グラスワンダー短編集   作:よたか(ほし)

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グラスワンダーが少女なお話です。

pixiv様にも投稿しています。


グラスワンダー、とある男との日常

一、

 

 

ご機嫌そうに揺れていた少女の耳は、部屋に入るとかわいそうなくらいしょげてしまった。

 

二つ提げた弁当の入った袋。

その二つが同時に空になることはなさそうであった。

 

机の上の簡素なメモから、目の前で眠っている男がどれほど疲れているか想像するのは難くなかった。

それでも、謝罪の言葉と埋め合わせは必ずするという一文は欠かさないあたりに男の律義さがうかがえる。

 

栗毛の少女は男への感謝の気持ちと男を責めたい気持ち、二律背反的な感情を抱えながら静かにそっと、男の向かいの小さめのソファに腰かけた。

 

「…。」

 

それもそのはずである。

このお昼ご飯の時間は、最近彼女がもっとも楽しみにしていることの一つであった。

しかも今日は月曜日。

二日間のおあずけをくらい、週の中で最も憂鬱といってもよい月曜の午前を乗り切ったというのにこの仕打ちはあんまりであると、彼女は思った。

 

少女は目の前で寝息を立てる男に抗議の意味を込め、いつもとは逆の、一回り小さい弁当を開けた。

この様子だと、どうせ朝食も抜いているのだろう。

 

約束を反故にして自分の体を労わらない悪いトレーナーさんなんて、起きがけにたくさんのお昼ご飯を食べておなかいっぱいになってしまえばよいのだ、と彼女はかわいらしく頬を膨らませながら考えた。

 

「……」

 

もくもくと弁当を食べながら、少女は男の寝顔を見つめていた。

改めてみると、あどけなさの残る顔である。

少女はハートの形に並べられた卵焼きを箸でつまみながら考える。

最も身近で、頼りになる大人といってもよい男。

しかしよく考えれば、彼と彼女の年は十も離れていなかった。

 

いや、自分と小学校入学前の子供と考えたら結構離れている?

 

まあ、十なんて誤差だろう。

年の差なんて関係ない。

今は頭一つ…と少し離れている身長だって、卒業までには十二センチメートルくらいの差になっているはずである、と少女は妄想した。

 

「…!」

 

頭、ひとつ。

 

少女は認識した。

彼が眠っている大きめの――普段なら並んで昼食を食べている――ソファ。

彼の頭とソファの端まで、頭ひとつほどの隙間があることを認識した。

 

「…」

 

少女は無言で自分の臀部あたりを見下ろす。

 

いける…はず。

 

少女はちょっとしたプライドを胸に、小さめのソファを立った。

 

「…」

 

ギリギリ、であった。

男とソファの隙間に自らをねじ込んだ少女は、昼食を再開する。

もぞもぞと動く男の彼の頭をむずがゆく感じながら、少女はいつもより小さめの弁当を食べ進める。

 

「…」

 

あまりにもむずがゆかったのか、「めっ!」と言わんばかりに、彼女の美しいしっぽが男の頭を撫ぜる。

 

……ぐらす……

 

「!」

 

すると、どんな夢を見ているのだろうか。

男は少女の名前を零した。

 

「…」

 

なぜり。

 

なぜり。

 

なぜり。

 

少女の栗毛の毛並みが揺れる。

撫でられるままの男はなんだか、微笑んでいるようであった。

 

「…♪」

 

ぱくり。

 

なぜり。

 

ぱくり。

 

なぜり。

 

手と尾を交互に動かす少女は、入室のときとはうってかわってご機嫌そうである。

しょげていた耳も、なんだかさっきよりふわふわしているよう。

 

 

結局少女は、いつもより少ないはずの弁当をいつもよりもだいぶ遅く食べ終えた。

 

なお、予鈴の音で目を覚ました男は。

いないはずの少女をなぜかいつもよりずっと近くに感じながら、いつもより多めの弁当を食べ進めるのであった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

