私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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大変お待たせしましたー。
ひっそりこっそりと更新。


第二十一話 銀色の予兆

 

 

 

 ――ここは、どこなんだろう?

 

 疑問の泡が浮かび、ここは夢の中であると弾けて消えた。

 奈落の底にいるかのような暗闇の中で、かずみは一人佇んでいた。

 

 辺りには何も存在せず、誰の姿もない。

 あいりの精神の中へ潜った時のような、輪郭のあやふやな世界。

 けれどもあの時のような憎悪や居心地の悪さは一つも感じられなかった。

 

 ただ静かで、穏やかな静寂。

 ここには何もない代わりに、全てが満たされている。

 

 ぼうっと闇に身を委ねていると、かずみはふと、何か大切な事を忘れている気がした。

 それに応えるかのように、傍らの闇がこぽこぽと泡立つ。

 

『わたしは神名あすみ。不本意ながら『あなたを守れ』と命令された者よ』

 

 泡が弾けるのと同時に、いつかの記憶が再生される。

 

 そこには端正な顔を不機嫌そうに歪めた銀髪の少女がいた。

 灰色の瞳は鋭く、それでいて何もかも諦めたような暗い色をしていた。

 

『……これを着なさい。そういう趣味なら止めないけど、目障りだから追い出すわよ。

 ああ、ちゃんと通報はしてあげるから、心配しないでいいわ。行き先が病院か檻の中かは知らないけど』

 

 目覚めたばかりのかずみは何故か裸で、それを見かねた彼女が服を貸してくれた。

 言ってる事は皮肉げだったけれど、結局それは口だけで、実際の行動は随分と優しいものだった。

 

 空腹のかずみを見かねて、ご飯を作ってくれた。

 食事中もついはしゃいで怒られてしまったけど、かずみも納得できる理由だったので、その言葉はすとんと胸に落ちた。

 

 内心では怖い子なのかと警戒していたが、彼女はきっと不器用なだけなのだろう。

 そうと分かってしまえば、かずみが彼女を恐れる理由は一つもなかった。

 

 ご飯粒を大切にする人に、悪い人はいない。

 かずみはごく当たり前のようにそう思った。

 

 時にあすみからお仕置きされる事も多々あったが、本当の意味で傷つけられた事は一度もない。

 

 海香、カオルの二人とも出会えた。その時あすみとは衝突しかけたものの、どうにか和解する事ができた。

 翌日には四人でショッピングにも出かけた。

 

 買い物中、二人がどこかでかずみを「以前のかずみ」と比べている気がして、もやもやとした気分になった。

 

 ――わたしは、わたしだもん。

 

 そんな中、変わらぬ態度で静かにかずみを見守る彼女の姿に、少なからず安堵していた。 

 彼女だけは当たり前のように、そのままのかずみを見ていてくれた。

 

『……綺麗』

 

 だから彼女が不意に漏らした言葉を聞き、かずみは何かをしてあげたくなった。

 彼女にとっては余計なお世話なのかもしれないけど、かずみは彼女の喜ぶ顔が見たかった。

 

 彼女を笑顔にしたかった。

 それはきっと、とても素敵なものだと思うから。

 

 ――わたしって、実はワガママだったみたい。

 

 ちょっぴり強引に、カオルと海香にも手伝って貰って彼女を着せ替えた。

 ウェディングドレスを着た彼女は、本当の本当に綺麗だった。

 

『……ありがとう、かずみ』

 

 だから、それは不意打ちだった。

 夢か幻かと思うほど、彼女の浮かべた笑顔から目が離せなかった。

 

 幸せそうな笑みを浮かべた彼女を見ているだけで、かずみも幸せな気持ちになれた。

 かずみにとって掛け替えのない記憶の一ページ。

 

 ふと我に返れば相変わらず闇の中で、光の泡が次々と浮かんでは弾けていく。

 泡沫となって消えていくかずみの数少ない記憶の泡沫、その全てにはいつも彼女の姿があった。

 

 かずみは無意識に目を逸らした。

 このまま光の泡を見続けてしまえば、いずれ良くない事が起こる。

 

