グラスワンダー短編集   作:よたか(ほし)

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これは夕べに少女漫画を読んで掛かり気味のグラスワンダー。


pixiv様にも投稿しています。


手の温もりをはんぶんこするグラスワンダー

少女は見た。

 

とあるゆるふわガーリーなウマ娘が、そのトレーナーと買い食いをしているのを。

 

そして、驚愕した。

 

買い食い?別にそれくらい”普通”のことではないか?

確かに、その意見はもっともだ。

トレセン学園においてはウマ娘と担当トレーナーが一緒に出かけたり、そこで買い食いしたりするのはいたって普通のことだから。

 

もちろんこの少女、グラスワンダーも自らのトレーナーと一緒に出かけたことくらいあるし、何なら今がそのお出かけの真っ最中。

ゆえに少女はウマ娘とトレーナーがお出かけ中に買い食いをしているのを見かけたぐらいでは驚かないし、当たり前すぎて気にも留めない。

 

だってそれはスペシャルウィークが食事のときにご飯をおかわりすることと同じくらい、ありふれた日常の一コマなのだから。

 

だが、それはあくまでも”普通”の買い食いだった場合の話である。

特殊な買い食いとは?というもっともな疑問が生まれそうだが、少なくともグラスワンダーの目にそれは特殊で、特異で、特別なものに映った。

 

なぜなら少女、マチカネタンホイザは商店街のまんまる焼き(※期間限定商品)を一つ買い、それをわざわざ半分こして己のトレーナーとイチャイチャ……もとい間食を楽しんでいたのだから。

 

グラスワンダーは驚いた。

それはもう、大変に驚いた。

コケリウムを眺めていたらいつの間にか日が昇っていたときくらい、驚いた。

 

「……」

 

穴の開いた帽子を右耳にかぶった少女がにへらと笑って半円になったまんまる焼きを食べる様子に、グラスワンダーはしばし目を奪われていた。

あんな、ふうに……

 

 

「グラス?」

 

「はいっ!?」

 

ちょっとうわずった、変な声が出た。

往来のど真ん中で頓狂な声を上げてしまった少女は少し顔を赤くしながら、声をかけてきた男の方をきっと見る。

 

「わわっ、ごめんって。まさかそんなかわいい声を上げるなんて思わなかったから……そんな睨むような目しないで……」

 

じとっとした目を男に向け、少女は思う。

そうだ。

今のは全て、トレーナーさんが悪いのだ。

グラスワンダーは思った。

 

いきなり声をかけられたからびっくりして、変な声が出てしまったのだ。

そうなのだ。

そうに決まっているのだ。

 

決して、あのイチャイチャを見せつけられて「いいなぁ」とか、「私もトレーナーさんと……」とか、そんなことを考えていたからではない。

断じて、そうではない。

違うったら違うのだ。

 

「……どうしました、トレーナーさん。」

 

少女はコホンと小さく咳ばらいをし、平静を装って返す。

 

「……怒ってない?」

 

「怒ってなどいませんよ~」

 

「ほんと?」

 

「ほんとですよ~」

 

「そっか」

 

「そうなんですよ~」

 

何かを察知した商店街のおば様方に「あらあらうふふ」と言わんばかりの生暖かい視線を向けられ、未だ顔が赤い少女。

 

「……それで、どうされたんですか?」

 

「あ、いやね。今グラス、マチカネタンホイザとそのトレーナーを凝視してたじゃん?」

 

……凝視なんてしていない。

ちょっと……ちらっと目に留まっただけだと、少女は心の中で言い訳した。

 

「凝視は、していないと思います……」

 

「いや、ガン見してたよ、ガン見。」

 

「……」

 

……してないってば。

 

「そ、それでどうされたのですか?」

 

旗色が悪くなり、少女はやや強引に話題を逸らす。

 

「ああ、それでね。もしかしたらなんだけど……」

 

「!」

 

もしかしたら?

