少女<神名あすみ>。

 彼女こそが、最大の障害となるであろう事を。

 

「……やはりお前か、イレギュラー!」

 

 かつて感じた予感は現実となり、傷ついたかずみを庇うように神名あすみは現れた。

 

 その光景を目の当たりにし、ユウリは歯軋りする。

 ユウリには、あすみがそこまで<かずみ>に肩入れする理由が分からなかった。

 

「何故お前はそいつを庇う! 所詮余所者のお前が!」

「……さぁ、なんでかしらね。自分でも馬鹿な事してるって自覚はあるわ。大方、かずみのバカがうつったんでしょうよ」

 

 あすみの言う事は、ユウリにはまるで意味がわからなかった。

 ただ一つ確かなのは、残された時間の少ない自分にとって、目の前の魔法少女は邪魔者以外の何者でもないということ。

 

 このままでは何も為せず、ただ朽ち果てるのみ。

 そんな結末など冗談ではなかった。

 

 ――それならば、いっそのこと。

 

 ユウリは例の<協力者>から奥の手として渡された、血のように赤いポーションを飲み干す。

 それを目にしたあすみは、顔色を変えて叫んだ。

 

「っ……バカ! それは!?」

 

 魔法少女から潜在エネルギーを残らず絞り出す為に作られた、魔法少女魔女化処理用魔法薬<燃える心臓(フレイムハート)>。

 それを自ら呷るなど、自殺行為だ。

 

 だが元より、憎悪に取り憑かれたユウリが正気であるはずもない。

 堕ちるところまで堕ちてでも、彼女は復讐を果たすつもりだった。

 

 何時も澄まし顔だった神名あすみが初めて見せた動揺に、ユウリは暗い喜びを感じていた。

 

「――ほんの少しで良い。せめて、お前等だけでも道連れにしてやる! <イル・トリアンゴロ>!!」

 

 呪われた魔法薬は、ユウリのソウルジェムに限界を越えた魔力を精製させる。

 魂が削られ、己の存在が消失していくような感覚。

 

 それと引き換えに莫大な魔力が生み出され、魔法陣が炎と共にドーム内全域を包み込む。

 馬鹿げた魔法陣の規模から、その威力を読みとった海香が悲鳴を上げた。

 

「やめなさい! 自爆するつもりなの!?」

 

 絶叫する者達の中、唯一冷静な目でユウリのソウルジェムを観察していたニコが、ぽつりと呟いた。

 

「……もう、遅い」

 

 復讐の魔法が放たれる寸前、ユウリのソウルジェムが精製される魔力の負荷に耐え切れず、砕け散る。

 その瞬間、糸が切れた人形のように呆気なく、ユウリの意識は暗転した。

 

 砕けたソウルジェムの中から、闇が生まれる。

 闇は結晶となり周囲の空間を呑み込んだ。

 

「ユウリのソウルジェムが、孵る」

 

 ――【相転移】が始まる。

 

 結晶となり生じたグリーフシードを核に、世界を変質させる<魔女の結界>が構築された。

 結界を揺り篭にして、魔女の産声が上がる。

 

 魔法少女達が魔女の結界に引きずり込まれるのと同時に、魔女の魔力に囚われ、十字架に磔にされてしまった。

 

「……厄介な事になったわね」

 

 ポーションによる反動から、ユウリは<相転移>によって強力な魔女となって蘇ってしまった。

 

 心臓のような外見の魔女は、そのグロテスクな姿を震わせている。

 ここまで大物になってしまえば、たとえあすみと言えども簡単には討伐できなかった。 

 

 まして今のあすみは、とても万全の状態とは言い難かった。

 

 【聖呪刻印】――銀魔女の支配下にある魔法少女達を強化する祝福にして、反逆者や敵対者を容赦なく処罰するための戒め。

 

 銀魔女の呪いは、命令違反を続けるあすみをじわじわと蝕んでいた。

 まるで警告するかのように。

 

 脈動する刻印に舌打ちするあすみの隣から、驚愕の声が上がる。

 見ればかずみが、目を見開いて魔女となったユウリを見ていた。 

 

「どうして……どうしてソウルジェムから、魔女が出てくるの!?」

 

 魔法少女から魔女が生まれる。

 

 その真実を初めて目にし、すぐに事態を受け入れる事など、出来るはずもない。

 変わり果てた姿となったユウリに向かって、かずみは叫んだ。

 

