ニボシ達と別れた私は、人気のない所で魔法少女に変身する。
念のため移動中はアリスとお揃いの、認識阻害の魔法が掛けられた仮面を装着することにしている。
これで万が一彼女達に発見されても白を切ることはできるだろう。
今の私を見ても、学校での私と認識が結びつかないよう術式が施されている。
魔法という万能に近い奇跡万歳だ。
そして私は彼女達のテリトリーから離れ、隣町まで足を運んだ。
そこに最近可愛がっている弟子がいるのだ。
彼女、大鳥リナは愛犬のサフィと一緒に公園で遊んでいた。
その顔がどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。
「ごめん、遅くなった」
私は公園に付くなり変身を解き、駆け足でリナの元へ向かう。
「……おせーよ、師匠。今日はもう来ないのかと思ったじゃんか」
今日は遅くなってしまったのでリナの機嫌が悪くなっていた。
「ごめんね」と言いながらリナの頭を撫でる。
ぶっきらぼうな口を利くリナだったが、これまで私の手が振り払われたことは一度もなかった。
素直じゃないツンデレさんだ。
アリサと良いツンデレ仲間になれるだろう。
そんな未来は恐らくこないだろうが。
私が笑顔でリナをあやしていると、赤くなりながら彼女は顔をそむけた。
「……いいよ、別に。師匠のことだから、また人助けでもしてたんだろ。ならしょうがねえよ」
うんそれはないかなー、と思いながら誤解は正さず曖昧に笑っておく。
彼女はどういうわけか私を正義の味方だと盲信しているらしく、都合のいい勘違いをしてくれていた。
可愛い子に好かれて悪い気はしないので、わざわざ修正したりはしない。
「ありがとう、リナ」
生意気幼女かわええー。
ぎゅっと抱きしめて、このままお持ち帰りしてペロペロしたくなったが、それはぐっと堪える。
私に抱き締められたリナは流石に羞恥心が限界に達したらしく、暴れて私の拘束を振り払った。
「あーもう! そんなに抱き着くなよな! あたしはぬいぐるみじゃないんだぞ!」
もちろんあなたは可愛い幼女ちゃんですよ。
などとは言わず、私はただ寂しそうに微笑んだ。
「ごめんね、嫌だった?」
「っ、べつに、嫌ってわけじゃ……ねぇんだけど。ただちょっと、恥ずかしいっていうか……」
愛い奴めーと抱き締めると、慣れてしまったのかリナは呆れたように溜め息を付いた。
それでいて今度は暴れなくなったので、ほどほどで解放してあげることにした。
「さて、可愛い弟子成分を補給したところで、本日の魔女退治に行ってみようか?」
「弟子成分ってなんだよ……ったく、師匠は前置きが長いぜ」
待ちわびた様子でリナが頷いた。
うんうん、子供は元気が一番だよ。むしろ子供なら無条件で一番だよ。
ただし可愛い子限定で。
ぜんぜん無条件じゃないやん、という突っ込みは無視する。
私とリナの二人は魔法少女に変身した。
キュゥべえと同じく一般人には見えない仕様にしてあるので、私達の姿が騒がれることはない。
もちろん変身の前後は人目を気にする必要はあるが、魔法少女ならばどんな犯罪行為も可能だろう。
一例をあげるなら米軍基地に侵入したほむほむが顕著だろう。
時間停止というやや特殊な魔法ではあるものの、彼女と似たようなことは他の魔法少女にもできるのだ。
幻覚、催眠、結界……魔法を悪用すれば完全犯罪など朝飯前だ。
魔法少女とはどこまでも身勝手で、近視眼的な存在なのだ。
私もまたそんな俗物の一人に過ぎない。
リナの魔法少女姿は赤いゴシックロリータな服装で、後ろに垂らした二筋の三つ編みが可愛かった。
武器は幼女に似合わないようなゴツイ戦槌だ。だがそれがいい。
