私は過去を夢見る。
すべては過ぎ去った遠い日の記憶。
アリスと出会った日のことを。
キュゥべえと契約し、魔法少女となった私の生活は一変した。
昼は優等生を演じつつ、夜は魔女を狩る魔法少女。
その合間に有望そうな少女を見つけては魔法少女にならないか、と営業するインキュベーター業という三足の草鞋を履いていた。
いま思えば、かなり無茶な生活を行っていたものだ。
そんな無理のある生活の代償として、睡眠は一時間ほどしかとらなくなっていた。
私はもう人間ではないのだという意識が、自身を道具のように扱うことを良しとしたからだ。
私の当時通っていた学校は、ミッション系の小中高一貫のお嬢さま校であり、家がそこそこ金持ちだった私は、スクールカーストの中くらいを行き来するような平凡な女学生だった。
昔から外面は良かったのだが、優等生を演じていても……いや、だからこそ髪色が突然銀髪になったことは、周囲に衝撃を持って受け入れられた。
生活指導のおばさん先生に引き止められることも、もはや日常茶飯事となっていた。
「古池さん。あなたまだ髪色戻してないの?」
「祖母が北欧系の外人なもので。医者の話ではホルモンバランスがどうとかで、受け継がれた血が急に覚醒して体質が変化したとのこと。つまりは地毛ですわ先生」
「そんな話、聞いたことありません!」
ヒステリックなおばさん先生の小言に辟易していると、私の視界に見事な金髪が映った。
私でも知っている学内有名人、祠堂アリスだった。
彼女は中学からの編入組にも関わらず、その飛び抜けた能力から生徒会長にまで上り詰めた才媛だ。
私のなんちゃって銀髪とは違い母親が生粋の英国人らしく、その血を十全に引き継いだ綺麗な金髪をしている。
共学ではない私立中学にあって、多数のファンクラブが乱立するほどのカリスマ。
祠堂アリスは見た目通りの凛とした声で、私達のつまらない諍いに介入してきた。
「先生、どうかなさいましたか?」
「ああ祠堂さん。いえね、古池さんが突然髪を染めてしまったの。そればかりか、いままで良い子だと思っていたのに突然反抗的になってしまって。生徒会長として、祠堂さんからも注意してもらえないかしら?」
私が口を出す間もなく、一方的にこちらが悪者扱いされてしまった。
まぁ先生など誰もがこんなものなので特にどうとも思わないが。
生徒会長は意外にも険しい目で、私ではなくおばさん先生の方を見ていた。
「お言葉ですが先生。なぜ彼女が突然髪を染めてしまったのか、まずはその理由をご説明してはもらえませんか?」
「そんなの私に分かるわけないじゃない!」
子供のような言い分だと思った。そもそもこのおばさんには髪を戻せとしか言われたことがない。
だから知らないのは当然だろう。知ろうとすらしなかったのだから。
そもそも染めたというが勘違いだ。私は自分で髪を染めたことなどない。ただ契約の拍子に髪が銀に、瞳が紅になってしまっただけだ。
わざわざ変身の度に魔法で髪色を戻すのは間抜けだったから、そのままにしてあるだけだ。
好きで銀髪にしているわけじゃない。若干面白がってはいるけど。
瞳の色などは光の加減で目立たないからいいものの、髪は嫌でも目をひく。もはやおばさんの感性的に、私という存在が受け入れられないのだろう。
「先生、それで頭ごなしにやめろと言っても誰も耳を傾けてはくれませんよ。あまりに一方的すぎます。古池さん……でしたか? どうして髪を染めたのですか?」
生徒会長もおばさん先生に呆れたのか、私に話を振ってきた。
改めて見る彼女は、まるで黄金で出来ているように全てが輝いて見えた。
思えばこの時、私は彼女に恋してしまったのだろう。
だが私は胸の動悸をいつもの悪い癖だと決めつけ、外見上は極めて平静に答えた。
「そもそも私は染髪などしていません。地毛です。祖母が北欧系の外人だったので体質の変化でこのような色に。医者からの証明書もあるのにこの先生だけ信じてくれなくて」
私の言葉を聞いた生徒会長は、鋭い眼光でおばさんを睨んだ。美人が凄むと迫力満載だった。
「……真田先生。彼女の話は本当ですか?」
「え、ええ。でも突然髪が銀色になるなんて、ありえないでしょう? 染めたに決まってますわ!」
「それは、先生が判断することなのですか?」
