私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 次で終わりだと言ったな……ありゃ嘘だ(白目)
 長すぎるので分割しました。推敲ガガガガ……


第十八話 夢色スプーン

 

 

 鎖の軋む音がギチギチと鳴り響く。

 魔女を拘束する鎖は、使役するあすみ自身の右腕をも蝕み、肉を引き裂き骨を砕こうとしていた。

 

 強すぎる魔法は、相応の代償を払わなければならない。

 

 魂の結晶であるソウルジェムは、感情を糧に魔力を精製する。 

 その際に生じた不純物が穢れとなり、呪いという代償を産んでいた。

 

 魔女との戦闘用に調整された魔法少女の血肉は、それだけで魔法の媒介となりやすかった。

 自身の体を代償にする事で、普通よりも強力な魔法を行使することが可能になる。

 

 <黒魔法>ともいえる裏技だったが、それだけの代償を払わねば、あすみ一人でこの強力な魔女を封じ込める事が出来なかった。

 

 あすみは自身の痛覚を完全に遮断して、何て事のない表情を装う。

 今更腕の一本使えなくなったくらい大した事ではない。

 

 あすみは最後に、かずみ自身の意志を確認した。

 

「……ねぇ、かずみ。そんなにあいつの事、助けたいの?」

「……うん。わたしは、ユウリを助けたい。こんな最後、わたしは認めたくない!」

 

 その迷いなき返答に、あすみは苦笑を浮かべた。

 どこまでも真っ直ぐな彼女の決意に目を細める。

 

「……あいつに何度も殺されそうになったくせに。

 ほんとに、救いようのないほどお人好しバカね」

 

 だけど世界に一人くらいは、こんなバカが居てもいいだろう。

 

 悲劇と絶望ばかりの、この救い様のない世界で。

 愚かしいほど眩しく、他者を救済する愚者が居てもいいはずだ。

 

「……あなたがそれを望むのなら、やるだけの事はやってあげる」

「あすみちゃん……ありがとう!」

 

 見つめ合う二人の少女達を、プレイアデスの魔法少女達が複雑そうな表情で見守っていた。

 その中の一人、御崎海香は心配と疑念を混ぜたような難しい表情を浮かべて、あすみに事の成否を尋ねた。

 

「魔女になったユウリを人に戻す……そんな事が本当にできると言うの?」

 

 それは海香達にとっても悲願であると言えた。

 実現するならば、魔法少女達の悲劇の連鎖を終わらせる事ができる、まさに夢物語だ。

 

 だがその為には、不可能を可能にするほどの奇跡が必要になるだろう。

 インキュベーターの与える奇跡ではなく、正真正銘の奇跡が。

 

 たとえ普通の素質を持つ少女が祈った所で、覆す事など叶わぬ条理。

 それが【相転移】――<魔法少女システム>の根幹となる(ことわり)にして、魔法少女達の絶望の象徴だった。

 

 そんな海香の問いかけに、あすみは不敵に笑う。

 

「……道筋ならばあるわ。けど、どれだけ楽観的に見積もっても、成功率は半分にも満たないでしょうね。

 だけど可能性だとか、運命だとか、そういう何もしない言い訳はもう飽き飽きなのよ。

 わたしは、神様なんて信じてない。だから運命なんて戯言も、わたしは信じない。

 魔法少女と魔女は不可逆の存在? だからなに?

 このわたしの前に立ち塞がるなら、その下らない条理(ルール)ごと滅茶苦茶に壊してやるわ」

 

 あすみが普段使う<精神攻撃魔法>は、絶望の感情で対象者の精神を塗り潰す魔法だ。

 その結果、負荷に耐えきれなくなったソウルジェムはグリーフシードへと転化し魔女が生まれる。

 

 目の前で魔女と成り果てているユウリだったが、かずみの魔法で何とか人の形を保っていた。

 

 器はあるのだ。

 ならば後はあすみの魔法で、絶望の坩堝と化している魔女化したユウリの中から、確かにあるはずの<人だった頃の記憶>を抽出し、器へと注ぎ込めば良い。

 

 <ユウリ>を魔女という絶望の海から救い出す為には、現時点ではこの方法しか、あすみには思い付かなかった。

 

 その為にはたとえどれほどの代償を払おうとも、あすみは成し遂げるつもりだ。

 

 あすみは自分の身が長くない事を理解している。

 飼い主の意向に逆らっている現状、いつ滅ぼされてもおかしくなかった。

 