幼女とウォーハンマー。容姿と性格も相まって、前世で大好物だったリリなの世界の永遠のロリ娘を思い出さずにはいられない。
そして彼女の特筆すべき点はそれだけではなかった。
彼女の愛犬サフィも願い事で蘇ったのだが、少々特殊な存在と化していた。
彼女の愛犬サフィは使い魔達によって殺され、結界の向こう側へと消えていったのだが、リナの祈りがサフィを蘇らせた。
問題はサフィがどういうプロセスで蘇ったかだ。
時間を戻したのか、肉体を復元したのか、同一情報で新たに創造されたのか。
奇跡というのはそれらを無視して結果だけを与える。
私が調べた結論として、サフィは魔法生物になっていた。
生体情報は普通のシベリアンハスキーそのものだったが、今以上は老化しなくなっていた。
すでに立派な成犬であるサフィだったが、衰弱死するようなことはなくなったわけだ。
リナの願い「死なないで欲しい」という願望を忠実に叶えた形だろう。
だがそれは果たして、元のサフィと同じなのだろうか。
条理を超えた願いには落とし穴がある。
気付かない方がリナも幸せだろう。
さて、少々長くなったが、要するにサフィは魔法生物だ。
なので私が少々手を加えたところ、サフィはリナの使い魔となった。
リナの魔力を使い、いくつかの魔法を使うことのできる優秀なペットとして、リナの戦力になったのだ。
いやはや、今も私の肩に乗る白いナマモノとは大違いの、実に頼りになる使い魔だ。
無期限で取り換えっこしたいところだ。
『リンネ、きみはまたなにか変なことを考えてないかい? きみがそういう目で僕を見る時は大抵ろくでもないことが待っているという統計が、既に出ているんだけど?』
『たかだが百にも満たないデータ不足な統計を信じるなんて、お粗末ねキュゥべえ。そういうことは千は確実に酷い目にあってから言いなさいよ』
『……やれやれ、それを実現できる未来は遠くなさそうだ』
キュゥべえは目を閉じて頭を振ってみせた。
奴を握りつぶしてぷぎゃーしない私の鋼の理性を讃えたいところだ。
「さて、我が弟子よ。今日は前回教えた魔女の探査から始めましょう。運良く見つかったら、それの討伐までが本日の課題です」
「よっしゃー! いくぜサフィ!」
「ヴォン!」
愛犬とともにリナは駆け出した。
私もすぐにその後を追う。ただし私は空を飛びながらだけど。
意外なことに飛行魔法を習得している魔法少女は少ない。
せいぜい高く跳躍したり、浮いたりするのがせいぜいだ。
リナにも教えているのだがまだハエに抜かされる程度の超低速しか出せないので、今はこうして地上を走っている。
人間はもともと空を飛ぶ生き物ではない。
直感で魔法を使う者が大多数の魔法少女にとって、空を飛ぶ魔法というのは鬼門らしい。
そう考えれば、リナにはまだ才能が有る方だ。
魔法少女は飛ぶものだという幼女らしい偏見もあって、目をキラキラさせて練習する様は確かな将来性を感じさせた。そのうち空戦も可能になるだろう。
もちろんそれらの練習には魔法を使っているため、その度にリナのソウルジェムは穢れを溜めこんでいるわけだが、その都度私が師匠としてグリーフシードを貸し与えていた。
最初から甘やかすのはよくないので、無条件で貰えるなどと勘違いさせるようなことはしなかったが。
私の教育の成果もあってグリーフシードの重要性は十分に理解しているリナだったが、魔法を使うのは楽しいらしくこれまでの練習でグリーフシード五つ分は消費していた。
私自身は穢れを溜めこみにくい特製ソウルジェムのため使用頻度も少なく、おまけに使いきれないくらいのグリーフシードが大量に凍結保存されている。
なのでいつか返すことを条件にはしているものの、遠慮せずにじゃんじゃん魔法を使って構わないことは教えてある。
