この身に代えても叶えたい願いがあった。
その為ならば、どんな代償さえも厭わなかった。
この血肉が欲しければ捧げよう。
こんな
この身が既に人間とは別物の、魂を抜き取られた
乞い願う。
この世界には『奇跡』が実在するのだと、知ってしまったから。
どうかもう一度と、願わずにはいられない。
それこそが破滅への道なのだとしても。
『――私と背信の契約を結びましょう』
銀髪の少女が優しげな笑みと共に手を差し伸べる。
その紅の瞳には慈愛の色すらも浮かばせて、銀の少女は聖母の如く囁いた。
それは悲劇を織り成す魔女の誘惑。
『あなたの祈り、あなたの願い、他の誰でもない私だけが叶えてあげられるわ。
【銀の魔女】の名の下に、奇跡に相応しい対価を捧げなさい。
悲劇を、嘆きを、絶望を――積み上げた罪と屍の頂にこそ、奇跡は降りてくる。
喜びなさい、
真っ白で綺麗な手のひら。
傷一つ、染み一つないそれに、どこか血塗られた悍ましさを感じずにはいられない。
その手を取ってしまえば、無数の悲劇を生み出すものだと分かっていた。
それでも奇跡が――願いが、叶うのであれば。
ここに二度目の契約は結ばれる。
それは無辜の魔法少女達を裏切る
銀の洗礼を受けて、絶望を齎す魔女の走狗となった。
奇跡を起こす為に必要な対価を、生贄を捧げ続ける。
全ては『感情エネルギー』を収集するため――魔法少女を単なる資源として捉え、奇跡を叶えるための燃料として悲劇の炉にくべる。
魔女や使い魔だけではなく、何も知らない無垢な少女達すらもこの手で捧げた。
殺すだけでは飽き足らず絶望の相転移へ次々と叩き落とした。
そうして生まれた魔女は、誕生の産声と同時に屠殺する。
新たな
終わらない悲劇を演出する舞台装置――その歯車の一つとなって、心なき機械のように延々と繰り返し続ける。
自分よりも遥かに優しい少女を殺した。
自分よりも幼く無垢な少女を殺した。
夢を追いかける少女を殺した。
理想に燃える少女を殺した。
家族想いの少女を殺した。
みんな苦しめて殺した。
魔女に貶めて殺した。
全ては、身勝手な願いを叶える為の
彼女達の持つ尊い祈り、眩い輝きの全てを冒涜した。
向けられた涙も、罵倒も、憎悪の感情すらも、いつしか慣れてしまっていた。
血溜まりの汚泥に沈み、心が感じる苦痛すらも対価として捧げると、後には摩耗した空虚な心だけが残された。
そうした祈りの果て……確かに、待ち望んだ奇跡は叶えられた。
――パチパチと、拍手の音が鳴り響く。
そこは地下の大聖堂。崇める神なき邪なる祭壇。
その檀上で、銀の魔女が満面の笑みと共に『達成者』の誕生を言祝いでいた。
『おめでとう、今こそあなたの献身に報いましょう!