 だからあすみは、己の心の赴くまま、好きな様に生きようと思った。

 呪いと絶望ばかりの碌でもない人生の最後くらいは、友達(かずみ)のためにくれてやっても良いと思えたのだ。

 

「……かずみ、手を」

「うん!」

 

 かずみ達との軽い打ち合わせの後、あすみは左手でかずみの手を掴む。

 プレイアデス聖団の魔法少女達が魔女を取り囲むように布陣する中、あすみはかずみと共に封じられた魔女の前まで歩み出た。

 

「……まさか魔女を相手に、この魔法を使う事になるとはね」

 

 絶望の魔法少女、神名あすみにしか成し得ない魔法。

 あすみの固有魔法(マギカ)が発動した。

 

 

「――繋げ<精神回廊(エンゲージリング)>」

 

 

 ユウリの精神を捕捉し、精神領域への道が形成された。

 ガラスの砕け散るような音と共に、魔女の結界にも似た異空間へと誘う道筋が現れる。

 

 中からは一本の鎖が延びており、だらりとぶら下がったあすみの右腕へと繋がっていた。

 それを道案内代わりにして、あすみ達はユウリの精神領域へ進んだ。

 

 見れば見るほど魔女の結界によく似た世界が広がる中、道々で身を焦がすような黒い憎悪の炎に炙られながらも、あすみ達は奥深くまで鎖を頼りに潜るように進んで行く。

 

 やがて暗闇の中を潜り続けた先、光ある場所を見つけた。

 人格を形成する柱とも呼ぶべき精神の在処。

 ユウリの根幹となる場所。

 

「……見つけた。あれがユウリの心核」

 

 あの光は、ユウリの核となる物。

 これまでのあすみにとってはモーニングスターで完膚なきまでに粉砕する物だったが、それをしてしまうと精神崩壊を起こし、最早修復は不可能になる。そのため今回は逆に保護しなければならなかった。

 

 あすみ達は繋いだ手を伸ばして、光に触れた。

 瞬間、ユウリの過去の情景があすみ達の前に再生される。

 

 

 

 白い壁。

 風に揺れるカーテン。

 晴れた柔らかな日差しとは裏腹に、室内に漂う雰囲気は陰鬱としていた。

 

 そこは病院の一室だった。中には二人の少女がいる。

 一人は金髪をツインテールにした少女、ユウリだ。縞模様のシャツを着ており、その表情は何かしらの決意を秘めているように見える。

 

 もう一人の少女は、ベッドの上でそっぽを向いていた。寝間着姿で横たわる少女の姿は、彼女こそがこの病室の主である事を物語っている。

 少女の名をユウリは呼んだ。

 

『――()()()

『ほっといて』

 

 だが返ってきたのは拒絶の言葉。

 あいりと呼ばれた少女は自暴自棄な口調でユウリに言う。

 

『ユウリも聞いたでしょ? もって三ヶ月。終わったの、私の人生』

『終わってなんかない』

 

 そんな風に否定されても、所詮は気休めでしかなかった。

 あいりは自らの運命を嘲るように小さく笑った。

 

『お願いだから『残された人生を精一杯生きろ』なんて、寒い事は言わないでね。ユウリにひどいこと、言いたくないし……』

『それはあんた次第だよ』

 

 どういう意味だろうと、あいりは涙の残る目でユウリを振り返り見上げた。

 

『あんたが生きたいと思うなら、アタシはどんな手を使ってでも、あんたを助ける。

 でも、あんたが生きることを捨てるって言うなら……』

 

 そうさせてあげる、とユウリは強い眼差しで告げていた。

 

『……なら、助けてよ。ユウリ』

 

 押し殺していた感情が溢れ、あいりは泣き喚いてしまう。

 命の終わりを急に告げられて、それを受け入れる事などできるわけがなかった。

 

『私、死にたくないっ。もっと生きていたい!