「やめてユウリ! わたしこれ以上あなたと戦いたくない!」

「バカ! 今更そんなこと!」

 

 ハート型の魔女から二本の尾(ツインテール)が伸びる。除細動器を想像させるケーブル状の触手は、無防備なかずみへと襲いかかった。

 

 あすみは自らの身を顧みず拘束具となっていた十字架を破壊し、かずみの前に飛び出た。

 

 かずみを守るために。

 

 だが刻印のせいで動きの鈍ったあすみは、見切りを誤ってしまう。

 魔女の触手が、あすみへと直撃した。

 

「がはッ!?」 

「あすみちゃん!?」

 

 脇腹を貫かれたあすみは、そのまま大きく触手に振り回され、地面に叩き付けられた。

 それに気を取られたかずみもまた、あすみと同じ様に貫かれてしまう。

 

「きゃあ!?」

「あすみ!? かずみ!!」

 

 ダメージにより意識を失った二人に向かい、魔女はさらなる追撃をかける。

 だが相転移前のユウリの影響か、その触手はあすみではなく、かずみばかりを執拗に狙っていた。

 

 触手に拘束され、空高く掲げられる。

 残ったもう一本の触手が、かずみの顔面に突き刺さる。

 

「か、かずみぃいいいいいいい!!」

 

 カオルが蒼白な顔で叫んだ。

 血の雨が降る。 

 

「かっ、かずみちゃ……」

 

 磔にされた位置関係で、大量の血を頭から諸に被った里美は、咳き込みながらかずみの無事を祈っていた。

 

 だが彼女の想像を裏切る光景が、頭上に広がっていた。

 あろうことか、かずみは<魔女>の触手を食べていたのだ。

 

 かずみの血かと思ったそれは、貪られた魔女の血だった。

 

「ひっ」

 

 それを間近で見てしまった里美は、引き攣った顔で短い悲鳴を上げた。

 喉元まで出掛かった「バケモノ」という言葉を必死に呑み込み、里美はかずみから視線を逸らした。

 

 魔女の血肉を取り込んだかずみの肉体は、急速に修復されていった。

 その瞳は太極図のような相克を描いている。

 

 そんな自身の変化に気付かないまま、かずみは涙を流していた。

 魔女の血を通して伝わってきたユウリの感情を、かずみは受け止めていた。

 

「……何でかな。涙が止まらない。

 ねぇユウリ、わたしはあなたの事、何も知らない。あなたの事よく知りたいのに、魔女になるなんて……そんなのあんまりだよ。

 だからこんな結末――わたしは認めない!」

 

 定められた悲劇なんていらない。

 誰かの涙も見たくない、みんな笑顔でいて欲しい。

 

 その想いを胸に宿し、かずみはユウリの元へ向かう。

 

「ユウリは、わたしが元に戻してみせる!」

「離れなさいかずみ! そんな事しても、もう手遅れなのよ!」

 

 海香が必死な形相でかずみを制止する。

 だがそれでも、かずみは諦めなかった。

 

「いやっ! ユウリは元に戻す! ぜったい元に戻すんだから!」

 

 かずみの想いが魔法となって、魔女化したユウリを包み込む。

 かずみの魔法は魔女を人の形へと変質させ、ユウリの姿を形作った。

 

 だが外見だけが人の形をしていても、中身は変わらず魔女のままだ。

 

 人を形作る傍から暴れて、ぽろぽろと崩れていくユウリの姿を見て、かずみは再び涙を流す。

 魔女の攻撃を受け、血反吐を吐きながら、それでもかずみは魔法を掛ける事を止めなかった。

 

「ユウリ……お願い……元に戻ってっ!!」

 

 かずみの声は、魔女には届かない。

 攻撃しようとする魔女の胴体を、鞭の先端が貫いた。

 

「サキ!?」

 

 サキはようやく自由になった左手で、自身の武器である鞭を振るっていた。

 鞭は魔法で伸縮自在に伸び、仲間達の拘束を次々と断ち切る。

 

 自由になったプレイアデス聖団は、それぞれの武器を手に魔女と対峙する。

 魔女を殺すために。

 

 彼女達の無言の決意を察したかずみは、彼女達を止めようと声を張り上げる。

 

「どうして!? ユウリは、同じ魔法少女なんだよ! 殺しちゃダメだよ!!」

「わかってるよ、そんなこた」

 

 みらいは感情を殺した能面のような顔を浮かべて言う。

 

「だからこそ、殺さなきゃいけない」

 