ここに奇跡を起こす
あなたの願いは
――
銀の少女の口から呪文が紡がれる。
それは聞き覚えのない旋律だった。
理解できない言葉のはずなのに、その意味だけが想起させられる。
そんな地球上には存在し得ない言霊を鍵にして、かつてないほどの魔力が聖堂内に溢れ出した。
同僚である他の走狗達が恐れ慄く中、銀の少女だけが指揮杖を高らかに掲げる。
するとその先端から祝福の光が降り注いだ。
そのあまりの眩しさに目を焼かれ、思わず瞼を閉じてしまう。
やがて恐る恐る目を開けた先には……奇跡があった。
――死者の蘇生。
掛け替えのない大切な人達の姿が、そこにはあった。
失われた宝物が、灰となって消えたはずの生命が再び蘇ったのだ。
彼女は聖者の如く、果ては
いとも容易く奇跡を起こすその様は、もはや神かそれに類する何かとしか思えない。
奇跡とは本来、決して人の身では叶わぬ御業だ。
神様の専売特許であるはずのそれを、少女の形をした何かは自在に操っていた。
悲劇を糧に奇跡を起こす――ならば目の前の少女は神などではなく、きっと悪魔なのだろう。
だがそのどちらでも構わない。
超常の存在を目の当たりにして、本能的に沸き上がる畏怖の念が抑え切れない。
周囲を取り囲む者達もみな目の前の奇跡に興奮し、その栄誉を受けた者へ羨望の眼差しを送っている。
純粋に祝福する者もいれば、中には嫉妬からか呪わんばかりに鋭い視線を向ける者もいた。
だがその誰もが例外なく、奇跡の行使者である少女へ強い崇拝を捧げていた。
見た目は同年代の――それこそ十四かそこらにしか見えない銀髪の少女は、ここに神の如く君臨していた。
その正体が実はどこかの神話に記された怪物だったとしても、最早驚かないだろう。
むしろ元が単なる少女である事の方が、いっそう恐ろしく感じてしまう。
人とは、魔法少女とは……ここまで突き抜けられる
『魔法少女』と形容する言葉のあまりの軽さに、吐き気すら感じてしまうほどに。
――彼女こそが【銀の魔女】と呼ばれし存在。
彼女は対価に相応しい貢献をした者に<奇跡>を与えてくれる。
だからそれを知る者は皆、彼女の命に従い、彼女の為に働き、彼女の望むがままに悲劇を紡いだ。
魔法少女とは、その全てが例外なく「奇跡を叶えてしまった」者達だ。
故に、目の前へぶら下げられた『二度目の奇跡』を前に、我慢できる者など滅多にいない。
一度知ってしまったからこそ、誰もがもう一度と願ってしまう。
ある者は膨れ上がった欲望を叶える為に。
ある者は一度目の奇跡を後悔するが為に。
ある者は魔法少女の運命から逃れる為に。
誰も彼もが奇跡を追い求め、【銀の魔女】の走狗となって仲間であるはずの魔法少女達を生贄に捧げた。
そうやって一度でも自らの手を血に染めてしまえば、もう二度と後戻りなどできはしない。
血と罪に塗れながら、際限なく奇跡を求め続ける。
その有様はあたかも亡者の群れのように醜く、汚らわしい。
己の救いのみを求め、他者の足を引きづり落とし、どこまでも身勝手な願いに取り憑かれたまま突き進む。
全ての救いは、その断崖の果てにしかないと言わんばかりに。
たとえその先にあるのが奈落の底であろうとも、盲目になった屍人達は気付きもせず。
――榛名桜花は、手にした魔導書を開いた。
書の
元々は『魔法少女の魔力を吸い尽くす』為に作られた処刑具にして、魔力の蒐集器。
それに魔法少女の
適正者以外の者が使用すれば即座に破滅する呪われた書物。
その誕生から現在に至るまで、無数の悲劇で彩られている。
唯一の適正者にして生存者――榛名桜花が手にするまで、幾人もの魔法少女達を呪殺してきた曰く付きの代物だ。
「……ほんまにろくでもないわぁ。うちも含めて、魔法少女なんてみんなろくでなしばっかりやな」
