原作? 知らない子ですね。
朝は味噌汁の香りで目が覚めた。
愛しいアリスが、朝食を用意しているのだろう。
昨晩もアリスとにゃんにゃんしていた私だったが、一方のアリスは早起きして朝食を作っている様だ。
アリスは優秀だとつくづく思う。
アリスは掃除洗濯家事魔女魔法少女、何でもござれの万能キャラだ。
人間だった頃の彼女も黄金の輝きを持つ天才だったが、私のものになってからは人間的な弱さが抜け、より完璧な存在になったと思う。
話せない、感情がないといった欠落も、却ってアリスの魅力を引き立てていた。
アリスは私の最初の作品だからそんな不具合が残ってしまったのだが、今となっては奇跡の産物だとすら思える。
もちろん今の私の技術なら、アリスを人間と同じようにし、以前のアリスを再現することだってできるだろう。
だがそんなつまらないことをするつもりはなかった。
アリスは、今のままのアリスがいい。
朝食の準備が終わったのか、エプロン姿のアリスが私を起こしにくる。
「おはよー、アリス」
アリスにおはようのキスを軽くして、私は顔を洗いに行く。
朝食を食べ終え、私立中学の制服に着替えた私は、いってきますのキスとともに学校へと向かった。
まさに夢のような生活といってもいいだろう。
ハーレムの野望へと着実に近づいている。
「おはよー古池さん」
「おはようございます」
今現在における私のクラス内での立ち位置は、転校してきたばかりの謎の美少女だった。
自分で言うなよと突っ込まれそうだが、お約束だと思って欲しい。
前世の価値基準からすれば、今世の私は胸の起伏については乏しいものの、すれ違えば振り返る程度の美少女ぶりは持っていた。
例えるなら、メガネなしのほむほむに匹敵するクールビューティ具合だと自惚れるほどだ。
だというのに転校早々、私はなぜかぼっちになっていた。
な、泣いてなんかないんだからね!
……一人ツンデレごっこはやはり微妙だ。
無表情で一人静かに読書している私が、そんなことを考えているとは誰も思うまい。
「ねー、なに読んでるの?」
裏のなさそうな笑顔とともに話しかけてきたのは、クラスメイトの高見二星だった。
名前はフタホシというらしいが、クラスメイト達から「ニボシちゃん」という小魚臭漂う渾名で親しまれている。
ニボシちゃんはクラスのムードメーカーで、転校早々孤高を気取る私を気にかけるくらい良い子だった。
「<モンテ・クリスト伯>。裏切られ、絶望の果てに復讐を誓った男の話。これをモチーフにした作品もあるくらい結構有名な物語なんだけど……興味ある?」
言ってはなんだが、ニボシちゃんは読書するようなタイプではない。
友達とお喋りするのが楽しいという様な、普通の女子中学生だ。
案の定、ニボシちゃんは困ったように眉根を垂らして愛想笑いを浮かべた。
「あははー、わたしそういう真面目な本読むと眠くなっちゃうんだよねー。わたしでも読めそうな本ってあるかな?」
「なら……そうね、<葉っぱのフレディ>とかどうかしら?」
「どんな本なの?」
「絵本だけど、なかなか面白かったわ」
「へー、古池さんって何でも読むんだね。絵本とか、ちょっと意外かも」
「そう? 子供向けとバカにしたものじゃないと思うけど」
人間の一生など、しょせん葉っぱのようなものだと思える実に薀蓄深い作品だった。
魔法少女となり、魔女になって魂をエネルギーへと還元される。
言ってしまえば私達魔法少女は、葉っぱのように生まれ、枯葉となって死ぬのだ。
私は常々、そうはなりたくないと思っているわけだが。
ふと気が付けば、ニボシちゃんが何故か私をキラキラとした目で見つめていた。
「……なに?」