 ユウリと一緒においしいもの、たくさん食べたい!』

 

 みっともないと頭の片隅で思っても、迫り来る死の恐怖の前にはどうにもならない。

 

 そんなあいりの本音を聞いたユウリは、「分かった」と微笑んで頷いた。

 そして彼女の宝物である金色のスプーン型のネックレスを取り出すと、あいりへ手渡す。

 

『夢色のお守り。アタシが戻るまで待ってて』

『……ユウリ、どこに行くの?』

『ナイショ』

 

 そう言い残し、ユウリが消えてから数日後。

 

 あいりに降りかかる悪い事全てが夢だったかのように、事態は好転していった。

 あいりの体を蝕んでいた病魔が跡形もなく消え去り、自分でも信じられないくらい体が軽くなった。

 

『……信じられない。数値が戻っている。君の病気は完治したんだ』

 

 ほどなくして医師が完治を告げるのを、あいりは信じられない思いで聞いていた。

 本当に、奇跡のような話だった。

 

『ユウリ!』

 

 お見舞いにやってきたユウリに、あいりは感激のあまり抱きつく。

 彼女の言っていた通り、あいりは諦めないで良かったのだ。

 

 まだ生きられる。

 終わったはずの人生が、再び光とともにあいりの目の前に現れたのだ。

 

 楽しいこと、嬉しいことがこれから沢山あるんだ。

 そんな希望を疑う事なく、あいりは明日を信じる事ができた。

 

 喜びはしゃぐあいりに向かって、ユウリは得意気な笑みを浮かべた。

 

『お守り、効いたでしょ?』

『うん! これ魔法のスプーンだね!』

 

 握り締められた夢色のスプーンは、二人を祝福するかの如く黄金色に輝いていた。

 

 

 

 暗い絶望の海の中。記憶の欠片だけが淡い光と共に輝いている。

 目の前に再生された過去の情景を眺めていたかずみが、ぽつりと呟いた。

 

「この子、ユウリだよね? ……あんな風に笑うんだ」

 

 ユウリの幸せな思い出を覗き見てしまったかずみは、記憶の中のユウリがとても幸せそうな笑顔を浮かべている事に、胸が締め付けられるような思いを感じていた。

 

 思えば、かずみが見た事のあるユウリの笑顔は、どこか壊れ歪んだ物だった。

 だが元からそうだったわけじゃないのだ。

 

「……この<あいり>って子が鍵なんでしょうね」

 

 ユウリの今までの言動と<復讐>というキーワード。

 それらを併せて考えれば、この後プレイアデス聖団の少女達と何が起こったのか、薄々と察する事はできる。

 

 魔法少女に救いなんてないのだから。

 

「……もっと奥に進むわよ。遅れないで」

「……うん」

 

 

 

 過去の情景は、見覚えのない校舎内へと移り変わる。

 教室には退院したあいりの姿があった。

 

 入院時の陰鬱さが嘘のような明るい笑みを浮かべ、あいりは親友のユウリと楽しいお喋りをしている。

 

『ねえユウリ! このお店の『バケツパフェ』とっても美味しいんですって』

『どれどれー?』

 

 ユウリは、あいりの広げた雑誌の一面を覗き込む。

 そこには新鋭のスイーツ店が『マスターはクールだけど味はとってもファンタジー』と紹介されていた。

 

 特集には『バケツパフェ』という一人では絶対に食べきれないだろう巨大スイーツが掲載されている。

 見ているだけで胸焼けしそうな存在感だったが、ユウリは目を輝かせてそれを見ていた。

 

『でか!? うまそう! いつ行くいつ行く!?』

『今度のコンクール、ユウリが優勝したらごちそうしてあげる』

『ほんと!? ラッキー! 約束だよ、あいり!』

 

 涎を垂らす勢いではしゃぐユウリに、あいりは苦笑する。

 優勝する事を微塵も疑っていない親友の姿が、とても頼もしく思えた。

 

『このお守り、返しておくね』

 

 あいりは退院以来、ずっと肌身離さず身に着けていたスプーン型のネックレスを、ユウリに返した。

 

『今度はユウリをお守りください』

 

 自分に出来る事は、これ位しかないけど。

 コンクール当日はあいりも精一杯、ユウリを応援するつもりだった。

 

 そして迎えた料理コンクール当日。

 ユウリは順調に勝ち進み、ついには決勝まで駒を進めた。

 

 だがその直前になってユウリの姿は消えてしまい、会場は騒然となっていた。

 

『……ユウリ、どこに行ったの?』

 

 親友の失踪に、あいりは息を切らして探し回った。

 

 ざわめく群衆の中をかき分けて探しても、一向にユウリの姿は見つからない。

 やがて会場を飛び出して付近を探し回る内に、あいりは見知らぬ場所へと迷い込んでしまった。

 

『……なんなの、この場所』

 

 地元の人間であるあいりすら知らない、不自然な空間。

 建物が歪み、淀んだ空気の漂うこの場所は、尋常の世界ではなかった。

 

 ――まさか、ユウリもここに迷い込んだんじゃ?