とても先生に言うような口調ではない物言いで、生徒会長はピシャリと言い放った。
脊髄反射でおばさん先生は顔を真っ赤にして怒鳴りつけようとしたが、生徒会長の有無を言わせない眼差しに口を閉ざした。
「医師が証明し本人が訴えてるのに、なぜ教師であるあなたが生徒を信じてあげられないのですか? 私は生徒会長として彼女を信じます。この件はそれで終わりにしてはもらえませんか? 私もご覧のような金髪ですが、それを恥じたことはありません。私が母から受け付いだ大切なものだからです。同じように彼女の髪色を否定することもまた、彼女の家族を否定するのと同じことでしょう。なので、もしもこれ以上彼女を傷つけるなら私も生徒会長として、断固とした対応を取らざるを得ません」
先生に対しその碧眼で宣戦布告の意思を放つ生徒会長に、おばさん先生は顔色を青くしていた。
真っ赤にしたり青くしたり血圧が心配になる。
まあ別に目の前で死んだところで悲しくともなんともないが、説明が面倒なので出来れば私に関係のないところで逝ってほしい。
そんなことを思いつつ眺めていると、彼女の頭でどういう打算が働いたのかは知らないが、おばさん先生は逃げるように捨て台詞をもごもごと言い残して立ち去った。
後に残されたのは私と彼女の二人だけ。
お互いに顔を見合わせると、自然と苦笑し合ってしまった。
気を取り直すように生徒会長は一つ咳払いをすると、深々と頭を下げた。
「……すみませんでした。本来なら真っ先に助けなければならなかったのでしょうが、何分事情がまったくわからなかったので。あなたが悪いことをするような生徒には見えませんでしたし、かといってあの先生も性格はああですが、生活指導の先生です。どちらの味方をすべきか判断しかねました」
普通なら問答無用で先生の味方に付くものだと思うのだが。
長い物には巻かれろ、疑わしきは罰せよといった精神から程遠い、高潔な志を彼女は持っているようだ。
「……いえ、まあこのような髪ですし、疑われても仕方ないと思いますが……生徒会長は公正な方なのですね?」
「それを言うなら私だってこんな髪です。私は外見で人を判断しないようにしています。それが母からの教えですし、いまの私の信条でもあるんです」
「ご立派な心がけだと思います。助けて頂きありがとうございました」
私は生徒会長に頭を下げた。
すると何を思ったのか、彼女は私の髪を摘むと、まるでキスをするくらい近くで観察しているではないか。
「とても綺麗な髪ですね。染めただなんて、あの先生も見る目がありません」
それなんて殺し文句。
……やばい。
心臓のドキドキが、なぜか治まってくれない。
殺す気か、そうなんだな、いっそ殺せー、と被っていた化け猫の皮が剥がれ、素で赤くなってしまった私に彼女は微笑んだ。
「私は二年A組の祠堂アリスです。ご覧の通り母がイギリス人で、ハーフです。あなたは?」
「っ……私は、二年B組の古池凛音です。ご覧の通り祖母が北欧の生まれで、クォーターということになります」
私の言葉のどこが面白かったのか、アリスは吹き出して笑った。
「なるほど。リンネは面白い人なのですね」
心外だと唇を尖らせるとアリスはさらに笑った。
こうして私は、輝くような笑顔を持つ黄金の姫騎士様と出会った。
アリスの実家はお嬢様学校の中でも上位に入る名家らしく、私とは立場がまるで違っていた。
片やせいぜい優等生止まりの一般生徒。片や全校生徒の憧れの的である生徒会長様だ。繋がりなど普通はないだろう。
だがアリスは、なぜか私と一緒に行動するようになっていた。
休み時間もお昼も度々遊びにやってくるせいで、私達は完全に注目の的だった。
こんな平凡な学生をどうして構うのかとアリスに聞いたところ、彼女は純粋に驚いたように答えた。
「リンネ、あなたは自己評価が低すぎます。どの口で平凡な生徒だと言うのですか? テストの成績では学年で私に次いで二位。クラスメイト達からの評判もよく先生方からの評価も高い。あの一件で君の染髪疑惑が払拭されてからは、好意的に受け入れられているみたいですね。
それに下級生達の間では私達、金銀コンビとして有名らしいですよ?」
「なにそれ、嫌すぎるんですけど……」