 それが何なのかまでは思い出せないが、かずみはその記憶を直視したくなかった。

 そんなかずみに突きつけるかのように、泡はかずみの眼前に浮かび上がり、夢ではない現実を晒け出す。

 

 瑠璃色の空と海。

 日の出前の薄暗い砂浜を背景に、場違いに思えるゴスロリ服の少女が儚く佇む。

 

 彼女のそんな顔は見たことがなかった。

 そんな、今にも泣き出しそうな笑みは。

 

『さよなら、かずみ』

 

 別れの言葉。

 かずみが手を伸ばすよりも早く、銀色の光が彼女を包み込む。

 

 その光が彼女を奪うものだと直感的に悟ったかずみは、仲間と共に彼女を助けようとした。

 海香の解除の魔法によって現れた青い蛇を仲間達全員で拘束し、最後はかずみが止めを刺した。

 

 原因と思われる悪者を倒し、彼女を救い出した。

 あんな悲しい顔なんて二度とさせたくなかった。

 

 そして目覚めた彼女は――全ての記憶を失っていた。

 かずみの知るあすみはもういないのだと、目の前の少女を見て悟った。

 

 ――ダメ、行かないで!

 

 

 

「あすみちゃんッッ!!」

 

 ハッと飛び起きると、そこは見覚えのない部屋の中だった。

 起き抜けで混乱していたかずみだったが、時間をおいて呼吸を落ち着かせると、ここがどこなのかを思い出した。

 

「そっか、ここ海香の……」

 

 かずみが記憶を失う以前に、海香とカオルの三人で住んでいたという邸宅だ。

 規模としてはあすみの屋敷とほぼ同じくらいだろう。

 

 何故かずみ達がここへ移ったかといえば、あすみのためだ。

 

 あの広い屋敷にあすみ一人を残すわけにもいかず、かといって家主がああなってしまった以上、かずみ達が居座るわけにもいかなかったからだ。

 

 そのため、かずみ達は海香の邸宅にお邪魔し、無人となったあすみの屋敷は現在『魔法少女神名あすみ』の手掛かりとして、ニコと海香を中心としたプレイアデス聖団の魔法少女達の手によって調査されている。

 上手くいけば、あすみの背後にいると思われる人物、あるいは組織に繋がる何かが見つかるかも知れない。

 

 かずみは室内をぐるりと見渡した。よく掃除の行き届いた室内には、誰かの生活臭が僅かに感じられる。

 

 教科書の並んだ机。

 ハンガーに掛けられた学校の制服。

 写真立ての中ではかずみを中心に海香、カオルが肩を組んで笑顔を浮かべていた。

 

 机の脇に掛けられた鞄に提げられた黒猫のキーホルダーが目に入る。

 手に取って見れば、胴体部分に『KAZUMI』と刺繍が施されていた。

 

「……ここ、わたしの部屋なんだ」

 

 記憶にない自分の部屋は、どことなく懐かしい感じがした。

 

 もちろんかずみの記憶が戻ったわけではない。

 それでもかずみは自分のルーツをまた一つ知る事ができた。

 

 今度はもう何があっても忘れないようにしよう。

 かずみは自分の部屋を眺め終えると、大切な少女の元へと向かう。

 

 かずみの部屋から一番近い場所にあすみの部屋は用意されていた。

 かずみとしては別に一緒の部屋でも構わなかったのだが、あの事件からまだ二日しか経っていない。

 

 至る所がボロボロだったのを無理やり魔法で治療したあすみの体調や、突如として現れた正体不明の青い蛇の存在、あすみの物とも違う強大な銀色の魔力……それら諸々の事柄に懸念を覚えた海香の提案によって、大事を取って様子を見ることになったのだ。

 

 ここでかずみが我侭を言っても、みんなの迷惑になるのがわかっていた。

 確かに彼女の事は心配だったが、それで当人に負担を掛けるのは本末転倒だと理解している。

 

 ドアの前に立ったかずみは、大きく深呼吸を一つすると「よし!」と自らの頬をぐにぐにと揉んで、笑顔を作った。

 

 暗い顔を浮かべて、彼女を心配させるわけにはいかない。

 そして準備が整うと、かずみはドアをノックした。

 

「おはよー、起きてる? ……入るよー?」

 