縄張り争いでせこせこ稼いでいるような魔法少女が聞いたら、羨むどころか殺意を抱きかねないだろう。
ともあれ、そんな恵まれた環境と私という指導者の存在によって、リナはすでに一線級の魔法少女となっていた。
私は他の魔法少女に見つからないよう、念のため何重にも隠匿魔法を重ねながらリナを追跡する。
この街を縄張りにしていた魔法少女はあらかた掃除し終わっているのだが、念には念を入れるべきだろう。隣街から侵入してくることもあるのだから。
彼女の使い魔サフィは実に優秀で、獣の能力を十全に生かして魔女の痕跡をかぎ分けていた。
アイナ先輩の探査魔法とは少々アプローチの違う探査方法だったが、甲乙つけがたい精度を誇っている。
強いて言えばアイナ先輩の方が周囲の環境に影響されない分、汎用性が高いくらいか。
サフィの追跡は自身の嗅覚をベースに魔法で強化したものなので、若干周囲に影響される欠点があるのだ。
だが雨でもない本日に限ってはそれは大した問題にはならなかった。
大した間もなく魔女の居場所を確信し駆け出したサフィと、その後ろに続くリナの姿が見える。
ソウルジェムの反応だけを頼りに足を棒にしながら魔女を探し回る魔法少女もいるというのに。
まったく、持つ者と持たざる者が明確に切り分けられた世知辛い業界だ。
この魔法少女というやつは。
リナ達が結界内に侵入したので私も近くに降り立ち、結界の外から内部を観察する。
実はサフィを使い魔にした際、目立たないように私とのラインを繋いでいたのだ。
それはもっぱら盗撮器の役割を果たし、私にリナ達の戦闘風景を見せた。
私はいざという時助けにいけるよう準備しつつ、弟子の勇姿を眺める。
『いっけぇ! グラントスラーッシュ!』
圧壊。
そうとしか表現できないほど結界の内部はボロボロだった。
何もかもがへしゃげ、潰れ、原型を留めている物など何もない。
リナはその手にした戦槌で破壊の限りを尽くしていた。
小柄な体躯を独楽のように回しながら、巨大化した槌を振り回す。
それは暴風となって破壊の嵐をもたらした。
切り絵のような人型の使い魔達は紙切れのように消滅し、親玉であろう角ばった外見の魔女がけたたましい叫び声をあげる。
黒い紙吹雪が無数の刃となってリナに襲い掛かるが、リナは小器用に隙間を潜り抜け、避けられないものは槌を盾にして難なく凌いでいた。
今日が初めて一人での魔女退治だとは思えないほど熟練した手並みだった。
使い魔のサフィも自身に防御魔法を掛け、四肢を動かしリナのように回避行動をとっている。
その姿はまるで一人と一匹の猟犬だ。
魔法で映し出した銀幕の中、大胆不敵に笑うリナの姿が見えた。
『へっ、このくらい師匠の攻撃に比べれば屁でもねぇ!』
魔法で私の目の前に映し出された映像から、そんなリナの叫び声が大音量で響いた。
心なしか肩に乗るキュゥべえが呆れたように私を見ているようだ。
「きみは彼女にどんな訓練を施したんだい? あの魔女、新人の魔法少女なら手痛い敗北をするくらいの強さを持っているはずなんだけど。彼女、圧倒的じゃないか」
「別に普通よ。魔法少女ならあの程度、普通ならできなきゃ可笑しいのよ。誰かさんが種をまくだけまいてきちんと教育しないせいだわ」
「耳が痛いね。だけどきみの普通ほどあてにならないものはないと思うな。まあいいさ、きみが指導者として優れているという事実は、僕たちにとっても嬉しい限りだからね」
「資源が有効に生かされるのが嬉しいんでしょ? そう考えると、現行の魔法少女システムがどれだけ無駄に命を散らし、簡単に絶望しているのか。もったいないお化けが出てきそうよ」
「やはりきみの視点は少し変わっていると思うよ、リンネ。僕にとっては好ましいものだけどね」