本気で嫌がる私にアリスは苦笑した。
「まあ確かに金銀コンビは酷いですよね。でも一部では銀のお姫様に金の騎士などと呼ばれているって話は本当ですよ? 銀のお姫様……つまりはリンネのことです。もっと自信を持っていいんじゃないですか?」
「……アリスは美人過ぎて目が眩みます。つまりそういう噂も目が眩んだ人たちによる錯覚でしょう。どう考えても自惚れることなどできませんよ」
宝石の隣に並べば、それがただのガラス玉だとしても輝いて見えるもの。
まったく過ぎたるはなんとやら、だ。
そんな私をアリスは難しい顔で見ていた。
「……なんといいますか。あなたの言葉に喜べばいいのか呆れればいいのか、判断に困りますね」
「笑えばいいと思いますよ。美人の笑顔はそれだけで幸せになれます」
ましてやそれがアリスのものならば、なおさらだろう。
そんな私の秘めた想いに気づかぬ様子で、それでもアリスは笑ってくれた。
「変なことに幸せを感じるんですね、リンネは」
「普通の事だと思いますよ?」
アリスは天才だったが、たまにどうしようもないほど変人でもあった。
前世の微妙な知識を持つ程度の私などでは太刀打ちできないほどのスペックを持ち、なにより彼女の笑顔を見るだけで、私の心は乱された。
夢は欠片となって走馬灯のごとく過去を駆け抜ける。
輝かしい淡い記憶達は、かつてあった黄金の日々を映し出している。
いつまでも甘く、優しいあの時に浸りたいと願うようになった。
『このまま永遠に』
『眠り続ければ』
『幸せなままでいられるよ?』
「……私の過去を、勝手に覗くな。ゲスが!」
深い眠りに誘う意思を感じ取り、私は魔法少女へと変身する。
銀の胸当てと手甲、額に銀の円環を装着した私は銀杖を振るった。
過去の情景が引き裂かれ、狂った世界観が顕現する。
そこは夢でありながら夢ではない、現世と違う幽世の中だった。
「魔女の結界か……夢の中に侵入するとは、相当特殊なタイプね。
……そういえば浮かれて、対魔女用の防衛設備まで運んでしまったわね。これはその隙を狙われたか……あとでキュゥべえの奴を問い正さないと」
もしこれが奴の手引きによるものなら、こちらにも考えがある。
だが今は目の前の魔女を倒さねばならない。
夜の中にいるような暗闇の世界を列車が縦横無尽に走っている。
あれが使い魔なのだろう。
その窓枠には全て、私がどこかで見たような光景が映し出されていた。
『アリス、私はあなたのことが――』
『……リンネ、知らなかったんですか? 私はとうに貴女のことが大好きなんですよ?』
淡いかつての記憶。
私がまだ本当に中学二年生だった頃の、初めての恋だった。
アリスの口から硬さが抜け、代わりに親しみが込められた。
私も両親にも明かしたことのない素顔を、彼女の前では素直に曝け出すことができた。
私達はお互いを愛していた。そばにいるだけで満足だった。
だから彼女だけは、魔法少女にしたくなかったのに。
誰よりも才能があると分かっていたから、遠ざけて。
けれど誰よりも賢いアリスは、それに気づいてしまった。
『リンネと一緒に戦います。私は貴女の力になりたい。貴女を守りたいんです!』
その言葉は涙が出るくらい嬉しくて。
様々な出来事が重なって弱っていた私は、アリスの言葉に頷いてしまった。
『……いいよ、アリス。私と契約して、魔法少女になろう?』
たとえ両親が事業に失敗して、別れが近づいてきたのだとしても。
たとえ連日の無理が祟って、気が狂いそうになっていたとしても。
たとえ私がどうしようもないほど外道な人類の敵だったとしても。
『愛しています、リンネ。たとえ家を、世界を捨てても、あなたとともにいたい』
『私もよ、アリス』
アリスは。
アリスだけは。
ほんとうに幸せになってほしかったのに。
――それを最後の最後で、失敗した。
うまく遠ざけるつもりが、気が付けばアリスを魔法少女にする結末に至っていた。
それでもなお絶望の一歩手前で私は嘘に嘘を重ね、アリスと二人で魔女を退治した。
裏では変わらず他の魔法少女達を食い物にし、それをアリスに悟られないように取り繕った。
彼女の笑顔を見るたびに自分の汚さが露わになった。
――やがて当然のようにアリスにばれた。