 

 直感とも言える閃き。

 だが何故か確信を持ってあいりは親友の名を呼ぶ。

 

『ユウリ、いるなら返事を……!』

 

 だがその声に誘われたのは、親友とは似ても似つかない異形の怪物だった。

 それは空気の抜けるような奇怪な鳴き声と共に現れた。

 

『プスプスプスプスプス』

『ひっ!?』

 

 悪夢の中から飛び出してきたかのような、おぞましい姿の怪物。

 ――後に<魔女>と知る事になるバケモノが、あいりの前に現れたのだ。

 

『な、なんなのこのバケモノ!?』

 

 あいりの声に反応してバケモノの体が震える。体から伸びているフォークによく似た触角の先端があいりに向けられた。

 恐怖で動けなくなってしまったあいりは、それを見ていることしか出来なかった。

 

『……嫌っ、ユウリッ! 助けて!』

 

 親友の名を呼びながら、あいりは死を覚悟した。

 

 だがその時、四方から六本の巨大な矢が飛来した。

 一つでも人に当たれば四散するであろう威力を秘めた矢は、バケモノの体を次々と串刺しにしていく。

 

 よくよく見れば、六人の少女達が矢を槍のように握りしめ、バケモノの体の奥深くへと突き刺していた。

 ベレー帽を被った片眼鏡の少女が、バケモノに向かってぞっとするほど冷たい声で呟く。

 

『……これで終わりだ』

『プスプスプス――プチッ!』

 

 貫かれ、捩じ切られ、切断されたバケモノは力尽きたのかみるみる萎れていき、最後はまるで初めから存在しなかったかのように消え去った。

 後には黒い球体だけがぽつんと残されていた。

 

『もう大丈夫だよ』

 

 謎の球体を回収したオレンジ頭の少女が、あいりを安心させるように微笑んだ。

 それと同時に周囲を警戒していた片眼鏡の少女が指示を下す。

 

『撤収しよう』

 

 その言葉を合図に、六人の少女達は足早に立ち去ろうと背を向ける。

 その背中に向かって、あいりは反射的に声を上げていた。

 

『あ、あの……!』

 

 彼女達が何者なのかは分からないが、自分を助けてくれた事に違いはない。

 だからあいりは、あの化け物から自分を守ってくれた彼女達に向かって深々と頭を下げた。

 

 

『――助けてくれて、ありがとうございました!』

 

 

 微笑み感謝を告げるあいりを、少女達は感情の窺えない瞳で見ていた。

 

『……気を付けよう、暗い夜道と魔女の(キス)

『じゃあ……ね』

 

 それ以降、彼女達は一度も振り返る事なく去って行った。

 そんな現実感のない非日常が終わり、気付けばあいりは元の世界に戻っていた。

 

 がらんとした室内の調度品から察するに、改装中のレストランの中にいるようだ。

 早くここから出て、ユウリを探さないと。

 

 あいりはその場から立ち去ろうとしたが、足元にきらりと光る物を見つけた。

 それは間違え様もないほど、あいりのよく知っている物だった。

 

『……あれ、なんでここに……ユウリのお守りがあるの?』

 

 夢色のスプーンのお守り。

 ユウリが持っているはずの、二人の絆の証ともいえる代物。

 

 ――それが何故、あの化け物の居た場所に?

 

 もしかしてユウリもあの化け物に――最悪を想像したあいりだったが、真実を告げる者は直ぐに現れた。

 

【白銀の存在】

 

 顔も輪郭もあやふやなソレは、あいりに全てを話した。

 想像よりも遙かに最悪な、真実の話。

 

『答えは簡単さ。何故ならあの化け物こそが』

 

 あいりの親友――<ユウリ>なのだから。

 

 使者は<魔法少女>という存在を語る。

 奇跡を叶える魔法の契約。

 それを結んだ少女は魔法少女となり、やがて魔女になる。

 

 ユウリはあいりの病気を治すために奇跡を願った。

 そして魔法少女となった彼女は、あいりと同じような難病に苦しむ子供達を救うため、手にした魔法の力を使い続けた。

 

 その無理が祟って、ユウリは魔女化したのだ。

 

 それが先ほどの化け物。

 あいりの恐怖した醜き姿。

 

 そうとは知らずあいりは彼女を「バケモノ」と嫌悪し、あまつさえ親友を目の前で殺されたというのに、殺した連中に感謝の言葉さえ告げてしまった。

 

『う……っ』

 

 その事実に気付いてしまった時、あいりの中で何かが壊れた。 

 

