私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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|ω・)チラ
||д・)つ ソォーッ【前回のあらすじ】かこちゃん(^ω^)ペロペロ。
|彡サッ


第三十八話 聖者失墜③ コキュートス

 

 

 

 <アンジェリカ・ベアーズ>の存在する境界にほど近いビルの屋上。

 そこで仮面の少女カンナは、待ち望んだ時がやってくるのを今か今かと待ち望んでいた。

 

「――箱庭の崩壊は近い」

 

 あすなろ市全域に展開された聖団の儀式魔法は、既に綻び始めている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()聖団の魔法少女達に、それを修復する術はない。

 

 かつて聖団の魔法少女達は【卵孵器(インキュベーター)に関する認識】を書き換える事で、あすなろ市を不可侵の聖域へと変えた。

 <魔法少女>へと誘う悪魔を忘却する事で、干渉できないよう作り変えたのだ。

 

 だが聖域は、目的を果たせぬままにその役目を終えようとしている。 

 カンナは空を見上げ、そこに薄っすらと浮かんでいる巨大な魔法陣を眺めた。

 

 それは常人にとって不可視の結界であり、本来ならば他の魔法少女達にすら隠蔽された聖団の秘術だ。

 それが今では楔となる団員達が欠けた事によって綻びが生じ、こうしてカンナの目にも見えるようになっている。 

 

「結局、時間稼ぎにもならなかったな」

 

 本来ならこの聖域を、悲劇を防ぐ<揺り篭>にするつもりだったのだろう。

 

 インキュベーターさえいなくなれば、新たな魔法少女は生まれない。

 インキュベーターの干渉さえなければ、悲劇もなくなる。

 

 魔法少女にとって欠かせない『ソウルジェムの浄化』や『グリーフシードの処分』は、インキュベーターの死体から作り出した『ジュゥべえ』に任せればいい。

 

 あすなろ市の<聖域>は、そんな思想を基に設計された楽園だった。

 

 だがその計画には、致命的に見落としている点がある。

 それはたとえ卵孵器(インキュベーター)を完全に排除したところで、人の本質は変わらないという一点。

 

「……悲劇を紡ぐのは、いつだって人の愚かさなんだよ」

 

 故に悲劇は起こり、事態は定められた破滅へと向かって収束していく。

 

「だから――聖者は失墜し、星の乙女達(プレイアデス)は地に堕ちるのさ」

 

 カンナは仮面の下で、嘲るような笑みを浮かべた。

 夜空に浮かぶ魔法陣は、砂時計の様に徐々に欠落していく。

 全てが尽き果てるその時を、カンナは仮面越しに見上げて待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、終わりを始めよう――我ら地獄の悪鬼なり」

 

 魔力が溢れる。

 空気が凍てつく。

 

 <魂喰らい(ソウルイーター)>として覚醒を果たした双樹姉妹は、その姿を新たな装いへと変えていた。

 かつてあやせの紅とルカの白が入り混じっていた姿は、全く異なる漆黒のドレス姿へと変貌している。

 

 今表に出ているのは『あやせ』か『ルカ』か、あるいは第三の人格なのか。その外見からは何一つ伺えない。

 一個の<双樹>と成った魔法少女は、その膨大に膨れ上がった魔力を操り、禁じられた魔法を詠唱する。

 

「――Arbuda(アブダ)Nirarbuda(ニラブダ)Aata(アタタ)Hahava(カカバ)Huhuva(ココバ)Utpala(ウバラ)Padma(ハドマ)Mahapadma(マカハドマ)

 

 捕食した(ソウルジェム)を燃焼させ、奔流する魔力の導くがままに詠唱する。

 魔法少女でも、ましてや人の身では決して届かない神域の御業。

 

 其は極寒の地獄巡り。

 顕現するは八寒地獄。

 

 そこへ堕ちた者はあまりの寒さに身体が折れ裂け流血し、その死に様は紅蓮の花に似るという。

 単なる魔法少女が扱うには過ぎた、神の如き力の一端が行使される。

 

 

 

「万物凍てつけ――<大紅蓮地獄(ロッソ・インフェルノ)>!!」

 

 

 

 瞬間、世界が凍りつく。

 燃え盛る炎も、千の軍団(レギオン)も。

 戦いの熱さえも凍てつき、無数の刃で切り刻まれるかの如き冷気だけが空間を支配した。

 

 事象の上書き。世界の改変。

 空想を具現化させる真なる『魔法』。

 

 捕食した魂を代価にして、神話における嘆きの川(コキュートス)は再現される。

 

 命ある物は魂すらも凍らせる。

 形ある物は崩れ落ち塵と化す。

 