かつて亡者の一人だった少女は、今では<エリニュエス>の一員としてプレイアデス聖団の本拠地を襲撃している。
呪われた書を手に戦場を歩きながら、オウカは乾いた笑みを浮かべた。
欠陥品――あるいは失敗作。
それは自身にこの上なくお似合いの言葉だった。
だからこそ、この呪われた書はオウカを選んだのかもしれない。
最後の最後で自らの願いを全て否定してしまった、欠陥魔法少女である榛名桜花を。
背中に自らの武装である十字を象った錫杖を背負い、オウカは入り組んだ通路を淡々と踏破していく。
<アンジェリカ・ベアーズ>の内部は実際に歩くと予想以上に広く感じられたが、仲間達の派手な戦闘音が聞こえてくる程度には狭いようだ。
馬鹿正直に真正面から突撃したクスハや双樹姉妹達とは違い、オウカは裏口らしき場所からこっそりと侵入していた。
問題児共が陽動の役割を果たしてくれたのか、今のところは特に迎撃もなく探索できている。
オウカは<かずみ>から入手した内部情報と照らし合わせ、聖団メンバーの所在地を調査していた。
魔法による地図を投影し、魔力反応のある場所に光点を重ねる。
すると地図上の展示室に当たる場所には、双樹姉妹の反応があった。
その近くにいるのは、恐らく『若葉みらい』だろう。
一応大雑把な指示こそ出しているとはいえ、気紛れな彼女達がちゃんと従うかどうかは半々といったところか。
派手に暴れまわっている碧月樟刃は、地図上では壁を無視して移動しているように見えた。
どうやら本当に壁を破壊しながら暴れまわっているらしく、遠くから暴力的な破壊音が聞こえていた。
それから逃げるように距離を取っている反応は『牧カオル』だろうか。
ご愁傷様、とオウカは内心で手を合わせた。
――クズ姉の相手とか、うちでもごめんやし。
そして肝心の首魁である天乃鈴音は、どうやら地下へと向かっているらしい。
目的は事前の打ち合わせ通り、プレイアデス聖団のリーダー格である『御崎海香』の抹殺だろう。
「まぁ、ここまでは予定通りなんやけど……なーんかすっきりせんなぁ」
特に問題はないのだが、強いて言えば手応えがなさ過ぎるのが問題か。
事前情報によれば『プレイアデス聖団』はチームワークに優れた集団のはずだった。
それが実際に蓋を開けてみれば対応が妙にお粗末に感じられる。
特に連携して迎撃するでもなく、動きがてんでバラバラで纏まりがなかった。
かつての結束は見る影もなく、既に末期的であり崩壊寸前に思える。
恐らく原因は、聖団の要となるはずだった少女――<かずみ>が不在のせいだろう。
「……かずみちゃんかぁ」
彼女は今頃、オウカの魔法によって幸せな夢を見ているはずだ。
二度と目覚めなければいい、とオウカは切に思う。
彼女に対して含む所は一切ない。かずみに関しては完全な被害者だとオウカは認識している。
和沙ミチルの模造品として創造され、失敗作として破棄された。
彼女はその生まれから何まで、他人の意思によって弄ばれ続けてきた。
だからだろうか。
同じ失敗作として、彼女に妙な共感を覚えてしまうのは。
……せめて、夢の中くらいは。
末期的な患者を安楽死させるように、穏やかな夢の中に囚われ二度と目覚めない方が、彼女にとっても幸せなはずだ。
かずみとは友達でも家族でもないオウカに出来る事など、所詮はその程度の欺瞞でしかない。
「……眠れ、眠れ、永久なる夢を。
夢幻の中でこそ、人は幸せになれる。
愛しい人達とずっと一緒にいられる。
辛いことも悲しいことも、夢の世界で全て忘れて。
新たな魔女へと変わる前に、希望を抱いてヴァルハラへと旅立て」
歌うように口ずさむ。
それがせめてもの救いであると。
魔法に汚染された世界は狂気と紙一重。