『イヤあ“あ”ああああああああああああああああああっ!!!』

 

 その瞬間、希望に満ちていたあいりの世界は、再び絶望へと囚われてしまった。

 

 

 

 あいりが動揺から落ち着いた頃には、既に陽が沈んでいた。

 

 結局、ユウリは会場に戻ってこれずに不戦敗となってしまった。

 それどころか決勝戦直前に失踪し、今なお戻ってこない事から、早くも事件として騒がれていた。

 

 だが全てを知るあいりには、ユウリがもう二度と戻ってこない事が分かっていた。

 あいりの親友は、魔女というバケモノになって殺されたのだ。

 

 そんな馬鹿げた話、自分の目で見た事じゃなければ、あいり自身ですら信じられなかっただろう。

 誰かに話したところで、頭がおかしくなったと思われるだけだ。

 

『……さっきの人達は、この事を知っていたの?』

 

 思い出すのは、魔女化したユウリを殺した少女達のこと。

 

 もし彼女達が何も知らず、ただあいりを助けるためだけにユウリを殺したのならば、この憎しみは不当な物だと納得できたかもしれない。

 彼女達が何も知らず、ただバケモノからあいりを守ってくれただけならば。

 

 それでもあいりの感情は納得しきれないかもしれないが、恨むなら無力で無知だった自分だけを恨めばいい。

 だが現実はどこまでも残酷だと思い知らされる。

 

 ――ユウリは彼女達の目の前で魔女化した。

 ――それを知らないはずがない。

 

 つまりはそれが真実だと、白銀の使者は告げる。

 彼女達は全てを知っていて、ユウリを殺したのだと。

 

 あいりを助けたのはただの結果に過ぎず、彼女達はユウリが魔女になったのを見過ごし、その上で殺したのだ。

 

『……知ってて、どうしてユウリを助けてくれなかったの? どうして、殺したの? 

 ……私、ユウリを殺した奴らに『ありがとう』って!』

 

 間抜けな自分が許せない。

 さぞかし滑稽だっただろう。

 

 親友を殺されて笑顔で感謝を告げるなんて、とんだ道化だっただろう。

 少し前の自分を縊り殺してやりたい。

 

 だけどそれ以上に――ユウリを殺した奴らが憎い。

 

 あいりの命を救ってくれたユウリ。

 彼女はあいりにとって掛け替えのない存在だった。

 

 たとえあの時、化け物になったユウリに殺されていたとしても、全てを知った今のあいりなら、笑顔で受け入れられる。

 

 元々ユウリがくれた命だ。

 彼女が望むなら、差し出すのに何の躊躇いがあるのだろう?

 

 だがあいりは生かされ、ユウリは殺された。

 こんな結末を、一体誰が望むというのか。

 

『……私は、あいつらを許さない』

 

 使者はあいりの耳元で囁く。

 魔法少女の使命を受け入れるならば、その願いを叶えてみせると。

 

 その提案を、あいりは一二もなく受け入れた。

 

 神様でも悪魔でも何でもいい。

 この願いが叶うのなら、あいりは全てを差し出すつもりだった。

 

 ユウリがいないのに、その仇がのうのうと生きている事が我慢できない。

 何よりユウリのいない世界なんて、あいりには耐えられなかった。

 

 だからあいりは願った。

 

『私はユウリの命を引き継ぐ!

 私を……<アタシ>を! ユウリにして!!』

 

 その時、白銀の使者の浮かべた笑みだけは、やけにハッキリとあいりの目に映っていた。

 それはあたかも闇夜に浮かぶ三日月のように。

 

『ここに契約は成立した。

 貴女の祈りはエントロピーを凌駕した。

 さあ解き放ってごらん、その新しい力を』

 

 契約の光があいりを包み込み、あいりは<ユウリ>として新生した。

 <ユウリ>はソウルジェムを輝かせ、魔法少女に変身する。

 

 親友と瓜二つの顔に、ショートカットヘアは金髪のツインテールに変わっていた。

 魔法少女としての試運転がてら、近くにあった魔女の結界で自身の戦闘力を確かめる。

 

『うふふ! あはっ、あははははははは!!』

 

 魔女の頭部を素手で引き裂きながら、ユウリとなった彼女は壊れた笑みを浮かべていた。

 

『いいね! 最高だよこの力!』

 

 ぺろりと魔女の血を舐め、<ユウリ>はリベンジャーを構えた。

 

『……待ってろよユウリ、仇はとってやるからな』

 

