ジェイムズと別れて、あてもなくふらふらと町並みを眺めて歩き回る。しばらく見納めになると思えば、なんとなく、哀愁のようなものを感じる気がするが、たぶん気の所為だろう。
俺はこの国に対して、執着はあったが愛情はなかった。せいせいするとまでは思わないが、縁が切れる安堵は間違いなくある。だからこそ、日本に逃げたのだから。
気ままに放浪していると、シュウ! と聞き慣れた声に呼ばれた。振り返れば、遠くの方から懐かしい金髪の女性が人を掻き分けて、凄まじい速さでこちらへ迫ってくるのがわかる。
ジェイムズから聞いたのか。フットワークの軽さはさすがだなと、笑いながら手を振れば、呑気に手なんて振ってるんじゃないわよと、ハイタッチの要領ではたき落とされた。手のひらがじんじんと痛むが、それで彼女の気が済むなら安いものなので特に不満は口にしない。
「やあ、ジョディ。久しぶりだな」
「久しぶり、じゃないわよ! 今までどこにいたの?!」
「日本にな」
「あか、赤井しゃん……!」
「キャメルも。久しぶりだな、元気か?」
「あ、元気です、ジョディさんも、私も、元気でやってます……赤井さんは、赤井さん……」
「ちょっとキャメル、あなた泣いてるの?!」
「はは、本当に元気そうだ」
「シュウは笑ってんじゃないわよ!!」
追ってやってきたキャメルは顔を合わせるなりぼろぼろと泣き出してしまい、それを笑えばジョディに肩を殴られた。なかなか痛い。胸ぐらを掴まれながら前後に揺すられ、どういうつもりだと詰問される。その隣でキャメルは四つん這いになって泣いている。
周りから見たらすごい絵面だろうなと思わず笑えば、だから笑ってんじゃないと襟元を絞められた。息がつまる。物理的に。
「ぐ……ジョディ……。少し、手を……」
「は?」
「……なんでも、ない」
腹の底をなぞるような低い声で問われ、俺の返事は一つしかない。仕方がない。因果応報、自業自得、身から出た錆。要するに俺のせいであって、そうされて当然であって、そうしてくれる方が俺にとってもありがたい。
なんだか語弊がありそうだが、被虐嗜好という意味ではないと誰でもない誰かに心の中で言い訳をする。
「日本にいたって言ったわね? 何しに?」
「何をってわけじゃない、隠居だよ」
「隠居ォ? あなたが? FBIをやめて? どうやって生活するのよ?」
「貯えはあるし、選り好みしなければ日本は仕事がある国だ」
「そういう意味じゃなくて、」
「いいじゃないですか、ジョディさん。赤井さん、一緒に食事でもどうですか? もうアメリカでは暮らさないんでしょう?」
「ああ、日本で暮らすつもりだ」
キャメルの制止を受けて、ジョディの拘束が解かれる。襟元を整えながら拠点を移すことを伝えれば、彼は顔を緩ませて小さく頷いた。
よかったです、と。こぼれるようにもたらされた言葉に、俺は答えを持っていない。良いわけがないのだから。俺は骨の髄まで、彼という性質を利用した。
彼の名前を呼ぼうと口を開いて、喉を止める。言ったところで何になるのだと囁く俺もいれば、何を言ったところでと呆れる俺もいる。全くもってその通りなので、結局、キャメルの名前を呼ぶことができない。
そもそも、一体何を言うというのか。皮肉なことに、彼が誰にもこぼせないだろうという驕りのもと、俺は自分の欠片を晒したことすらある。お前のミスを知っていたなど、よくもまあ言えたものだ。つくづく、俺という人間は完璧には程遠くて嫌になる。
赤井さんと、キャメルが俺を呼ぶ。なんだと簡素に問い返せば、彼はまた顔を緩ませた。喜んでいるように見えて俺は戸惑う。そんな戸惑いを、彼はなおのこと歓迎しているように見えた。
「遊びに行ってもいいですか?」
「えっ」
「……ああ、いつでも」
住む場所が決まったら連絡すると答えれば、ジョディが家も決めずに移住したのかとまた声を荒げた。今度は呆れているらしい。
もう勝手にしろと手を広げて、手帳に何かを書き込んでから千切って手渡された。番号の羅列とアルファベット。どうやら、彼女の連絡先らしい。少しだけ見覚えがあるのは、私用で連絡を取り合う仲であった時期もあるからだろうか。ジョディにならい、キャメルも自身の連絡先を書き込んで俺に渡す。
連絡手段は全て手放してしまったし、その時データも同様に消去していたのでありがたい。改めて、連絡ツールを入手したらまた知らせることを約束して、受け取った紙をなくさないよう懐にしまった。
「電話もメールもないの? 今までどこで生きてたのよ、山奥?」
「さすがだな」
「えっ、嘘。冗談でしょう……?」
「赤井さんなら狩猟で食べていけそうですけどね」
「ははは」
「否定しなさいよ……」
二枚の不揃いなメモ。今、俺と彼らを繋ぐものはそれしかない。薄っぺらく、どうしようもなく軽い。吹けば飛ぶようなその身軽さに、俺は感謝しなくてはならない。
もう縛り付けるものはなく、のしかかるような使命もなく。それでも、彼らは俺という人間と繋がっていようとしてくれるのだから。