あるいは人間が人間である以上……感情ある生き物である限り、悲劇と絶望が連鎖する地獄は終わらないのかもしれない。
現実なんてものは、どこもかしこも碌でもないのだから。
最後に小さな足音を立てて、オウカは足を止める。
そこはとある一室の前。地図上に投影された光点は、壁一枚隔てた向こう側にオウカの標的を示していた。
「『浅海サキ』ちゃん見ぃっけ」
そしてオウカは相手の顔も見ないままに、手にした魔導書から魔法を発動させた。
初手にして致命となる必殺の一手。
それは壁を突き抜け不意を打つ、理不尽な一撃を形成する。
「――<
魔導書から闇色の魔力が放出された。
それは物理的な破壊を一切起こさない魔的な波動。
全ての障壁を無視したまま、空間ごと包み込むように標的を闇の中へと抱きしめる。
「……ほなさいならや」
安らかな闇の中で、終わらない夢を見続けるといい。
顔も知らない敵へと向かって、オウカは別れを告げた。
――浅海サキは夢を見ていた。
それは過去の記憶。
忘れられない宝石のような日々の残滓。
季節は五月の半ば、場所は実家の庭先での事だったか。
愛しの妹『浅海美幸』が、眩しい笑顔で植木鉢に咲いた鈴蘭を披露していた。
『みてみてサキちゃん、今年もきれいなスズラン咲いたよ!』
『へぇ……いい香りだね、それに綺麗だ』
幼い妹の明るい笑顔を見ているだけで、サキは温かな気持ちになれた。
咲いた鈴蘭のかぐわしい香りに、可愛らしいベル型の小さな花弁。
花や茎、根に至るまで毒性を持つ鈴蘭だが、その清楚な可憐さは何物にも代え難い。
妹の美幸は、そんな鈴蘭が大のお気に入りだった。
元々は父が仕事先で貰ってきた物が始まりだった。
それを美幸が一目見て、大層気に入ってしまったのだ。
自分がお世話をしたいと言い出した美幸に、どこかで毒性を持つと聞いた覚えのあったサキは、心配からその立候補に反対した。
詳しく調べてみた結果、鈴蘭の毒の強さは青酸カリの約十五倍もの強さがあり、毒の抽出も水に生けておくだけで簡単にできてしまう――可憐な見た目を裏切る強力な毒草だった。
また鈴蘭の赤い実を食べた子供の死亡事例が毎年報告されているなど、見た目がいくら可憐であろうとも、自也共に認めるシスコンのサキが容認できるはずがなかった。
そのせいで一週間も口を利いてくれなかったのは苦い思い出だ。
見かねた父親が仲裁してくれなければ、もっと長引いていただろう。
『正しい知識をもっていれば、毒を過度に恐れる必要はない。
アジサイ、ユリ、チューリップ、あとはジャガイモの芽やトマトの茎や葉なんかもそうだな。身近な花や野菜にも毒はあるんだ。
大切なのはそれを扱う正しい知識と、毒がある事を忘れない正しい認識だ。それさえあれば間違いなど起きないさ。
それに毒にさえ注意すれば、スズランはとても育てやすい植物だ。美幸はしっかりしているし、お前が目を光らせていれば忘れることもないだろう?』
美幸の傍に毒物を置きたくなかったサキとは違い、貿易会社に勤める父の言葉は、美幸達の成長を心から願ったものだった。
結局は、幼いながらもしっかり者で通っていた美幸の普段の素行が認められたのだろう。
サキもまた心配は尽きなかったが、父の言葉には納得できたので渋々ながらも認めるしかなかった。
それが今ではこうして毎年見事な花を咲かせるまでになったのだから、結果的に父の判断は正しかったのだろう。
最近では株の数も増え、庭の一角が鈴蘭の花園になっている。
『美幸ね、スズランたくさん咲かせて、結婚式でブーケにするのが夢なんだ!』
鈴蘭の花言葉は「幸福の再来」「純愛」「希望」「愛の告白」。
日本では馴染みが薄いが、フランスでは五月に愛する人や親しい人へ鈴蘭を贈る風習があるらしい。
実際に結婚式でも使われており、ブーケだけではなく、ブライダルヘアやイヤリングにも使われているそうだ。