 かずみの鋭敏な感覚は室内にいる彼女が未だ眠っている事を教えてくれた。

 それを当然のように認識したかずみは「お邪魔しまーす」と室内に入る。

 

 元々物置きだったこの部屋は、あすみのために急遽片付けられていた。

 間取りはかずみの部屋と同じはずだが、そうとは思えないほど広く感じられる。

 

 その原因は私物がほとんど置かれていないせいだろう。

 段ボールが幾つか壁際に積まれているが、中身は彼女の着替えくらいなものだ。

 

 屋敷に置いてきた物も少しはあるが、元々彼女は私物が少なかったようだ。

 勝手ながら荷物を纏めた時には驚いたものだ。

 

 かずみがベッドの傍に近寄ると、そこには一人の少女が眠っていた。

 その寝顔のあどけなさは年齢以上に彼女を幼く感じさせる。

 

 静かな寝息を立てている銀髪の少女は、まるで絵本に出てくる眠り姫のようだった。

 

 目の前の少女の事がどうしてもかずみの中の彼女と繋がらない。

 性格も、言動も、何もかもがかずみの知っている彼女とは違う。

 

 かずみは壊れ物に触れるかのようにそっと少女の体を揺すった。

 

「……朝だよ、あすみちゃん」

「んぅ……おはよー、かずみおねぇちゃん」

 

 眠たげに瞼を擦り、ぼんやりとあすみは欠伸をする。

 そんな気の抜けた様子は、以前の彼女なら決して他人には見せなかっただろう。

 

 だが比較すること、されることの辛さは、かずみ自身にも覚えのある事だ。

 かずみだって以前の自分と比較されれば気分が悪いのに、その気持ちを知っていながらあすみに対して同じ態度をとるのは、無神経というものだろう。

 

 おまけにどういうわけか、今の彼女はかずみの事を年上だと認識していた。

 かずみと同じ記憶喪失でも、あすみのそれは自意識まで幼くなっているようだ。

 

 そんな事情もあり、かずみは目の前の幼い少女「あすみ」の姉として振る舞う事に決めた。

 もしも以前のあすみがそれを知ったなら「……お姉さんぶるなんて、かずみの癖に生意気」と頬を抓ったかもしれない。

 

 けれどもう、そんな遣り取りは二度と起こらないのだろう。

 

 泣きたくなるような想像を頭から振り払うと、かずみは少女の世話を焼く。

 着替え方すらも忘れてしまったのか、一人ではうまく着替えられないあすみを手伝い、身嗜みを整えてやる。

 

 雑多な朝の準備を全て終えると、朝食を摂るためにリビングに向かった。

 だがそこには海香達の姿はなく、代わりにいるのはジュゥべえだけだった。

 

「おはよー……あれ、海香達は?」

「あいつらなら朝早くに出てったぞ? なんでも調べ物の続きだとさ。朝食はテーブルに用意されてるから、それ食えって」

 

 言われてテーブルの上を確認すると、確かに朝食が用意されていた。

 書き置きのメモには先ほどジュゥべえの言っていた事と、あすみの世話をかずみ一人に任せる事への謝罪、それから諸々の注意事項が事細かに書かれていた。

 

「……海香らしいなぁ」

 

 メモ書きからは海香の几帳面な性格が滲み出ている。

 かずみは苦笑すると、あすみと一緒に朝食を摂った。

 

 二人と一匹の静かな空間だったが、悪い雰囲気ではなかった。

 ふとした瞬間に以前の彼女の面影が重なり、寂しい気持ちにもなるが、それは最早仕方のない事だ。

 

 あすみが生きて目の前にいる。

 それ以上を望むのは贅沢というもので、かずみはこの幸せを守らなくてはならない。

 

 それを邪魔する者は、誰であろうと容赦はしない。

 

 まだ残っていたあすみのシチューは、一晩寝かせたせいか暖め直すと昨日よりも味が染み込んでいて、より美味しく感じられた。

 

「このシチューおいしい。なんだかママの味がする」

「……そうだね。すごく美味しいよね」

 

 作った当人でありながら、その事実を忘れ、母親の味だと笑顔を零す。

 

