放課後、私は魔法少女見学ツアーに参加していた。
メンバーの詳細は、みんなのお姉様アイナ先輩。
ポニーテールがレゾンデートルなマコ。
思わずイジメたくなる小動物ユリエに、同じくベクトルは違うもののイジメたくなるツンデレのアリサ。
そして私の手を握りながら、上機嫌にスキップしている天然ちゃんことニボシ。
さらに『手を繋いで歩くなんて、まるで恋人みたい』と腐った妄想をしている人類の敵、銀の魔女リンネこと私と、その肩に乗る外道地球外生命体のキュゥべえを加えた、六人と一匹のメンバーで行動している。
なかなかカオスな面々に思えるのは、気のせいだということにしておこう。
「えへへー、なんだかこのままみんなでカラオケとか行ってみたいね!」
「こらこら。今日はリンネちゃんに魔法少女のことを教えるって、決めたばかりでしょ?」
無邪気なことを言うニボシちゃんをやんわりと窘めるアイナ先輩。
私もやんちゃしてアイナ先輩にめっと叱られたい。
……自分がSなのかMなのか、非常に難しい問題だと言わざるを得ない。
ユリエとアリサ相手なら間違いなくSになる自信があるのだが、アイナ先輩だと優しくイジメてもらいたい。
むしろ少々厳しくても構わないと思う私は、もしかしたら変態なのかもしれない。
否、私は変態じゃない。
仮に変態だとしても、それは変態淑女という名の栄誉ある存在だと、胸を張って生きたいと思いました。
それはさておき、お昼での勧誘に対して私は答えを保留することにした。
即答するのは不自然すぎるし、多少じらしてやった方が向こうも燃えるというものだ。
私は即決でやれるような軽い女じゃなくってよ。
「私もリンネの歌、聞いてみたいかも。声も綺麗だし絶対上手いと思うな」
マコは最初から私に対して好意的な様子だった。
意外と面倒見が良い姉御肌なのかもしれない。
あまり物事を深く考えているようにも見えないから、特に裏を気にする必要もないだろう。
「マコ先輩はアイナ先輩という前例をお忘れですか? カラオケ偏差値が素で赤点レベルなのを見た時はなんの冗談かと思いましたが、声が綺麗だろうと音痴は音痴なのです。もしもの場合に備えて、リンネ先輩に余計なプレッシャーを与えるのは良くないと思います」
マコに続いて、アリサが捻くれた事を言った。
それを聞いたアイナ先輩が落ち込む。
「うぅ……べつに私は音痴なんかじゃないわ。ただ機械が苦手で、歌詞を追うので精いっぱいなだけだもん」
もん、と来た。
お姉様の「だもん」いただきましたー!
やばい、可愛いなこの人。後輩に生意気な口聞かれてキレるどころか落ち込むとか、良い人過ぎて舐められていないか心配になる。
まぁアリサはツンデレなので、ああいう対応がデフォなのは仕方ないが。
それを見て慰めるようにマコが言った。
「アイナさん、歌詞を追うんじゃなくて演奏に合わせればいいんだよ」
「マコ先輩……それができないから音痴なのです。もうやめてください、アイナ先輩の心をえぐらないでください。きっと気にしてるんですから」
アリサはフォローに見せかけた止めを容赦なく刺していた。
「私、泣いてもいいかしら?」
えぐえぐと泣き真似をする先輩は、お茶目で可愛らしかった。
なんだかお嫁さんにしたくなるような素敵な人だ。
ニボシちゃんといいアイナ先輩といい、まったく魔法少女なのがつくづく惜しまれる。
「あははー、アリサちゃんが一番ひどいと思うなー。リンネちゃんもそう思わない?」
ニボシちゃんが笑顔で私に同意を求めてくる。
アリサがジト目で私を見てくるので、変な快感に目覚めそうで困った。
「皆さん仲がいいなーとは思いますけど。なんだか、見てるだけで楽しいよ」
私はくすくすと上品に笑った。
化け猫を被ってますが、見破れた人間は今まで一人しかいません。
天才クラスでもない限り見破れないのは実証済みです。
そんな私を、ニボシちゃんは驚いたように見つめていた。
「どうしたの?」
「……リンネちゃんの笑った顔、美人過ぎてびっくりしたー」
もしかして、私に惚れてしまったのだろうか?