放課後。

少女はトレーニングのために数刻前と同じ部屋を訪れていた。

今度は自らを迎えてくれた男に微笑みながら、少女は何気なく男の隣に腰掛ける。

 

「…」

 

「……?…………!!!!」

 

不思議そうに、いや少し困惑して少女を見つめる男を逆に不思議に思った少女。

数瞬遅れて、彼女はいつも自分が男と向かい合わせに座っていたことを思い出した。

 

かわいそうなくらい顔を真っ赤にしてうつむく少女。

昼に食べたプチトマトよりも真っ赤な少女を見て、男はくすりと笑う。

 

抗議のつもりなのか、自分の足をぺちぺちする少女を、男はやさしく見守る。

そういえば。

 

男はアイスブレイクがてら、今日あった不思議なことを真っ赤な栗毛の彼女に伝える。

 

何でも、今日男とすれ違うウマ娘の少女たちは驚いたように男を二度見し、何やら歓声をあげて走り去っていくそうな。

緑の秘書からは、「おあついですね。ほどほどに。」と言われる始末。

陰口などではないだろうから嫌な気分はしないものの、兎にも角にも不思議であると。

 

 

君は何も反応しなかったけれど、今日の自分は何か変かい?

 

 

そう尋ねると。

 

少女はさっきよりもさらに顔を真っ赤にして、ぺちぺちしていたしっぽを引っ込めて抱きかかえてしまった。

ぷるぷると震える彼女を見てより謎を深める男。

だが、どんなに考えても分からぬものは分からぬ。

 

仕方ない、そう思ってトレーニングをする旨を伝え、未だ真っ赤な彼女の肩を優しく、ぽんぽんとたたく。

 

「!?!?!?~~~~~!!!」

 

すると彼女は声にならない悲鳴をあげ、机の上の弁当箱をひったくって部屋から飛び出していってしまった。

 

「…」

 

一人部屋に取り残された男は、どうしたものかと開けっ放しになった扉を見つめていた。

とりあえず。

彼女が練習を意味なくしなかったことはなかったので、お茶でも淹れてゆっくりと待つことにした。

 

たまにはちょっといいお茶でも淹れて、彼女とのんびり話をするのも悪くない。

 

そう思ってお湯を沸かしていると、思ったより早く彼女らは戻ってきた。

にっこにこな同期4人に背中を押される彼女の顔は、まだ真っ赤で。

 

連れてきてくれた礼に茶菓子でもどうかと勧めるも、4人は「お構いなく!」やら「ごゆっくり!」やら「頑張って!」などと言い残し、慌ただしく去ってしまった。

 

残されたのは、戸棚をごそごそする男と、湯気を立てるお茶と、湯気が立ち上りそうなくらい真っ赤な少女であった。

空の弁当箱を持って立ち尽くす彼女に、男は。

 

粗茶ですが。

 

と言って着席を勧めた。

少女はこくりとうなずいて、おずおずと腰を下ろす。

 

男の、隣に。

 

「…」

 

「…」

 

大切そうに弁当箱を抱きしめる少女は何も言葉を発さなかった。

 

「…」

 

「…」

 

夕日が差し込むトレーナー室で、男と少女はちょっといいお茶を静かに堪能した。

 

いたいけな、怪物というよりむしろ小動物のような少女のしっぽは、いつの間にか男の足を大切そうに抱きしめていた。

 

 

 

 

 

三、

 

 

「…」

 

栗毛の少女が、とあるお茶屋さんを一瞬ではあるがじっと見つめていたことを、男は見逃さなかった。

 

男と少女は買い出しに来ていた。

といっても、男に邪な考えは全くない。

 

というのも、この前一緒に昼食を食べることができなかった埋め合わせは何が良いかと、ちょっといいお茶が入った湯呑を持った彼女に尋ねたところ、消え入りそうな声で、

 

「…一緒に、お出かけがしたいです。…………トレーニング用品の買い出しの。」

 

