pixiv様にも投稿していますが、ナンバリングが違うというか、短編集としては投稿していません。
逢はむ日を その日と知らず 常闇にーー
そう詠んだのは誰でしたっけ。
和歌を習ったのはもうずいぶん前なので作者は忘れてしまいましたが、この句は鮮明に覚えています。
なにせ、当時の私をそのまま表現するような詩でしたから。
1000年以上も昔の人が、私の気持ちを見事に表していて驚いた記憶があります。
この詩を詠んだ方はきっと、とてもではないけれど表しきれない気持ちをたったの31字に託したのでしょう。
やはり和歌は素敵です。
「はぁ…」
なんて、朝から感傷的になってしまいました。
この部屋で一人、一つしかないベッドの上で溜め息を吐きます。
…こんな憂鬱な朝に、あの人が「おはよう」と声をかけてくれるだけでどれほど幸せな気持ちになることができるのでしょうか。
…いえ、無い物ねだりなんてしても無意味です。
今日は休日。有意義に過ごすためにも早いところベッドから出てご飯を作ってしまいましょう。
◇◇◇
ピーッという電子音が私の意識を引き戻します。
電子レンジで温めた常備菜を机に並べて「いただきます。」と一人机に向かいます。
今日の朝御飯はご飯とお味噌汁、今温めた常備菜の和え物。
現役の頃の私にとっては全く足りなかったでしょうが、今の私には十分な量です。
一人の食事なんてこんなもんなんです……たぶん。
「……」
一人黙々と食べ進みます。
私は食事中にテレビなどはつけないので、聞こえるのは咀嚼音とたまに擦れる食器の音だけ。
「ごちそうさまでした。」
大した量ではないのですぐに食べ終わります。
或いは、この量でも、一人でないとしたらもっと食べるのに時間がかかるでしょうか。
意識したことがないのでわかりませんが、例えばあの人とご飯を食べることができればそれは幸せに違いありません。
日常は決して当たり前ではない。
その事を意識するようになったのは最近のことです。
あの人と過ごした楽しい食事のひとときも、かけがえのないものだったのです。
それをもっと自覚するべきだったのかもしれません。
いつもよりナイーブになる思考で、私は食器を片付け、そのままの流れで一通りの家事を済ませます。
一人で過ごすには少し広すぎる部屋なのかもしれませんね…
ふと、掃除をしているときにそんなことを思いました。
◇◇◇
あまり気分ではないので、お昼ごはんはパスです。
夜ご飯はきっと食べますし、問題ないでしょう。
あの人がこんな姿を見たら、なんて言うでしょうか…
いえ、現役でもない私がどんな生活をしようが勝手ですよね…
晴れなのか曇りなのかよくわからない天気の中、私の頭はぼんやりとしていて、何を考えるにしてもあの人のことが頭にちらついてしまいます。
生娘ではないのですから…と少し自分を戒めます。
何かをしなくては、と漠然と思うのですが…
気力は湧かず、せっかくの休日を私は無為に過ごしていくのでした。
◇◇◇
「ーーでは、また来週!!」
いつの間につけていたのでしょうか。
どこからともなく聞こえてきたテレビ番組のお別れの挨拶に反応して携帯を見ると、メッセージアプリの通知の下に表示されるのは15:47。
もう4時になるところでした。
いけない、買い物にいかなくては。
最寄りのスーパーにつき、夕飯のメニューを考えながらぐるぐると店内を回ります。
あの人の好物はなんでしたっけ…
…最後に作ったのはもうずいぶん前のことのようです。
私の作ったハンバーグを美味しそうに食べるあの人の顔がちらつきます…
…はぁ。さて、今日は何が安いですかね…
そんなことを考えつつも、私の手はほぼ無意識に挽き肉を手にしているのでした。
◇◇◇
「いけない…食べきれるでしょうか…」
つい作りすぎてしまった料理。
ずらりと並んだあの人の好物を見て、私はひとり呟きます。
まったく、いつになっても私はあの人のことばかり考えて…
…あの人は今日なにをしていたのでしょうか。
いえ、なんとなく想像はつきます。
きっと私の知らない場所で、私の知らない娘と、私の知らない表情で、トレーニングに励んでいたのでしょう…
ああ、とても胸が苦しいです。
当たり前のことなのに、それを受け入れたくない。
当たり前。
彼にとっての、日常。
私にとっては、受け入れがたいもの。
やはり、日常は当たり前なんかではないんです。
あの頃は私だって、一日中あの人とーーー
…やめましょう。
ほら、キッチンに並べられた皿たちも湯気をたてて机に運ばれるのを今か今かと待っています。
コト…コト…と、食器を運ぶ音が一人の部屋に静かに響きます。
「さて…」
作り過ぎてしまったでしょうか。
所狭しと並べられたあの人の好物を見て、苦笑を浮かべてしまいます。
でも、問題ないはずです。
今日はお昼ごはんを食べていませんし、それにーーー
「ただいまーーー!!!」
「!!!」
玄関から聞こえる、疲れを感じさせつつも元気な声。
帰宅を告げる声。
私にとっての、日常。
ついつい、しっぽと耳が反応してしまいます。
玄関に向かう。
小走りで。
「おかえりなさい。」
「ただいまグラス。いや~、慣れたとはいえ出張はキツいね~。一週間いなかっただけで我が家が我が家でないみたいだよ。」
「ふふっ。何をおっしゃってるんですか。いつも通りの、我が家じゃありませんか。」
「いや、今日は違うね。だって、この匂いはーーー!」
「あらあら。まるで子供なんですから。ご飯、できていますよ。」
「ありがとーーー!グラス愛してる!」
「ふふっ。私もですよ、あなたーーー」
ーーー逢はむ日を その日と知らず 常闇に いづれの日まで 吾恋ひ居らむーーー
あなたと会えなかった、非日常。
いつもじゃなかった、非日常。
寂しかった、もどかしかった、非日常。
でも。今からは。
あなたとの、日常。
代わり映えのない、日常。
幸せな、大切な、日常。
あなたと一緒の日常がいつまでも続きますように。
でも、いくらあなたと一緒だとはいえーーー
ーーー私が恋悩む日に、終わりはなさそうです。