プレイアデス聖団が一人、神那ニコについて語ろう。
彼女には秘密があった。
それは聖団の仲間達にすら明かした事のない、現在の<神那ニコ>を形成したとも言える罪の記憶。
ニコは今でこそ日本に住んでいるが、生まれはアメリカのカリフォルニア州、アメリカ人の母親と日本人の父親との間に生まれたハーフだった。
優しい両親の他にも、ニコには兄と妹がいた。
三つ子の真ん中として誕生したニコは、明るくよく笑う子供だった。
やんちゃな兄とよく泣く妹に挟まれ、ニコ達は仕事の忙しい両親が留守にしている間、よく三人で遊んでいた。
その日もまた、三人はいつものように部屋でごっこ遊びに興じていた。
「なぁ、つぎはコレでカウボーイごっこしようぜ!」
好奇心旺盛な兄は、よく両親の部屋を探索していた。
そこから見つけ出したのだろう『黒い玩具』を得意気に掲げ、妹達に己の戦果を自慢する。
それがどれほど危険な物かも理解できずに。
鍵付きの引き出しの中に仕舞ってあったそれは、彼が鍵の在処を偶然見つけてしまった事で発見されてしまった。
子供の無邪気な行動力は、時に無警戒な大人達の予想をあっさりと覆す。
「ばん! ばん!」
「きゃあー!」
「やられたー!」
見た目よりもずっと重い玩具をふらふらと構えて、撃つマネをする。
引き金はどうしてか重く動かせなかったが、ごっこ遊びに支障はなかった。
「ねぇ、こんどはわたしにもやらせてよ! 保安官やるの!」
「えぇ~? まだオレがガンマンやりたい!」
やられ役に飽きたニコが兄に訴えるが、幼い兄はお気に入りの玩具を渡すことに抵抗した。
「ずるい!」とニコは兄の横暴に憤り、兄の手から玩具を奪おうとする。
妹と協力し二人掛かりで兄を挟み撃ちにするものの「ずるいぞ! 二人でなんて!」と笑いながら兄も抵抗する。
三人にとって、この程度のじゃれあいも遊びの内だった。
妹が必死に兄を抑えてくれている隙に、ニコは兄の背後に回り、玩具を奪い取ることに成功する。
「やった! とった――!」
だが勢い余ってニコは倒れてしまう。
玩具が予想以上に重く、ニコの未熟な体幹では支え切れなかったのだ。
そして<不幸な事故>は起きた。
火薬の弾ける音と、何かの砕ける音がほぼ同時に反響した。
それは何かが決定的に終わってしまった音として、ニコの耳にいつまでも残り続けた。
「……………………え?」
ニコの口から間の抜けた声が上がる。
何が起こったのか理解できなかった。
――目の前には、頭部から血を流す兄妹達の姿があった。
倒れた拍子に<銃>を打ち付け、暴発を起こしたのだと分かったのは、後になっての事だった。
運命の悪戯か、発射された弾丸は壁際の花瓶へと放たれ、跳弾となって兄妹達の頭部を破壊していた。
本当に運命というものがあるのならば、そこに何者かの悪意を感じずにはいられないほどの悲劇を、あっさりとニコに与えたのだ。
重なった兄妹達が生きた盾となって、跳弾はニコの元までは届かなかった。
だがそれは、彼女にとって決して幸運な出来事ではなかった。
何故なら生き残った彼女は、幼くして兄妹二人の命を奪ったという大罪を犯してしまったのだから。
残された長い人生を、彼女は重い十字架を背負って生きていく事になる。
事件は世間を騒がせ、両親の責任をどこの誰とも知れない者達が非難し、追われるように父の故郷である日本へとやってきた。
その頃にはもう、ニコが笑顔を浮かべることはなくなっていた。
犯した罪は決してなくならない。
周囲の誰一人としてニコを責めずとも、彼女自身が己を責め続けた。
贖罪の祈りを捧げ続けた。
だがどれほど祈りを捧げても神は、ニコを赦す事も罰する事もしなかった。
贖罪の日々の中、ニコは『もしも』と考えるようになった。
もしも……あの事故がなければ、どんなに幸せで、楽しい人生があったのか。
ニコは空想に理想の世界を思い描いた。
――そんなある時、ニコは■■■■■と出会ったのだ。
『――――――――<コネクト>』
「…………今のは、ニコの?」
かずみはふと意識を取り戻した。
先程までニコの過去らしき白昼夢を見ていた。
だが果たしてあれは、本当の出来事だったのだろうか?