「古池さんってすごい美人だよねー。しかも運動もできて頭もいいとか完璧すぎるよ! おまけにハーフなんでしょ? なんかもうマンガの世界のキャラクターみたい!」
「ハーフじゃなくてクォーターだけどね。あと私を勝手に二次元の住人にしないで」
私を羨むニボシちゃん。
魔法少女となって以来、私は銀髪紅眼の踏み台様容姿になってしまったので、転校する度に北欧系の外国人を祖母に持つという設定を加えている。
魔法で色を変えることもできるし、染めればいいのだろうが、わざわざ黒に戻すのも無粋かと思ってそのままにしてある。
まぁこの世界、髪色が派手なのも珍しくないという世情があるため、それほど悪目立ちはしないので気は楽だ。
「あははっ、ごめんね。なんだか古池さんと話すの楽しいかも。もっと取っつきにくいかと思ってたんだけど、わたしともちゃんと話してくれるし、なんだか嬉しいな」
「私ってそんなに変かしら?」
「うーん。変っていうかね、オーラが違うんだよ。オーラが」
そう言って、ニボシちゃんはコォオと珍妙なポーズをとった。
波紋でも使う気だろうか。私は使えないけど。
その後、やや天然気味なニボシちゃんと授業が始まるまで仲良くお喋りした。
そして休み時間の度にニボシちゃんが襲撃してくるので、気が付けば読書の栞が一ページも進んでいなかった。
どうしても今すぐ読みたいわけじゃないので、諦めてニボシちゃんとイチャイチャすることにした。
栗毛の団子頭が可愛い小柄なニボシちゃんは、クラスのマスコットだ。
笑顔がキュートで話していて気持ちがいい。
いっそパクッと食べちゃいたいところだが、そんな私の裏の素顔はトップシークレットだ。
だがいつか機会を見ていただくことを心の裏側で決意する。
無防備なニボシちゃんは、そんな私の決意など知らない笑顔で話かけてくる。
なんという羊ちゃんか。
老婆心ながら、オオカミさんには気を付けて欲しいものだ。
もちろん私以外のオオカミ限定で。
「リンネちゃん、お昼一緒に行かない?」
「ええ、ニボシが良ければ」
お昼になる頃には、すでにお互い名前呼びが当たり前となっていた。
最初、私はニボシちゃんを「高見さん」と呼んでいたのだが。
「リンネちゃんも、ニボシって呼んでいいよ。みんなそう呼んでるし」
当人に笑顔で言われてしまったので、そう呼ぶことにした。
日本人は『みんな』が好きだよね。
もしも私が小魚呼ばわりされたら、血の復讐を誓うくらい屈辱に思うのだけれど。
私はてっきりお昼休みは、ニボシちゃんと二人きりでランチを食べさせっこする、夢のような時間だと思っていたわけなのだが。
どうやらそれは、私の勘違いだったらしい。
「ニボシ、その子は?」
人気者のニボシちゃんは、当然のように友達も多い。
屋上に行くと、四人の少女達が私とニボシちゃんを出迎えた。
他クラスどころか下級生と上級生もいる、何とも繋がりの見えにくいグループだった。
どうやら私は、この屋上グループのゲストとして招待されたらしい。
この状況もある意味ハーレムと言えなくもないが、今のところ私の嫁候補はニボシちゃんだけなので、その他の皆さんは割とどうでもいい。
もしかして部活関係の集まりなのだろうか。
放課後は結構忙しいので、勧誘されてもお断りなのだが。
私の事をニボシちゃんに尋ねたのは、髪をポニーテールにした女の子だった。
ブレザーのネクタイの色からすると、私と同級生らしい。
もう一人、こっちはおどおどとした内気そうな少女も同い年の様だが、ポニーテールの子の背中に隠れて私を警戒していた。
私、怖くないよー?
人類の敵だけど。
一般人皆殺しにしたりとかしないよー?
