あのひとは、鈍い人です。
私の気持ちに、ちっとも気が付かないんですから。
今日のお弁当だって、海苔の下には桜でんぶが敷かれていたんですよ?
きれいなきれいな、桜色の。
……形は、ぜったいに、内緒ですけれど。
それをあのひとったらよく見ないで、「おいしい、おいしい」って言って、ぱくぱく食べちゃったんです。
ものの数分で。
よっぽどお腹が空いていたんでしょうね。
でも、”おいしい”なんて眩しい言葉は、毎日聞きすぎて慣れちゃいました。
ぷんぷんです。
こんな贅沢病になってしまったのも、あのひとのせいなんですからね。
そのあたり、責任を取ってもらわないといけないと思いませんか?
あのひとが私をそう変えてしまったんですからね。
もう、ぷんぷんです。
……でも、まあ、おいしかったなら、良かったですけど。
でも、それとは話が別、ですよね?
まぁ、そんな、感じです。
あのひとは、かわいい人です。
私の気持ちを、春のぽかぽかした陽気みたいに、あたたかくさせるんですから。
そういえばあのひとと初めて会った時も、おさんぽにはちょうど良い、うららかな日でした。
あのひとは、迷子だったんですよ。
ふふっ、可笑しいですよね。
中央のエリートトレーナーが、、まさか迷子だなんて。
まあ、そんなところもかわいいんですけれど。
え、あ。
……こほん。
……まぁ、そんな感じです。
あ、でも、最近だって。
あのひとったら、紅葉の葉っぱを肩につけたまま学園をうろついていたんですよ?
まったく、あんな小さくてかわいい秋をどこから連れ回していたんでしょうか。
風情があるんだか、無頓着なのかわかりません。
まったくもう、仕方のないあのひと。
あ。
……まあ、ともかく、そんな感じなのです。
ともかく、まあ。
なんだか、ぽわぽわしたひとなんですよ?
そんな、ぽわぽわな、感じです。
あのひとは、ばかな人です。
私の気持ちに、寄り添っちゃうんですから。
そんなに……そんなに扱いやすいウマ娘ではない、私の心に。
私が骨折したとき、あなたは笑顔で私を励ましてくれましたよね。
……でも、あんなにぎこちない作り笑顔では中等部の生娘一人、騙すことなどできませんよ。
血が出んばかりに唇を噛みしめているのに、目だけ弧を描いて取り繕っても、それは笑顔とは呼べませんから。
……そういえば、あの人も”目”だけで私の闘志を見抜いてしまいました。
……あのひとよりは、うまく隠せているとは思いますけど。
ふふっ、お揃い、です。
私、知ってるんです。
あのひとが、私の見えないところで泣いていたのを。謝っていたことを。
でも、私の病室にお見舞い来るたび席を外して、数分後真っ赤な目で帰ってきたら、私でなくてもわかっちゃいますよ。
看護師さんにも、ばれてたんですからね。
……あの涙が私以外にばれちゃうのはちょっと、癪ですけれど。
怪我をして、今後元通りに走れるかわからないウマ娘なんて、さっさと見切りをつけてしまえばいいのに。
その方が、賢いのに。
……その方が、あのひとのためだったのに。
勝負の世界ですから、仕方のないことですから。
そうなっても、受け入れましたから……たぶん……ちょっぴり、悲しいですけれど……
でも、そうはなりませんでした。
……うれしいことに。
……。
…………。
ごめんなさい。
嘘、つきました。
本当は、ずっと祈ってました。
あのひとが私を、見捨てませんようにって。
私、わがままですから。
本当は、信じてました。
あのひとなら私を、支えてくれるって。
だって、ずるいじゃないですか。
あんなふうに、一緒に歩んでくれたなら。
わたしのことを、あなたのことのように悲しんでくれたから。
「私のことなど、放っておいてください。」
なんて、言えるわけないじゃないですか。
あのひとは、ばかです。
ばかな、ひとなんです。
わがままで気難しいウマ娘を担当してしまった。
そんなウマ娘に魅入られてしまった、ばかな、ひと。
……そんな感じ、なんです。
でも、あなたが、言わなかったから。
それがいちばん、悪いんですから。
ばかなんですから。
ばかな男と、ばかなウマ娘。
お揃いです。
おそろい、なんです。
あのひとは、鈍い人です。
「あ、ぐらす~。明日もお弁当、作ってくれたりする?」
「もちろんですよ~♪あ、何か、食べたいものはありますか~?」
「お、グラスがそんな風に返してくれるなんて珍しいね~。明日はたんぽぽでも降るのかな?」
「あら、まあ~♪そんな悪いことを言うお口はこれですか~?」
「い、いひゃい!いひゃいよ、ぐらす~~!!」
「うふふっ。それで、何かリクエストはありますか~?」
「イテテ……う~ん。とはいっても、グラスがつくるものは何でもおいしいからねぇ。あ、でもこういう返しがいちばん困るんだもんね。う~ん。」
このひとは、鈍い人です。
「あ!あれがいい!!あれ!!」
「はいはい。ちゃんと言ってもらわないと分かりませんよ~」
「あれ!海苔の下に、ピンクのハートがあるやつ!!」
「……」
「あれ?学生時代、よく作ってくれた……っていうか、ほぼ毎日作ってくれてたよね?」
「……」
「最近はあれやってくれなくて、ちょっと寂しかったんだよね~。」
こ、このひとは、にぶい、人ですから。
「え?無視……?ちょっと……いや、めちゃくちゃに悲しいかも……」
「え?あ、いや、えっと。あの。あ、あれは、急に言われましても……桜でんぶなんて、普段ストックしてませんから……そ、それに、困ります。お、おかずです。おかずを言ってもらわないと、困っちゃうんですから!」
「あちゃ、そっか~、残念。でも、そうだよね。普段からそんなの用意してないよね。昨日夕食当番だったけど、そんなのなかったね。ごめんね。無理言っちゃって。」
「……」
「じゃあね~……え、あれ、どこか行くの?もうそろそろ暗くなっちゃうよ?」
「ちょっと、そこまで~……」
「あ、なになに。一緒に行くよ。なんか買うんでしょ?荷物持ちするよ。それに、夜道だしね。」
「……」
こ、このひとは。
このひとは…。
にぶい、人なんですから。
本当ですから。
ほんとですよ?
……そんな、感じなんですから。
……私の大切な大切な、愛しい愛しい、ひとなんですから。
……そんな感じですから、どうぞ、よしなに……
「わぁ!桜でんぶ買ってくれるの!?グラス大好き!!」
「も、もう!大きな声で言わないでください!!」
「……グラスダイスキ……」
「そ、そういう問題じゃありませんから!!」