グラスワンダー短編集   作:よたか(ほし)

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平素よりお世話になっております。
また、すぐに出すかもです。


勘違いグラスワンダー

 

「あら?」

 

休日にショッピングモールを歩いていると、視界の隅に見覚えのある影がちらつきました。

 

「こんにちは、トレーナーさん。」

 

「え?!あ、グラスか……こんにちは。いい午後だね。」

 

「ええ、とっても。」

 

その影……彼は酒屋の前で顎に手を当て目をつぶりうんうん唸っており、いかにも”私、悩んでいます。”という姿で……

少し吹き出してしまったのは内緒です。

 

「グラスも買い物かい?」

 

「ええ。それと、ウィンドウショッピングを少し。」

 

「そりゃ、いけてる休日の過ごし方に違いない。お目当てのものは買えたのかい?」

 

「ばっちりです。」

 

後ろ手に下げた紙袋に彼の目線が動いたため、私の体はその視線を遮るように左右に揺れます。

 

「……見せてはくれないのかい?」

 

「ええ。ですから、ぜひ、次のお出かけを楽しみにしていてください♪」

 

「そう言われちゃ、引き下がるほかないね。」

 

会うはずのなかった人と、思いがけず言葉を交わす。

他愛のない会話も、私のしっぽをゆらゆらとリズムよく揺らすには十分です。

 

ぴし、ぴし。

 

先ほどから聞こえるこの音は、きっと私のしっぽが紙袋を打つ音なのでしょう。

 

「随分、ご機嫌だね?」

 

「え?……えぇ、まあ。とても有意義な休日になったものですから。」

 

如何に自分が浮かれているかを雄弁に物語るしっぽ。

自らのはしゃぎ具合がばればれなのは少し気恥ずかしくもありますが……

 

……彼の前でならば存外、悪くないものです。

 

まぁ、私がなぜはしゃいでいるか。

その理由はきっと、私にしか分かりませんから。

彼はきっと、”お目当てのものを買えたから、こんなにも機嫌がいいのだろう”ぐらいにしか考えていないでしょうから。

 

「トレーナーさんは何をお買い求めなのですか?」

 

「え!?……あぁー、ちょっとね……」

 

ただ、そんな私とは対照的に彼は気もそぞろといった感じです。

 

「ここは酒屋ですから……お酒を買われるのですよね?」

 

「まあ、そうだね……」

 

……。

…………あやしい。

あやしいです。

どこか不審というか、何かを隠そうとしているような気がします。

 

思えば、彼がお酒の類の話をするのを見たことがありません。

私は学生で彼は社会人だから当たり前と言えば当たり前なのですが……

 

「……トレーナーさん、お酒好きでしたっけか?」

 

「あ~……あまり強くはないから、頻繁には飲まないかな?」

 

そうでしょう。

ええ、そうでしょうとも。

 

ウマ娘は嗅覚が優れていますから、前日の夜に飲酒をしたかどうかくらいは分かるのです。

 

……故に、解せない。

 

あなたは、滅多にお酒を飲みませんよね。

あなたがお酒を飲むのは、学期末にトレーナーの皆さんで慰労会をするときくらいですから……

 

では。

では、あなたは誰と杯を交わすのでしょうか?

 

「……どんなお酒を買われるのですか?」

 

「あー、うーん……決めかねているよ……」

 

残念ながら。

私はまだ10代。

あと数年しなければ、飲酒は許されない。

故に、私は同じ土俵にすら立てていない。

彼と……そして、彼がこれから酒を飲もうとしている相手と同じ土俵にすら。

 

どろり。

 

きっと、そんな擬音がぴったり似合うことでしょう。

心の隅の方から滲み出てきた気持ちは、きっと暗い色をしているのでしょう。

 

「……グラス、もしかして機嫌よくない……?」

 

「……いえ。」

 

「いや、絶対よくないでしょ。」

 

「……いえ。」

 

先ほどまで挙動不審だった彼は、いつの間にかいつもの彼に戻っていて。

お酒の前に右往左往していたはずの視線は、此方をまっすぐに見つめていました。

 

「……」

 

「……」

 

負けじと彼の視線をはねのけようとしますが……

 

「……そうです。」

 

「うん。」

 

畢竟、勝手に妬み、嫉んでいたのは私。

そんな私がいくら睨み返したところで、彼のまっすぐな視線には勝てないのでしょう。

 

「……どなたとお酒、のむんですか。」

 

「え?」

 

