悪魔の薬売りは魔薬を運ぶ 作:月光画面
茨で舗装された道を走る。
今日はもうどれくらい走ったか分からないくらいに走ったが今までの人生の中でも一番に長く、全力で、必死に走っただろう。
今も遠くの方から聞こえるあの化け物猿の咆哮。
あの恐らく植物の魔獣である彼女が彼女自身の目的のために足止めをして犠牲になっている。
まだ走る。
彼女から託されたとも言うべき種は上着の内ポケットに入れてある。チャック付きで俺がこのバイトを始めてから大畑に貰った特別なベストだ。
左の裏ポケットに私物、こちらに財布や携帯、先程の種を入れてある。
逆に右側の裏ポケットには仕事用の道具や商品が入っている。
このベストは何が特別かというと、外から衝撃を与えられても中身が破損しにくいという訳のわからん細工がしてあるらしい。
試しに卵を入れてぶん殴ってみたがヒビすら入っていなかった。
ちなみにバットでフルスイングしたらヒビは入った。宙に吊るしたベストを金属バットでフルスイングするその光景を見ていた妹の溜莉にドン引きされたが……何とか誤魔化したけど家でやることではなかったな。
ついでで試したけど着ている本人へのダメージ事態は軽減程度でしかなく普通に食らった。
大畑の拳が体にめり込んだあの痛みは忘れられない。
その裏ポケットから自分用の注射器を取り出し走りながら『チョコケーキ』をセットして首筋に打ち込む。
こいつぁキくぜぇ!!! そんでもって後が怖いぜぇ!!!
この『チョコケーキ』とか言うのは体力増強剤とも言うべきもので、
何言ってるか分からん? 大丈夫だ、俺もわからん。ともかくわかるのは今まで使うつもりすらなかったこれを使って消えかけの体力にガソリンをぶちこむがごとく無給する。
先程のまでのふらついた足が回復し、力強く踏み出せる。
躊躇はなかった。舗装している蔦や蔓、茨の数が減り、残っているものも細々しく弱々しくなっている。
つまり、時間がない。
追加された薬により回復した体力を全速力で消費して加速し、更に素早く地を駆ける。
……
…………っ!
見えたっ!
遠くの大岩の影にもたれ掛かる人影!
最後の距離を筋肉が悲鳴を上げながらも耐えて詰める。
影にしか見えなかったその姿が鮮明に見えてくる。俺と同じくらいの年の男だ。目を閉じてピクリともしてない。
良く見ると全身服が赤く染まっている。血のように見えるが……息はある。
「っ、クソッ起きろっよっ!!」
揺らしてみても返事はない……意識がないのか、ならコイツをぶちこんでやるよ!
素早く自分用の『チョコケーキ』を取り出し注射器にセット。首筋の血管に当たりを付けてぶっ刺し注入する。
「う゛っ」
まるごと一本入れたところで薄目の反応。体力はこれでいいだろう。後は意識を目覚めさせる為に自分用の最後のひとつである『ホットココア』を投入する。
こちらの薬品は大畑いわく意識を覚醒させ気分を高揚させる分類の薬らしい。説明を聞いて「やっべぇぞ!?」と思って絶対に使うまいと確信していたがまさか他人に使うことになるとは……
でも命には変えられないので躊躇なく、どんどん入れていく。
入れてる途中で何度かびくんびくんと体が跳ねてたけど関係ねぇ!
さっさと元気になるんだよ!
