「・・・あの、あなたは一体・・・?」
頭の上で疑問符を浮かべる少年は、オリバンダーの杖店内で先程自分の杖が見つかった時の喜びから一転して、私に不思議な、それでいて純粋な瞳を向けていた。
私は暫く彼の事を観察したのちに、慌てて返事をする。
「・・・あぁ、いや。あのハリー・ポッターに出会えるなんて今日は運がいいと思っただけよ。」
「えっと・・・僕ってそんなに有名なんですか?」
彼はこの年齢になるというのに、今の自分が置かれている状況をイマイチ把握していないようだった。
ダンブルドアから聞いた話では、彼はマグルの家で魔法界の事を何一つ知らされずに、ダンブルドアがかけた護りの呪文で、そのマグル一家諸共に守られながら育ったらしい。
・・・尤もあれは守られていた、というより彼にとっては監獄のような環境であった事は間違いなく、アルバスはその事を自身の引き起こした悪行として恥じていたが。
だからこそ、自分が幼い頃に闇の帝王を一度滅ぼしかけた事など欠片も覚えてもいなかったし、この子が予言通りの人物になるにはこれから過酷な試練を受けなくてはならないという確信があった。
私はそんな彼の運命を遠目に予測しながら、こう言ってあげる。
「えぇ、そうよ。あなたはとっても素晴らしい魔法使いだわ・・・それに、随分と愛されているのね。」
「え・・・?」
彼の額の傷を見つめながら私のこぼした一言に、さらに不思議な顔で見返してくるハリー。
先ほどから気になっていたが、彼には非常に強力な護りの呪文がかけられているのが見えていた。
細くも繊細で、複雑にからめられた糸で出来た私も数度しか見たことのない非常に古く強力な魔法であり、この魔法を使う対価として術者の命が必要とされるため、滅多にお目にかかれないのだ。
それが、彼の身体にはしっかりとかけられていた。まるでまだ小さな赤ん坊を抱き抱えるように、柔らかくしっかりと・・・。
恐らく、これもダンブルドアの話で出てきたリリー・ポッターというハリーの母親がかけた護りの呪文なのだろう。
対価として命を差し出す覚悟が十分にある、勇気ある魔女であったのだと改めて称賛を心の中で送らせてもらう・・・我々が救えなかった、尊い魔法族の血に対して。
「・・・ほら、そんな事より早く行かないと、外のハグリッドが退屈して居眠りしそうよ?」
未だに私の方を疑問視し続けているハリーを横目にやり、店の外でグースカ立ちながら眠りこけ始めたハグリッドを呆れた眼差しで指差しながら言ってやる。
「あっ、そうだった!僕ハグリッドを待たせてたんだ・・・ごめんなさい、お姉さん。またどこかで!」
「えぇ、坊や。気をつけて行きなさい。」
彼は別れの言葉を告げた後、急いで店を後にしてハグリッドを起こしにかかっていた。
それを見た私は満足気に頷いて、「・・・またホグワーツで会いましょう。」と小声で言ってから店のカウンターの方に向き直る。
「さてさて、次のお客さんは・・・おや、随分と美しい魔女でしたか。ご自分の杖をまだお持ちではないのですか?」
店の杖職人オリバンダーが次の客さんは誰かなといった視線を向けながら、抱いて当然の疑問を口にして声をかけてくれた。
「いえ、その・・・実はこの間魔法実験をしていた際に使っていた杖が粉々になってしまったところなの。」
中々にいい嘘をついたと、我ながら心の中でガッツポーズを取ったのは内緒である。
それを聞いたオリバンダーは「ふぅむ、それは困ったの・・・同じ様に忠誠を誓ってくれる杖があるかどうか・・・。」とブツブツと呟きながら深く思案した後に、決心したのか私に顔を上げてこう述べる。
「よし、それでは貴女に再度付き従ってくれる杖を見繕いましょう。利き手はどちらで?」
彼は恐らく杖腕の事を聞いたのだろうと即座に理解した私は、右手をスッと上げる。
するとタイミング良くオリバンダー氏のポケットから出てきた巻尺がスラスラと伸びて、私の腕やら何やらまでサイズを測ってくる。