「あなたの好悪に興味はないし、意味もないわ」
「それはまったくその通りなんだけどね」
キュゥべえは機嫌良さそうに尻尾を振っていた。
だが繰り返して言うが、インキュベーターに感情などないのだ。
それでも奴が嬉しそうに見えるのは、それだけ成果を喜んでいるからだろう。
私もまた弟子の成長が見れて嬉しいとは思う。
もっとも私のこれは、家畜の世話をする農家の気持ちなのだろうが。
「そのうち教導団でも作ろうかしら。まぁ、私みたいな人類の裏切り者は一人で十分だけど。そうなると一般の魔法少女達で組織を作っても、いずれ真実に気付いて内部崩壊するのがオチか。私が一から手作りするにしたって時間がかかりそうね」
「それでも不可能と言わないあたり、きみは実に優秀だと思うよ。これからも末永い付き合いを頼むよ、リンネ」
それに嫌だと言えないジャパニーズな自分が恨めしい。
まあこれからも私が生きていく以上、奴らとの付き合いは不可避なので仕方ない。
「こちらこそ、キュゥべえ」
『これで終いだ! ギガスラーッシュ!』
私達が幕裏での会話をしている間にリナが魔女の本体を圧殺した。
初勝利を無邪気に喜ぶ弟子に、私は狂おしいほどの愛情を感じる。
はやくおおきくなーれ。
「どうだった師匠! 見ててくれたんだろ?」
魔女の結界が消え、グリーフシードの回収を終えたリナとサフィ。
私は彼女達に近づくとまずはその戦果を讃えた。
「荒っぽいけど見事だったわ。これでもうあなたは一人でも戦える」
私がそう言うと、リナは途端に泣きそうな顔になった。
「し、師匠も一緒に戦ってくれるんだろ?」
寂しくて、不安で、泣きそうな顔になるリナは可愛らしかった。
私は屈んで彼女と視線を合わせる。
「今日の戦いだって、リナはサフィと一緒に危なげなく戦えていたわ。もう私に教えることはないの。これからは私の弟子じゃなく一人の魔法少女として、魔女達と戦っていくのよ」
「師匠は、師匠は一緒に戦ってくれないのか!?」
捨てられた子犬のような目で私を見るリナ。
横では本物の犬であるサフィが、か細い鳴き声をあげて私達を見ている。
なんだこの最強タッグは。
私を萌え殺す気かと問い正したい。
「一緒に戦うだけが絆じゃないわ。あなたが望めば、私はいつだって駆けつける」
「……ほんと?」
「うん。約束しよっか?」
私が差し出した小指に、リナの小さな小指が絡まる。
……なんだかエロイと思いました。
そんな腐れ脳な私は一度死んだ方がいいのかもしれない。
そんな私をよそに、リナは大声で約束事をとなえる。
ゆーびきーりげーんまーん、うーそついーたら、グリーフシードのーます! ゆびきった!
「グリーフシードは呑みたくないなぁ……」
どんな反応が起こるかまったくわからん。
そのうち他人で実験でもしてみるか。
邪悪な企みを心にメモする私をよそに、リナは無邪気な笑顔で私を見ていた。
「嫌なら約束守れよな! 絶対だぞ!」
「わかったよ、リナ。これからあなたは弟子じゃなく私の妹分だ。魔法少女として魔女から人々を守ってほしい。その代わり、私があなたを守るから」
「……ばかだろ。あたしだって姉ちゃんのこと守るに決まってるじゃんか!」
可愛いことを言ってくれるリナを、私はぎゅっと抱きしめた。
「リナは可愛いな」
「なっ!? ば、ちょっ! 姉ちゃん!」
じたばたともがくリナがあまりに可愛いので、暴れてもしばらく撫で繰りまわした。
そのせいで、拗ねてしばらく口を利いてくれなくなってしまったのは余談だ。
私は笑顔でリナを抱き締める。
いつかあなたが魔女になる、その時まで。
私はあなたの姉でいましょう。
それが銀の魔女にできる、唯一の償いだから。