やだ、どうしよう。これが噂に聞くニコポなのかしら。
……ふぅ、どうやらTS転生踏み台様容姿に飽き足らず、ニコポまで獲得するとは。
私が最終的にハーレムを築くのも、そう遠い未来のことじゃないのかもしれない。
そんな妄想を繰り広げる私に、ニボシちゃんは微笑みかけた。
「クラスでも笑えばいいのに。そうすればリンネちゃん、クラスでもっと人気者になれるよ?」
「もっと……と言うと、私がなんだか好かれているように聞こえるけど。私はむしろ敬遠されてると思っていましたが?」
「そんなことないよ! リンネちゃん美人だし、いつも本読んでるから、気後れしちゃって話かけにくいだけだよ!」
「なんだか実感こもってるね。ニボシもそうだったの?」
「うん!」
からかうつもりで言ったのだが、素直に頷かれてしまった。
これだから天然は困る。私を惚れさせる気かと言いたい。
お互い見つめ合って笑い合いながら、なんだか良い雰囲気になっていた。
あるいはこのままホテルに連れ込むことも可能かもしれない。
だがそれを阻止するかの如く、ユリエが声をかけてきた。
「……リンネさんは、確か二週間くらい前に転校してきたんですよね?」
「そうだよ。仕事の都合でね、今は一人暮らししてるんだ」
中学生の私が働いているとは思いもしないだろう。
都合よく両親が……という副音声を拾ってくれたようだ。
真の嘘つきはどうでもいい嘘は付かない。
そこからボロが出た時、フォローするのが難しくなるからだ。
嘘は付いていないという免罪符をわざわざ捨てるようなことはしない。
それはさておき、あまり自分から話す性質じゃないユリエは、周りに合わせて静かに笑っているような子だった。
そんな彼女が真剣な目で私に話しかける。それはどこか焦りを感じさせるものだった。
「……じゃあ、また転校したりとかは?」
見るからに人見知りの激しいユリエが私に話しかけてくる。
周りの人間は仲良くなろうとしている風に見えるかもしれないが、私は違うと思った。
……そうか、自分の居場所がなくなると怯えているのか。
私の見たところ、このグループで一番低いカーストにいるのがユリエだ。
明文化されていないだろうし、彼女達も意図的に貶めているわけじゃないだろうが、人は無意識にランク付けする動物だ。
グループで歓迎されている私を面白く思わないのは理解できた。
「今のところ予定はないね。少なくとも中学はこっちに残るんじゃないかな?」
「……そう、なんだ」
残念そうな顔が隠せていないので、イラッとくるが気付かないフリをする。
その悪感情を育てて破滅させるのも悪くないが、今回私は駆け回る小悪党ではなく黒幕的な存在を目指すことにしている。
だから表向きは友好的にいくつもりだ。
理想は彼女の一番のお友達になることだろう。
我ながら薄っぺらい友情だとは思うが。
私はニボシの手を解き、ユリエに近づくと耳打ちした。
「……ごめんなさい。私のことが不愉快だったら距離を置くわ。私としてはあなたと仲良くなりたかったのだけど……片想いじゃ仕方ないわね」
そう言って私は顔が見えるくらいに距離を置き、寂しそうに微笑んでみせた。
するとユリエははっとした顔を浮かべた。
そして目まぐるしく表情を変え、最後には俯いてぽつりぽつりと話し始める。
「……ごめんなさい、あなたのこと嫌だと思ったわけじゃないの。なんだかみんなが離れていっちゃったみたいで、寂しかったの。ごめんなさい」
本当ならユリエもそんなに悪い子じゃないのだろう。
小動物らしく檻に入れて室内で大切に飼う分には問題ないだろうが、この世界で人として生きるには脆弱すぎる。
だが見所はあるようだ。