 それはとても歪で、悲しい光景だった。

 溢れ出る衝動を必死に押さえつけ、かずみは涙を見せないよう気をつけながら、一口一口ゆっくりと彼女の作ったシチューを味わった。

 

 

 

 朝食を終えたかずみが食後の皿洗いをしていると、リビングであすみが毛繕いをしているジュゥべえに恐る恐る手を伸ばしている様子が窺えた。

 

「な、なんだァ?」

 

 思わず逃げ腰になるジュゥべえだったが、あすみが悲しそうな顔を浮かべるのを見て、警戒しつつも踏み留まっていた。

 これが以前のあすみが相手だったならば、迷わず全力で逃走していた事だろう。

 

 だが今の彼女はジュゥべえにとって幸いな事に、無害な存在となっていた。

 ジュゥべえを撫でる手つきは非常に丁寧であり、間違っても痛めつけるような真似はしないだろうと安心できる物だった。

 

「お、おおう。意外とうめぇじゃねえか」

「ん」

 

 撫で方を褒められ、あすみは嬉しそうにはにかむ。

 何かに付けてジュゥべえを亡き者にしようとしていた、あの恐るべき少女と同一人物だとはとても思えなかった。

 

「この子、かわいい」

 

 聖団のマスコットキャラとして大人しく撫でられていたジュゥべえだったが、あすみの漏らした一言に衝撃を受けていた。

 

「お、オイラがカワイイ……だと?」

「うんっ」

 

 笑みを浮かべ肯定するあすみを見て、ジュゥべえは静かに涙した。

 

 散々UMAだのキモイだのと、心無い言葉に傷ついていた彼のハートは今、無垢な少女の言葉に癒されていた。

 たとえその傷が、元々目の前の少女に付けられた物だったとしても。

 

「……良い子じゃねぇかこんちくしょう! これがあのおっかねえ娘っ子だとはとても」「ジュゥべえ――怒るよ?」

「っうぇ!? す、すまねぇかずみ! オイラ、そんなつもりじゃ……!?」

 

 皿洗いを終え、自分専用のエプロンを脱いで現れたかずみが、低い声でジュゥべえを窘めた。

 

「あすみちゃんは、優しいよ。いつだって」

 

 確かに今のあすみの方が素直かもしれない。

 けれど素直じゃなかった以前のあすみも、解りづらかったけどとても優しかった。

 それを否定するような発言など、かずみには見過ごせない。

 

 ぞっとするほど静かなかずみの言葉にガクブルしながら、ジュゥべえは自らのお口に前足を当てて塞ぐポーズを取った。

 あすみの奴が大人しくなったと思えば、今度はかずみの方がおっかなくなっていた。

 

 うっかり「今のあすみの方が良い」だとか、「ずっとこのままで居た方がオイラの為」だとか、そんな正直過ぎる感想を漏らした日には、彼の身に何があってもおかしくはないだろう。

 それほど神名あすみの存在は、かずみにとって大きなものになっていた。

 

「……そうだ。あすみちゃんの物、色々買い揃えないと」

 

 急な引越しだった事もあり、生活用具など足りていない物も多い。

 あすみ自身は何も気にしていない様子だが、いつまでもこのままで良いはずもない。

 

 彼女のためにも、海香達が戻ってきたら相談しないといけないだろう。

 今後の予定を考え込んでいたかずみがふと視線を戻すと、顔を俯かせたあすみがぽつりと呟いた。

 

「……ねぇ、わたしのママ、どこにいるのかな?」

 

 ジュゥべえを撫でたまま、あすみは不安そうに窺ってくる。

 目覚めた時から彼女はずっと自分の母親の事を探していた。 

 

「ごめんね。あすみちゃんのママの事は今、海香達が全力で調べてるはずだよ」

 

 彼女達が今なお出払ってるのも、そのためのはずだ。

 

「だからそれまでの間、今度はわたしにあなたを守らせて」

 

 それは誓いだ。

 

 かつて彼女が誓ってくれたように。

 かずみもまた少女に誓う。

 

「守るから、絶対に」

「……うん、ありがと。おねえちゃん」

 

 力強く抱きしめるかずみを、少女は戸惑いながらも受け入れた。

 

