悪魔の薬売りは魔薬を運ぶ   作:月光画面

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花に花屋に薬屋に

「それでは兄さん、行ってきます。それと先程も言った通り今日は友達の家に泊まってきますので」

 

「あぁ、灯対(ひつい)さんの所だったな? 楽しんできてくれ」

 

 朝、(溜莉)の見送りを終えて今日の朝の家事の続きをする。

 掃除、洗濯、洗い物……粗方片付けた時にはもう昼前になっていた。

 取り敢えず一息つけるようになったので恒例のソファに体を深く沈める。

 今から買い物に行って……途中で何か軽食でも挟んで夜飯の準備……は今日溜莉が帰ってこないからいらないだろ? 

 もういいや、さっさと買い物行って夜まで寝よう。

 

 そういうことになった。

 手早くベストを着込み、その上から上着を羽織る。

 もうすぐ秋も終わり冬の季節なのでこうしないと寒くて動けなくなる。

 だから、そうだから仕方なくこのベストを中に着込む。そうして貴重品を中のポケットに…………? 

 

「何だ? 妙に半開きだな……ちゃんと閉めてる筈なんだが」

 

 まぁ、記憶間違いくらいはあるだろう。気にせず貴重品を入れ込みしっかりとチャックを閉める。

 そして最後に……

 

「変化無し……やっぱ夢は夢か」

 

 種の様子を確認してまた直し込む。

 あの意味深な(体から植物が生える)夢を見た後体を確認したが何も起きておらず最後に心当たりのあるこの種を今確認した。

 何故今になって確認したのかというと理由は情けないが怖かったからだ。

 見ることで何かしらが起きるのが怖かった。溜莉が居たこともあり、起きた時点で何も無かったので溜莉が出ていってから見ようと決めていた。

 それにも関わらず溜莉が出て行った後、今の今まで放置していたのは俺の心の弱さだろう。

 今見たのだって流れで確認したからだ。持ち物の再確認はしなければ安心できない質であるがゆえになんとなく確認してしまったのだ。

 

 うん、まぁ、何もなくて良かった。

 

 準備を整えて家を出る。鍵をいつもの隠し場所に隠してから歩きだした。

 

 子供の頃から歩いてきた懐かしい道をゆったりと歩く。

 もうすぐ冬と知らせる独特な匂いと冷たい風が露出した肌に刺さって軽い痛みすら感じる。

 体調が良くなったと言ってもまだ体がふわつく感じがまた出てきてしまった。

 家に居るときには感じなかったがすれ違う通行人の姿がぼやけて見えたり逆に存在感が強く感じたり……これもう絶対病気とかじゃねぇな。

 

(やっぱあの(魔獣)が死んだときに感じた熱と関係あるんだろうなぁ)

 

 後傷口から血が出る事も。

 

 どうにかして行きつけのスーパーにたどり着き、買い物を済ませたもののやはり意識が確りとしない。

 道中目覚ましに黒い炭酸飲料を買って飲んでいるが炭酸の火力が足りない……。

 

 ふらふらっと歩いて何処かに軽食屋が無いかと探しているが……さて、ファストフード店はもう少し先だったな。

 ふら、ふらっと……ん? 

 

「あ、昨日の……」

 

「あぁ、昨日の女の子か……」

 

 ばったりと道の真ん中で昨日の少女と出会った。

 昨日と相変わらず気配というか存在が希薄な人だな。

 

「…………」

 

 き、気まずい……っ! 

 ただ単に街中で見掛けてしまっただけだから用とか無いのに声を出してしまったばっかりに呼び止めてしまったから……! 

 

「あの……どうして居るのですか?」

 

「えっ?」

 

 どうしてって……、え? キツくない? 

 

「あっ、えっと間違えました……あの、家で休まれた方が……宜しいかと」

 

「あ、あぁ、成る程」

 

 そういう意味ね、ちょっと当たりがキツすぎて心が折れそうだったぜ。

 

「大丈夫だ。問題はない。直ぐ治るだろうから」

 

「直ぐ治るからと無理をするのは……ってもしかして……」

 

 少女が視線を俺の顔から下げて手の甲を見ている。

 正確には手の甲の傷か? いやなんか違う気がする。どちらかというとその周囲? 