そんな妹の可愛らしい夢に、サキはついつい意地悪な笑みを浮かべてしまう。
好きだからこそ構いたくなってしまう。そんな小学生男子のような心理が働いてしまった。
『ほほぅ……だがそれは叶わん夢だなぁ』
『ええ!? ど、どうして!?』
『それはな――どんな男を連れてきても、私が認めんからだ!』
姉バカここに極まれり。
だが誰に何と言われようとも、サキは可愛い妹を他の誰かにやるつもりなど欠片もなかった。
花嫁姿の美幸は是非とも見てみたいが、それをどこぞの馬の骨になど断じて渡してなるものか。
そんな風にシスコンを拗らせるサキに、美幸は困ったような笑みを浮かべた。
『も~、サキちゃんってば……だったら美幸、サキちゃんと結婚するもん!』
ひしっと抱きついてきた妹の小さな体を、サキは「それはいいな!」と満面の笑顔で受け止める。
そんな愛する妹との掛け替えのない思い出。
可愛い妹。世界で一番大切な家族。
この世界で何よりも守りたい、サキにとって唯一無二の宝物だった。
――だが運命の歯車を前にして、サキはあまりにも無力だった。
久しぶりの家族旅行へと出かけた先、父に急な仕事が入ってしまう。
そのまま父は仕事へと向かい、幸いというべきかスケジュール的にも後は帰宅するだけだったので、妹と二人でタクシーに乗り込み、自宅へと帰る事になった。
高速に乗り、旅行の疲れからウトウトとし始めた頃、突如対向車線から飛び出して来たトラックにサキ達は巻き込まれてしまった。
かつて感じた事がないほどの衝撃。
轟音が聴覚を麻痺させ、ノイズの走る視界の先には血溜まりの中に倒れる最愛の妹の姿があった。
『み……ゆ、き……』
手を伸ばそうとするが、サキの意思に反して腕はピクリとも動いてくれない。
徐々に光を失っていく妹の瞳を、サキはただ見ている事しかできなかった。
そしてサキの意識は暗転し――目覚めた時、サキだけが奇跡的に一命を取り留めていた。
『……なぜ、私なんだ?』
怒りや悲しみよりも、虚脱感の方が強かった。
コインを無造作に放り投げて、たまたまサキが選ばれた。
そしてたまたま選ばれなかった美幸は、命を落とした。
そんな運命の悪戯に、世の不条理を感じずにはいられない。
……なぜ私は、生きているんだ?
美幸が死んだのに。
姉であるサキは、妹を守れなかったのに。
こんな世界は――間違ってる。
故に眠れ。
深く深く、間違いを正す為に。
ここに理想の
悲劇も絶望もない、約束された幸福の円環を結ぼう。
そして舞台は反転し、新たな演目を幕開ける。
「……キ……――サキ!」
懐かしい声が、サキの耳朶を震わせる。
目覚めると眩しい照明を後ろに、一人の少女がサキを見下ろしていた。
どうやらソファで眠っていたらしいサキに向かって、少女は呆れた顔を浮かべている。
「もう、サキってばぐっすり眠ちゃってさ。ようやくお客さんが来たんだから、早く起きて起きて!」
ショートにした黒髪に、太陽のような明るい笑顔。
動きやすいラフな格好の上には愛用のエプロンを着ている。
『和紗ミチル』――
「か、カズミ? なぜここに……」
「? なんでって、ここはわたしの家だよ? 変なサキ」
クスクスと可笑しそうにカズミは笑った。
その笑顔を見ていると、何故だかきゅうっと胸が締め付けられる。
意味の分からない切なさに、気を抜けば溺れてしまいそうだった。
謎の哀切にサキが言葉を失っていると、カズミの背後からひょっこりと一人の少女が姿を見せる。
「……サキちゃん、どうかしたの?」
それは最愛の妹――『浅海美幸』だった。
何もおかしくなんかないはずなのに、何故だかひどく懐かしい気がしてしまう。