必要ならばやるけどもさ。
「リンネちゃんっていうの! お友達になったから、お昼に誘っちゃった!」
「……え? でも、あの……いいんですか?」
内気ちゃんは困惑した顔で、この場で唯一の上級生の顔色を伺う。
おっとりとしたお姉様は、あなたほんとに中学生ですか? と確認したくなるようなご立派な胸をお持ちだった。
ウェーブのかかった癖毛が可愛らしく、押し倒したくなるような魅力がある。
ニボシちゃんとイチャラブできないのは残念だったけれど、思わぬ嫁候補の登場に心が躍った。
お姉様は見た目通り穏やかな声で内気ちゃんに答える。
「構わないと思うわ。ニボシを信じましょう。彼女の勘は、もはや魔法ですからね」
ピクリと、その言葉に全員が何らかの反応を示した。
私はふーんと思っただけだが、どうやら彼女達にとって何らかの禁句を口にした可能性が高い。
ニボシちゃんの顔に特に変化がないことを鑑みれば、彼女自身に問題があるわけではないだろう。
ならばそう……魔法、とか。
すでにおおよその見当はついているけど、私は何も知らない謎の転校生ですからね。素知らぬ顔でスルーしましょう。
一瞬でそこまで考えた私は、不自然じゃない程度の間の後に自己紹介をした。
「二年C組の古池凛音です。最近この学校に転校してきました。まだこの学校に不慣れだったもので、高見さんには良くして貰ってとても助かっています」
「もーリンネちゃん、また高見さんに戻ってるよ!」
ぷんぷんとニボシちゃんが頬を膨らませる。かわええ、リスみたいな頬を指で突きたいが、まだそこまで親しくなれていない。
最終的には色々突き合う関係になりたいものだ。もちろんエロい意味で。
「でも他の人の前でいきなり呼び捨てとか、慣れ慣れしいと思われません?」
「気にしないでいいと思いますよ。ニボシ先輩はいつもこうですから。ウザいならウザいと、ハッキリ言わないと分かりませんよ?」
首を傾げる私に答えたのは、意外にも下級生の子だった。
ツインテールにしたザ・ツンデレの鑑のような、ニボシちゃんとタメを張るくらい小柄な子だった。
ツインテちゃんはクールな毒舌キャラらしい。生意気可愛い。調教したい。
同学年のスポーツ少女と内気ちゃんはあまり食指が動かされないが、上級生と下級生は当たりだった。
五人グループの過半数が当たりならば、非常に幸運だと言えるだろう。
「いえ、私はあまり積極的に話しかけるような性質ではないので、高見……ニボシには感謝しています」
「……ふーん、良い人そうじゃないですか。ニボシ先輩の新しいお友達」
「でしょー? リンネちゃんはね、美人で運動もできて頭もいいんだよ! あと本が好きでね! 色んな本知ってるんだよ!」
実はエロ本も官能小説も大好きですが、それは内緒にしておきましょう。
はしゃいだ様子で、ニボシちゃんは仲間達に私の事を紹介していた。
何だかかなり美化されているようで背中がむず痒いが、悪意はないので止めることもできない。
私としては「そんなことないですよ」と謙遜してみせるだけだ。
「私は三年の錦戸愛菜です。リンネちゃんって呼んでもいいかしら?」
「はい。私も先輩のこと『アイナ先輩』とお呼びしてもいいでしょうか?」
「もちろんよ。しっかりとした子が後輩になってくれて、私も嬉しいわ」
本当はお姉様と呼びたいところだが、引かれる可能性大なので自重する。
和やかな雰囲気のまま自己紹介する流れになり、残りのメンバーも次々と自己紹介を始めた。
「私は竹田真子。二年A組、趣味はランニング。よろしくね!」
「あ、わたしはその……新谷優里枝、です。マコちゃんと同じ、A組です……よろしくお願いします」
同級生の二人とは簡単に自己紹介をする。
スポーツ少女と内気ちゃんの名に恥じない脳筋ぶりと内気具合だった。
「……藤堂亜里沙です。よろしく」
ツンとすまし顔のツンデレちゃんは、アリサちゃんというどこかで聞いたようなツンデレっぽい名前だった。さすがツインテールにするようなツンデレちゃんは格が違った。名前からしてツンデレしてるとは恐るべし。