未だ現実感のないぼんやりとした頭を軽く振ると、かずみは現在の状況にようやく思い至る。
「……あれからわたし、どうなったの?」
かずみは確か、新たな魔法少女<双樹姉妹>と戦っていたはずだ。
ニコを殺し、ソウルジェムを奪った恐るべき殺人鬼<双樹あやせ>と<双樹ルカ>。
だが辺りを見渡せば、ここは先程までいたラビーランドではなく、薄ぼんやりと霧がかった空間の中にいた。
遊園地の敷地にこんなよくわからない場所はないはずだ。
自分がどこにいるのか検討も付かず、一人困惑するかずみ。
だがそこに予想外の声が掛けられた。
「やあ、グッモーニン。かずみ」
振り返るとそこには、双樹姉妹に殺され死んだはずの少女――
「…………ニコ? ニコォッ!?」
「はいはい、カンナさんですよー」
驚くかずみに対して、ニコは相変わらずの惚けた口調で応じた。
そのニコの態度があまりにも何時も通りだったので、かずみはつい呆然としてしまう。
「ニコ、死んじゃったんじゃ……? それにここ、どこなの?」
かずみの最後の記憶は、ニコのソウルジェムが<ユウリ>の時のように暴走した所で途切れていた。
その最後に、ニコの声を聞いた覚えがある。
何か知っているのではないかと思い尋ねたかずみの問い掛けに、ニコは困ったように頬を掻いた。
「うーん、なんと説明したものやら。でもま、かずみはもう知ってるんじゃない? この場所」
言われて、かずみは首を傾げる。
もう一度きょろきょろと辺りを見渡すが、こんな不思議な場所に心当たりはない……はずだ。
考え込むかずみに、ニコは答えた。
「ここはさ、魔女の
ニコが告げた事実にかずみは目を丸くする。
予想外の答えに、かずみはわけがわからなくなった。
「どうして……」
何故そんな場所にいるのだろう。
ユウリの時は、彼女がいたからこそ成し得たのだ。
<神名あすみ>はもういない。
今いるのは、魔法も使えない無垢な幼子だけ。
ならばどうしてかずみが、こんな場所に来てしまったのか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、ニコは先んじて答えてくれた。
「私がかずみを呼んだのさ。――きみに真実を話すためにね」
死した少女は真っ直ぐな瞳でかずみへと語り掛ける。
その目は、神名あすみが最後に浮かべていた物とよく似ていた。
「今こそ全てを明かそう。
プレイアデス聖団が生まれた理由。きみが生まれた日の事を。
それがかずみ……私からきみへと託す、最後の
そう言って、ニコはぽんとかずみの頭に手を置いた。
ニコの浮かべる表情が、口にする言葉が、神那ニコが既に死んだ身であることを示していた。
「じゃあやっぱり、ニコはもう……っ」
「この奇跡のような時間は、神様がくれたプレゼントみたいな物さ。
神那ニコは既に<相転移>して魔女と化してるからね。今きみと話している私は……まぁ残留思念みたいなものかな」
神那ニコの死は夢ではなかった。
ニコのソウルジェムが、魔女を産んだのも。
泣きそうになるかずみだったが、彼女が聞き逃せない言葉を言った事を本能的に感じ取った。
「…………ニコ、<相転移>ってなんのこと?」
「それも含めて全部教えるよ。ここは説明するのに色々と都合が良い場所だ」
そう言ってニコはパチンと指を鳴らす。
すると周囲の霧が晴れ、一つの建物が唐突に姿を現した。
ここは魔女化したニコの精神領域。
記憶にある物を再現するのは簡単な事だった。
「これは<アンジェリカ・ベアーズ>――若葉みらいが望んだテディベア博物館にして、プレイアデス聖団の秘密基地。アンジェリカは日本語で<明日葉>。命名したのは彼女だ」
「彼女?」
かずみの疑問に、ニコは意味深な笑みを浮かべるだけで答えず、博物館へと向かう。かずみもまたその背中に続いた。