少女は期待した。

 

もしかしたら、トレーナーさんが「あのまんまる焼き、半分こして食べようか?」と誘ってくれるかもしれない。

スマートファルコンのトレーナーを筆頭に鈍いことで有名なトレセン学園のトレーナーたち。

御多分にもれず、グラスワンダーのトレーナーも鈍い(と、少女は確信している)。

だが。

だが、しかし。

 

彼と私は少なくない時間を共にしてきた。

彼は私のよき理解者であり、これ以上ないパートナー。

そんな彼なら、今の私の気持ちを的確に読み取ってくれるかもしれない。

 

そして、「グラス、ほっぺに餡がついてるよ。」なーんて。

なーんて。

そんなことがひょっとしたらもしかすると、起こるかもしれない。

そんな素敵な、まるで創作のようなシチュエーションが……

 

「もしかしたらグラス、おなかすいてる?」

 

なーんてね。

ええ、知っていましたとも。

トレーナーさんが色気より食い気なことぐらい、ずっと隣にいる私が一番理解していましたとも。

 

「……別に、そんなことありませんよ~。」

 

「遠慮しなくていいんだよ?トレーニング後だし、おなかすいているでしょ?」

 

それは、そうかもしれないが。

トレーナーさんは兎角、乙女心に気づかない。

少女は内心でため息をついた。

 

「あの、トレーナーさん。一応、私も年頃の少女ですので……もう少しこう、デリカシーというか……」

 

「……食べない、まんまる焼き?」

 

「……」

 

「……」

 

「……食べ、ますけど。」

 

少女は折れた。

やけくそになったわけではない。

それに、まだチャンスは残っている。

ここから大どんでん返しが待っているかもしれない。

 

「じゃあ、買ってくるね!」

 

「あ、な、何個、買うんですか?」

 

「……?一人一個ずつで、二個のつもりだったけど?」

 

ですよね。

 

「あ、もしかしてもう少し食べたい?一個と言わず、何個か買ってこようか?」

 

……この人は……

 

「……いえ、一個で十分ですよ。」

 

「そう?遠慮しなくてもいいんだよ?」

 

もう少しご配慮ください。

 

「……いえ、大丈夫ですよ。」

 

「分かった!買ってくるね!」

 

「……」

 

少女は心なしかしょんぼりと、駆け足の男の背を眺めていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「はい、買ってきたよ!」

 

「ありがとうございます~」

 

はい、と手渡されたまんまる焼きは、おいしそうに湯気を立てていた。

 

「なにやら”抹茶味”というのがあってね、それを買ってみたよ。」

 

男は「あちち」と言いながら、両手でまんまる焼きを握っている。

 

「二つとも、ですか?」

 

「二つともだね。店主おすすめらしいよ?」

 

……この際、何も言うまい。

仮に。

仮にだが、味が違うものを一つずつ買えば「少し味見させていただけませんか~?」と、半分こどころか「あ~ん」だってできたかもしれないのに。

その道は完全に断たれてしまった。

 

「じゃあ、冷めないうちに食べちゃおうか。」

 

「……そうですね。いただきます。」

 

「いただきます。」

 

少女はぱくりと一口、それを食べる。

おいしい。

大判焼きと言えばあんこかクリームのイメージだったが、甘さ控えめの抹茶あんもくせになりそうだ。

あ、まんまる焼きか。

 

「とってもおいしいです~ありがとうございます、トレーナーさん。」

 

「どういたしまして。」

 

だが、男はまんまる焼きを手に持ったままなかなか食べようとしない。

 

「どうしたんですか?トレーナーさん。」

 

冷めないうちに食べようといったのは彼の方にも関わらず、なかなか食べ始めないのを不思議に思う少女。

当然の疑問だろう。

 

「あはは。少し手が冷えちゃってね。温めてた。」

 

なるほど。

少女は得心した。

彼女のトレーナーは、冬でも手袋をつけない。

以前、気になってそのわけを尋ねたところ、「何か閃いたらすぐメモを取れるように」という答えが返ってきた。

これはもう、職業病というべきだろうか。

彼に限った話ではないが、トレーナーという人種はとにかくあらゆることからトレーニングの閃きを得る。

あるいは、それほどまでにトレーニングのことを考えているからこそ、こんなにも鈍いのかもしれない。

 

「あらあら。そんなことをしていては、せっかく温かいのに冷めてしま………………!!」

 

「グラス?」

 

閃き。

グラスワンダーは閃いた。

彼と一緒に出かけたとき、いきなり彼がペンを取り出して閃きをメモするのを何度も見た。

その度に「今の出来事でどんな閃きを……?」という疑問が渦巻いていたのだが、なるほど。

閃きとは、こういうものか。

少女の疑問は少し、解消した。

 

「グラス~?」

 

急に足を止めた自分を、彼が不思議そう見ている。

いつもとは立場が逆だ。

 

「お~い?」

 

いや、こんなことを考えている場合ではない。

急がなくては、この閃きが生かせなくなってしまう。

 

「おおっ。どうした?」

 