私を警戒したのが何よりの証拠。
例え劣等感からくる排斥だろうが私を警戒するという正しい行為をとれただけで、他のメンバーよりはずっとマシだ。
上手く手懐ければ良い駒になるかもしれない。
そんな考えはおくびにも出さず、私はユリエの手を握る。
驚いて私を見るユリエに、私は小動物に話しかけるような穏やかな声で言った。
「こうしていてもまだ寂しい?」
「……ううん。そんなことない。あの、リンネ……さん。わたしともお友達になってくれますか?」
「もちろん。こちらこそよろしくね。私のことはリンネでいいわ。私もユリエって呼ぶから」
「……うん!」
同学年とは思えないほど未成熟だな。
まぁ私は例外だろうが、まだ精神が成長途上なのだろう。
その分、魔法少女としての伸びしろもありそうなので、今後に期待したい所だ。
「リンネ先輩は女たらしだと認定しました。不潔です、近寄らないでください」
「こーら、良い場面だったんだから茶化さないの」
アリサが口ほどには悪くない眼差しで私達を見ていた。
まったく上の口は素直じゃないようだ。下の口の具合は知らんがね。
赤くなって俯いてしまったユリエに、ニボシちゃんが抱き着いた。
「ごめんね。ユリエちゃんのこと気づいてあげられなかった! 友よ、不甲斐なきわたしをゆるせー!」
マンガっぽいセリフとともに抱き締められ、ユリエがさらに赤くなりあうあう言っていた。
いいなー私も混ざりたいなーと内心指を咥えていると、ぽんと肩に手を置かれた。見ればマコが悪戯っぽい笑顔で私を見ていた。
「にししっ、お前良い奴だな。ユリエが私以外とあんな楽しそうに話すなんて初めて見た。あんたが魔法少女になるかどうかはわかんないけど、あいつとは変わらず友達でいてやってくれると嬉しいな」
「まるで保護者みたいなことを言うのね?」
「幼馴染だからな。姉みたいなもんだ」
丸っきり接点のなさそうな二人だったが、聞けば実家が隣同士というベタな関係らしい。
片やポニテがトレードマークの健康少女、片やうさぎ並に寂しいと死んじゃいそうな小動物。
言われてみれば納得もする。
ユリエがああまで脆弱なのは、飼い主の世話に問題があるのではないかと思えた。
どうせ過保護に守ってきたのだろう。
それがユリエの成長を阻害してきたのだと推測する。
自覚しているのかいないのか、責任の一端はマコにあると思われた。
私は見つけた綻びを心の中でメモする。
「あら、あなたは私が魔法少女にならなかったら、友達にはなってくれないのかしら?」
「あー、そういうつもりじゃなかったんだ。なんていうかな、過保護なのは分かってるんだけど、ついあいつ優先で考えちまうんだ。悪いな」
「別に悪くはないわ。誰かを守れる人は素敵だと思うもの」
それがただのエゴでなく、真に誰かを守れる者などいるわけがない。
私が見たマコという人間もまた、エゴに取りつかれた人間に過ぎなかった。
だがそんな私の言葉の裏を知ることもなく、マコは照れたように頬を掻いた。
「……なんかリンネって思ってたより情熱的なんだな。やっぱガイジンの血のせいかね」
「関係ないと思うけど。それに私は普通のことしか言ってないつもりよ」
照れ隠しなのか、頭の悪そうなことを言う脳筋少女に辟易としながら、私はキュゥべえに尋ねた。
「ところで魔女っていうのは、まだ見つからないのかしら?」
「それは僕に聞くよりアイナの方が適任だよ。彼女は単純な戦闘力こそ他の魔法少女に比べて劣るものの、サポート役としては一流だ。このチームの要といってもいいだろうね」
「やだ、もうキュゥべえったら。リンネちゃんの前でお世辞を言わなくてもいいのよ?