「自己紹介ありがとうございます。ところでみなさんは、なんの集まりなんですか?」
軽く藪をつついてみる。
いきなり魔女は出てこないだろうが、魔法少女くらいは出てくるかもと期待しておく。
「ただの仲良しグループだよー。リンネちゃんも加わってくれると嬉しいかな?」
え? と声を上げたのは内気ちゃんだった。
信じられないものを見たような顔で、ニボシちゃんを見ている。
「……その人、アレなんですか?」
アリサちゃんが要所をボカしながら言ったが、その言い方はなんだかアレな人みたいで嫌だ。
「どうかしら? でも素質があるのは、私にもわかるわ。だからニボシも彼女をここに連れてきたのでしょう?」
「ああ、なるほどねー。そういうわけか」
アイナ先輩がニボシちゃんに視線を向け、マコが納得する。
一人だけ事態を飲み込めないユリエが、きょどきょどとした顔で周囲を見ていた。
「……え、え? どういう、こと?」
アイナ先輩が、柔らかな笑みとともにユリエに説明する。
「彼女もまた、選ばれた少女だってことよ。ね、キュゥべえ?」
そして、どこから現れたのか。
絶望の使者。
私のもっとも信頼すべきでない、使い魔兼共犯者。
人間エネルギー回収牧場の管理者ことキュゥべえが、その白く不吉な姿を現したのだった。
「……そうだね、彼女には僕の姿が見えているようだ。魔法少女としての素質は十分あると思うよ」
まるで初対面だと言わんばかりにキュゥべえが白々しいことを言っているが、性質が悪いことにその言葉に嘘はなかった。
姿は見えている。素質も十分にある。
当然だ。私はすでに魔法少女なのだから。
私がすでに魔法少女になっていることを彼女達に教えないのは「僕は魔法少女としての素質を聞かれただけで、彼女がすでに魔法少女だったとしても、僕にそれを答える義務はないよ。だって聞かれなかったしね」とでも考えているからだろう。
奴の悪辣な所は、そこに騙したという意識がないことだ。
人間に対する共感能力がそもそもないため、暗黙の了解など平気で無視する。
ファンシーなマスコットキャラではなく汚い政治家を相手にする心づもりでかからねば、容易に足元を掬われてしまうだろう。
だが彼女達はそんなキュゥべえの正体など知らず、奴の言葉に純粋な喜びを露わにしていた。
「リンネちゃんにだけ、私達の秘密を教えてあげる!
私と一緒に魔法少女をやろうよ!」
そんな希望に満ちた笑顔と共に、ニボシから手を差し伸べられる。
世界は光に満ちていると錯覚してしまいそうな、それはとても眩い<善意>だった。
……まさかこの私が、勧誘されるハメになるとは。
こいつらアレか。バカなのか?
魔法少女になることが幸せなことだと、心の底から信じているのか?
自分たちは選ばれた特別な存在だと、それが選民思想だと気付かず無邪気に信仰しているのか?
思わず笑ってしまいそうになる。
人を絶望に陥れる罠にかけた罪悪感すらなく、悪戯に絶望をまき散らす愚者共。
ああ、実にキュゥべえが好みそうな集団だ。
昨日、奴が私に彼女達のことを教えたのも納得だ。
そう、私は彼女達の事を既に知っていた。
知っていて、接触を期待したわけだが……ここまでの事態は完全に予想外だった。
なんて堕としがいのある魔法少女達なのだろう。
いいだろう、インキュベーター。お前の目論見通り、踊って見せようじゃないか。
私は念話でキュゥべえに作戦を伝える。
奴がここにいるということは、私に協力する意思があるからだと確信している。
私の使い魔として殊勝な心がけだと褒めてやりたいところだ。
またプリンでも食べさせてやろう。
『キュゥべえ、私は今から何も知らない少女を演じる。それに付き合いなさい』
『了解したよリンネ。きみが彼女達をどう料理するのか、僕たちも楽しみにしているよ』
『アリスほど料理の腕はないけど。まぁ魔法少女の捌き方なら私の方が得意だし、期待してるといいわ』
戸惑う少女を演じながら、私はニボシの手を取った。
【銀の魔女】に関わって、絶望しない魔法少女などいない事を教えてやる。
この作品は魔法少女の物語ではない。
ただの外道の物語である。