ああいや、違うな。語弊がある。俺が許してほしいと願うような人たちは、俺を決して恨まない。そうだな、こう言うのが正しい。
俺を呪って死んでいった人たちは、たくさん、山ほどいることだろう。しかし、俺は彼らには許しを求めていない。俺にとって重要ではないからだろうか。身勝手なことだ。自らの手で消しておいて、興味もないなど。
でも、そうだな。俺はずっとそういう人間だった。自分のやりたいことを見失ってはいたが、それでもことをなしてきたのは自分の意思だった。目を逸らしていただけで、俺は一貫して横暴に振舞ってきた。
じゃあ、もうそうやって、好きに生きていこうと思うのだ。
それが、彼女への手向けになるなら。
俺は、そうしたいと思う。
数ヶ月ぶりに足を下ろした我が国は、特に何も変わってはいなかった。人の喧騒、煙草の香りに排気ガス、五感へ過剰なまでに語りかける様はすでに懐かしい。
さて、彼は何も持たない世良秀一に会ってくれるのだろうか。
そんな軽い気持ちで敷居をまたいだ俺を、彼は快く迎えてくれた。また会える機会をくれたこと、光栄に思うよ、とは随分と大仰ではあったが。
「そんなにかしこまらないでくれ、ジェイムズ」
「いいや。私は、君に謝罪をしなくては」
何を謝らなければいけないかもわかっていないことが、私の上司としての責任だよ。そういってジェイムズは目を伏せた。
なるほど、どうやら彼は俺の失踪に思うところがあったらしい。しかしそれは疑う余地もなく誤りだ。俺の行動の元凶は全て俺にあって、彼が背負わなければならない非など一つもない。
そう言っても、ジェイムズは頑として譲らなかった。すまなかったと、どうしたって頭を下げようとする。
「謝らなければならないことを、わかっていないと言うのなら、頭を上げてくれ、ジェイムズ」
「……私は、君の能力に甘えていた」
「頼ってくれていたんだろう?」
「寄りかかっていたんだよ、過剰に」
「……でもそれは、俺自身が望んだことだ」
「しかしそうするべきではなかった」
そうしてくれなかったと困るんだと、伝えてしまえば彼は何と言うのだろうか。俺は『俺』という型の中に収まりたくて、そして、それ以上の結果もそれ以下の結果も求めていなくて。変わってしまえばいいと溺れながら、変えてしまう勇気も力も結局なくて。
そうして、俺は、色んなものを見捨ててきたのに。
彼はそんな俺を知らずに、すまないと言う。彼が見てきた赤井秀一はやっぱり俺に過ぎなくて、どうしようもなく劣っていて。そういうことをまざまざと見せつけられているような気分になった。
でも、仕方がない。それが俺なのだから。違うのだと言われることは、仕方がないことで、俺はそれが、嫌ではなかった。
「ジェイムズ」
「私は君の、何を見ていたんだろうな」
「俺が見せたい姿を、見ていてくれたと、そう思うよ」
彼は、優秀な上司だった。俺という人間を最も上手く活用できたのは、彼以外いないだろう。俺が目指した性質を正しく理解し、それを効率的に誘導する能力に長けていた。人を上手く使う人だ。
だからこそだろうか。彼は人の上に立つ人間として、俺に負い目を感じている。
ツケが回ってきたのだなと、そう思う。俺が重ねてきた罪のツケ。それならば、払うのは俺でなくてはならない。そうして生きていくことを、俺は今、望んでいる。
「ジェイムズ。俺は、あなたにとって役に立つ人間だっただろうか?」
「君は、途方もなく優秀な捜査官だよ」
「そうか。それだけで、充分だ。俺は報われるよ」
俺は果たしたいことを果たし、疲れて、逃げたけど。
それでも俺を、赤井秀一になりきれなかった俺を、認めてくれるのなら。惜しんでくれるのなら。それだけで、俺は果報者だと思えるのだ。
すっと右手を差し出して、俺は笑う。ジェイムズは目をまたたかせて固まる。そうだな、確かにあなたの知る赤井秀一という人間はこんなことはしないだろう。だから、どうか、この手を取ってほしい。
「改めて、俺は世良秀一だ。好きに呼んでくれて構わない」
「……ジェイムズ・ブラックだ。気が向いたら、いつでも帰ってきてくれ、秀一くん」
重ねられた手にはシワが刻まれ、彼の生きてきた時間の長さを感じさせられた。それでも、彼の手のひらは大きく、力強く、あたたかい。紛れもなく、俺を支えてくれていた手だった。
辛くとも、苦しくとも、心が折れそうでも、それでも俺が歩いてこれたのは、自分の力ではなかったのだと。俺は改めて、思い知る。
どうしようもなく、気分がいい。
ここから後編です。