私なんて攻撃力はからっきしだから。せめてみんなのサポートくらいしっかりしなきゃいけないの」
「いえ、アイナ先輩の索敵があればこそ私達は誰よりも早く魔女を見つけられますし、魔女の結界への侵入も逆に閉じ込める結界の構築も、アイナ先輩にはずいぶん助けられています。治癒魔法も私達の中で一番上手ですし、誰も先輩を軽く思ったりなんてしてません。
正直、マコ先輩とニボシ先輩が今まで突っ走って五体満足なのは、先輩のおかげでしょう」
自嘲するようなアイナ先輩の言葉にアリサがフォローをいれた。
今回に限って彼女のツンデレは発動しなかったようだ。
デレているのだろうか? 羨まけしからん。
だがアリサの話が本当なら、確かにアイナ先輩がチームの要と言われたことにも納得できた。
魔法少女は感覚で魔法を使う者が大半で、戦闘に関係のない補助系の魔法を極めるような少女は希少なのだ。
魔法少女なら誰だってグリーフシードが欲しいし、手に入れるためには戦うしかない。
誰かのために魔法を使うなど自殺行為でしかないのだから、使い手が希少なのも当然だろう。
おまけにアリサの話からすると、アイナ先輩は珍しい補助特化型のようだ。
実際に見てみないと判断できないが、私のお人形候補にも入れておくことにしよう。
今の私はさぞキラキラとした目でアイナ先輩を見ていたことだろう。
さながら欲しい玩具を目の前にした子供のように。
「さすがアイナ先輩、みんなの頼りになるお姉さんなんですね?」
「もー、アリサちゃんもリンネちゃんもあまり煽てないで! 私ってすぐちょーしに乗っちゃうんだから。
それにアリサちゃんとユリエちゃんには同じ後衛として何度も助けられているし、マコちゃんとニボシが早く魔女を退治してくれるから私の出番がないことだってあるじゃない?
みんな優秀すぎて先輩として肩身が狭いのよ」
その割に胸の発育具合は大変宜しいようですが、などと邪な思考を巡らせている私に気付いた者はいなかった。
そんな風に探索中メンバー全員と打ち解けた私は、彼女達から様々な武勇伝や体験談を聞いた。
それは魔法少女という言葉で、世間に広く認知されているような輝かしい物語だった。
悪い魔女を退治し、人々に希望を与える存在――魔法少女。
それがただの虚構でしかないことを知りもしないまま、彼女達は未来の自分達と戦い続ける。
それに気づいた時が甘い幻想の終焉だと気付かぬまま。
アイナ先輩の探査魔法は驚くべき精度で魔女を発見した。
彼女に比べれば、私の探査魔法は一段劣ることを自覚しなければならないほどだ。
才能に裏打ちされた魔法は脅威だ。
彼女もまた、方向性は特殊だが魔法少女としての大器を持っているのだろう。
「……こっち、もうだいぶ近いわ。みんな警戒を緩めないで。リンネちゃんを守りながらいきましょう。大丈夫、私達にかかれば魔女なんてちょちょいのちょいなんだから!」
なんで先輩はこうもお茶目さんなのか。
ちょちょいのちょいだなんて口にして、ドヤ顔でガッツポーズをとるのはやめて欲しい。
笑いで表情筋が壊れる。
私はクールな転校生なのだ。顔面崩壊は避けたいところ。
だがそんな私とは違い、他のメンバーは顔を引き締めていた。
手にそれぞれソウルジェムを握りしめ、いつでも変身できる体勢を整えている。
私を安心させるように、一同は微笑んだ。
「大丈夫、リンネちゃんはわたしが守るからね!」
ニボシちゃんが私の手を握りしめて隣を歩く。
その反対にはユリエが、後ろにはアリサが付き、前をアイナ先輩とマコが進んでいく。
なんだかVIPになった気分だ。
私達は魔女の結界の入口へとたどり着いた。
結界に刻まれた魔女の紋章は、私には見覚えのないものだった。