「ッオオオオオォォ!?!? ォオオオオオ!!!??!??」
獣のような雄叫びを上げて男が目を覚ます。
何度も何度も荒く呼吸を繰り返し目玉だけがギョロギョロと動き周囲の状況を整理しているのだろう。数秒沈黙ののち、目玉をギョロりと動かして俺を見た。
「『薬屋』さんだよね? 『薬剤師』さんの所の。俺を助けてくれたのかな、この体の様子から生命活性と動態活性だよね。『薬屋』さんはあの猿にもう会ったかな?」
怒濤の質問と此方の所在を確信する言動。
怖いわ。
何よりも質問しながらも自分の体をチェックして直ぐに立ち上がるのが怖い。
だが何よりも俺は優先しなければならないことがある。
「あっちの方角で多分植物の魔獣が足止めしてる」
「そうか、植物ってことは多分
「これだ」
直ぐに必要になると思っていたので準備していたケースを取り出して渡す。
素早く受け取った男はその中の一本を取り出して腕に刺し中身を摂取する。
『チョコケーキ』とも『ホットココア』とも違う薬品。名前は確か『ホットサンド』で特定の魔素の結合を強くするものらしい。
魔素の結合が何かって? 知らん。
「っ、あー流石に『薬剤師』さんの所のは違うね。これなら……大分血流しちゃったけどまだまだ行けるね」
そういって彼はぐっと拳を握って……血が溢れだした。
溢れだした血は段々と形を作り、一本の槍を形作る。
……もう驚きもしねぇや、嘘です唖然としてるだけです。
「俺の名前はジョンで頼む。『薬屋』さん、戦闘は?」
「からっきしだ、こちとら薬屋って呼ばれてる通り薬売る以外は一般人なんだ」
「はは、こんなとこまで来ている時点で一般人じゃないでしょ」
マジなんだけどなぁ、こちとらその当然のように使いこなしてる血を武器に変える魔法みたいなものも良く分かってない知識すらも一般人なんだよな……
「何はともあれ俺は戦えない、薬もさっき渡した分で全部だし。ここにくるまでも助けがあって来れただけでそれがなければ既に死んでる」
「ふぅん……助け、ねぇ……まぁいいでしょ。じゃああの猿は俺が仕留めるってことで」
「問題ない、が。出来れば早く向かってほしいんだが……」
急がないと本当にあの彼女が死んでしまうかもしれない。
案内するために振り向いて、見た。
「枯れてる……っ!?」
今まで周りを囲んでいた蔓や蔦が見る影もないくらいに萎れている。
それを認識すると同時にジョン(偽名)が血の槍を構えて前に出る。
「来るよ」
ジョンがそう一言呟いた次の瞬間、草むらからどうやって隠れていたかもわからないほどの黒い巨体が飛び出し異様なほど小さな音を立てて、俺達の前に着地した。
あの化け物猿だ。
全身を小さな傷で覆われながらもその生命力に衰えは見られない。むしろ激怒している分か筋肉が盛り上がり口からよだれを垂らしながら血走った目で此方を見つめてくる姿には肉体面では万全のように思える。
……あの手に握り締められたあの花は、そうか、間に合わなかったか。
ふつふつと何に向けての怒りかは分からないままに熱が発せられる。それと同時に何時も通りの思考が頭を巡り、自分でも驚くほどスムーズに岩陰に隠れる事ができた。
全身のかすり傷が燃えるような熱さを発している。熱い……えっ、あっつ!?
あれ? 全身から血が吹き出てきたぞ~わぁお。
そんな混乱する俺を他所にジョンと化け物猿の戦いが始まる。
バッと飛び出したのはジョン。体を捻り血の槍を後方に構えながら突撃、対する猿は猿声を上げながら迎え撃つ構えを取る。
人間のスペックを完全に何回りも越えた化け物相手にジョンは槍に添えていた左手を横凪ぎに振るう。
血の壁だ。
そう思わせるほどの大量に見える血が膜を成し猿に向けて飛んでいく。
なぁにあれぇ……
それに対して猿は俺の目でギリギリ残像が見える速さで腕を裏拳のように振るい血の膜を弾き飛ばした。
視界が開けたと同時にもう片方の手を突き出しジョンを仕留めようとするが血の膜が晴れた時にはもうジョンはそこにはいなかった。ジョンの居場所は猿の直ぐ真下左足の部位。