 

「……お昼まだですか?」

 

「え? あぁ、今から?」

 

「来て下さい」

 

「えっ? ぅえっ?」

 

 唐突に来て下さいって言われて服の袖を捕まれて引っ張られる。

 抵抗、抵抗……するかぁ? いやなんかそんな気が全く起きないんだが……。

 ヤバそうな所に連れ込まれそうだったら上着を脱け殻にして逃げよう。

 

「行きますけども……説明して貰っても?」

 

「向こうで話します……から」

 

 段々と言葉尻が弱くなっていったがそれでも引っ張る力は緩めない辺り本当になにかあるのだろう。多分。

 それにしても誰かに見られてたらちょっとした惨事だな……友人にこの件でからかわれたりしたら返す言葉に困るぞこれは……。

 …………逆ナン? 

 いや、心配してくれてる(だろう)相手方に失礼すぎる。

 やはり見られないことを祈って早く目的地に着くことを祈ろう。

 

 五分ほど歩いたところで見たことの無いようなお洒落で小さな洋食店に見える場所に連れ込まれる。

 こんなところに店があったんだな……と感心していると少女はやっと手を離しスゥっと奥の方へ消えていってしまった。

 

 あれだな。さっきから思うに……人と接するのが苦手な人なんだな。(精一杯のオブラート)

 説明が無さすぎるんだが。

 

 仕方ないので近くの椅子に腰かける。

 店に客は居らず、奥の部屋っぽい所にも店員の気配すらない。

 周囲に目を通しても難しそうな本が詰まった本棚とカウンター、今座っているのと合わせて二つ程のテーブル席と古風な調度品? みたいなのが隅っこの方で並んでいる。

 詳しいことは分からないが落ち着いて過ごせる空間、それを作ろうとしているのは分かった。実際居心地が良いし。

 他には……あれは写真立て? 家族三人の写真か、ずいぶん古そうだけど……けど、なんだ? 違和感が…………。

 

「あれは……?」

 

「お待たせしました」

 

 っと、体をゆっくりと回して少女の方に体を向ける。

 少女は手元にマグカップと……何かの錠剤を皿に乗せて持っていた。

 

「お水と、お薬です。あなたの症状に良く効きます。休まないならこれは必要です」

 

 ずずいっとその二つを俺に向けて差し出す少女。

 いや、行きなりそんなこと言われても……ちょっと話してみるか、流石にこの流れでは飲めんわ。

 

「待ってくれ、俺は突然連れてこられただけで現状の把握がしたい。ひとまず、これは何だ? 何の薬だ?」

 

「魔素酔いと魔流因子の結合緩和の薬です。あなた、体に魔獣を寄生させていますよね?」

 

「は?」

 

 なんかもう、え? とかは? とかしか言ってない気がする。

 ていうか……あぁもうクソったれ! 何となくそうじゃないかと感じ始めてたけどホントに裏の関係者かよ! 

 しかも何だ? 寄生? そんなの心当たりあるわけ……ある、わけ……? 

 

 あったわ、昨日の夜の夢がまさしくそれじゃないか。

 しかもあれだわ、魔流因子? それっぽいのをあの彼女? が言ってたわ。取り込んで~とか。

 

「今自覚したようですね……」

 

 少女は手に持っていたマグカップと錠剤をテーブルに置くと()()()()()()()()()()()()()()()()薔薇の蕾を一輪手折る。

 それと同時に蕾があった根本から赤い霧のようなモノが吹き出し、濃厚な鉄と薔薇の臭いが入り交じった香りが店のスペース一杯に広がった。

 目眩がするような濃厚で、強い匂い。

 

「ぅっ……これは?」

 

「心配要りません、ただの流血による魔法的現象です。……やはりイビルプラント、属別は薔薇、これは、主格を守ろうとしている?」

 

 何だ、俺の体が、熱い? 

 これは、あの時の……いやそれよりも更に。

 

 全身の力が抜ける。熱が場所を移動するように全身のあらゆる場所から植物の蔦、蔓、茨が飛び出る。

 そして感じた。胸から唸るような熱を。

 それはあの種のものだと見ずとも確信させ、それを取り出す前に……。

 

「私は敵ではありませんよ。安心してください生まれたての幼き魔獣の子。ただ、あなたの力ではその人が死んでしまうかもしれないんです」

 

 俺ではなく、その先にいる何かに話しかけるような声に動きが止まる。

 そして少女は俺の顔を見て、見ていて安心できるような柔らかな笑みを浮かべる。

 

「名乗りましょう、私は織音 緣。今はもう存在しない『花屋』と言われていた医者の娘です。大丈夫、危害は加えません。私を見付けてくれる人は貴重なので」

 

 ┗┓

 

 店内の隅から隅まで薬膳の体から生え出した植物の蔓や蔦が伸びきっておりその光景だけ見れば廃棄され時間が経ちすぎて自然に呑み込まれた廃墟のような様をしている。

 その植物の中心、薬膳の横に立った緣は薬膳の体をじっくりと観察してから口を開いた。

 