「ふむふむ、それではあの杖から試してみましょうかの。」
オリバンダーが杖箱のしまわれた棚に向かっていけば、調子に乗り出したのか巻尺がしまいにはぺったんこな胸板まで測り出そうとしたので、燃焼呪文で青い炎の餌にしてやった。
乙女になんと失礼な・・・。
「これをどうぞ、イチイの木にドラゴンの心臓の琴線を芯に使いました。26cm、しなやかで柔軟。」
オリバンダーが戻ってきたときには、巻尺は灰となり消えて行ったが、私は何もなかったかのように構わず杖をクィッと宙に振ってみる。
すると、ボォォォォォッと、杖先から思いっきり青白い炎が出てきたかと思えば、周囲の杖箱や戸棚を全て燃やさんとしたところで、オリバンダーが慌てて杖を取り上げた。
「いかんいかん、これではダメじゃ・・・ではあれを。」
手前の戸棚にポツンと置いてあった杖箱を取り出し、とぼとぼと今度はまた一風違った毛色の杖を私に手渡してくる。
「サクラの木にドラゴンの琴線。26cm、丈夫で自制心に長ける。」
また同じようにスッと杖を振り回してみれば、大量の花びらが豪雨のように店中に散らばり降ってくる。
「いかんいかん、これもダメじゃ・・・。」
魔力から生成された花びらは店内の床を埋め尽くしており、後片付けがさらに大変そうに思われるが放置して次の杖へと向かう。
その後、かれこれ一時間ほど同じような杖交換作業を続けていた。
もう何十本目という杖を握ろうとすれば、もはや握る前に何か不吉な未来が見えたのかオリバンダーはさっと杖をしまい、新たな杖に変えて、またさっと杖をしまうという奇妙な光景があった。
「難しいのぅ、難しいのぅ、こんなお客さんは五十年に一度っきりじゃ。」
私の頑固な気質ゆえか、それとも杖達が頑固なだけなのか、あれこれ言いながらオリバンダー氏は私にそれぞれの杖の特徴を教えてくれた。
また彼曰く、所有者が杖を選ぶのではなく、
「杖が・・・?」
「左様でございます。先程の杖も、あなた方の気配を察して逃げるようにわしの手元に来たでしょう?」
そう言われても、そんな気配一回も感じた事はないので何とも胡散臭い印象を受けてしまうが、恐らくそれは事実なのだろう。
ここまで杖が決まらないと、杖に嫌われている、杖がまるで人間のように意思を持っていると思ってしまうものだ。
「うぅむ・・・・・・そうじゃのぅ。仕方あるまい、あれを試す時が来たようで。」
何やら家宝のような隠し杖?が思い浮かんだのか、オリバンダーは店の最奥の方へと姿を消して行き、ドサッという何か物が落ちていく音がしながらも目当ての杖を探しているようだった。
その後ろ姿を見てから私は盛大なため息を吐く。
「はぁぁ・・・。」
いい歳した大人が、杖一本も買えないなんてあるか?こんなのならあのハリー・ポッターの方が余程マトモな魔法使いと言える。
・・・私は
などと自分自身の中で燃え上がる葛藤の中、賑わう窓の外の景色を見ながら手持ち無沙汰になっていた時、ようやくオリバンダー氏が小走りで戻ってきた。
「お待たせしました・・・ですがひとつだけご忠告申し上げますぞ?この杖は出所が不明な点が多く、扱いの困難さ・不吉さ相まって誰も買い手が見つからんかったのです。貴女に合うかどうかはこの杖次第といったところですな。」
そんなネガティブな事を持ってきた今更になって言うでないと、文句の一つでも垂れそうになったが、私はひとまずこの杖の特性を聞いておくことにした。
「それで、どんな杖なのかしら?この子は。」
私はガサガサとした肌触りの、薄い灰色に染まった杖を手に持ちながらオリバンダーに質問する。
不思議と、この杖は他の杖よりも軽く、そして何か・・・
「・・・木の材料にはかの有名な、されど希少なニワトコの木を用いており、芯にはバジリスクの角の一片が使われています。
芯の素材から察せられる通り、闇の魔術と相性が良く、強力な魔法使いで尚且つ大いなる使命感溢れる者を好むと言われております。」