俺の角度からは見えていたが、あのジョンは血の膜を目眩ましにして、体勢を低くし膜の外側へ移動、猿の弾き飛ばした血の液体にすら隠れるようにして移動し足元へ潜り込んだ。
槍を構え刃先の部分を太もも辺りに叩きつけようとするジョンにギリギリのタイミングで気付いた猿の首辺りの筋肉が盛り上がる。
もしかして、噛みつこうとしてるのか? 間に合うわけ……
そう思ったが嫌な予感は止まらず、血が出ていることや隠れていることも忘れて叫ぶ。
「避けろォーっ!」
一瞬だけ目線を此方に寄越したジョンが叩き付ける軌道だった槍をくるりと回して気持ち悪い動きで顔を股下に動かし足元にいるジョンを噛みつこうと猿が動く。
それを流れるような槍さばきで剃らし、逆に石突で打撃を頭部に与え一瞬猿がふらつく。
無理な体勢を強いてまで攻撃に転じた代償として次のジョンの持つ槍の柄に足を打ち据えられて転倒する。
そして、絶好の機会を逃さないというように、ジョンは森に響き渡る声を上げながら槍を突き出した。
黒く、艶のない皮膚に深々と突き刺さり、赤い血液だと思われる物が噴き出す。
「ギィィィイイイ!!?」
化け物猿の聞いたことのないような絶叫。
脇腹の辺りを深々と刺された化け物猿は暴れまくりジョンは堪らず槍を放して待避した。
槍を無くしてしまったが大丈夫なのか? あの猿はまだまだ元気そうに見えるし……
そんな俺の疑問に答えてくれるかのようにジョンは言う。
「いいや、終わりだ」
猿に刺さっていた槍がひとりでに動き、猿の体内に入り込んでいく。
それと同時に異変を感じ取った猿の動きが完全に止まる。
1,2,3……
たっぷり数秒硬直した後に身体中のありとあらゆる穴から大量の血液を吹き出し、大きな音を立てて崩れ落ちた。
俺を散々と追いかけ回し、この北海道の森を蹂躙し、あの植物の魔獣が足止めしか出来なかったあの猿の魔獣は、呆気なく、死んだ。
なんだ、おかしいだろう。俺があんなに苦労して、どうしようもなくて、初めてあった彼女に助けてもらって、何も出来なかった相手に、ジョンは……。
空虚さと無力感がどっと押し上げてくる。
漫画でもそうだろう。ただの素人がどうにかすると考えるではなく、力有るものがどうにかしてくれる。俺に、出来ることはない。
何か、軋むような音が聞こえたような気がして……それと同時に目の前の惨状に緊張の糸が解けたこともあり俺は胃の中をぶちまけた。
「おい、大丈夫か?」
獲物を仕留めて完全に脱力した様子のジョンがグロッキーな俺を心配してか近寄ってくる。
何か、オーラ的なのを纏っているような……
途端に全身が熱を持ち、また気持ち悪くなってゲーゲーと吐き出す。
「あぁー、一般人ってこういう事か……魔獣が死んだところに立ち会った事が今まで無かったのか」
あるわけねぇむしろ魔獣見たのすら今日が始めてだよ。
「魔獣が死ぬと周囲に大量の魔素がバラ撒かれるんだ。耐性が無い人がそれを受けると体の中の魔素が過剰反応して体調不良を起こすんだけど……『薬屋』さんはかなり辛そうだね」
やばい、ジョンが何言ってるかわからん。いや聞こえてはいるし半分くらいは理解できるんだけど体が熱くて、胃の中がぐるぐるしてる上にグロ画像はきつすぎる……
「ちょっと待ってて、今仲間に連絡して迎えに来て貰うから……個人用の回復薬を俺に使ってくれたみたいだし、こんなんで借りを返したとは思わないから安心して運ばれてくれ」
「ま、待て……まだやらないといけないことが……」
「次来たときにすればいいでしょ? 俺も回復薬ドーピングで無理矢理倒したみたいなものだし結構限界だからこれ以上が来たらヤバイんだ」
く、そ……目眩もしてきた。
でもせめて、あの植物の魔獣の……彼女がどうなったかだけは……
だが体が重すぎてジョンに抵抗することができず、森の中を運ばれていった。
┗┓
「──以上が今回の概要になります」