ついこの間まであんなにも小さかった気がするのに、今ではカズミと背丈も殆ど変わらないほどにまで成長している。
涙が出てしまうのを寝起きのせいだと言い訳して拭っていると、美幸は手提げ袋の中から一つの小瓶を取り出した。
お洒落な小瓶の中には、鈴蘭の白い花が連なっているのが見える。
「あ、ミチルさんこれお土産です。いつもサキちゃんがお世話になってますので」
美幸は両手で小瓶を包みながら、カズミへと手渡した。
はにかむように微笑みを浮かべる美幸は、姉の目からみても文句なしに可憐だった。
「わあ! すっごく素敵! この花ってスズラン?」
「はい、そうです。実はこれ……わたしが育てたものでして。最近こういうのにもはまっちゃってて……これは『ハーバリウム』っていうんですけど、ドライフラワーにしたものをオイルに浸けて標本にしたものなんです」
カズミが小瓶を持ち上げて優しく揺らすと、それにつられて中にあるベル型の花弁もふわふわと漂う。
見ていて癒される素敵アイテムを受け取ったカズミは、その瞳を大きく輝かせた。
「わぁあ! 良いのかな!? こんなに素敵なもの貰っちゃっても!?」
「は、はい。受け取ってくれると……そんなに喜んでいただけると、私もすごく嬉しいです」
「あははっ、ほんっとに美幸ちゃんってば良い子だね! サキが自慢するのも納得だね」
「……そうなんですか?」
「それはもう! 耳にタコができるくらいには!」
「もう……サキちゃんってば」
恥ずかしそうに頬を染めながら、美幸はじとっとした目でサキを睨んでいた。
不味い方向に話が流れている気がしたサキは、咳払いをして話題の矛先を変えようとする。
「んんっ! ま、まぁそんなことより今日はどうしたんだ? 何か用でもあったか?」
「? サキちゃん忘れちゃったの?」
「あー、サキってばまだ寝ぼけてるみたい。今日は『プレイアデス聖団結成記念日』で、特別ゲストに美幸ちゃんを誘ったんでしょ?
来年から美幸ちゃんも同じ学校になるし、大事なメンバー候補だしね」
呆れたように言われて、ようやく
今日はサキにとっても大切な記念日。
掛け替えのない友人達に、愛しの妹を紹介するために呼んでいたのだ。
「今更な話ではあるのですが……『プレイアデス聖団』って実際は何の集まりなんですか? サキちゃんってば詳しく教えてくれなくて……」
「おやおや、シスコンのサキさんにしては珍しい」
からかうように『神那ニコ』がにやりと笑った。
これは後でまたいじられてしまうなと、満更でもない気持ちでサキは苦笑する。
来客の気配を感じたのか、いつの間にかパーティーの準備を終えた仲間達が続々とリビングに集っていた。
「プレイアデス聖団の正体はね、なんとなんとぉ――ワルモノを退治する正義の魔法少女達なのだァー!」
バーンと効果音が付きそうな勢いで、カズミは宣言する。
その勢いに押された一同は「おぉ……」とまばらな拍手を送り「どーもどーも」と調子に乗ったカズミが鷹揚に手を振って応えていた。
「はぁ……また始まった。美幸ちゃん、気にしないでいいわよ。カズミのいつもの冗談なんだから。本当はただの『天体観測同好会』ってだけよ。
カズミのお気に入りが『プレイアデス星団』だから、そこから名前を取ったわけね」
「来年こそはぜったい部に昇格して、予算をもぎ取ってみせるよ!」
『御崎海香』がやれやれと肩を竦めて、美幸に説明する。
他の部活との掛け持ちもOKな緩い同好会で、メンバーの一人である『牧カオル』なんかはサッカー部でレギュラー入りを果たしていたりもする。
「で、女ばっかりで聖団とか、なんだか戦隊とかバトルものっぽいよなって話になって」
「最終的には『魔法少女』って設定に落ち着いたのよね? 確か」
補足するようにカオルが言葉を継ぎ、『宇佐木里美』がそう締めくくった。