 みらいのレギオンは迫る死の寒波から主を守る盾とならんとしたが、現出した地獄を前に全てが凍りつき、再生する事も敵わぬほどの塵となって消滅していく。

 八割ものレギオンが瞬く間に消滅したものの、親衛隊として周りに残っていた刻印個体達がみらいに覆いかぶさるように密集し、冷気から守る簡易的な砦となった。

 

 みらいの忠実なる兵士達の献身は、決して無駄ではなかったのだろう。

 魔法少女といえども即死級の魔法現象を前に、時を稼いでみせたのだから。

 

 たとえそれが、迫り来る死を見つめるだけの残酷な時間だったとしても。

 主である少女の生を、少しでも長らえさせた事に違いはない。

 

 ベア達の中に埋もれたみらいは、息苦しさを感じるよりも早く、すぐ傍まで冷気が侵食してくるのを感じ取っていた。

 パキ、パキ、と甲高く澄んだ破砕音が、逃れ得ぬ死へのカウントダウンとして、耳鳴りの止まないみらいの鼓膜を震わせる。

 

 ――ここは、寒い……寒いよ、サキ。

 

 唇が貼り付いてうまく動かせない。

 固有魔法(マギカ)を詠唱しようにも、何もできない。

 意識はあるのに、まるで時が止まってしまったかのよう。

 

 無敵のはずのレギオンが、相手のイカサマ染みた外法によって覆されてしまった。

 こんな結末を果たして聖団の誰が予想し得たというのか。

 

 逃れ得ぬ死を前にして、みらいはサキの事を想った。

 

 ――ボクにとって、サキは特別な存在だ。

 

 だけどサキにとって、ボクは特別なんかじゃない。

 海香、カオル、里美、ニコ……そして若葉みらい(ボク自身)

 

 ボクはきっと、サキにとって五分の一のお友達。

 たった一人の特別なかずみ(ミチル)にはなれない。

 

 

 思い出すのはかつての記憶。

 みらいにとっては、忘れたくても忘れられない出来事。

 些細な、それでいて己の原罪の切っ掛けとなった一幕。

 

『ミチル、良ければこれを』

 

 それは<和沙ミチル>がまだ健在だった頃の事。

 魔女との戦いで、ミチルは祖母の形見であるピアスを無くしてしまった。

 

 物は消えても祖母との思い出は消えないから大丈夫だと、寂しげに笑うミチル。

 そんな彼女の為に、サキはそっくりな物を探し出し、彼女へプレゼントしたのだ。

 

『これは……?』

『心の中にあっても、邪魔にはならないだろう?』

『海外出張中の父さんに探してもらったんだって』

 

 受け取るのを躊躇うミチルに、カオルが助け舟を出した。

 

『……ありがとう、サキ!』

 

 ミチルはサキのプレゼントに花開くような笑顔を浮かべ、早速その身につけてみる。

 

『似合うかな?』

『ああ……とてもよく似合ってる』

 

 そしてサキは、そんなミチルを愛おしげに見つめていた。

 それを若葉みらいは、どんな気持ちで見ていたのか。

 

 ――ミチルが生きてた頃から、ボクは彼女に<嫉妬>してたんだ。

 

 わかってる。

 わかってたんだ。

 

 ボクにとってサキは特別だけど、サキにとってボクは特別なんかじゃないって。

 サキにとっての特別は、いつだって<ミチル(かずみ)>なんだ。

 

 それでもサキの優しさに、みらいは救われたのだから。

 

 ――まだだ……まだ、終われない。

 

 若葉みらいの命運は最早尽きている。

 極寒の冷気はみらいのソウルジェムすらも凍らせ、罅割れたその姿はいつ砕け散ってもおかしくはない。

 

 それでもみらいは、サキの為に何かを残したかった。

 たとえ命尽きようとも、サキの事だけは守りたかった。

 

 ――だってサキはボクで、ボクはサキなんだから。

 

『実は私も、子供の頃は『ボク』だったんだ』

 

 そう言ってくれたのは、サキだけだった。

 

 自分の事をボクと呼ぶ若葉みらいに、浅海サキは理解と共感を示してくれた。

 気持ち悪いと、気味が悪いと言われ続けた『ボク』を、サキだけが肯定してくれた。

 

『父が厳しくて『私』に改めさせられたんだが、今でも無性に『ボク』と言いたくなる時がある。

 だからキミを見ていると、昔の自分を見ているようで――嬉しくなる』

『サキ……』

 

 サキにとっては、何て事のない言葉だったのかも知れない。

 それでもみらいは、その言葉に確かに救われたのだ。

 

 ――サキは絶対に、殺させない。

 

 掠れた唇で、みらいは魔法を紡ぐ。

 音のない詠唱は空気を震わせず、けれどもみらいの魂を震わせて発動する。

 

 

 

 ――…………大好きだよ、サキ。

 

 

 