「成る程ねぇ……取り敢えずはお疲れ様、手当金の話もしたいし、『薬屋』君も聞きたいことあるでしょ」
喫茶店の店長にしてその傍らに裏の世界では『薬剤師』として働く大畑佐之助は珈琲を淹れながら『薬剤師』としてのバイトである薬膳の仕事の報告を聞いていた。
「そうですね……空港の荷物検査で絶対に止められると思ってたケースが完全に素通りされた時には目を疑いましたよ、検査ちゃんとしてんのか? ってね」
そんな薬膳の苦笑いににこりと微笑みながら大畑はコーヒーカップを三つ用意する。
「はは、そんなのバレないように工夫してるに決まってるだろう。信じてなかったのかい? 万が一止められても渡した名刺を見せれば通れるしねぇ」
「空港にも裏の事情通は居ますからね。むしろいなければ武器の持ち込みができなくなりますし」
「むしろある程度偉くなったら教えられて理解し対応しなければいけないという事になるしね」
「空港も真っ黒なのか……というかですね、さっきから気になってることがあるんですが」
大畑がカップにそそいだ珈琲を薬膳のとなりに座る男……ジョンに手渡す。
ジョンは礼を言って受け取り珈琲を一口飲み込んだ。
それを見て薬膳にも珈琲を手渡そうと大畑は珈琲をそそぎながら薬膳の気になっていることを問いただした。
「どうしたんだい? 今回はイレギュラーが多かったし質問攻めにされる覚悟は出来てるよ」
「じゃあ遠慮なく……」
薬膳はすぅっと立ち上がりびしりと音がなりそうなほど鋭く隣に座る男、ジョンを指差した。
「なんで俺を空港で見送ってくれた筈のこの男が、俺が空港について直行でここに来たにも関わらず俺よりも先にここに居るんだよ正直に言ってめちゃくちゃ怖いわそれでいて普通に二人とも対応してくるものだから俺の頭がおかしくなりそうだったわ!」
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あの一件の後、俺はジョンの伝で死にかけの俺を介抱してもらってその次日には飛行機に乗って帰ることができるようになった。
その事を大畑さんに連絡すると、決して本名は言わないように念入りに釘を刺され詳しいことは実際に会って聞くと言われた。
ジョンの仲間の方にお礼を言い空港に送ってくれたジョンとも別れを告げて飛行機に乗ること二時間程。
公共交通機関を利用し、妹にもう少しで帰る種のメールを送り、やっとの思いで帰って来たと思って喫茶店の扉を開けたらなんか二人いた。
片方は店長でありここで会う約束をしていた大畑だからわかるんだけどもう一人だよ。
何でジョンがここにいるんだ!?
その思いの丈をぶちまけるが二人は微笑みを崩さない。いや、ジョンは目だけが笑ってない。細かく震え今も周囲を観察してる。怖い。
何だ、何をそんなに見ること事があるんだヤメロ、こっちを見るな怖い怖い怖い。
「俺達のような者は独自に移動できる手段を何かしら手にしているものなんだ」
「僕もあるしねぇ……使いたくないけど。一番手軽なのは魔術で姿消ししたヘリとかかな?」
「よくあるUFOとかの目撃証言がそれだな。まああれは姿消しに失敗したやつだけど」
成る程、一番手軽なのでヘリコプターとかぶっ飛んでんな。ヘリだけに。
しかしまあ、ジョンがここにこれる手段はわかった。けどまだ疑問は残る。
「でもジョンがここに来る理由にはなりませんよね?」
最低ヘリって事はどんな手を使ってもそこそこの労力がかかるっていう事だ。
ただドッキリを仕掛けるために先回りをしておくなんてそんな酔狂な人物にも見えない彼がする筈もない。
ジョンはぐびりと珈琲を飲み干すと人好きしそうな笑みを俺に向ける。やっぱ目が細かく動いてるから何かを確認してる……?
「おいおい、言ったじゃないか。借りはまだ返せてないって……実際あのままじゃ結構な確率で死んでたしな。で、こちらの『薬剤師』さんと連絡とってこっちで少しの間お世話になることにしたんだ」
成る程……いやおかしくないか? なんでこっちに来る事が俺への借りを返すことに繋がる?