一度心が負けを認めてしまえば、そこからは早いもの。

取り繕っていた本心を隠すことなどまったくもって厭わなくなってしまって……

 

……まあ、やけになったとも言いますが。

 

「だってお酒、飲まれるのでしょう?」

 

「まあ、うん。」

 

そう。

今彼が私に見せた側面は、私の知らないモノ。

つまり、トレーナーとしてではない、プライベートな彼。

 

当たり前だ。

彼は大人で私は子ども。

彼はトレーナーとして生活しているけれど、当然”私生活”というものもある。

私が知っている彼なんて、私の知らない彼に比べればちっぽけなモノ。

 

ーーだって彼は、こんなにも素敵だから、きっと私の知らないところでも素敵なんだろう。

 

「ですから、誰とお酒、飲まれるんですか。」

 

「え、気になるの?」

 

「それは……はい。」

 

「わ……意外。ちなみに、誰だと思う?」

 

それは。

それは……

 

「異性……ですか?」

 

……思い人ですか、と聞く勇気は、私にはありませんでしたから。

だって、彼はよいトレーナーですから。

成人した自らの教え子とお酒を飲むことだって、あるかもしれませんよね?

 

「例えば……これまでの教え子、とか……」

 

「……」

 

すると彼は、先ほど酒を吟味していたときと同じように顎に手を当て、何やら思案顔です。

 

「これまでも、あるのでしょう……?」

 

「……グラス。」

 

だって、彼みたいなトレーナーを慕わない教え子ウマ娘など、いないはずだから。

 

「グラス。」

 

「……はい。」

 

「……あぁ~何と言えばいいのかな。言いづらいな……」

 

「……」

 

何を言われようと、覚悟はできていますから……

 

「実は僕、教え子は今のところたった一人なんだよね……」

 

「……」

 

「うん。だから、本当に……あの、期待に沿えなくて大変申し訳ないんだけど……

 

 

 

 

君が初めての教え子なのさ。」

 

 

「……?…………?」

 

 

 

彼は何を言っているのでしょう……?

 

だって彼は素晴らしいトレーナーで……

 

私と3年間を歩んで……

 

……3年前、私と出会って……

 

3年前?

 

……そういえば、彼は新人で、迷子で、私が案内して……

 

…………

 

……

 

「……ね?」

 

「………………」

 

しっぽの付け根がじんわりと熱くなり、ムズムズとし始めたのが分かります。

私は、何を言っているのでしょう……

何を、言っていたのでしょう……

 

「今度の休暇にさ、大学のときの友人……ああ、同性の・・・友人、ね。とさ、久しぶりに会おうってなってさ。そこでさ、お酒でも持ち寄ってワイワイやろうってなってさ……」

 

同性のという部分を強調した彼はきっと、とんでもなくいじわるなのでしょう。

だって私の顔は、触らなくても分かるくらいに熱を帯びているのですから……

 

「……」

 

「……グラスも意外と初心というか……ふふっ。まあ何というか、早とちりさんだね!」

 

もう、堪えられない。

"教え子と酒屋で出くわすのは、なんだか罰が悪いね~"

なんてのんきに呟く彼の声なんて、まったくもって聞こえなくて。

 

「……」

 

平静を装って動かした視線の先には、”酒”と書かれた真っ赤な暖簾があって。

それはまるで、金魚の尾びれのように優雅にはためいていて。

”夏だなぁ……”なんて、思ったりして……

 

「グラス~?」

 

でも彼は、現実逃避など許してくれなくて……

 

「……トレーナーさん。」

 

「ん?」

 

「忘れて、ください。」

 

「……」

 

「……後生ですから、忘れてください……」

 

「……まあ。きっと、この思い出もさ。」

 

 

いい酒の肴になるよ。

 

 

 

……ああ、彼は、本当に。

本当に。

 

貴方は、本当に……

 

 

 

「……いつか、ね……ふふっ。」

 

「……いじわる」

 

 

素敵なひと、ですね。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……何か、飲んでみたいものは?」

 

「初めてなので、おすすめでお願いします~」

 

「え~困ったなぁ……」

 

「おいしいお酒、飲みたいです~♪」

 

「……まあ、おいしい肴は君が用意してくれた手前、ここは僕の腕の見せ所、か。」

 

「え?特段、これといったものは用意していませんけど……?」

 

「………「誰とお酒、飲まれるんですか?」だっけ……?」

 

「え?…………っ!!??」

 

「まあ、”教え子”、だね~♪」

 

「……………………いじわる。」

 




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