 

 

 

 

 心配だったあすみの体調も良好で、これ以上家の中でじっとしていても体に毒かも知れない。

 などとあすみの体を心配するかずみだったが、ここ数日かずみ自身も外出していなかったためにかなりフラストレーションが溜まっていた。

  

「……お出かけしたいなぁ」

 

 最初はあすみの事が心配でそれどころではなかったが、とりあえず問題がない事が分かると無性に外の空気が吸いたくなってくる。

 今のかずみの様子を海香達が見れば、散歩に行きたくてうずうずしている犬の姿を幻視したことだろう。

 

 海香から渡されたお小遣いも多少ある事だし、あすみを連れて少し外出しても構わないはず……と自らを納得させると、かずみは外出の支度に取りかかった。

 

 しばらくして準備を終えると、かずみは鏡に映った自分の姿を確かめる。

 以前にあすみから貰ったよそ行き用と決めた服を着込み、無造作に伸ばされた烏の濡れ羽色の髪を、これまたあすみからプレゼントされた青いリボンで纏めていた。

 フリフリのスカートは派手で少し恥ずかしい気もしたが、どれも彼女から貰った大切な物だ。

 

「……二人でお出かけ、これってデート?」

 

 鏡の前でうーんと考えてみるが「なんか違うね」と首を振った。

 

 あすみの着替えも手伝い、二人揃って並んでみる。

 鏡の中の二人は顔立ちも髪色も似てはいないが、同じ様な衣装を着て並ぶと姉妹とまでは言えなくとも、それに近いほど仲の良い友達に見えた。

 

 支度を整えると、二人はつい先日も海香達とやってきたショッピングモールへと向かった。

 前回は四人だったが、今回は二人だけだ。

 

 思い出のある場所に行けば、もしかしたらあすみの記憶が戻るかもしれないという淡い希望もある。

 何も思い出せない自身の事を棚に上げての勝手な期待だと分かっていても、かずみは思わずにはいられなかった。

 

「わぁ、人がいっぱい!」

「あすみちゃん、はぐれちゃうよー!」

 

 いつになく明るい笑顔を浮かべるあすみに、以前の彼女を重ねてしまい物凄い違和感に襲われながらも、かずみ達ははぐれないよう手を繋いだ。

 

 先日の焼き直しのように二人でぐるりと店舗を冷やかしていく。

 本格的な買い物は、海香達の都合が付いてからにしようと考えていた。

 

 気の向くままに歩いてると、あすみがきょろきょろと辺りを忙しなく見渡していた。

 どうやら今の彼女にとって、見る物全てが目新しく映るらしい。

 

 不意に少女の視線は、一人の女性の後ろ姿を捉えた。

 それは銀色にふわりと舞い、道角に消えていった。

 

「っあ!!」 

 

 あすみは急に叫ぶと、かずみの手を振り払い走り出した。

 まるでずっと探し求めていた物が、そこにあるとばかりに。

 

「あ、あすみちゃん! どこに行くの!?」

「ママ、ママがいた!」

 

 その言葉に一瞬足が止まってしまったものの、かずみは慌てて追いかけた。

 まさか、そんな、と信じられない思いだったが、ここで惚けてしまえば彼女は遠くへ行ってしまう。

 かずみは悲鳴染みた声を上げた。

 

「待って……お願い止まって! あすみちゃん!」

 

 かずみの懇願をもってしても、あすみの足は止まらない。

 記憶喪失以来、今まで周りの言う事を素直に聞いていた彼女が、初めてかずみの言葉を無視した。

 

 それほどまでに、彼女にとって母親の存在は大きいのだろう。

 かずみが僅かな嫉妬すら覚えるほどに。

 

 あすみの後を急いで追いかけ、遅れて店角を曲がる。

 すると目の前に人影が現れ、かずみはぶつかってしまった。

 

「きゃっ!?」

 

 咄嗟に制止したものの、かずみはバランスを崩してその場に尻餅をついてしまう。

 

「……大丈夫?」

 

 そんなかずみの頭上から、凛とした声が掛けられた。

 視線を上げると、そこには銀髪の少女が困惑した顔で手を差し伸べる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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