 煌めく星々に向かって、復讐の弾丸が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 ユウリ――その正体は、親友そのものになった少女<あいり>だった。

 彼女の記憶の奔流は、一瞬の走馬灯の如くあすみ達の脳裏に駆け抜けていく。

 

 あいりの過去を知ったあすみは、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。

 

「……【銀の魔女】、やはりあんたか」

 

 魔女化したせいか、あいりの記憶からは擦り切れた情報しかサルベージできなかったが、あの雰囲気、手口、全てがあすみの知るあの女と一致する。

 

 この舞台の黒幕に潜む存在。

 銀髪紅眼の悪魔、背信の魔法少女、人形達の操り手、悲劇の主催者。

 

 【銀の魔女】――古池凛音。

 

「……何もかもがあの女の茶番ってわけね。尚更ぶっ壊してやる」

 

 過去の情景の再生が終わり、再び薄暗い回廊へと戻ったあすみは、あいりの事を考える。

 

「……かずみが言ってた、あなたとわたしが似てるって話、案外当たってるのかもね」

 

 大切な者を失い、憎しみから魔法少女の契約を結んだ。

 まるでもう一人の自分を見ているようで、あすみは吐き気がした。

 

「……あなたの事を否定する資格は、わたしにはないわ」

 

 周囲の人間全てを<不幸>という名目で地獄に叩き落とした張本人が、あいりの復讐を否定できるはずもない。

 

 客観的に見れば、あいりの復讐は間違っているのだろう。

 穿った見方をすれば、結局はただの八つ当たりでしかない。

 

 だがそれは、所詮他人だから言える事なのだ。

 

 胸の裡に溜まった憎悪は、復讐でしか払う事ができない。

 そんな人間もいるのだ。

 

 自分を救えるのは自分だけ。

 だから他人が何を言おうが、その言葉は届かない。

 

 かつての自分(あすみ)がそうだったように。

 

「……それでも、あなたを救いたいってバカがいるから。

 わたしはあなたの復讐(ねがい)を否定する。

 綺麗事なんて言わない。ただわたしがそうしたいからするの。恨むなら、恨んでくれて良いわ。

 それでもわたしは、わたしの我が儘を押し通す」

 

 モーニングスターを構え、あすみは魔力を充填させる。

 

「……それにわたし、あなたの事が嫌いなの。ええ、大嫌いよ。

 まるで鏡を見ているかのようで、虫唾が走るわ」

 

 傍らにいるかずみは、未だにあいりだった少女の記憶に引き込まれ、意識を戻していなかった。

 やはりこの手の魔法に慣れていない素人を連れてくるのは、無謀だったかもしれない。

 

 それでも彼女を救えるのは、それを心から願ったかずみにしか出来ない事だから。

 あすみは作業を早急に次の段階へと進める。

 

「……だから簡単に死なせてなんか、あげない!

 一度拾った命なら、どんなに惨めでも生き足掻きなさいよ!」

 

 八つ当たりも込めて、あすみは<あいり>を罵る。

 それと同時にあすみのモーニングスターが光を放ち、絶望に満ちた空間を駆け巡った。

 それはあたかも夜空を切り裂く流星の如く煌めいた。

 

 

 

「――薙ぎ払え! <宵明の星球(モーニングスター)>!!」

 

 

 

 呪いと絶望に染まった闇を振り払い、<あいり>の記憶を手繰りよせる。

 

「精神攻撃魔法<■■■・■■■>からの派生技(バリエーション)、精神浄化魔法<アポトーシス>」

 

 人だった頃の記憶全てを、呪いと絶望の渦から隔離する。それは浄化というにはあまりにも攻撃的な、綺麗な部分を守るためにそれ以外を破壊する荒療治だった。

 辺りに散っていた記憶の欠片、光の断片が次第にあすみ達の周りに集まっていく。

 

 それらを鎖で束ね終えると、あすみは最後の仕上げをかずみに託した。

 

「……ほら、起きなさい」

「ふにゃ!? いひゃいいひゃい!?」

 

 繋いだ左手を離し、そのまま頬を抓り上げてかずみを無理矢理引っ張り起こす。

 

「……こんな場所で眠ったら、もう二度と目覚めないわよ?」

「あぅ……ごめんなさい」

「……わたしの仕事は大体終わったわ。後はあんたの頑張り次第ね」

 

 かずみの魔法であいりの肉体を再構成させる。

 あいりの過去を追体験した今のかずみならば、できるはずだ。

 