 その声なき告白を最後に、みらいのソウルジェムは砕け散った。

 団子のように固まっていたベア達が砂の様に崩れ去り、中からみらいが力なく倒れ伏す。 

 

 白銀の世界の中で、鮮やかな赤色が広がっていく。

 少女を中心に広がる血の花弁は、紅蓮の花を思わせた。

 

 創造主である少女を失い、主柱を失った<アンジェリカ・ベアーズ>が崩壊を始める。

 プレイアデス聖団がこれまで築いてきた全てを巻き込み、どことも知れない虚無の中へと消失させようとしていた。

 

 ただ一つだけ、みらいの最後の希望を残して。

 残された箱の中身を確かめる前に、みらいはこの世を去ったのだ。

 

 

 

 後に残されたのは<魂喰らい(ソウルイーター)>である双樹だけだった。

 流された血の川を踏み越え、他のあらゆる生命を拒む地獄の中で傲慢に告げる。

 

「想いの強さこそが魔法の強さ。ならば貴女は、素晴らしき魔法少女でした」

 

 双樹は若葉みらいを称賛する。

 死の間際に魅せた彼女の輝き、その鮮烈な魔力の色はとても綺麗で、実に()()()()()()()

 

「死んだ魔法少女だけが、永遠の輝きを放つのですから。

 あなたはとても幸せな方ですね」

 

 魂を腐らせ魔女へ堕ちる事と比べてしまえば、若葉みらいの死に様は比較にならないほど美しいものだった。

 

 そう言って、双樹はみらいの死骸を踏みつける。

 僅かばかり残っていた人の形も砕け、後には赤い灰だけが残された。

 

 汚いもの、醜いものは要らない。

 輝きだけを残して死ぬ事こそが、魔法少女にとって至上の幸福なのだから。

 

「――ご馳走様でした」

 

 双樹は手を合わせて合掌する。

 嘆きの川(コキュートス)の中で、双樹の吐いた息だけが熱を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンナは自身の固有魔法(マギカ)によって聖団内部をくまなく監視しており、その最中プレイアデス聖団の一人、若葉みらいの死を確認した。

 その死を見届けたカンナは、堪え切れなくなって思わず吹き出してしまう。

 

「アハハハ! あのガキ、ついに逝ったか!」

 

 聖団内で一番精神的に未熟だった奴が死んだ。

 ボッチ歴が長く、唯一確かな共感を示したサキに強い執着を持っていた少女だ。

 

 当人はそれが恋だとか思っていたようだが、カンナにしてみればお気に入りのテディベアに対する執着の延長線上としか思えなかった。

 

 若葉みらいの世界は狭い。

 彼女にとっては手にしたソレが、たとえガラクタであろうと宝物に思えたのだろう。

 

 彼女の主観でいえば間違いではない。

 だが致命的に脆いそれは、いとも容易く崩れ果てた。 

 

「安心しろよ、お前の死は無駄じゃない」

 

 仮面の裏でカンナは少女の死を嘲笑う。

 

「嫉妬狂いの魔女はこれにて脱落。残りのプレイアデスは三人。

 <浅海サキ(色欲)>と<御崎海香(強欲)>と<牧カオル(怠惰)>。

 【イノセントマリス】が揃うまであと僅か……<かずみ>の完成も近いな」

 

 また一歩、目的に近付いた。

 待ち望んでいた新世界の礎が刻々と出来上がろうとしている。

 

「さあ<エリニュエス>達よ。せいぜい頑張って殺しておくれ。

 それすらも【銀の魔女】の思惑だと知って、絶望するがいい」

 

 エリニュエス――それはプレイアデス聖団とも異なる目的を持った<魔法少女殺し>。

 

 カンナにしてみれば彼女達こそが【銀の魔女】の傑作達だ。

 自らの意思で逃げ出したと信じているようだが、アレがそんな生易しい存在だとは思わない。

 

 今尚こうして自由に行動している以上、それもまた計画に含まれているのだろう。

 実際、こうして聖団を崩壊させる手駒になっている。

 

 そもそもの話――あの女の与えた運命から逃れられると、本当に思っているのか?

 

 カンナは自身の腕に刻まれた【聖呪刻印(スティグマ)】を見やる。

 この刻印は反逆者に呪いを与え、服従者に祝福を与える。

 【銀の魔女】の奴隷である事を示す首輪だ。

 

 銀魔女に調整された彼女達(エリニュエス)が、真の意味で自由であるはずもない。

 カンナもまた役者の一人に過ぎないが、それを知るからこそ目的の為に演じ切ってみせよう。

 

「――私は、私の理想郷(ヒュアデス)を実現してみせる」

 

 数多の悲劇を踏み台にしてでも、この願いは成就させて見せる。

 それが【銀の魔女】に魂すらも売り払った、正当なる対価なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




|・ω・)/遅れてメンゴ!

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