ギィィと軋む扉を開けると、そこには無数のガラスケースに飾られたテディベアが格式高く飾られている。
ニコはそれらを一瞥もせずに壁際まで進むと、指輪形態のソウルジェムを輝かせた。
すると足元に魔法陣が浮かび上がり、ニコとかずみは赤絨毯の敷かれた通路へと<転移>する。
「彼女と私達が出会ったから、この博物館は生まれた。
そしてここは、
初めて体験する<転移魔法>に驚くかずみを他所に、ニコはすたすたと通路を進み、最奥の扉の前まで歩いた。
慌てて追いついたかずみが目にしたのは、魔法によって厳重に封じられた重厚な扉だった。
「開けゴマ」
ニコが適当としか思えない呪文を唱えると、それが鍵となっていたのか、封印が解錠されて扉が独りでに開く。
中に入ると、無数のガラスケースに飾られた人形達が目に飛び込んできた。
――否、そこに入っていたのは人形なんかではない。本物の人間達だった。
先程までテディベアが並んでいる光景を目にしていたせいか、刹那の間錯覚を起こしてしまう。
だが見れば分かる。そこには確かに生身の人間が飾られていた。
しかもその全員が、かずみと同じ年頃の少女達だった。
左右に等間隔で並ぶ水槽の中に、少女達が一糸纏わぬ姿で標本の様に浮かんでいる。
「な、なにこれ……」
衝撃的な光景を目の当たりにし、絶句する。
そんなかずみに、ニコは感情を排した声で淡々と語った。
「私達がソウルジェムを取り上げ、機能停止させた魔法少女達の……<抜け殻>だよ。
ここはね、彼女達を休眠状態のまま保管するための【レイトウコ】なんだ」
かずみは信じられない思いで周囲を見渡す。
何か否定できるものはないかと、嘘だと言えるような何かがないかと、無意識にその証を探し求めていた。
室内には水路が走っており、足場である円柱が等間隔に並んでいる。
通路の中央には噴水が作られていた。
その中には無数の石のような物が転がっている。
その全てが、穢れにより光を失ったソウルジェムだった。
眠るように水槽に浮かぶ少女達と、穢れた無数のソウルジェム。
『魔法少女を保管している』決定的な証拠を見つけてしまったかずみは、ニコの言葉を否定できなくなってしまった。
「も、目的はなに? なにか……何か理由が、あるんだよね!?」
それは縋るような声だった。
仲間達が何の理由もなく、こんな酷い事をするはずがない。
そんなかずみの「信じたい」という想いから出た言葉だったが、ニコはそれを痛ましい者を見る目で見ていた。
彼女は厳かに告げた。
プレイアデス聖団の目的、その一つを。
「矛盾に満ちた<魔法少女システム>の――否定」
「魔法少女……システム?」
初めて耳にした言葉を反芻するかずみに向かって、ニコは労わるような微笑を浮かべた。
「かずみ、私達はきみにたくさんの嘘を付いてきた。
まずは魔法少女システムについて教えようか」
【魔法少女システム】
それは希望と絶望の無限連鎖だ。
『どんな願い事でも叶う』という奇跡の対価に、少女達は<魔法の使者>と呼ばれる存在と契約を交わす。
契約した少女は魔法少女となり、魔女と戦う使命を背負う。
「――ここまでは魔法少女なら誰でも知ってる事。でもここに、意図的に隠された真実がある。
<魔女>の正体はね、穢れを溜め込み、絶望した魔法少女達なんだよ。
希望を祈った魔法少女が、絶望を振りまく魔女に変わる……それが秘せられた【相転移】現象の全て」
魔女とは、全ての魔法少女達の末路だ。
かずみの脳裏に、かつてジュゥべえから聞いた言葉が浮かんだ。
『理屈はわかんねぇけど、時々いるんだ。ジェムが暴走し、魔女化する魔法少女が』
話が違う。かずみは思わず叫びたくなった。