「驚きました。これ程までに寄生先の主格にこれ程までに負担をかけずに存在しているとは……これは寄生というよりも共生と言った方が正しいのかもしれませんね」

 

 薬膳の体は異常だった。

 異常なほど正常だった。

 これほどの植物が体から生えてきているというのに、緣の持つ力で調べた結果。変異しているのは僅かな2%程。

 侵食は最低限で、最大限寄生先に配慮し、適応しないとこの変異率はあり得ない。その知識を知っていた緣はだからこそ今目の前の薬膳が体調を崩している理由を掴みかねていた。

 黙りこくった緣を不思議に思った薬膳が振り向く。

 

「寄生でも共生でもどちらでも良いんだが……俺の体はどうなっているんだ? あなた……ええっと」

 

「織音と、もしくは『花屋』と呼んでください。『花屋』は父の名ですが私はその後継者なので」

 

「じゃあ織音さん、俺は詳しいことは何も知らないんだ。この裏の話も最低限以下の知識しかない。魔素とか魔術とか言われても……って感じだ」

 

 その事を聞いた緣は驚いた。

 魔素とは基本にして全て。それを知らないということは空気中の成分が何かと言われ酸素と答えても理解できないのと同じくらいの知識の無さだということ。

 

「では詳しく説明させてもらいますが。あなたの名前と、師か、こちらの世界に案内した人は居ますか?」

 

 その声色はさっきまでの柔らかなものとは違い、真剣さと少しの緊張感を帯びているものだった。

 

「俺の名前は……うん、薬膳だ。薬膳流天」

 

 そこ僅かな変化を感じ取った薬膳は名乗ろうとして……躊躇し、『薬屋』の名前を言うか迷ったあげく、引退するのだからと本名を名乗ることにした。

 目の前の自分を見詰める緣の言葉には確かな心配と真剣さを感じ取ったこともあり、そんな相手に自分の偽名を使うことを躊躇ったという理由もあった。

 

 その名乗りを()()()()()から偽名でもなんでもないものと理解した緣は、てっきり通り名で名乗るものだと思っており本名を伝えられたことに対して目の前の患者の裏に染まっていなさ加減に一抹の不安を抱きながらもそれを動揺に表さず言葉を繋げる。

 繋げる言葉は、ド素人のまま裏の世界に身を投げさせ、あまつさえこのような分かりやすい寄生に対して何の対策もしなかった相手の名。

 

「では薬膳さん、あなたの水先案内人は?」

 

「ええっと、言わなきゃ駄目?」

 

「はい」

 

 力強い断言。

 彼女、織音緣は自分を善性の存在だとは考えていない。

 だが最低限の論理感として怪物蔓延るこの世界に最低限の情報無く突き落とした相手に対して警告する程度の優しさを持ち合わせていた。それはさながら意図的に情報を抜いて説明する詐欺師を相手するかのように、明らかに危険度の説明をしないで耳障りの良い言葉を並べる悪徳のセールスマンに対して警告を鳴らすように。

 

 緣は見詰める。この出会いは奇跡のような物で、長くは続かない夢幻のようなものだと知っているから。

 その緣の笑顔が消えた表情を見て、大畑の行為はやはり何かと不味いものだと推測が確証に変わった薬膳は絞り出すような声を出して答えた。

 

「一応世話になった人だから突っ掛かるのは止めてくれよ? 何かとヤバいっていうのは分かるけど」

 

「……ええ、私にはどちらにしろ無理な話ですから」

 

「おう? ……その、俺をこっちの世界に招待してくれた人っていうのは……『薬剤師』って人だ」

 

『薬剤師』、と緣は頭の中で反芻するが心当たりは無かった。

 

(当然ですか、ここ最近……というより長い間外の情報が入ってきていませんからね)

 

 緣は取り敢えず名前を聞けた事だけを収穫として、笑顔が消えていたことに気が付きできるだけ柔和な笑みを目指して表情を作った。

 

「その人とはできれば関係を切った方が良いと思いますよ」

 

「あはは……」

 

 笑顔で辛辣な言葉を放つ緣に薬膳は苦笑いしながら返す。

 それに対して緣はにっこりと微笑み、薬膳はほんの少し自分でも理解できない震えに襲われ冷や汗をかき始めていた。そして少しずつ確かにそうかもしれないと、完全に縁を切った方がいいかもしれないと思考が流れ出す。

 だがそれはゆっくりと歩きだした緣に気を取られて中断する。

 