 それがせめてもの慈悲なのだと。

 ユウリを救う唯一の方法なのだと物語る。

 

「かずみ、アレはもう魔法少女のユウリじゃねぇ。魔女だ」

 

 ジュゥべえもまた、かずみへと言い聞かせた。 

 

「どうしてなの? どうして魔法少女が、魔女になるの……!?」

「理屈はわかんねぇけど、時々いるんだ。ジェムが暴走し、魔女化する魔法少女が」

「元に戻せないの!?」

「……無理だ。それはできない。いくら魔法で姿を変えても、魔女は魔女。不可逆なんだ。殺すしかない」

 

 ジュゥべえはかずみの願望を否定する。

 それでも、かずみは納得できなかった。

 

「できない……ユウリを殺すなんて、わたしにはできないよ!」

「わかっている」

 

 決意を秘めた表情を浮かべ、浅海サキはかずみを庇うように魔女の前に立つ。

 

「かずみの手は、汚させない」

「サキ!?」

 

 サキは魔女となったユウリを殺す決意を固めていた。

 かずみは他の仲間達にも呼びかける。

 

「海香! サキを止めて!」

 

 だが海香は、かずみの言葉に首を横に振った。

 閉じられた瞼が、他に手はないのだと言外に告げていた。

 

 そして海香もまた、自身の魔法を発動させる。

 

「海香!」

 

「みらい!」

 

「里美!」

 

「カオル!」

 

「ニコォ!」

 

 仲間達の名を次々と呼ぶが、誰もかずみの声に振り返らず、ユウリだった魔女に向けて、魔法を解き放とうとしていた。

 

「みんなやめてぇええ!!」

 

 叫ぶかずみだったが、その時気づいてしまう。

 背を向ける彼女達が、涙を流していることに。

 

 ぽたぽたと地に落ちる雫を見て、かずみはそれ以上、何も言う事はできなかった。

 

「ごめんね、かずみちゃん。あの子がこれ以上、誰かを傷つけないようにしてあげることしか、私達にはできないの」

 

 その言葉には、無力さを噛み締める悲哀が込められていた。

 

 

 

「こんな想いをするのは私達だけでいい。

 私達だけで、終わらせてやる」

 

 

 

 ユウリを救う。

 その理想を押し通すには、かずみはあまりにも無力だった。

 

 みんなから守られ、気遣われてばかりのかずみが、いくら「助けたい」と声を張り上げても、それは現実の見えていない子供の我が儘に過ぎない。 

 

 

 ならばせめて、彼女達の苦しみを共に背負うことしか、わたしには――。

 

 

 かずみが決断を下すその前に、予想外の人物がかずみの頭に手を乗せた。

 

「……下らないわね」

 

 発動寸前だった聖団の合体魔法をモーニングスターで粉砕し、魔女を鎖の結界で一時的に封じ込めたあすみは、傷を負いながらも不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あんた達のつまらない感傷に、かずみ(このバカ)を巻き込むんじゃないわよ」

 

 悲壮な決意を浮かべる魔法少女達を、それでもなお笑い飛ばしてみせる絶望の魔法少女、神名あすみ。

 

「あすみちゃん!? 大丈夫なの!?」

「……コホッ、どこぞのバカの所為で死にかけたけど、なんとか無事よ」

「ご、ごめんなさい。わたし――」

「謝罪は良いわ。バカはバカらしく、空気読まずにいればいい。ワガママで良いじゃない、どんなバカな事でも最後まで付き合ってあげるわよ。

 ……それが、友達ってもんでしょう?」

「うん……うん……っ!」

 

 感極まって涙を流して抱きつくかずみを、あすみは鬱陶しそうに受け止めていた。

 

 その光景を憎々げに睨みつけているのは、当然邪魔をされたプレイアデスの魔法少女達だった。

 

「神名あすみ、お前は理解しているはずだ。これが最善の方法だと!

 悪戯に希望をチラつかせ、かずみをこれ以上惑わせるつもりなら……この私が許さない!」

 

 サキを筆頭に殺気立つプレイアデス聖団に向かって、あすみは場違いな微笑を浮かべて見せた。

 

「……一つ、試したい事があるの。あの魔女を殺すなら、その後からでも遅くはないわ」

 

 その笑顔は、見る者にどこか儚い印象を与えた。

 

 

 

 

 

 

 




 次話でユウリ様編終了。
 八割方出来てるので、今月中に投下予定。
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