悪魔の薬売りは魔薬を運ぶ 作:月光画面
夕暮れ時前、最低限の荷物だけを持って帰路に着く。
向こうで使った下着や服はベスト以外血塗れで二度と使えない有り様だったので処分して貰った。残っているのと言えば財布や携帯などの貴重品位だ。
大畑から貰ったケースはベストの左胸ポケットに入れてある。十五センチ程の長さのケースもスッポリ入るからこのベストは非常に便利だ。これだけは返すのが名残惜しい。
中身はまだ……確認していない。
いつもより大きいけど今回巻き込まれて使った結果ギリギリというより足りてないという話もしたから回復系が多目に入ってるんだろうとは思っている。
しかし何というか、あっさりとしたものだったと今更ながらに思う。
今まで働いてきて今更ながらに抜けるというからには最低でも記憶処理的な何かをされるものだと思っていた。
いやできるか知らないが、それくらいか同じくらいの処置はされるだろうと思っていた。
淡々とし過ぎて裏があるのか勘繰ってしまう。
「うぉっ」
「きゃっ!?」
だが考え事をしながら疲れた体でぼさっと歩いていたのがいけなかったのだろう。
何もない道の真ん中にも関わらず誰かとぶつかってしまった。
どうやら此方が弾き飛ばしてしまったらしく相手は尻餅を付いて座り込んでしまっている。
そんなに強く当たった感じはしなかったんだが……いや、そんな事よりも怪我がないか確認しないと。
「すみません、怪我はありませんか?」
「……えっ? あっ、ええ、問題ないわ」
「……? それは良かった、宜しければお手をどうぞ」
何故手を差し伸べられたかわからないと言った表情を浮かべる少女──多分俺よりも年下だと思う──はじっと、俺の顔を見ながら手を取ってふわりと擬音が立ちそうな程身軽に立ち上がる。
そして再度謝罪をするために手を離して……あれ? 離して……離してくれない……?
「…………」
いや、あの……じっと見詰められても困るんですが。
「いえ、失礼しました。どうやら疲れているようで……顔色が悪かったのでつい」
「あぁ、成る程」
いやそれはそれでどうなの?
とは思うが先に失礼働いたのは俺だし何も言わんけども。
「素人意見ですが今日と明日の間は家でゆっくりとしていた方が身の為かと」
「え、そんなに顔色悪く見えるだろうか?」
ヤバイな……家に帰ったら溜莉に何て言われるだろうか。今から言い訳考えておくか。
とと、思考が脇に逸れたがやることはしなくては。
手を合わせて頭を下げる。
「此方の不注意ゆえにぶつかってしまい申し訳ない。怪我が無くて良かったが何か償える事はあるだろうか」
俺の謝罪を受け取って何かを少し考え込んだ少女は少しだけ腰を落として下から俺の顔を覗き込んできた。
「えっと、頭を上げてください。私も、周りを見てなかったのが悪かったのです」
そう言われて頭を上げる。すると近くに寄ってきていた少女の姿がよく見えた。
普通の、日本人の中高生にも見えるし落ち着いた雰囲気の大人にも見える。だが目の前に居るのに何かが
うん、自分で思ったがそんなに見詰めていては変態みたいだな。
あまりじろじろと見てはいけないので視線を少女の目に固定する。
「っ……、私行くところがあるので失礼しますが。
何だ? 変な言い回しだな。でもそうか……色々あったし、精神的にも参ってるのかも知れない。
「俺に態々そんな忠告をありがとうございます。道中お気をつけて。俺も……気を付けます」
「……ふふ、では──」
二度と会うことはないでしょうけど──
そんな言葉が聞こえたような気がして……少女はこれまた幽霊のような虚ろな足取りで去って行った。
…………足音とか一切聞こえなかったんだけど本当に人間だったよね?