「……前から言ってるけど、魔法少女なんてファンタジーな設定、私達には似合わないわよ。リアリティが足りないわね」
「えー? そんなこと言っちゃって、意外と海香みたいなタイプが一度はまるとスゴそうなんだけどなー」「わかるわかる」
「ダマラッシャイ」
仲間達が囃し立てると、海香は鬼の角を生やした。
きゃあきゃあと騒ぐ仲間達に、サキもまた笑顔を浮かべる。
「はい、サキもこれ。カズミ特製のスペシャルジュースだって」
「ああ……ありがとう、みらい」
『若葉みらい』から差し出されたジュースを受け取る。
どうやら主賓である美幸もやってきた事で、早速パーティーを始めるらしい。
浮ついた雰囲気の中、準備が整った事を確認したカズミが、ごほんと咳払いをして皆の前へと進み出る。
「ではこの不肖、プレイアデス聖団団長兼同好会会長であるわたし、和紗ミチルが乾杯の挨拶を――」
「堅苦しいのはナッシン」「もうお腹ペコペコ」「早く食べさせろー!」「そういうの、カズミちゃんは似合わないわねぇ」「カズミ、カンペが見えてるわよ」
ニコが、カオルが、みらいが、里美が、海香が、真面目くさっていたカズミの事を囃し立てている。
「もー! 美幸ちゃんの前なんだから、みんなもちょっとは真面目になりなよ! ここでしっかり者な先輩って思ってもらって、来年の団員ゲットする作戦なんだから!」
「それ言った時点でもう手遅れでんがな」
うがーっと叫ぶカズミに、ニコがツッコミを入れる。
そんな彼女達を見て、美幸はおかしそうにクスクスと笑っていた。
「話が進まないわね……ここはサキにお願いしましょうか?」
「頼むよ、サキ!」
海香が呆れ、みらいが笑顔でサキを促す。
その頃にはもう
「そうだな。今さら私達に真面目な雰囲気など似合わないか。
それではみな、今日の善き日に――乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
口々に祝杯を挙げ、カズミの作ったシェフ顔負けの手料理に舌鼓を打つ。
今回のパーティーを発案したのはいつも通りカズミで、美幸の事を呼んだらいいと言ってくれたのも彼女だ。
細かな進捗や予算などは海香が担当し、里美は料理を担当するカズミの補助、カオルとみらいは買い出し担当で、ニコとサキは会場の飾り付け担当だった。
やるべき仕事は終わらせていたとはいえ、ソファで眠り込んでしまったのは不覚だ。
賑やかな盛り上がりを見せるパーティーの中、美幸もカズミとの話が弾んでいた。
少しばかり聞き耳を立ててみると、どうやら園芸について話しているようだ。
カズミもまたこの広い家の管理を一人でしている為、美幸の趣味にも理解があるのだろう。
それからしばらく様子を見ていたが、ちゃんとカズミ以外の仲間達ともうまく馴染めているようだ。
「……みんな良い人達だね、サキちゃん」
やがてサキの隣に戻って来た美幸は、心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。
愛しの妹と、大切な仲間達。
大好きな人達に囲まれた幸せな日常。
――こんな何気ない日々を、私はずっと夢見ていた気がする。
早速テーブルの上に置かれたハーバリウム。
小瓶の中でゆらゆらと、鈴蘭の花が揺れていた。
今年ももう終わりですね……早い、早すぎる。
推敲が足りないよぉ(泣)
遅筆すぎる更新速度ですが、来年もお付き合い頂ければ幸いです。
来年はもう少しペースアップしたいです(初詣感)
それでは皆様、良いお年を。
○余談
拙作『水底の恋唄』が完結しましたので、よろしければどうぞ(ダイマ)
以前から書きたかったさやかちゃんの純愛物になります。
とってもラヴコメ()なので、ぶっちゃけオススメはしません(白目)