と言われたのだ。

なるほど、非常に合理的である。

男はいつも、買い出しは基本的に一人で行っていたが、買ってきたものを使うのは彼女である。

余計な負担をかけないようにとこれまで誘うのがためらわれたが、一緒に行ってくれるというのならありがたい。

 

そういう意味を込めて、自分もグラスと一緒に買い物に行けてうれしいよ、と伝える。

すると、少女は赤みが引いていた顔を再び真っ赤にしてうつむいてしまった。

無意識なのか、彼女のしっぽは先ほどよりも力強く足に巻き付いている。

 

でも、いやだったら無理はしないでね。別に一人でも問題はないから。

 

そう気を遣うと、しっぽで足をぺちんとはたかれてしまった。

 

「……これからも、いっしょに、行きます。……ずっと。」

 

 

 

というのが、今週の月曜日の話。

男と少女は買い物をあらかた済ませ、なにかめぼしいものがないかとぶらぶら歩いているところであった。

 

そんな折、少女がお茶屋さんを見つけたのであった。

 

 

入ってみるかい?

そう尋ねる男。

少女は数瞬ためらい、ゆっくりと首を横に振る。

 

というのも彼女、そろそろレースが近いのであった。

意志が強い彼女は、目の前の誘惑に屈さず、己を律したのである。

この年で、なんと立派なことか。

 

それを見た男は、目の前のかわいらしくいじらしい少女と何としてもお茶がしたくなった。

トレーナーとしては失格だと分かりつつ、男は少女の小さな手を引いて目の前の店に入る。

少女は戸惑っている様子であった。

 

「…」

 

席につき、無言で不安そうに男を見つめる少女。

 

大丈夫さ。最近、根を詰めてトレーニングしていたし。たまの休日、少しくらい羽を伸ばしていいんだよ。

そう言うも、少女はまだ納得したわけではなさそうである。

なかなか強情、いや、意志が強い。

だが、少女の視線はちらちらと、メニューと男の顔を行き来している。

 

いいんだよ、グラス。それに、仮に…こう、増えたとしても、それを何とかするのが僕らの役目さ。好きなのを頼みな。

すると少女は耳をへなへなとさせ、おもむろにメニューの左端を指差した。

 

「…」

 

「…」

 

カップル限定。

また、べたな。

そう思うも、また顔を真っ赤にしている少女――今週はよく見る――を追及するのはあまりにもかわいそうで。

男は店員を呼び、メニューの左下を指差してみせた。

 

おいしいかい。

そう尋ねると、少女はにっこり、とかわいらしく微笑み、首を縦に振った。

共犯だね。

男がそういうと少女は。

 

「……主犯は、トレーナーさんですよ。」

 

と、なんとも鋭い指摘をした。

いやはやまったく、その通り。

苦笑しながら頭をかく男と、幸せそうにお茶を飲む少女。

 

「…そんな悪いトレーナーさんには、罰が必要だと思うんです。」

 

ほんわかした茶屋の中で突然、滅多でもないことを言う少女。

男が驚いていると少女は、緊張した様子で判決を下す。

 

「…この後、少し走ってもよいですか?」

 

不安そうに首をかしげる少女。

 

そんな二人の様子を目ざとく、店員が野次ウマしているのであった。

 

 

 

 

 

その日、休日で閑散としている学園のターフには。

休日出勤する主犯の男と、休日返上でトレーニングに勤しむ共犯者の少女の姿が見られたそうな。

 

 

 

 

 

四、

 

 

~♪

 

とある休日、男と少女はカラオケに来ていた。

二人で。

またしても、男に邪な考えはなかったが。

 

なんでも少女、グラスワンダーは同室の子からカラオケの割引券をもらったらしい。

なぜか二人分。

二人分のため、友人を誘うのがためらわれるという少女の顔はまたしても真っ赤で。

 

男は、最近顔をよく赤くするなぁと考えながら少女の提案に首肯したのであった。

 

 