『リンネ、あなたはずっと……ずっと、こんなことをしてたの? 何人の、いや何十人もの魔法少女達を、その手で!』
アリスは信じられない者を見る目で、私を見ていた。
それは私が初めて見るアリスの恐怖と嫌悪の眼差しだった。
私のソウルジェムが黒く濁る。かつてないほどの速さで。
ああ、だめだ。もうだめだ。
もう私が魔女になるか、アリスを殺すか。残された道はなかった。
だから私は――。
『初めまして、アリス。私は【銀の魔女】リンネ。
人類を裏切った背信者にして、あなたの敵よ』
私は血濡れになりながら、彼女に呪いの言葉を囁く。
心で自らの心臓にナイフを突き立てながら。
『あなたのこと、ずっと大嫌いだったわ』
そして私は<アリス>を魔女にした。
私を愛し、魔法少女にまでなった愚かなアリス。
あと一歩で私を殺せたのに、彼女の黄金の剣は薄皮一枚の差で、私のソウルジェムを砕くことができなかった。
愛の日々を裏切る言葉。
愛深き彼女は、それが鍵となって絶望した。
世が世なら聖女となり、人々を救済したかもしれない黄金の少女は、最後は世界を破滅させるほどの呪いを生んだ。
私の腕輪が幾つもの☆を急速に埋めていく。
『インキュベーター! 出て来なさい! 取引よ!』
『穏やかじゃないな、リンネ。目の前で特大級の魔女が生まれようとしているのに。このままじゃ街ごと滅びてしまうよ?
いやはや、個人でワルプルギスの夜に比肩しうる魔女を生み出せるとは。回収できたエネルギーも信じられない量だ。これはお手柄だったね』
『どうでもいいわ、そんなこと!』
私は胸に大きな喪失感を抱えながら、目の前の白い悪魔に願い事を告げる。
『この死体を私の人形にする技術を、魔法を寄越しなさい! 生前の戦闘能力をそのままに、日常では私のサポートができるくらいの精度で。
魂なく、意思もなく、ただの生きた人形として!
できないとは、言わせないわ! 必要なだけのエネルギーを持っていきなさい!』
私は無数に埋まった☆を見せつける。
アリスを失った代価にしては、それはあまりに安すぎる銀貨だった。
『……驚いた。てっきりきみは、彼女を生き返らせることを願うのだと思っていたよ』
その戯言に、私は狂ったような笑みを浮かべる。
『彼女は<あそこ>にいるじゃない。これはただの抜け殻よ。私はなにか、間違っているかしら?』
『……いいや、きみは正しく事実を認識している。きみほど人類のすべてが物分りのいい生き物だったらよかったのにと、心から思うよ』
心など、どの口が言うのか。
私は吐き捨てた。
『そんな世界、死んでもごめんだわ』
私は魔女となったアリスを、奇跡で元に戻すことを願わなかった。
どうして願えようか。
私自らの意思で、彼女を魔女に貶めたというのに。
私はアリスの抜け殻を、アリスのように仕立てた。
感情が抜け言葉を喋れないことは、私にとって救いだった。
彼女の絶望した顔が、非難する声が、私を責め立てることはないのだから。
そして私は、アリスの死体を基に作った人形とともに、アリスだった魔女を倒した。
その戦闘で私は左腕を失い、人形は半身を失っていたが、代わりにどうにか魔女を倒すことができた。かつてアリスだった魔女は、最後まで世界を呪いながら特大のグリーフシードへと変わっていった。
人形は無言で自らの体に蘇生魔法をかけると、呆然とする私の体も癒した。
目の前の人形は、アリスとは似ても似つかない覇気のない顔で、それでも淡々と動いていた。
そして。
私の知るアリスは、もうこの世にはいないのだと悟った。
『…………………………………………ッ!』
気が付けば私は、人形に向かって『アリス』と呼び続け、泣いていた。
ずっと、ずっと……その涙が、いつか枯れ果ててくれるまで、ずっと。
私は人類の敵、背信の魔法少女。
銀貨の代わりに悪魔に魂を売った、銀の魔女なのだ。
その罪は永劫、許されることなどない。
「くっふ、ふひゃっ、あはははははははっ!!」
列車の使い魔達が見せる映像を眺めながら、私は爆笑していた。
なるほど、これはひどい。
大方、人にとって忌まわしい記憶を強制的に見せつけ無力化、あるいは絶望させる類の罠なのだろう。
だが相手が悪かったな。
この外道魔法少女リンネ、その程度の絶望など散々舐めつくしたわ。