ユウリやあいり、そしてニコが魔女になってしまったのは偶然なんかじゃなかった。
「なんで……ジュゥべえはそんな事……!」
「あれは嘘。ジェムが濁れば誰だって魔女化する」
ニコはきっぱりとその欺瞞を断ち切る。
そんな都合の良い現実などないと。
魔法少女の終わりには、必ず絶望が待ち受けている。
「もっとも、中には魔女の<使い魔>から成長した個体もあるだろうけど。魔女が操る使い魔も、人間を捕食することで魔女に成長するからね。
だけど魔法少女の終わりはソウルジェムを砕かない限り、例外なく『相転移による魔女化』なのさ」
「そ、ソウルジェムって何なの!? この噴水にあるの……全部濁ってるのは、偶然じゃないよね!?」
「ジェムは魔法少女の<本体>。魔力の源である<魂>を、効率的に運用するために結晶化された物さ」
魂を抜かれた身体は『抜け殻』、あるいは戦うための『道具』に過ぎない。
修理される限りは何度でも使える不死身の身体。
通常、ジェムが肉体を制御できるのは半径百メートル程度が限界であるが、その中ではソウルジェムを砕かれない限り、魔法少女は無敵の存在だった。
「その噴水には魔法陣が仕込まれててね、ジェムと肉体のラインを分断して休止させるための物なんだ。……そう、決して魔女にならないようにするためのね」
「どうして……魔女になるのが分かってて、契約する子なんていないよね? 一体何が……」
いくら奇跡という対価があったとしても、破滅が分かっていて契約する子なんていないはずだ。
だからこそ、この事実は隠されていたのだ。
「みんなはいつ、魔女と魔法少女の関係に気付いたの?」
その問いにニコは仮面の様な笑顔を浮かべた。
「全ては彼女――<和紗ミチル>と私達が出会った事から始まった。
それを伝えるために。かずみ、きみに魔法をかけよう」
ニコの手がかずみの額へと伸びる。
だが触れそうになった瞬間、地響きと共に建物全体が揺れ、天井からパラパラと砂埃が落ちた。
「……外が騒がしいな」
ニコは小さく舌打ちすると、パチンと指を鳴らした。
すると虚空に亀裂が走り、窓のように広がって外界の映像を映した。
そこには黒い塊のような怪物と戦う、プレイアデスの皆が映っていた。
「みんな、戦ってるの?」
映像の向こう側では、無差別に暴れる魔女を遠巻きにするようにして、プレイアデスの少女達が何事か口論している様子が窺えた。
「そう、私が転化した魔女とね。かずみが私の中にいるから、彼女達も混乱してるのさ」
するとそれまで無音だった映像が音を拾い始める。
『本当の人間じゃなくたって、かずみは生きてるんだぞ!? 勝手に命を生み出しといて、都合が悪くなったら殺すだなんて、おかしいだろ!?』
カオルのその叫び声は、かずみの耳に痛いほどよく聞こえた。
かずみの為に紡がれた言葉は、奇しくもかずみに心臓を止める程の衝撃を与えた。
「本当の、人間って……カオル、なにを言ってるの……?」
「見せてあげる。きみが誕生した日の事を」
ニコは今度こそかずみの額に触れる。
その途端、光がかずみの視界を覆い尽くした。
――それは一人の魔法少女と、ニコ達六人の少女達の出会いの記憶だった。
<魔女の口付け>により絶望に支配され、集団自殺しようとしていた少女達を一人の魔法少女が救った。
彼女の名は【和紗ミチル】。
かずみの元となった魔法少女だった。
「
だが彼女もまた、魔女になってしまった。
『プレイアデス聖団』は皮肉にも、名付け親である少女が魔女化した事によって<魔法少女システム>の真実を知る事となった。
和紗ミチルが残した日記には、プレイアデス聖団結成による喜びと、その後魔法少女の真実を知った事による後悔が綴られていた。
『信じられない、信じたくない。
魔法少女が魔女になるなんて。