最近というか昨日のあの一件から魔獣とかいう非科学的生物を見てから疑り深くなってしまった。
いや、でも受け答えとか対応の仕方とかは違和感無かった……無かった……? 多分無かったし、誰慣れ構わず疑うのは違うだろう。
俺は考えるのを止めて今度は誰ともぶつからないように身長に家への道のりを歩き始めた。
┗┓
いや不味い、かなり不味い。
歩いてる途中で周囲の風景がなんというかこう、滲み出した。
建物とかはそんなにでも無いんだけど人間とかすっごいぶれて見える。
熱あんのかなぁ? とか思いながらやっと帰宅。病院行こうにもその気力がない。寝れば治るさ。治らなきゃ明日行く。その時はタクシー呼ぶかぁ。
おぼつかない手でとあるアパートの一室の鍵を開ける。
「ただいま」
扉を開けて、声を出すが返事はない。それはそうかだって今日は金曜日だしな。溜莉も学校があるし、その後は友達と遊ぶだろう。
まだ夕方の五時過ぎだしウチの家は門限など決まってない。無連絡の泊まりなどは流石に問題だが、ちゃんと帰ってくるなら問題ないと相談して決めた。
俺自身深夜にバイトを入れたりして守れないからな。
このボロアパートは洋室と風呂場兼洗面所兼トイレと小さなベランダが有るだけの小さな一室だ。これで三万。周りの交通機関からそれほど遠くないし安いのは安いが、部屋が実質一つしかないという年頃の娘である溜莉にかなり負担をかけてしまっている。
一人部屋くらい用意してあげたいのだが……洋室はそこそこに広いのでどうにか本棚とカーテンを工夫して小さな個室のようなものを作る事ができたが……その時は溜莉も喜んでくれていたが今は窮屈なだけだろうと思う。
何時ものようにベストを壁にかけて、衣服を着替えゆったりとした服装に着替える。
洗濯物は……そんなに無いな。全部捨てたし、他の荷物も無い。
携帯だけポケットに入れておき、中古で買ったソファに深く座り込む。
……そういやお土産をねだられてたけど忘れてたな。そんな余裕一切無かったし。
せめて空港で何か買ってやれば良かったんだけど……。向こうで世話になった退魔術師? の人達に少しでも身内の情報を渡すのに忌避感を覚えたというか。
そんなとりとめの無いことを考えながら目を瞑る。
家に帰って落ち着いて、だいぶマシになった。少しだけ、少しだけ休んだら、夜飯を作らないと…………。
何を作るかな、やっぱり余り物のチャーハンかな。卵は有るだろうし、冷凍ご飯も溜莉は食べようとしないだろうから残ってるだろうし……あぁ、ベーコンとか……買って、帰れば……よかっ、た…………。
………………。
…………。
……。
「……ぃさ ! ……ぃさん!」
……………………んぁ?
「兄さん!」
「お、おおお!?」
寝過ごした!? 今何時だ!?
窓から見える外はもう真っ暗で部屋の中を絶妙な明るさの電球が照らしてる……十数分寝たとかいう感じではない。
携帯、携帯どこだ!? ソファに置いてた筈何だが……無い。
「兄さん、お探しの携帯はここにありますよ」
俺と同じ黒髪を腰まで垂らした学生服の少女、妹の溜莉が俺の携帯を差し出しながらすぐそこで仁王立ちしていた。
「あ、ははは……悪いな」
「いえ、そんな事よりもですね」
差し出した俺の手をひょいと避けながら俺の携帯をひらひらと扇ぐように指の先で動かす。
何だか機嫌が……悪い?