「あー笑った、笑った……それじゃぶっ殺すとしますか」
それでも怒りを感じないわけじゃない。
人の過去を、それも苦い思い出を晒すなど万死に値する。
乙女の夢に不法侵入なんて羨まけしからんことをする魔女には、それ相応の罰が必要だろう。
――判決は勿論、極刑しか有り得ないが。
私は銀の指揮杖を掲げた。
「銀色は敵を惨殺する。絶望の使者に絶望を与え、惨劇の主に惨劇を与える」
銀の魔力光が指揮杖を覆い、長大な剣となった。
純戦闘型ではないと舐めて貰っては困る。
私はアリス以外の魔法少女相手に、勝てないと思ったことなどないのだから。
ましてや産廃品風情の魔女など。どうせならワルプルギスの夜でも持って来いというのだ。
私を殺せるのは、後にも先にも彼女だけだ。
彼女だけが、私を終わらせることができた唯一無二の存在だ。
それを証明するために、私は銀色の光を瞬かせる。
列車はバラバラに破壊され夢の世界は崩壊していく。
その奥から現れた眠る胎児のような魔女の心臓を、銀剣で抉り出した。
魔女は血のような赤い目を開いて慟哭するが、うるさいと私は魔力糸で全身を輪切りにしてみせる。
「醒めてしまえば脆いものね」
そして残されたグリーフシードを手にした瞬間、私は目覚めた。
「……あー、ひどい夢だった」
私の右手にはグリーフシードが握られていた。
すぐに凍結して封印を施す。
もう一方の左手には、なにやら柔らかいものがあった。
ふにふにと確かめてみる。これは癖になる感触だ。
毛布をどけた下には、半裸のアリスが眠っていた。珍しい……と外を見れば、まだ陽も出ていない時刻だった。
悪夢のせいで早起きしてしまったようだ。
なにはともあれ珍しいアリスの寝顔にちゅっちゅすると、アリスはぱちりと目覚めてしまった。
「あー、ごめんごめん。起こしちゃった? まだ時間あるし、もう少し寝てていいよ?」
それに頷いたアリスは、異様な寝つきの良さで再び寝息を立て始めた。
私は微笑を浮かべてアリスの頭を撫でると、ダイニングへ向かった。
そこに白いナマモノがいたので、私は半目で睨んでやる。
「……で、なにか釈明は?」
「おや、まるで僕があの魔女を仕向けたみたいな言い草だね。僕としては君の危機に気付いて、いち早く駆け付けたつもりなのだけど」
「語るに落ちてるけど、まあいいわ。次はないと知りなさい」
「……なんのことかな?」
「わからない? 私を試すのはこれで最後にしなさいと言ってるの。アリスの時だって、あわよくば私諸共回収しようとしてたでしょ? 信用できないのはお互い様だと思うけどね。一々寝首を掻かれるのはうんざりなのよ」
「……ふぅ、確かに僕は、あの魔女がきみのもとに向かうのを黙認した。だけど積極的にけしかけたわけじゃないと信じてほしいな」
「そんなんだから、真実を知った魔法少女達にいつも憎まれるのよ」
隙あらば寝首を掻こうとしてくる地球外生命体。奴らには善意も悪意もない。
だからこそどれだけ共に過ごそうが、決して馴れ合うことなどできないのだ。
「やれやれ、僕等に悪意はないんだけどね。人間達の理解を得るのは難しいな。その点リンネは非常に理解力のある逸材だと思うし、僕達にとって大切なパートナーだ。これだけは信じてほしいのだけど」
「パートナーではあるけど、私もまた魔法少女の一人である。ならばいつか絶望して魔女になるのは運命である……なんて、あなた達なら言いそうなことよね。
まあいいわ、今回は私の不注意もあったし、ソフトな拷問だけで済ませてあげる。それから謝罪としていくつか技術的な質問に答えてくれれば、今回の件については許してあげる」
「……代わりはいくらでもいるとはいえ、無暗に壊さないで欲しいんだけどね。あと質問に答えるかどうかは、内容によるとしか言えないよ」
「なに、これも付き合いよ。我慢しなさいインキュベーター。私はいま最高に機嫌が良いの。アリスに埋め込んだ『人工ソウルジェム』について、ちょっとした助言が欲しいだけだもの。構わないわよね?」
「やれやれ、まったくきみといると退屈しないね。せいぜいお手柔らかに頼むよ」
そして私は、白いナマモノを心行くまでぷぎゃーした。
……最近、前世の自分を笑えないくらいアブノーマルになっている気がするが、気のせいだと信じたい。