無数にいて今なお増え続けている魔女の紋章を覚えるのは無駄かもしれないが、たまに同じ魔女を祖とする同一種に出会うことがある。
特に古から続く魔女の血統は厄介な物が多く、強い個体のものはなるべく覚えるようにしていた。
油断はできないが、結界から感じる気配は力をそれほど感じさせなかった。
「当たりね、魔女の巣だわ。それじゃみんな! いくわよ!」
彼女達のソウルジェムが輝く。
アイナ先輩は翠色の修道服に似た姿に変身した。
前の裾は開いており、ソックスとスカート部分の絶対領域に目が引き寄せられる。
右手の甲に彼女の翠色のソウルジェムがはめ込まれており、そこから根が伸びるようにして中指に指輪が付いていた。
アリサは全体的に水色の配色が施された衣装だった。
両手に短銃を持った二挺拳銃使いで、スカートではなくホットパンツを着ている。
マコは橙色の魔法少女姿になった。
目立つのは脚部の装甲だろう。
臍を丸出しにした防御力に難のありそうな姿だったが、動きやすそうな格好だった。
ユリエは桃色。両手でウサギの様なパペットを抱きしめていた。
ゴスロリ衣装でとても戦うような姿には見えなかったが、彼女もまた魔法少女だ。見た目だけで実力を測ることはできないだろう。
そして最後はニボシちゃんだ。
彼女の衣装は意外にも可愛い系ではなく、恰好良いタイプのきっちりとした姿だった。
白い制服のような姿に灰色のネクタイをしており、モノクロの姿が戦う者特有の武威を発していた。
両手には漆黒の無骨なガントレットを嵌めており、拳をぶつけ合わせると重い音が鳴り響いた。
みんなそれぞれ魔法少女らしく、カラフルな髪色だった。
私と一緒にいる白いナマモノの存在がなかったら、ここがプ○キュア世界だと勘違いしていたかもしれない。
「開け、幽世の扉よ」
アイナ先輩が手をかざすと同時に、私達は魔女の結界へと侵入する。
そこは夢幻の世界だった。
現世から隔離された世界。
魔女となった少女の魂が生んだ、狂気の世界観を現す結界の中だ。
内部では無数の人形の生首が転がっていた。
ひび割れ顔面が欠けたものが多い中、目玉のような色取り取りのガラス玉が至る所に飾り立てられている。
空には足を吊るされた首なき人形の姿があった。
無数のリボンが、人形たちを束縛するように雁字搦めにしている。
偏執的なほど人形への執着が伺える世界だった。
たまにショーケースに入った西洋人形が、まるで檻から出せと訴えるように暴れている。
使い魔なのだろう。この結界の魔女は、自身の使い魔ですら拘束しなければ気が済まないらしい。
「うへー、相変わらず魔女の結界の中ってのは気持ち悪いな」
「マコ先輩、無駄口は謹んでください。ほら、向こうもお怒りのご様子ですよ」
人形達の生首の山から黒い薔薇の蔓が現れる。
先端には人形の首がついており、悪趣味極まりなかった。
それが私達の四方を囲み、いまにも襲い掛かろうとしていた。
だがそんな中にいても彼女達は余裕を崩さない。
「あらあら、随分な歓迎ね。もっともこちらも予約なしで訪れたのだから、お互い様でしょうけど」
先輩が指輪を翳すと、私達を守るように薄い光の膜が生まれた。
使い魔達はその光を突破することができない様子で、ただ周囲を囲むことしかできなかった。
「まずは突破口を開きます。タイミングを合わせてください」
アリサは両手の二挺拳銃を構えた。
彼女の武装は一見すると玩具のようにも見え、使い魔相手には頼りなく思える。
だがその銃口に収束された魔法の威力には目を見張るものがあった。
そして二挺同時に魔法の弾丸を放つと、使い魔達の包囲網に大きな穴が開いた。
「よし駆け抜けるぞニボシ!」
