「知っていたんだ」
囁くように記憶を吐露する赤井は、もはや別人だった。きっとこれがこいつの正しい姿なのだろうと想像に難くない。牙を抜かれたというよりは、そもそもそんなものを持っていないのだろう。
明美は、俺を責めたことなど一度もなかった。後悔の滲む声と落ち着いた顔つきで、静かに目を伏せる。身分を偽ったことも、自分を利用したことも、何一つとして責めはしなかった。
その言葉に、俺はそうだろうなと頷く他ない。僕の見た目に臆せず接してきた二人の内の一人が明美だ。その程度のことで怯む肝っ玉ではない。利用されたことに関しては、腹が立つが、惚れた弱みだろう。その辺はちゃんと女の子してたんだなぁと、死んだ後に見せつけられるとはなんという皮肉だろうか。
しかし、こんなことを共有できるのは世界でこいつ一人だけなのだから、仕方がない。不愉快ではあるが、嫌悪はなかった。
「明美らしい」
「そうなのか」
「そうだよ」
「俺は責めてほしかった」
「なんでだ」
「……なんでだろうな」
忘れてしまったよと、赤井は再び空を仰いで、眉尻を下げて笑った。言えないことなのだろうなということは理解した。僕もこいつも、なんでも明け透けに話せるような立場ではない。お互い、一人で墓場に持っていくような秘密も多く抱えていることだろう。だから問い質すようなことはできない。それでも、責められたいという気持ちは、理解できた。
「僕だって、ヒロにお前のせいだと言われたら、楽になれると思うことはある」
「……彼は、そんなことは言わないな」
「わかってるならお前、こんなところまで逃避行するなよ」
全部自分に跳ね返ってくるぞと肩を殴ってやれば、痛いからやめてくれと悲鳴を上げられた。信じられないことに、荒事は苦手なのだとのたまう始末だ。嘘つけと詰れば、嘘はたくさん吐いてきたなとまた笑った。ムカつくが、信じてやることにしよう。
僕が目の敵にしてきたあの赤井秀一は、きっともういないのだ。不愉快極まりないことではあるが、このなんでもない凡夫が赤井秀一なのだろう。こんな奴としか、幼馴染の話を出来ないのかと思うと、心底うんざりする。
「で? お前これからどうするんだ? ここに残るとか言いやがったらふん縛って引きずり下ろすからな」
「相変わらず、顔に似合わず過激なことを言うなぁ、君は」
「で? 僕としては国に帰るのを勧めるぞ。国に帰れ」
「命令じゃないか」
「お前が僕の国に居座るなんて腹立たしい」
「ひどいな。ここまでしておいて、真っ当に生きてくのを見届けてくれないのか」
「お前は大丈夫だろ」
僕の命をヒロが見張っているように、こいつの命は明美が見張っている。元気で生きろ、幸せになれ。その気持ちをもう、赤井は無視できない。そんな無情な男なら、そもそもこんなことにはならないのだ。無情になれないからこそ、きっと完全に前を向いてなど生きられない。
それでも僕らは、生きてる限り歩くしかない。それをきっと、見守られている。
「明美が見届けてる。下手なことはしないだろ」
「どうだろうな、あの世で見限られているかもしれないぞ?」
「確かめるのはジジイになってからにしろよ」
「俺は明美には会えないよ。彼女は天国、俺は地獄だ」
「全員仲良く地獄だ、安心しろ」
僕もお前も、ヒロも明美も、天国になど行けはしない。
「だから空なんて眺めるな。無駄だぞ」
そこに僕らのような人間は行けない。でも、そうか。そうなると、僕はヒロには会えるけど、他の奴らには会えないんだなぁ。
「なるほど、死んだらまた君の顔を拝むということか」
「はあ?」
「仲良く釜茹でされようか、降谷くん」
「一人で死ね」
あいつらには会えないのに、こいつには地獄でも会うのかよ。最悪だな。絶対に大往生してやる。
そんなお前を僕は知っていく
ここまでで元々短編の一話として扱っていました。続きのもう一話はまた後日、気が向いたら上げます。待てない方はpixivに同じものがあるのでどうぞ。