知ってたらみんなが魔法少女になるのを喜んだりなんかしなかった。
グランマ、わたしどうしたらいい? こんなこと、だれにも相談できない。
みんな、ごめんなさい――』
涙の滲む紙面には、彼女の絶望が現れていた。
ニコから告げられた衝撃の真実に、かずみの足から力が抜け、ぺたんと力なく座り込んでしまう。
「きみは彼女とよく似ている……そうなるよう、生み出されたからね」
映像は魔法陣を囲む六人の少女達を映し出した。
その中央には、眠るように横たわるかずみの姿があった。
プレイアデス聖団六人分の魔法を合成して作られた『人造の魔法少女』。
「な、なにそれ……わたし、和紗ミチルだなんて知らない! ……わたしは一体、誰だって言うの!?」
「<かずみ>――それがきみの名で、きみの全てだ。
きみはきみだよ、かずみ。<かずみ>という新しい命なんだよ。
……それをプレイアデスは理解していない」
後悔するように、あるいは吐き捨てるようにニコは言う。
「私達はミチルの終わりを受け入れられなくて、この計画を始めたんだ。
魔法少女達が魔女になる前にレイトウコに保管する。解決策を見つけるまでの時間稼ぎ。
そして魔女化して死んだ<和紗ミチル>を生き返らせる。
それがプレイアデス聖団にとっての『魔法少女システムの否定』、その全貌だ」
そこまで言い終えたニコは、自嘲するように肩を竦めた。
「『魔法少女狩りのプレイアデス』――それが私達の通り名だよ」
かずみはあいりの言葉を思い出す。
『プレイアデスが正義の味方だとでも思ってた?
残念! こいつ等は魔法少女を殺す、悪魔の集団だよ!!』
てっきりあの言葉は、魔女化したユウリを倒した事から来る言葉だと思っていた。
だが違った。プレイアデスは魔女ではなく、正真正銘魔法少女を狩っていた。
「……あいりが言ってた事は、本当だった」
抜け殻となった少女達は、正確には死んではいないのだろう。だが生きてもいない。
水槽に浮かぶ少女達を見て、それが死体ではないと思うことは難しかった。
このまま二度と目覚めなければ、それは正真正銘の死に他ならない。
そして目覚めさせる手段は、プレイアデス聖団の手に委ねられている。
「かずみ――プレイアデス聖団こそが、きみの真の敵なんだよ」
ニコは現実世界の映像を見せる。
そこにはプレイアデスの仲間達がいた。
「これが彼女達の真意だ」
――<コネクト>。
ニコの呪文を皮切りに、仲間達の心の声が濁流のように押し寄せてくる。
『バケモノ』『殺さなきゃ』『失敗作』『次は上手くやらないと』『もう手遅れだ』『邪魔なんだよ早く死ね』『ミチルのためにも、この
――それはかずみにとって、仲間という幻想を跡形もなく粉砕するほどの害意があった。恐怖があった。敵意があった。確かな悪意があった。
彼女達の意識の底にはミチルへの使命感があった。
だがかずみ自身の事など、そこに一欠片も含まれてはいなかった。
「そんな……嘘、だよね……? みんな……」
仲間だと思っていた少女達の<本当の気持ち>を知ってしまい、かずみは悲しみに顔を歪める。
嘘だと否定したくとも、ニコの魔法によって彼女達の心と直接繋がった実感がそれを許さない。
一方的に心の裡を覗いてしまった罪悪感は一瞬だけだった。
今はもう、彼女達の心の声をこれ以上聞きたくなかった。
「やめて……もう、やめて……っ」
虚空に映し出された映像では『かずみの処分』に全員が賛同したのを確認できた。
そして彼女達は、取り込まれたかずみ諸共魔女を滅ぼそうとする。
『――消えろ』
みらいが大剣を手に、かずみへと殺意の刃を下ろした。
「……どうやらここまでみたいだ」
ニコは映像を消すと、かずみと向かい合う。
「ねぇかずみ。真実を知ってなお、きみは彼女達を仲間だというつもりかい?