「るり……じゃなくて私言いましたよね。危険な仕事や体を壊すような仕事なら辞めてくださいって」
半目になったじとっとした目をこちらに向ける溜莉。最近急激に口調も姿も大人びて綺麗になったから尚更一人部屋とか作ってやりたいんだが如何せん金銭面が辛くてな……じゃなかった、そうか俺が気絶したみたいに寝てたからか。
確かに一日二日家を空けて帰って来たと思えば死んだように寝こけていたらビックリもするか。
「しかしルリちゃんよ、バイトしなきゃ生活が立ち行かない事は良くわかってるだろう?」
だから深夜にバイトもしてるし何なら一日中働いてる時もある。そんな次の日に真っ昼間から寝こけている何て珍しくも無い筈なんだが……。
「それは勿論。兄さんには感謝してるし尊敬もしています……何時もありがとう」
恥ずかしくなったのか一瞬顔を背ける溜莉。だが気を取り直したのか直ぐにこちらを向き直すとびしりと指を突き立てた。
「人を指差してはいけません、ちゃんと教えたでしょ」
「あっ、ごめんなさい……じゃなくて! る……私が言いたいのは!」
余程興奮しているのか少し前まで使ってたるりの一人称に戻りかけているのを済んでのところで押さえながら更に声も隣に聞こえないように調節するという我が妹ながら器用なことをすると感慨深く思っていると溜莉は予想外の言葉を告げた。
「新しく始めたバイト……兄さんがここ半年ほどで始めた大畑さんの所のバイト。それを辞めて欲しいと言っているんです」
「……え?」
何でそれを溜莉が知ってるんだ? 誰にも言ってなかったし隠すように動いていたのに。
いやそれよりもだ、どこまで、どこまで知ってる?
「大畑……さんの所でバイトしてるの、何時から知ってた?」
「ぅぇ!? そ、それは……さ、最近です。偶々知りました」
あ、怪しい……いや、何時知ったとしても然程の問題はない。重要なのは何をしてたか知ってるかどうかだ。
「そのバイト……俺が何してたか知ってる?」
「…………知りません」
嘘だ。ほんとに知らないなら「そんな言い方するのなら……やっぱり危険なことしてたんですね」とでも返してる筈だ。
クソ……でも、もう関係無いか。だって俺は……。
「まぁ、それはどっちでも良いんだ。俺はもうあのバイトを辞めたからな」
「え!?」
「今日辞めたいって伝えてきたよ。向こうも了承してくれた。今日からまた、何時ものバイト生活に逆戻りだ」
まぁ、何かが切っ掛けで妹をあの世界に捲き込んでしまったら悔やんでも悔やみきれないのでこれが一番良かったと今でも思っている。
溜莉は予想外といったように右手で前髪を弄りながら視線を左右にキョロキョロと……ん?
「ルリちゃん」
「……いや、でも…………が…………」
「ルリちゃん?」
「あっ! はい! 何ですか?」
「いや、その
そう指輪だ。明らかに俺が向こうに行くまでには無かった。
自分で買ったにしては溜莉の好みから少し離れているように見えるし俺に隠してる恋人が居たとしても着けている指が右手の小指だったのでそんな場所に着けるか? という疑問が湧いた。
「…………っ」
「……え? 何か聞いちゃ不味かったか?」
「い、いえ違いますよ? これは、その……と、友達から貰って……サイズが小指にピッタリだったので貰ったんですよ!」
「あ、あぁそうだったのか……なんか、その聞いて悪かったな」
「いえいえ! 私こそお疲れの中問い詰めてしまってごめんなさい!」
両手をぶんぶん振って否定した後神妙になって謝罪する溜莉。
俺としてはその指輪がちょっと気になった程度だったのでそこまで慌てられると逆に困る。
取り敢えず夕飯の準備もしなくちゃいけなかったので立ち上がろうとするが……ふらついてしまいまたソファに逆戻りしてしまう。
目の方は溜莉を見てもぶれないし全く問題なくなっていたが体の方がまだおかしいらしい。
地面に立っているようで浮わついた気分になる。