普通に向こうに居て、必要な時に力を貸してくれるだけで良かったんじゃないのか。
「彼はね、君に知識を教えてくれるんだ」
「知識……もしかして裏の常識というやつですか?」
「そうだね、僕が教えてもよかったんだけど……僕は逃走術とか詳しくないんだよね。所詮裏方の知識しかない」
「その点俺はバリバリの前衛だしそこそこ経験も積んでる。本来なら知識なんていう秘蔵のお宝とか技術とかは依頼でも教えたりしないんだけど……」
そう言ってジョンはちらりと大畑の方を見る。
成る程、腕の良い『薬剤師』との顔繋ぎという面も合わせて利益が勝ると考えたのか。
使っていた時に溢してた言動から推測するに大畑さんレベルの薬屋は稀なんだろう。
だが、この話には一つ問題点がある。
「あの、俺……この仕事終わったらもうこのバイト辞めようと思ってるんですけど」
そうだ。
俺はあの魔獣とかいう奴にこれ以上関わる気がない。
元々危険がないというから続けていたバイトだ。この一件で更に死ねない理由ができたし、もうお金の為だけにこのバイトをする理由が無いのだ。
色々考えたが、これが最善だと思う。初めは確かに知識を教えてもらおう、と。だが養う家族の事を考え、この託された種子をどうするかを考えたら何よりも簡単で確実なのはこの業界から手を引く事だと思えた。
これまで稼いだお金が無くなるとしても、例えあのヤバ気な薬で記憶をトばされたとしても。
ジョンは不思議そうな表情をしているが大畑は少し微笑んで、自分用に淹れた珈琲で口を湿らしてから告げた。
「そうか……わかった」
大畑は思いの外あっさりとそれを認めてくれた。
ジョンがぎょっとした目で大畑を見詰めているが大畑はそれを片手を上げて制すると何でもないような口調で言った。
「ジョン君については大丈夫だ、向こうに失礼の無いようにしておこう」
「良いんですか?」
「良いも悪いも元から危険がないという前提での雇用条件だったし」
大畑は深くうなずいて、手元のスマホに目を落とす。そして幾つか操作した後、身構える俺に向けて一つの小型ケースを取り出して投げた渡した。
それを何とかキャッチする。
これは……薬のケースか? 大きいような気もするけど。
なんでこれを?
「彼に使ったんだろ? 支給だよ。後そうだな…………一週間後に返しに来てくれ。それを返却されたその時に、君を正式に退職させよう」
「今じゃできないから、って事ですか?」
「うん、そんな感じだ。色々手続きが要るからね。一週間後までには準備しておくよ」
「わかりました……」
「今日はもう帰っていいよ? 疲れたでしょ。何かあれば連絡してくれれば時間は作るから」
確かに、二日も家を空けてしまっているし体中に筋肉痛やらなんやらの痛みを感じている。
……彼女の事や、この種の事を相談したかったが今は、体を休めたい。
「お言葉に、甘えることにします」
「うん。じゃあまた今度……もう関わりたくも無いのかもしれないけど、必要なときは躊躇っちゃ駄目だよ?」
┗┓
「で、どうするつもりなんです?」
薬膳が帰った後、喫茶店に残った二人は向かい合って話をしていた。
大畑が薬膳が帰ってからずっとスマホで何かをしているのでジョンの方が暇をもて余し、遂に声をかけたのだ。
大畑は苦笑いをしながらスマホを一度置き、ジョンに向かい合う。
「どうも何も、依頼は続行だよ」
「当の本人はあの様子でしたが?」
大畑はもう一度ちらりとスマホに目を写すと、今度は然りとした態度でジョンへ言った。
「僕が目を掛けたんだよ? それに今の情勢だ。妹君の事もある。絶対に彼は戻ってくるよ」
そう言いながらカップに残った珈琲を飲み干す。
「やはり良い豆だ、これが現実とは別世界にある
「『薬剤師』さん」
本来ジョン程の裏の傭兵、退魔術師とも言える人達が人に秘伝とも言える技術を教える事などあり得ない。あの黒い猿のような化け物も本来一人で狩るようなモノではなく、素人から足抜けしたそこそこの退魔術師が三人で殺せる程度の力がある。そんな男の知識や技術、それは命を助けられたり、有名な薬屋との顔繋ぎ、商談での不始末といった程度で教えるなどと到底あり得ない事であった。
だがそれをジョンの人柄もあるが『薬剤師』の恒常的な契約を背景にした、将来的に部下になる人物を鍛えるといった名目でやっと指導の依頼を受けさせる事ができた。
そこまでした今回の話をこんな簡単に無為にするのか、という怪訝な表情を隠さないジョンに向けて大畑はまたも微笑みを返して余裕を持った口調で話す。
「さっきも言った通り問題なしで依頼続行。でも確かに今は何も仕事はないし暫くはのんびりしておいていいよ?」
そんな態度を崩さない大畑に一つ大きなため息を吐いて遂にお手上げになってしまったジョンも喫茶店を出ていく。
一人残った大畑はまたスマホの画面に目を移す。
「これで戦力の補充も問題なし。あぁそうだ、薬膳君も束の間の休息を楽しむと良い。それは僅かと持たない儚いものだけど……どうせもうすぐそんなものは失くなってしまうのだから、慣れるのなら早い方が楽だよ?」
誰に言ったでもないそんな言葉を吐き出した大畑は何時もの柔和な笑みではなく、口が裂けるような笑みを浮かべていた。