というのが、今週の平日の話。

なんでも、割引券の期限が今週末までだとか。

であれば仕方がない。

 

男は、最近週末までグラスと一緒だなぁとのんきに考えていた。

 

 

来たはいいものの、男は最近の流行りがとんとわからなかった。

それ故、少女とウマが合うか心配であったが。

意外にも、少女は一昔前の歌を好んで歌っている。

バラードや恋愛の歌。

選曲がどことなくしっとりとしていたことが少し気になったが、流石というべきか彼女の歌はとても上手であった。

熱唱しているためか、少女の顔は赤かった。

 

上手だね。

男が本心から褒めると、彼女は照れくさそうに笑った。

 

「心を込めて、歌っていますので…」

 

男は感動した。

こういった姿勢が、彼女が多くのファンから慕われる理由なのだろう。

そう、褒めると。

 

「…」

 

少女は何故か不機嫌そうに、男が手にしていたタンバリンをしっぽではたいた。

 

しゃん。

 

 

 

そろそろ退室の時間である。

いいリフレッシュになったのだろう。

少女の表情はとても満足そうである。

だが、男は少し未練が残っているようである。

 

少女が不安そうに尋ねると、男は機器にとある画面を表示させて見せた。

 

うまぴょい伝説。

 

あの、伝説の歌である。

 

グラスのが、聞きたかったな。

そう苦笑する男。

 

「…」

 

それを見て、少女は無言で受話器を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの歌を、君も歌うんだね。

夕焼けの帰り道、そう呟く男。

 

「私だって最近の曲を歌うんですよ?」

 

古めかしいと言われたと思い、ぷんぷんとしっぽで抗議する少女。

 

…いや、もう少し、先の話さ。

しっぽの抗議を受けながら、男は小さく、小さくつぶやいた。

しっぽの抗議が止む。

 

男は前を向いているが、少女は俯いてしまった。

彼女の顔が赤いのは、夕日に照らされているからか。

或いは。

 

また、聞きたいな。

”どこで”とは言わずに、今度は聞こえるようにはっきりと言う男。

 

二人の影はまるで一つのように寄り添って。

長く、長く伸びていた。

 

 

 

 

 

五、

 

 

休日に家でゆっくりとするのは久しぶりであると、男は思った。

最近はレースやら休日出勤やらで忙しかった。

 

さて、今日は何をしようか。

 

男は顎に手を当て、思考する。

 

ふむ。あのお茶屋さん、しばらく行っていないな。

カラオケ。これもしばらく行っていない。

 

自然と想起されるのは、少女との記憶。

 

こんな時でも、少女とのことを思い出す自分に、つい苦笑する男。

 

 

ことり。

 

そんな男の目の前に、湯呑みが置かれる。

 

「お茶が、入りましたよ。」

 

男の目の前には、男の十二センチメートルほど下には、機嫌よさそうに揺れる耳。

その色は――

 

「ねえ、久しぶりにどこか、お出かけでもしようか。」

 

そう提案する男。

 

「あら、いいですね。どこにいたしますか?」

 

少女――いや、もはや女性といった方が正しいか――は、嬉しそうに彼の声に耳を傾ける。

 

「あそこなんてどうだい?ほら、昔いった。まだあるかな?あのお茶屋さん。」

 

ぺちり。

 

「あいた。」

 

なぜかしっぽで足をはたかれる男。

目の前には、つんとした顔の。

 

「私のお茶ではご不満ですか?」

 

彼女は頬をかわいらしく膨らませながら、しっぽで抗議している。

 

…まったく。

 

「変わらないな、君は。」

 

「え?どういう意味ですか?」

 

ころころと表情を変える愛しい人に思わず笑みがこぼれる男。

 

「いや、かわいいってことだよ。」

 

「…」

 

すると彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

…やっぱり。

 

「変わらないなぁ…」

 

ねぇ、グラス?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぺちん。

 

そんな音が、聞こえたような気がした。

 

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