「私の質問は一旦おしまい。では薬膳さんの質問に答えましょう」

 

 緣は足元に広がる蔦などの中から一つ持ち上げて優しく撫でる。

 

「この植物はただの植物ではなく魔獣であり、その中でもイビルプラント、不吉な植物と言われる種族に当たります」

 

 緣の手元で生き物のように、いや生き物であると証明するようにうねりうねりと動きだし緣の手を離れても直立に立つ。

 

「本能で動き、多くの場合に核を持ち、それ以外に何をされてもよっぽどの場合以外にダメージは入らないので比較的討伐が面倒で、難しい部類に入りますね」

 

 緣はまるで生徒に授業をする先生かのように丁寧に、分かりやすく言葉を繋いだ。

 植物の蔦は緣の目の前でゆらゆらと揺れ動くと、緣の差し出した手にゆっくりと巻き付き出す。それを見て自分は以前蔦によって投げ飛ばされた事を鮮明に覚えていた薬膳は何をするのかと焦って近寄ろうとする。

 だが途中で緣が微笑ましいものを見るかのような表情に気づいて足を止める。

 

「大丈夫。イビルプラントは不吉の象徴だと言われていますがその本質は植物で変わりありません。……人を食べたりなんてしませんよ?」

 

 緣はクスクスと小さく笑いながら心配そうに見詰める薬膳を見る。

 人と話すことは楽しい、人に何かを教えることは楽しい。

 緣はとある事情によって長い間誰とも話せていない事によるその発散でき無かった欲を発散するように喋り続ける。

 またしばらく話さなくても満足できるように。

 薬膳のリアクションや言葉を楽しみながら説明を続けた。

 

「まぁ、このように意志疎通が出来る個体は稀ですが居ないわけではありません」

 

 ──その上発見次第に狩られるかその特性を生かした意思疏通できる農産物生産機となるか迫られるので事実上存在しない、という言葉を胸に留めて話を続ける。

 

「この子は薔薇、そして魔素の傾向が生と曖、霧に片寄っていますからこの子の魔法は幻覚やそれに近しいものになるでしょう」

 

「魔素とか魔法とかって何なんだ?」

 

 またこの質問。緣は魔素の説明を怠った『薬剤師』なる人間に静かに怒りを抱きながら、目の前の青年に分かりやすく説明しようとして迷う。

 

「今日、お時間は問題ないでしょうか?」

 

「あぁ、夜に行かなきゃ行けない場所があるがそれまでなら空いてるが」

 

 そこで緣は少し考える。

 今はまだお昼時であり、魔素などの説明をするなら簡略化してギリギリである。

 彼自身はまだ一般人のつもりだろうが魔獣に、それと意思疏通できる植物系の魔獣に形はどうであれ好かれ、共生とも言う関係で過ごすのならそれはもう無理だ。

 知らなければならない、彼がどのような決断をするにしても知らないままでは日常を過ごすことすら不可能になる。そう考え、流石に干渉しすぎかと自重するべきかと検討する。

 

(……少しだけ、もう少しだけ話す口実を増やしてみるだけ。断られればそこでおしまい。薬を飲んでもらって、もう二度と会うことはできなくなる。感情を入れ込まない、説明をするだけなのですから)

 

「…………織音さん?」

 

「……薬膳さん。その時間目一杯に使うのならば私が説明をしても構いません。幸い私には時間だけはありますし、条件を飲んで貰えれば今日中に魔素と魔法、魔術とその他の知識をあなたは得ることができます」

 

「それは……」

 

 薬膳も即答は出来ない。明らかに裏の関係者、あまり関わりたくない出来ることなら直ぐに立ち去りたいのが本音で連れてこられた理由としてもこの植物の魔獣との共生状態をどうにかするというもので、この状態で何が不利益になるのかを未だに理解が追い付いていない。外見だけの問題なら今日今までの間のように隠れて貰えればいいし、何故か理由もなくそれがお願いできる気がしていた。

 だが、それだけで目の前の相手のような裏の関係者相手に隠しきれる気がしないし、あの大畑の相談しようにも今はどうしても信用がができない。

 

「条件は?」

 

「最後に私の質問に答えること。そうですね最低二つは答えてもらいます」

 

「……それくらいなら、いいか?」

 

「知識の対価としては破格だと思いますけどね」

 

 薬膳は迷って、迷って、今の状況から自分の状態を見直して一つの結論に至った。

 

「そういえば飯がまだだった気がする……」

 

「…………あっ」

 

 そうだ自分は腹が減っていたのだった、と。

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