 あすみではどうしても邪念が混ざる。

 誰かを救うという行為そのものが、あすみ自身の祈りに反するものだから。

 

 だから真の意味で彼女を救えるのは、かずみにしかできないのだ。

 かずみは抓られた頬を涙目でさすると、突然にへらっと表情を崩した。

 

「うん……ありがとね、あすみちゃん」

「……改まってなによ?」

「えへへっ、わたしってあすみちゃんに助けられてばかりだから。

 今はお礼くらいしか言えないんだけど、わたしね、あすみちゃんが傍に居てくれて良かったと思う。

 わたし一人じゃここまで来れなかった。彼女の<あいり>って名前を知る事すら出来なかったと思う。だからありがと! あすみちゃん大好き!」

 

 バカ娘が臆面もなく調子の良い事を言っていた。

 あすみは脱力気味に溜息を吐いた。

 

「……時間がないっていうのに何を長々と。なに、死にたいの?」

「ひどっ!? ひどいよあすみちゃん! ひっどーい!!」

 

 真っ直ぐに告げた好意を真正面からぶった切られたかずみは、頬をぱんぱんに膨らませて憤っていた。

 そんなかずみの子供っぽい仕草に、あすみは苦笑する。

 

「…………わたしも」

「え?」

「……なんでもないわ。ほら、さっさとしなさい!」

「ひゃい!」

 

 背中を押されて、かずみは光と向かい合う。

 その一つ一つがあいりを構成する想いのカケラ達。

 

 瞼を閉じれば、あいりの過去が思い出される。

 

 大好きな友達に命を救われた喜び、その友達を失った悲しみ。

 何もできなかった後悔、プレイアデス聖団に対する憎悪。

 かずみを執拗に狙ったのも、大切な者を失った悲しみをプレイアデス聖団に与える為だった。

 

 かずみには、その復讐を肯定する事ができない。

 けれどその根底にある「誰かを想う気持ち」は、決して間違いなんかじゃないと思うから。

 

「ユウリ……ううん、あいり。わたしは、あなたの想いは尊いものだと思う。

 ユウリの事、大好きだったんだよね? 大好きだから、大切な人を奪われた事が許せないんだよね?

 でもこんな事、記憶の中の<ユウリ>は望んじゃいなかった……ただあなたに生きていて欲しかったんだと思う。

 だからわたしも……あなたを絶対に助けてみせる!」

 

 もしかしたら、かずみの行いは傲慢なのかもしれない。

 あいりは助けなど望んでいないかもしれない。

 過去のユウリの想いを知る術もない。

 

 それでもかずみは、あいりの救済を願う。

 

 かずみの祈りが魔法となって、あいりの肉体を再構築する。

 魔女の血肉を基に作られた、人の器。 

 

 それが形作られるのと同時に、あすみは光のカケラを完全に引き剥がし、その器の中へ容れた。

 

 <あいり>の存在が再構成される。

 

「……くッ!」

 

 あすみは歯を食いしばった。

 かつてない魔法の行使は、あすみの魔力を貪欲に吸い尽くしていく。

 

 分離したはずの憎悪が、呪いが、希望など許さないと襲いかかる。

 もしもここであすみが諦めてしまえば、全ては水泡に帰すばかりか、かずみの身も危ういだろう。

 

 魔女の精神の中という、魔法少女にとって毒沼にも等しい場所に身を沈めて無事なのは、偏にあすみの存在があるからだ。

 

 あすみが倒れれば全てが終わってしまう。

 だからあすみは過剰な魔力負荷に血を吐きながらも、倒れなかった。

 

 左腕に続いて左足が機能を喪失、即座に鎖を巻き付けギブス代わりにして無理矢理支えにする。内臓(なかみ)もこの分ではかなり消耗しているだろう。だがソウルジェムの負荷にはまだ多少の余裕があった。ならばまだ倒れるような状況じゃない。

 

「あすみちゃん!?」

 

 ふらつくあすみに気付いたのか、かずみが焦った顔で振り返っていた。

 あすみは呼吸を整えると、気丈な態度で見返した。

 

「……バカ、前を向きなさい。あいつを、助けるんでしょ?」

「っ……うん!」

 

 だが、いつまで経ってもあいりの精神と肉体が定着してくれない。

 かずみの作った肉体に、あいりの魂が宿らないのだ。

 

 やはり無謀だったのだろうか。あすみの経験則的に最も可能性のある選択肢ではあったが、こんな無茶な事、成功するはずがなかった――そんな負け犬思考を、あすみは振り払う。

 