「リンネちゃんのことは任せたよ! よーし、ちゃちゃっとやっつけるよ!」
マコは地を蹴り、ニボシを連れ弾丸となって包囲網を抜け出た。
ニボシは拳で、マコは蹴りで使い魔達と戦っているのが見える。
魔法を使っているのだろう。
拳も蹴りも武器と比べてリーチが短いのにも関わらず、広範囲の敵をなぎ倒していた。
彼女達は使い魔と踊るように戦う。
その舞踏は幻想的ですらあった。
「はぁ! ったく! 潰しても潰しても湧いてきやがる。きりがないぜ!」
「そうだねー、リンネちゃんにも恰好良いとこ見せたいし、ちょっと頑張っちゃうよー」
ニボシは微笑を崩さないまま、両手のガントレットを力強く打ち付ける。
その時、私は何らかの魔法が充填されたのを感じ取った。
「アースインパクト!」
そしてニボシは、何もない地面を打ち付けた。
だがその結果は圧巻。
地面から無数の突起が現れ、使い魔達を一匹残らず貫いていたのだ。
その突起が私達を器用に避けていることからも、彼女の魔法制御は優秀だと評価できた。
「さっすがニボシ! 一撃かよ!」
マコとニボシは勝利のハイタッチを交わし合う。
前衛二人のコンビネーションは悪くないどころか、私がこれまで見てきた魔法少女達の中でも上位に位置するだろう。
「驚いちゃったかしら? リンネちゃん」
アイナ先輩がからかうように言ってくる。
私は言葉も出ないくらい驚いているとばかりにコクコクと頷いた。
内心では随時戦力評価を行っているのだが、そんなことは表には出さない。
「まあ、あの程度の雑魚相手なら、突撃バカ二人に任せておけば十分ですよ。私たちは後ろをのんびり行きましょう」
アリサはクールにツインテールを掻き上げながら言った。
私はそれに頷き、さっきの戦闘中も影の薄かったユリエに話を振った。
「そうね、いざという時はユリエの後ろに隠れることにするわ」
「えぇっ!?」
ユリエは驚きの声を上げたが、私がその背中に回ってわざとらしくしがみ付くと、どうしたらいいのか分からずテンパっていた。
それを微笑ましそうな顔でアイナ先輩が見ている。
「あらあら、リンネちゃんに頼られてるのね。ちょっと妬けちゃうわ」
「そんな顔で言っても説得力ないですよ、先輩」
アリサは呆れたように肩を竦めていた。
確かに先輩の顔は、眩しいほど母性的な笑みを浮かべており、妬けたなどと言われても説得力が皆無だった。
そこに突撃バカと称された二人が戻ってくる。
マコとニボシは私達の雰囲気につられて笑みを浮かべた。
「なんだなんだ? 楽しそうじゃんか。私達の活躍見てくれなかったわけ?」
「えー!? わたしの必殺技見てくれなかったのー?」
不満そうに言うニボシに、私は素直な称賛を送ることにした。
マコのことは他のメンバーに任せる。
「凄かったよニボシ、恰好よかった」
「あ……うん、ありがとうっ!」
ニボシは照れた顔でお礼を言った。
なぜ礼を言われるのか不明だったが、天然の考えることはわからん。
その後も湧いてくる使い魔達を、私達は大した疲労もなく撃破していった。
途中、後方から奇襲される場面があったが、その時はユリエの手にしたパペットが大活躍して被害は出なかった。
どうやらユリエの魔法は、パペットを操るものらしい。
私の魔法に近いものがあり若干シンパシーを感じる。
パラメーターが特殊能力に特化しすぎていて、身体能力が底辺なのも同じだ。
私の場合は少々事情が異なるが、魔法少女達は概ね自らの才能によってそのポテンシャルの総量が決定される。
願い事の影響によって生まれた力は、個々人によって違う特別な能力になるのだ。
彼女の場合、能力がパペットの操作に特化しているのだろう。
魔女の棲む間へとたどり着いた私達は、そこで魔女を倒した。
