赤井が行方不明なのは知ってるな。降谷さんは世間話をするような軽さでそう口にした。もっとも、出てきたワードは全く世間話に相応しくなかったが。
その件に関しては、自分の耳にも入っていた。赤井捜査官は、良くも悪くも目立つ男だったので。特に小さくなくなった名探偵が事あるごとに、あらゆる手を使って探りを入れてくる。とうとう降谷さんに直接話を持ってきたと聞いた日には、肝が冷えた。
君はどうしてそう、火のないところに火種を置いて回るのか。自分が言ったところで聞かないのは明白なので、その後の対応はしていない。降谷さんからは、興味ないからの一言で話は終わったと聞いている。
もちろん、その言葉が嘘なのは考えるまでもない。降谷さんが、赤井捜査官に興味が失せる日など来るはずがないのだから。
それは、俺の後輩を忘れるのと同義だ。そんな日は来ない。降谷さんが生きている限り、彼は赤井捜査官を気にし続ける。本人に自覚がなかったとしても。
一種の呪いのようだと思う。しかし、その呪いは、たとえ痛々しいものだとしても、降谷さんを生かしてくれるものだとも理解している。彼にはそういう、錨とか楔のような重石が必要なのだ。それがなければ、きっとどこへともなく飛び去ってしまう。それこそ、赤井捜査官のように。
そういう意味では、今回の彼の失踪は人ごととは思えない部分があった。燃え尽き症候群ではないが、彼も組織壊滅という重石を失ってどこかに消えてしまったのではないか。妄想甚だしいが、彼を思い浮かべる時は自分の上司がセットになるので、ついそんな考えが頭をよぎる。そんな柔な人間ではないと、わかっているというのに。
「それはもちろん、事実として知ってはいますが」
「どう思う?」
「どう、と言いますと?」
「なんでもいい。君が個人として思ったことを聞きたい」
俺が赤井捜査官に対して個人的に思うこと。そんなものはほとんどない。優秀だとか、それが過ぎるので嫌味っぽいとか。そんな表面的なことぐらいだ。それ以外は、他の誰かを通して、彼という人間を認識している。
上司と対等以上に渡り合える人。探偵が信頼を寄せる人。そして、後輩を看取るになってしまった人。
「あいつを、知る人が減るのは、寂しいです」
「風見……」
「でもそれは、赤井捜査官に頼ることではありませんね。失言でした」
「……優しいんだな」
「まさか。彼という個人に、自分は興味が持てないだけです」
優秀なのだろう。信頼に足る人なのだろう。国のために、他者のために、命を賭して戦える人なのだろう。それは実に素晴らしいことだと、俺はよく知っている。そういう人を心から尊敬する。
そして、俺が尊敬し命を賭してついていくと決めた人は、今ここにいるこの人だ。同じようでいて全く違う彼のことを、知識の枠を超えて知ることはない。俺はもう、命をベットする相手を決めている。
「もちろん、降谷さんが調べろと仰るなら話は別ですが」
「僕が、そう命じる可能性があると思っているということか?」
「ないとは言い切れませんので」
デスクに並べられた書類を目の端で捉えながらそう言えば、降谷さんはその中の書類を一枚持ち上げてぴらぴらと振って見せた。入国者リストだった。一人の名前の下に赤線が引かれている。
書類を受け取りその名前を読む。知っている名前、とは言い難かったが、なるほど、偽装する気もほとんどないらしい。しかし、だからこそかえって気付かないような名前がそこには記載されていた。
「日本に居たんですね」
「厚かましい奴だ」
「降谷さんは彼がお嫌いですか?」
「嫌いだ。胸糞悪い、存在が腹立たしい、癪に触る。好きになれるはずもない」
立て板に水。つらつらと顰めっ面から放たれるのは嫌悪そのもので、これでよくもまあ新一くんに赤井捜査官に特別固執していないなんて言えたなぁと呆れる。おかげで上司が上司足り得るのなら、自分はそれで問題ないので特に口を出すことはしない。
一通りの罵詈雑言を吐き出したのち、降谷さんは一つ溜め息を吐いた。
「けど、僕が見ていた赤井は、きっとまぼろしだったんだろうな」
蜃気楼に消えろと言ってるようなもんだと降谷さんは吐き捨てて、こちらに手を差し出した。促されるままに先ほど渡された入国者リストを返す。赤線を引かれた名前を目でなぞり、嫌いな要素が増えるだけだと嗤った。
「お会いになってみてはどうですか?」
「は?」
「場所も特定していらっしゃるんでしょう?」
「それは……そうだが」
きっと、新一くんに頼まれたから調べたわけではないはずだ。きっかけは彼だったのかもしれないが、調べると決めたのは降谷さん。どう足掻いたところで、この人はあの人を錨にして生きていくしかない。
彼のことなど俺は興味がない