 かずみが諦めない限り、あすみも諦めたりはしない。

 もう諦めて生きるのは止めたのだから。

 

 あすみとかずみの魔力が溶けて交わり、一際強くあいりを包み込む。

 

「いっけえええええええ!!」

 

 かずみの叫び声と共に、魔法は奇跡を起こした。

 

 夢色のスプーンが、あいりの胸元で黄金色の光を放つ。

 眩しいほどの光は<ユウリ>の姿となって、あいりを抱きしめていた。

 

 それと同時に光が弾け、あいりに溶け込むかのように消えていった。

 その間際、ユウリの幻影は穏やかな笑みを浮かべ、あすみ達を見ていた。

 

 

『……■■■(生きて)■■■(あいり)

 

 

 それは何かを託すような、強い意思を宿した瞳だった。

 

 魔女となった者は人の言葉を失う。

 理性を失い憎悪のままに動く魔女と意思疎通を果たした者はいない。

 

 けれど何故か、かずみには彼女の言葉が分かるような気がした。

 それはユウリの笑顔が綺麗なもので、その目は何よりも彼女の意思を伝えていたからだ。

 

 温かさを感じさせる光が消えるのと同時に、あすみ達の魔法は完成した。

 

 魂の定着に成功したのだ。

 だが成功を喜ぶ以前に、二人は今の不可思議な現象に言葉を失っていた。

 

「今のって……」

「……ユウリ、なんでしょうね」

 

 あのままでは、あすみ達の魔法は失敗に終わっていたかもしれない。

 最後のひと押しを彼女(ユウリ)にしてもらったような、そんな確信があすみ達にはあった。

 

「……ユウリの命を継ぐ、か」

 

 それがあいりの祈りだ。

 だがその奇跡の恩寵は、果たしてどれほどの効果があったのだろう。

 

 あいりだった少女をユウリに変え、しかしそれは本物のユウリではない。

 

 死んだユウリは蘇らない。

 ならばその命を継ぐとは。

 

 ――そこまで考え、あすみは思考を打ち切る。

 結果が目の前にあるのだ。これ以上は無駄で、それ以上に無粋にしかならないと思ったからだ。

 

 あすみ達の前には、一糸まとわぬ姿の少女が眠るように浮かんでいる。

 あいり――ユウリの命を継いだ少女は、今再び己の本当の姿に戻っていた。

 

「やった……やったよあすみちゃん!!」

 

 あすみは、かずみに抱き抱えられたあいりの状態を確認する。

 

 バイタルは全て正常、今はただ眠っているだけだろう。

 魔力反応も極小であり、これならば十分に人間の内だ。

 

 あすみは賭けに勝ったのだ。

 不可逆の理を覆し、絶望を蹴り飛ばした少女は、虚空に向かって不敵に笑う。

 

「……ざまあみろ、バーカ」

 

 柱となるべきあいりを失った空間は亀裂が走り、崩れ始めている。

 あすみ達はあいりを抱き抱え、精神世界から脱出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




〇ふと唐突に思い浮かんだネタ(本編とは一切関係なし)

①【あんこじゃないよ!】杏子ちゃんをあんあん愛し隊【食うかい?】
②マミさんのマミさんにマミマミされ隊【遊びじゃないのよ?】
③悪魔なほむほむと一緒に世界の中心で愛を叫び隊【ほむぅうううううう!!】 
④さやかっこいいさやかちゃんにミッキミッキにされ隊【あたしってほんとさやかわいい】
⑤【円環の理に導かれて】女神過ぎるまど神様に救われ隊【ウェヒヒ】
⑥チーズあげるからおじさんと良い事しない? 渚ちゃんと犯罪者予備軍(ロリコンども)【渚はチーズが食べたいだけなのです(意味深)】

 君はどの親衛隊に入りたいのかね?
 ちなみに作者は全員嫁を公言して憚らないが、あえていうならさやかちゃんが一番好きだ。

友人S「さやかって……さやカスじゃん? まどかに酷いこと言ってたし、失恋してバーサクモード突入するし、何が良いん?」
わたし「表出ろ(#^ω^)ピキピキ」

 そんな友人は杏子ちゃん派。可愛いのは激しく同意、だが彼女が輝くためにはさやかちゃんの存在が必須だった、つまりさやかちゃんには感謝しろやと小一時間(ry

 劇場版では更にさやかっこよくなったさやかちゃんに感激。
 円環の鞄持ちさんは一味違うで。




 あ、続きは明日投稿します(汗)


 

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