贖い   作:赤穂あに

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憎たらしいほどの青空の果てに

 山道を歩く。嫌な予感がしたのでスーツやら革靴やらを避けたのだが、自分の直感に拍手を送りたい。革靴なんかでこの未舗装の山道を延々歩いてみろ。膝が笑うことは無いだろうが、後悔以上に怒りで震える。

 なんで僕がお前なんかの為にこんな目に遭わなきゃならないんだよ。あっちからすれば理不尽なことかもしれないが、僕からすれば当然の権利だ。お前のせいでこっちは知人や部下からあれこれと要らないお膳立てをさせられているんだぞ。よりにもよって、お前なんかとの。

 東都からそれなりに離れた山村に居るということはわかっていた。わかるまでにそれはそれで無駄に時間がかかったのだが。

 入国者リストで見つけてさえしまえば、ゲートを通った時間を割り出せる。割り出してしまえば、あとは監視カメラの映像と照合。さっくり見つかるだろうと思っていたが全然そんなことはなかった。

 奴はものの見事に素の顔で日本に踏み入り、そのままトイレで変装。顔が変わったところで歩容認証にかけてしまえば一発だろうとタカを括っていたところに、ノーヒットの回答。

 あのクソ野郎、さすが手馴れていた。

 歩幅を変え、姿勢を変え、服装を変え、顔を変え、骨格を変え。お前の本職はなんだと問いただしたくなるような手練手管。潜入中ですらそんな本気を見たことはないんだが? いや、工藤夫人に叩き込まれた技術もあるのだろうが、それは外装の部分だけのはずだ。監視カメラと科学技術をも騙す手段を、持っていたとか信じられないし信じたくない。そういう小細工を息をするようにおこなえる繊細さが、お前なんかにあってたまるか。

 そうだ。お前という人間には、そんな器用な真似は出来なかった。不器用な人間だっただろう。それこそ、僕が言えたことではないかもしれないが。

「……降谷くん。何をしているんだ、こんなところで」

「お前こそ、蒸発騒ぎを起こしておいて随分と呑気だな。赤井……いや、世良秀一と呼ぶべきか?」

「君は本当に優秀だな」

 シンプルでバレにくいと思ったんだがなぁ。名前を変えて日本に戻ってきた赤井秀一、改め世良秀一は、なんでもないことのようにしれっとそう言った。

 どこがシンプルだ。実に手の込んだ逃走劇だろうが。追い掛けられることを前提に、撒く気満々の行動。空港内とその近場の交通網での動き方なんかはこいつじゃなかったと思うと寒気すら感じる手腕だった。その辺のテロリストに出来る内容ではないと理解してはいるが、されたらと思うとぞっとしない。トイレ内の変装の可能性を考えて、出入り口の顔認証システムの強化を図ろうかと真剣に改善案に盛り込んだくらいだ。

 そういうところも、腹が立つ。息をするように容易く、こいつは自分の人生すらかき消せる。僕はそれが、どうしようもなく不愉快だった。

 顔を思いっきりしかめた僕に、赤井はよく見せた皮肉げな笑みではなく、穏やかな顔を見せた。僕を強いと評した、あの顔だ。なんでもない、一人の男だと錯覚させられる顔だった。

 そんなはずはない。この男が、なんでもない凡夫なのだと、そんなことはあるはずがなかった。死地を歩いた男などいなかったのだと、思いたくはなかった。

「随分と嫌われたな、俺も。まあ当然だが」

「嫌われてるっていうのに、随分と嬉しそうじゃないか」

「嬉しくはないさ。でも、悲しむことでもない」

「興味ないか?」

「いいや。正当な処置に対して、あえて物申すことはないというだけだよ」

 本当に、何も言うつもりもないのだろう。赤井はそれきり黙り込み、僕の方を見て穏やかな顔のまま立っている。僕には、どうしようもなく、不愉快だ。

「こんなところに引きこもって、なんのつもりだ」

「先に聞いたのは俺なんだがな」

「答えろ」

「必要性を感じないな。君にどうこういわれる筋合いもないだろう。その話はすでに終わった。君が感謝を俺に述べた時に、済んだことだ。違うかな?」

「なら、僕だってお前の質問に答える筋合いもない」

「それもそうだな。それじゃあ、話は終わりだ」

 のらりくらりとこいつは逃げる。不愉快だ。全てが不愉快だった。あれほどの男が、どうしたって全てを捨てようとしている。なんでもないような凡夫の顔で。

 今のこいつには覇気がない。執念も、執着も、あの炎で焼かれたというのか。

 ふざけるな。ふざけるなよ、赤井秀一。僕はこんなお前を見るために、あの日、礼を言ったのではない。

 僕がどんな思いで決別を決めたのか、わからないお前ではないだろう。

 呆気に取られたお前は、僕を強いと評したお前は、こんな生き方を選ぶのか。自分を弱いといったその言葉通りに、逃げるように生きるのかよ。

 ふざけるな。

 そんなことを、僕は認めない。許さない。

 僕にそんな権利がないのだとしても、僕は拒絶してやる。お前をなんとしても引き摺り出す。僕の口を開いたのは、明確な悪意と怒りだった。

「こんなみすぼらしく生きていくのが、お前の贖罪なのか!」

 そう言えば、赤井は緩やかに微笑んだ。

「そうか」

 僕の怒りなど素知らぬように、はっきり奴は言ったのだ。

「みすぼらしく見えるのなら、何よりだ」

 そうして赤井は、空を見た。澄んだ空だった。

 そう見えているのなら、何よりだ。独り言のように呟いて、目線は宙をさまよったままだ。誰にそう見られていたいのかなど、聞くまでもなかった。

 

 

 

こんなお前を僕は認めない

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