勝手に命を生み出し、玩弄し、気に入らないからと処分する。プレイアデスはそんな、神様気取りの愚か者達だ。
だからお願いだ。どうかプレイアデスの暴走を止めて欲しい。それが私の唯一の心残りだ。
都合が良いのはわかってる。私もその主犯の一人だ。全ての罪はあの世で償おう。
だからかずみ、どうかきみだけは生き抜いて欲しい。
私はもう……きみを失いたくない」
泣き崩れるかずみの肩を、ニコが抱きしめる。
残留思念であるという彼女の体は、かずみの冷え切った身体を温めた。
「戦うんだ、かずみ。プレイアデスはこれからきみを殺そうとするだろう。
ミチルを生き返らせるという願いの為なら、彼女達はどんな禁忌にだって手を染める。このままじゃきみだけじゃなく、この街にも大きな災いを齎すだろう」
「だからかずみ、きみが
告げられた言葉に、かずみはひゅっと息を呑み込む。
「破滅の道を進む聖団に引導を渡して欲しい。それが出来るのは多分、かずみだけだから。
それが私の一生にして、最後のお願いだ」
「そ、そんな……そんな事言われたって、わたしは――!」
ニコの懇願に、かずみは即答できない。
頷けるはずがない。今まで仲間だと信じてきた彼女達を殺す事など、たとえニコの最後の頼みと言えども、安易に肯定できるはずがなかった。
「――わたしはそれでも、最後の最後まで彼女達を信じたい!
直接会って、皆と話したい! これまでの事、隠してきた事、全部打ち明けて欲しい。そうすればきっと、バカなわたしでも皆のこと、理解できると思うから……っ!」
ニコの語ってくれた真実を疑うわけじゃない。
だがかずみは、彼女達と直接会って確かめたかった。
彼女達との間に感じた友情は、決してまやかしなんかじゃないはずだから。
かずみの言葉に驚くニコだったが、その折れない心に羨望すら感じていた。
それが何故だか無性に嬉しく、そして悲しかった。
「……いつだってきみの言葉は、ココロにくるね」
この頑固さは、果たして誰の影響だろう。
少なくとも彼女を作ったプレイアデスの六人が、こんな希望を持ち合わせているはずがない。
だとすれば、これはやはり彼女自身の持つ得難い宝物なのだろう。
「やはりきみは、かずみだよ。
この世界で唯一の、あの
だがニコは確信していた。
あのロクデナシ共はきっと、かずみの信頼を裏切るだろうと。
「……でもね、かずみ。信じる者が救われるのは物語の中だけだ。
だからもしもプレイアデスに裏切られたら、今度は自分を救う努力をすると約束してくれ……連中の為にきみが犠牲になる必要なんか、これっぽっちもないんだから」
ニコの言葉に、かずみは微かな笑みを浮かべた。
真実に傷付きながらも、かずみはニコに感謝していた。
ニコの行動は全て、かずみの事を案じての物だと分かっていたから。
「……うん。ありがとう、ニコ。最後まで心配してくれて……嬉しかったよ」
かずみはニコに、思いっきり抱きついた。
これが最後の別れになると察して。
ぎゅっと心残りがないよう抱き締めると、ニコはぽんぽんとかずみの頭を撫でた。
それは姉が妹にするような、親愛を感じさせる温もりだった。
いつまでもこうして居たくなるが、先程から微震が続き、建物の崩壊が近付いてきていた。