私が結界に入る前に大したことなさそうだと感じたのは正しく、彼女達の戦闘風景は使い魔を相手にするのとさほど変わりなく終了した。
魔女の種――グリーフシードを残して魔女は消滅していく。
その際の断末魔がかつて魔法少女だった者の悲鳴だと考えると、感慨深いものがあった。
そして結界が消え、現実世界へと私達は戻ってきた。
あれが夢でなかったことを証明するのは黒い魔女の種子、グリーフシードだけだった。
「これがグリーフシード。魔女の種にして、私達魔法少女にとって特別な意味を持つ物なの」
落としたグリーフシードを手に、アイナ先輩が私に魔法少女講座を始める。
私は初心者のつもりで、その実は裏側を知る人間として、表側の認識を再確認する意味でも彼女の話に真剣に耳を傾けていた。
実際、魔法少女というのはよくできたシステムだと思う。
何も知らずに死ぬ魔法少女は、幸せな魔法少女だろう。
魔女となった魔法少女は不幸せだが、訓練された魔法少女だ。
魂の一片までエネルギーとして搾取された彼女達の献身を、インキュベーターが忘れても私は忘れないだろう。
「どうかしらリンネちゃん。魔法少女になるって、こういう戦いの運命を受け入れるということなの。だからあなたが魔法少女にならないと選択するのも、立派な決意だと思うわ」
「まーね、ニボシのこと責めるわけじゃないけど、気軽に誘っていいもんじゃないよなぁ」
「えー、わたしはただリンネちゃんと一緒に戦えたら素敵だなって……ああいや、ちょっと違うのかな? わたしはリンネちゃんが魔法少女になってくれたら、もっと仲良くなれると思ったんだけど……」
その言葉に難しい顔でアリサが反論した。
「それはニボシ先輩の願いで、リンネ先輩の願いとは限りませんよ」
「……うん。わたしの我が儘だったね。ごめんね、リンネちゃん。わたしのことは気にしないで、自分の意思で選択してね?」
潤んだ瞳で見上げてくるニボシ。
破壊力は抜群だ。
これで目でも閉じられたら、キス待ちかと思いぶちゅっとやってしまうところだった。
「ニボシ、それはちょっとあざといわよ? そんな目でリンネちゃんを見ないの。ほら、彼女も困ってるでしょ?」
アイナ先輩が苦笑しながらニボシを私から遠ざけた。
危なく唇に視線が行きそうだったので、勿体ないような助かったような、複雑な気持ちだった。
「魔法少女になることは、まだよくわかりません。願い事も特にありませんし、みなさんには申し訳ないと思いますが、願い事が見つかるまでは保留にしたいと思います」
彼女達の能力は大体把握した。
奥の手をいくつか隠し持っている節はあるものの、それを受けてなお私単独で撃破できる自信はある。
だがごり押しは好きじゃないし効率も悪い。
ただ魔法少女を殺すだけでいいなら、もうすでに皆殺しにしている。
それをしないのは、限界まで彼女達の持つエネルギーを絞り出すためだ。
そんな私の思惑を知らず、アイナ先輩はにこやかに頷いた。
「そうね、それがいいわ。今日のところはこれで解散しましょう。リンネちゃんが良かったら、明日からも私達に付き合って貰いたいのだけど、大丈夫かしら?」
私としては一度見れば十分なのだが、彼女達のデータが多過ぎて悪いことはない。
彼女達はいわばまだ青い果実だ。
いずれ熟した暁に、もぎ取られ腐り堕ちる運命にある。
私の仕事はそれを早め、なおかつより甘い蜜を持つよう世話をすることだ。
だから私は喜んで頷いた。
「ありがとうございます。みんなも、これからよろしくね」
私は準メンバーとして、彼女達の魔法少女チームに受け入れられた。
彼女達にとって致死性の毒物が混入したと気付けた者は誰もいない。
こうして私は、彼女達と仮初の仲間になった。