「兄さんは座って待っていてください。今日は私が作りますから」
俺に優しく微笑みかけながらくるりと回りってキッチンの方へ向かう溜莉。
うん、その方が良いだろう。この状態の俺がキッチンに入ってもまともに料理できる気がしない。
俺は返事の代わりに片手を上げて感謝の意を示し、料理する溜莉の後ろ姿をゆっくりと眺めながら体の回復させることに専念した。
┗┓
食事を終えてシャワーを浴びた後、夜も更けて寝る準備を整えてからソファに体を沈めて明日の予定を考える。
大畑の所のバイトが最悪今日まで伸びるかもしれなかったので今日と明日はバイトを入れていない。つまり休みだ。
食材の買い出しは勿論、家の掃除や消耗品の補充をしなければいけない。ぱっと見た感じティッシュが危うい位で問題ない筈だが再確認は必要だろう。前に一度洗剤を切らして大惨事になったからな。
俺は基本ソファで寝る。何年か前、二人だけで生活するようになった時は一つしかない布団で二人仲良く寝たものだが流石に体が入りきらなくなったので布団を買い足す金も惜しかった同時にソファで寝てみたら案外安眠できてしまったのでそれ以降俺はソファで寝るようになった。
勿論掛け布団の類いはかぶっている。じゃないと死ぬからね、寒さで。
今なら布団一式買い直すくらいなら何とかなるのだが……何となく買い換えないまま今日まで来てしまった。臨時収入である大畑のバイトも無くなった今、新しく買うことはしばらく無いだろう。
溜莉は……もう寝たのか、布団が静かに上下していて微かな呼吸音が聞こえる。
明日は休みだし何処かに遊びに行くのかもしれない。最近転校生が来たとかなんとかで楽しそうだからな。
少し体勢を変えて何となく、種の入っているベストを見る。黒い、厚手のベスト。ポケットが外に四つと中に二つ、中のポケットは不思議な守りで護られているという訳のわからないベスト。俺が前身血まみれになったり、森の中を転げ回ったりしながらもこのベストは汚れたり、破りれたりもしないほどの頑丈性と特異性を見せた。この半年、その便利さからずっと着けていたからかこの一週間が最後だと思うと感慨深い。
……多分このベストも返すんだよな?
貰えるのなら欲しいけどな。
種もなぁ、どうするか……地面に植えたら……生えてくるよな? 流石に生えたら誤魔化しきれないだろうし討伐されるのだろうか。ていうかどうなるんだろうか人型? そんな漫画みたいな事ありえるのか……ん?
(今、微かに光った?)
いや、そんなわけない。まだ種なのに。
そんな恐ろしい想像中の中、手元の携帯が微かに震える。
メールか。
(……明日の夜急遽バイトに入って欲しい、か)
夜働いてるバーの店長からのメールだ。
明日は休ませて欲しいという話をしていたのにこんなメールが来るなんて明日は本当にヤバいのだろう。
(今も調子良いし……明日には完全に治ってるだろ)
明日は行けますという内容を送り返して予定が決まったところで今日は寝ることにする。
ふと、何となく溜莉の寝ている布団を見る。
また……頑張らないとな。
┗┓
真っ暗な空間で俺は立っている。
目の前にあるのはただ無限に広がる暗闇と……植物の蔦。
その植物の蔦が俺の全身に絡み付いており離れない。
何も見えないはずなのに、俺の体とその植物の蔦だけが暗闇から浮かび上がるようにしてぼんやりと見える。
「何だこれ、離れないな」
いくら引っ張っても、どれだけ剥がそうとしてもこの植物は離れないしびくともしない。
やがて疲れた俺はこの植物を良く観察する事にした。
葉は付いていて蕾もあるが一つたりとも開花してない。蕾の形から想像するに薔薇かそれに近いものだと考えた。
何故かこの場所に居ることには疑問を覚えられないが、この植物がどうなっているかだけはすごく気になる。
それからどれだけ経ったか分からないが一つだけ、分かってしまったことがあった。
「この植物……俺から生えてるじゃねぇか……」