魔女の限界が近付いているのだろう。
魔女が倒されてしまえば、この世界も終わりを迎える。
ニコが手を小さく振るうと、かずみの足元に魔法陣が浮かび上がった。
最後まで名残惜しそうに離れたかずみは、ニコに別れの言葉を告げる。
「またね、ニコ!」
贈ったのは『さよなら』でも『ばいばい』でもなく、再会を約束する言葉だった。
それにニコも透き通るような笑みを浮かべて手を振った。
「……ああ、また。輪廻の果てで待ってるよ」
そしてニコの前から、かずみの姿が消える。
魔女の精神領域から脱し、現実世界へ戻ったのだろう。
それを見届けると、ニコはどこからか仮面を取り出して装着した。
それは道化師の様な、笑顔と泣き顔が半分ずつ描かれた物だった。
「欠片が一つ埋まり、神なる少女の旅路は続く――か。
……ねぇかずみ。世界はきっと、きみが思うほど優しくはないよ」
そう言い残し、仮面の少女は崩壊する世界から姿を消した。
――かずみが意識を取り戻すと、辺りは不自然なほど静まり返っていた。
ぬらりと嫌な感触を感じて視線を下に落せば、そこには赤黒い物がびっしりとこびり付いていた。
手を目の前に翳すと、その生臭い匂いが鼻に付いた。
無意識に唇を舐める。すると口内にも鉄錆の様な気持ち悪い感触があるのに気付いた。
ぺっと吐き捨てると、何かの肉の欠片がべちゃりと地面に付着した。
「……………………バケモノ」
その声に、かずみは振り返った。
するとそこには、隠し切れない恐怖を浮かべる仲間達の――仲間だったはずの少女達の姿があった。
その表情が、態度が――ニコの教えてくれた事全てが真実だったと証明していた。
目を見れば分かってしまう。顔付きを見れば疚しさがそこには浮かんでいる。
そして未だ警戒を解かない彼女達の戦闘態勢が、かずみの事を明確に『仲間じゃない』と拒絶していた。
かずみの優れた五感が、超常的な第六感が、彼女達との断絶を証明し続ける。
「…………………………………………そう、なんだ」
かずみの想いは、裏切られたのだ。
――みんな仲間だと……そう、信じてたのに。
それでも一縷の望みを託して、かずみは彼女達に問いかける。
「……ねぇみんな。わたしに何か、隠してることない?」
わたしは、かずみだよね?
誰かの紛い物なんかじゃないよね?
「……海香。わたしの記憶は、本物だよね?」
海香はその問いに答えられない。
見捨てた、諦めてしまった少女を前にして、彼女は回答を避けてしまう。
「カオル……わたしは人間だよね? 魔法で作られた偽物なんかじゃ……ないよね?」
カオルは口を開くものの、何も言えずに歯を食い縛る。
かずみの望む言葉は何一つ出てこない。
仲間内でも特に仲が良いと思っていた親友の二人は、かずみの事を直視できない。
かずみの中で、仲間への信頼が砕かれていく。
どうして何も言ってくれないのか。
嘘でもいい、どんな言葉だって構わない。
わたしがわたしだって、みんなの仲間だって言葉が聞きたいだけなのに。
そんなかずみの儚い希望すら、かずみの<孵化>を直視してしまった彼女達には応えられない。
誰もが沈黙する中で、かずみの悲鳴のような叫びだけが空気を震わせる。
「黙ってないで答えてよ! わたしは誰!? わたしは何なの!?