少女はばっと、彼の方を見た。

そして、まんまる焼きを握っている彼の手をじっと見つめる。

 

「なになに?どうしたの?」

 

急がなくては、彼の手が温まりきってしまう。

そう考えるや否や、少女はいそいそとつけていた手袋を脱ぎ始める。

そして。

 

「えいっ。」

 

「わわっ。」

 

少女は手袋を脱いだばかりのほかほかの手で、トレーナーの手を握り締めた。

 

「グラス、急にどうしたのさ。」

 

「はんぶんこです♪」

 

「はんぶんこ?」

 

男は疑問符を浮かべる。

 

「はい。このままだと、トレーナーさんの手は温まりますが、まんまる焼きは冷めてしまいますよね?」

 

「そうかも。」

 

「それは、もったいないと思うんです~」

 

「一理あるねぇ。」

 

「ですから、私の右手でトレーナーさんの左手を温めて。」

 

「温めて?」

 

「トレーナーさんは、右手でまんまる焼きを食べる。」

 

「ほほう。」

 

「するとトレーナーさんの右手はまんまる焼きで、左手は私の手で温められる。私の手のあたたかさをトレーナさんとはんぶんこ、という寸法です~」

 

「なるほど!」

 

これは賢さUG。

圧倒的な閃き。

ノーベル平和賞は彼女の手に渡ったも同然だろう。

その証拠に、ほら。

先ほどまで生暖かい視線を送っていたおば様方は皆腕を組み、うんうんと頷いている。

まるで、「よくやった」「ナイスガッツ!」と言わんばかりの満足げな表情である。

 

「……グラスの手は、あったかいねぇ。」

 

「トレーナーさんの手が、冷たいんですよ?」

 

「そうかもねぇ。」

 

「そうですよ~」

 

二人は手の体温をはんぶんこにしながら、ゆっくりと歩く。

時間の過ぎるのが惜しいのだろうか。

その歩幅は、いつもより狭く見えた。

 

「だんだん、手が温まってきたよ。」

 

「それは何よりです♪」

 

少女はご満悦だった。

あのアベックのようにまんまる焼きを半分にすることはできなかったが、これはこれで。

それに、自分の体温と彼の体温が混ざり合って一つになっていく感覚は、なんだかこそばゆい。

悪くないというか、むしろ良い。

 

この時間がずっと続けばよいのに。

少女はもうちょっと、歩くペースを落とした。

 

「グラスは手、冷たくない?」

 

「え?」

 

ようやっとまんまる焼きを食べ終えた男が、突然尋ねる。

今度は普通な返事ができた。

 

「だって、冷たい僕の手を握ってくれたわけで。大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫ですよ~とっても、あたたかいです。」

 

少女は幾分か強く彼の手を握り、そう返した。

 

「そっか。でも、手袋もつけないでいたら、すぐに冷えちゃうよね……そうだ!」

 

「えっ?きゃっ……!」

 

そういうと男は、つないだままの手を自らのコートの中にしまい込んだ。

 

「と、トレーナーさん!?」

 

「うんうん。これなら冷えないね。あったかい?」

 

「そ、それはもう……」

 

少女は少し恥ずかしそうに、ポケットの中で指を動かす。

 

「くすぐったいよ~」

 

男はあっけらかんと言い、ポケットの中で忙しなくしている彼女のたおやかな指を優しく包む。

驚いたのだろうか、少女はぴんと耳を立てる。

しかし、しばらくすると耳をへなへなとさせ、緩み切った表情で一言。

 

「……とっても、あたたかいです。」

 

「そりゃよかった。」

 

かくして少女は、見事に”はんぶんこ”を実現した。

一時はどうなることかと思ったが、少女はご満悦である。

これには商店街の皆さまもにっこり。

 

「トレーナーさん。」

 

「ん?何?」

 

「よろしかったら……せっかくですし、もう少しこのまま。お散歩でもしませんか?」

 

「ははは、いいね。食べた分のカロリーを消費するために、少し歩こうか。」

 

「……」

 

やっぱり、鈍い。

少女はむすっとして。

 

少し強めに、少し汗ばんだ彼の手を握ってやった。

 

「いててて、強い!強いよ、グラス~~」

 

 

 

 

 

この先もきっと、離さないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、この話を友人たちにしたところ、それただ手をつないでデートしただけじゃね?と言われてしまい、わたわたしながら”はんぶんこ”を強調する栗毛の少女が見られたそうだが。

 

それはまた、別の話。

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