グラスワンダー短編集   作:よたか(ほし)

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グラスワンダーがオトナなお話です。


グラスワンダー、オトナとコドモ

「グラスちゃんって、とっても大人っぽいよね!!」

 

自らの友人が無邪気にそう言い放つのを見て、栗毛の少女はふんわりと笑った。

初夏を少し過ぎた、生暖かく、むわりとした教室。

ねっとりと絡みつくような空気の中でも、その少女は涼しげであった。

 

頬に手をあて、優雅にあらあらと、花のように微笑む少女。

その様子は確かに、大人びていているようであった。

彼女は大和撫子を目指していた。

穏やかで、清楚で。

もっとも彼女自身、教室の隅で暑さに首を垂れている花瓶の花よりは凛としているという自信はあったが。

 

「ありがとうございます。日々の精進の成果として受け取らせていただきますね。」

 

少女は変わらず、ふんわりとした笑みを浮かべたまま謝辞を述べる。

 

その様子はまさに大和撫子で、まるで、大人であった。

 

 

◇◇◇

 

 

「トレーナーさん、私って、大人っぽいですか?」

 

トレーナーと呼ばれた男は、自らの担当から発された言葉に面喰い、しばし吟味した。

目の前にいるのは、いつも通りの笑みを浮かべてしっぽをふんわりと揺らす少女。

男は、彼女が意味のない質問をするような()ではないことを承知していた。

故に、この質問も彼女なりに何か意図があるのだろう。

 

「ふむ…。」

 

一つ息を吐く間、やはり男は考えた。

今日のトレーニングはいつも通り、有意義で彼女も真剣に取り組んでいた。

ミーティングも同様。

そして彼女が寮に戻るまでの、この落ち着いた時間。

これもまた、いつも通りであった。

 

「ああ、グラスはとっても大人っぽいと思うよ。」

 

故に男は深く考えすぎず、自らが思った通りのことを述べることにした。

もちろん、軽率とは違う。

男は常日頃から彼女を大人びた子であると感じていたし、少なくとも彼にとっては”大人っぽい”とは誉め言葉であったのだから。

 

「……。そう、ですか。」

 

少女は一瞬間を置き、変わらぬ笑顔でそう答えた。

二人の間には梅雨の、じんわりと生暖かい空気が流れた。

男は、自らの粟立つ肌に流れる冷たい汗をようやく実感した。

 

「…なあ、グラス…」

 

「失礼します。」

 

気まずさに耐えきれなかったのか、男が口を開こうとしたまさにその時。

ねっとりへばりつく空気を切り裂いて、扉が開かれた。

そこには案の定、緑の学園秘書、駿川たづながましましていた。

 

彼女もまた淑女然とした笑みを崩さず、香水の幽香をふわりと振りまいて男の前に新鮮な風を運んだ。

男は突如現れた一陣の風に思わず相好を崩す。

一方の少女はなおも、造花のような笑顔を張り付けたままであった。

 

「お邪魔して申し訳ありません。トレーナーさん、本日の夜のことなのですが…」

 

男は少女に一言断りを入れて、女と今夜の予定について話し合っている。

生徒の前であるし、そもそもいかがわしいものではない。

男と女はたまに、酒を交わしながらウマ娘について語らう仲であったから。

 

「……ありがとうございました。では、またこの後。失礼しました。」

 

少女が気が付くと既に話は終わり、目の前の秘書は既に扉を閉め終わっていた。

トレーナー室には再び、梅雨の粘着質な空気が立ち込めた。

ただ先ほどと一つ違うのは、その空気の中に確かに漂う香水の潮流か。

その流れがふわりと、少女の固い表情を崩した。

 

男は突如として湧いた流れによって先ほどの流れを忘れているようであった。

何事もなかったかのようにソファにかけ、変わらず書類を読みふけっている。

よって少女は、流れを引き戻すことにした。

 

「トレーナーさん。私って、大人(・・)ですか?」

 

「え?ああ、もちろんグラスは大人っぽい(・・・・・)よ。」

 

一層立ち込めた生暖かい空気の中、一筋の風が書類と男を吹き飛ばした。

 

 

 

 

「え…と、グラス?」

 

男は困惑して少女を見つめる。

ソファに男の腕を縫い付けて彼を見下ろす彼女はやはり、笑みを崩さなかった。

 

生暖かい風が二人を包む。

男は再び自らを流れる汗に気が付いたが、それはもはや無意味であった。

 

ねっとりとした空気の中、ふわりと香る幽香。

ただそれは、先ほど扉によってもたらされたものよりもずっと甘く、周囲の空気よりもずっとべたべたとしていた。

甘い香りを振りまきながら、少女はなおも笑みを浮かべて続ける。

 

「トレーナーさん、私はもう、大人なんですよ?」

 

甘い香りを体の隅々に行き渡らせながらようやく、男は栗毛の愛バの変化に気が付いた。

見るに、彼女はあつそうであった。

どんなに暑くても常に大和撫子の如く凛として、涼しげに大人びている彼女は今まさに、熱に浮かされて大きく息を吐いていた。

むわりとして締め切られたトレーナー室で、やはり彼女はあつそうであった。

 

「トレーナーさん。私はもう大人なんですよ。」

 

 

 

 

むせかえるように甘く、うだるようにあつい部屋の中で。

瓶に生けられた花は耐えきれなかったのか、今、首を垂れた。

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