――<和紗ミチル>って誰のことッ!?」
「「「――ッ!?」」」
その時、聖団のメンバー全員に走った感情を、かずみは鋭く理解してしまった。
化け物を見る目。
それは純粋な恐怖の色だった。
「そっか……そういう、事なんだね。
わたしはみんなにとって、本当の仲間じゃなかったんだ」
ニコが教えてくれた事は真実だった。
わたしは……人間じゃなかった。
誰かの真似をして作られた偽物。
みんながわたしを騙して、目的のために都合良く操ろうとしていた。
初めからわたしは、みんなの<仲間>なんかじゃなかった。
「……………………嘘つき」
かずみの両目から、涙が溢れる。
悲しみのままに魔法を行使した。
――この場所にはもう、居たくない。
かずみの想いに応え、足元に魔法陣が浮かび上がった。
呼吸するかの如く、かずみは出来て当然とばかりに魔法を発動させる。
それは先ほど見たばかりの<転移魔法>だった。
そしてかずみの確信通り魔法は正常に発動し、かずみはプレイアデス聖団の前から姿を消した。
〇小ネタ 交渉テクニック。
その一。初めに大きな要求をしてから、小さな要求を出していく。
例
淫獣「そこの可憐なお嬢さん! 僕と契約して彼女になってよ!」
少女「は? 何言ってんの? キモいんだけど(通報しました)」
淫獣「しょうがないなぁ。だったら魔法少女でいいから僕と契約してよ!」
少女「うーん、それなら……って誰がなるか!!」
淫獣はツインテ美少女の踵落としを食らって死んでしまった。残念!
その二。弱った所で甘い言葉を囁く。
例
少女「はぁ……死にたい」
淫獣「奇跡も魔法もあるんだよ! さあさあ! 僕と契約して魔法少女になってよ!」
少女「……淫獣がキモすぎて死にたい」
淫獣「(´・ω・`)」
淫獣はダウナー系美少女にディスられて衝撃の余り宇宙空間に飛び出してしまいそのうち考えるのを止めてしまった。ざまあ!
リンネ「ふっふっふ……完璧な営業マニュアルね! 例文も付けてばっちり! 笑いも取れて一石二鳥ね! 後で部下達に配布してあげましょう」
Qべえ「……この淫獣というのは僕のことかい? 酷い扱いだ……それにコレ、全部失敗してるじゃないか。というかオチがヒドイ」
リンネ「残当」
リンネ「ちなみに『残念ながら当然』じゃなくて『残念でもないし当然』の方ね」
Qべえ「……相変わらずわけがわからないよ。というかいくら出番がなくて暇だからって――」
余計な事を口走るナマモノは(ry
〇予告(っぽい何か)
かずみに逃げられ、取り残されるプレイアデス聖団。
だが彼女達の前には、未だ双樹姉妹が残っていた。
嘲りの笑みを浮かべるあやせに、プレイアデスは決着を付けるべく戦いを挑む。
だがそこへ、新たなる魔法少女の姿が。
「よう、なーに遊んでんだぁ? オレ様も混ぜろよ」
「クズ姉!」
紅蓮の魔法少女は獰猛な笑みを浮かべた。
一方失意のまま放浪するかずみは、天乃鈴音との再会を果たした。
「……スズネちゃんも、魔法少女だったんだね」
銀髪の暗殺者は、その刃をかずみへと向ける。
「――あなた、死にたいの?」
プレイアデスからの逃走。
エリニュエスとの接触。
舞台は未知なる領域へと突入する。
「――もう一度、蘇生魔法を行いましょう」
縦え何度繰り返そうが、プレイアデスは諦めない。
諦めた時が、彼女達の終わりだと知っているから。
かずみを中心に、全ての魔法少女達が動き出す。
「…………かずみおねえちゃん?」
魔法少女かずみ☆マギカ。
全ての歯車が狂い始め、物語は新たな幕を開ける。