この杖を手にした瞬間から、私は・・・
「そして少々信じがたいのですが、使われたニワトコの木は、かの死の秘宝のひとつであるニワトコの杖と同じ木・・・つまり
無論、この杖を高く値付けて売り込むための眉唾物の噂でしかないとは思うのですがね。」
オリバンダー氏は続けてこの杖に纏わる奇妙な話をしてきた。
即ち今私が手にしているのは死の秘宝にまつわるニワトコの杖との兄弟杖かもしれない、などと期待させるようなホラ話だ。
とはいえそんなにわかには信じがたい噂を抜きにしても、この杖は私との相性が抜群だ。強力な魔法使いと相性がいいという通り、この灰色の杖はよく手に馴染み、私の放つ魔法の一つ一つ全てに期待しているような感覚がする。
この杖からの期待を裏切る事はない、存分に応えてやろうという気概を感じながら、私はマジマジと嬉しそうに微笑む。
兄弟杖というのは、オリバンダーが言った通り同じ木から材料を採取して作られた杖を指す。
おそらく先程の信じがたい噂の内容も相まって、叔父上から奪い取ったあのニワトコの杖の新たな所有者であるアルバス・ダンブルドアを思い出させる原因にもなっている。
私はそんな杖をヒュイッ、と軽く一振りだけ振るってみる。
すると ゴウッ と、私の身体の周りを暖かい青色の炎と赤い炎の両方が優しく囲んでくれた。
まるで新たな挑戦者を試すかのように、見定めるかのごとくこの炎は、私の周りをクルクルと回転していた。
更に周囲には私が杖に流す膨大な魔力を歓喜しているかのように、キラキラと輝く緑色の光が放たれ始めた。
「おぉぉ・・・これは何とも不思議じゃ。」
私がこの杖と不思議に
「この杖は私どもの3代前の時にとある魔法使いの方から引き取り、大切に保管していたものなのです。その魔法使いのお方は、この杖が数々の者の手に渡ってはその所有者を悲惨な死へと追いやった事をお伝えしてくださいました。
・・・確かにニワトコの木で出来た杖は強い魔力を持ち、強力な魔法使いの実力を思い通りに引き出してくれる優れた杖であります。
しかし、いかんせん持ち主を選ぶ傾向は人一倍、いえ杖一倍強く、その忠誠心を得られる程の実力を伏せ持った所有者がこれまで現れなかった故、店の奥で埃をかぶっておりました。
もう百年以上、仕えるべき主人と出会って来なかった杖ですが、今日ようやく貴女のような、この杖に選ばれるほどの立派な魔女の手に再び取られたことを、この杖も喜んでいることでしょう。あぁ、素晴らしや素晴らしや。」
オリバンダーがまるで涙を流さんばかりに良かった、良かったと頷きながら私の杖を見つめて商談を続ける。
「それでは、杖はそちらでよろしいでしょうかな?」
「えぇ・・・えぇ!もちろんよ!この杖を頂戴、いくらかしら。」
私が杖を見つめながら視線を一切移さずに、興奮した表情でオリバンダー氏に勢いよく返事をすれば、彼は笑顔になりながら答える。
「28ガリオン頂戴いたします。少々お高いですが、バジリスクの角を使用した希少な品なのでそのくらいは妥当かと・・・。」
(はぁぁ!? 28ガリオン!!)
私は驚愕の表情でオリバンダー氏の言ったことを頭の中で繰り返し、心の中で悲鳴をあげて叫んでしまいそうだった。
これからまだ闇の魔術に対する防衛術の今年の教科書を買わなきゃいけないのに、それじゃ私が遊べるお金がないじゃないか!
貯金は全部パリの我が家にあるし、ダンブルドアはお金はこちらで用意するとか言っといて全然ケチだし!
あの狸爺の「こちらで用意する」はもう二度と信用しないぞ!
ぷんぷんと怒り狂いながら、私は袋の中から28ガリオン丁度を支払い、苦い思いをしながらも愛杖を手に入れた感動に打ち震えながら、オリバンダーの杖店を後にしたのだった・・・。
「・・・次からはお金は全部、自前で持ってこよう。」
堅い決心が、私の中で一つ書き加えられた瞬間であった。
追記:第四話 取引の内容を一部修正して話の辻褄を合わせました。