贖い   作:赤穂あに

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新たな門出

 アメリカでの滞在時間はそれほど長くならなかった。あの国に興味や思い入れがないわけではない。ただ、義務としての感情があまりにも強く、あそこで落ち着いて過ごすということがどうしたって出来ないのだ。尻叩きに合っているような心持ちで過ごさざるを得ない。

 もっとも、そのおかげでジョディやキャメルと別れた後、古巣にきちんと顔を見せようという気になったのだが。

 挨拶がわりに背中を叩くのさえやめてくれるのなら、いつでも足を運ぼうと思える程度には息がしやすい。なんだかんだと、十年近くあそこを拠点として生きてきたのだから当然といえば当然なのだが、自分が思っていた以上に住処として認めていたことには単純に驚いた。その辺り、俺は割り切りが出来ない性質なんだなと少し笑えた。

 関われば関わった分、情は移るし記憶は重なる。積み重なれば、その厚さは確実に俺自身に影響を与える。歪ませようと、歪ませまいと必死だった俺をさらにずらしていたのだと、思い返せば無駄なあがきの多いこと。馬鹿なことだと笑ってしまえるのは、いくらか心に余裕ができた証拠だと思うことにしよう。

 遠ざかる母国の一つを見下ろして、誰に伝えるでもない別れと感謝を。さようなら、ありがとう。俺がここに根を張ったのは間違いではあったかもしれないが、失ったものの方が多かったかもしれないが、それでも。

 今の俺があるのはこの国のおかげだと、そう言えるように精一杯努めようと。そんなことを思える程度には、この国と人を愛していたのだと、俺は気付くのがいつも遅い。

 

 約半日のフライトを終え日本に降り立つと、驚いたことに風見くんがいた。部下と思わしき数名と、何やら辺りを見回して心許なそうだ。スーツを着たガタイのいい男の集団が、忙しなく辺りを伺う様が周りに与える影響を少しは考えた方がいい。それなりの人混みの中で、少しどころではなく周囲から浮いている。

 これは、降谷くんに怒られるんじゃないか……?

 お節介とは知りつつも、遠巻きに見る人混みをかき分けて彼らに近付く。風見くん、と声を発せば、勢いよくこちらに振り向いて、指でさされたかと思いきや、彼は叫んだ。

「確保ー!」

「「はい!!」」

 そうして抵抗する間も無く両脇を固められ、引き摺られるようにして俺は空港から連れ去られた。遠巻きに見られるなんてものではなかったとだけ言っておく。

 

 引き摺られ押し込められた先は、空港のスタッフルームの一室なのだろう。奥まったその部屋は手入れは行き届いているらしかったが、人通りの無さと物の少なさと合わさってどことなく雰囲気が不気味だ。

 されるがままに足を動かし続けていたが、ここが目的地だというのならもう口を動かしても許されるだろうか。風見くん。先ほどとほとんど変わらないトーンで呼び掛ければ、彼は数秒沈黙したのち、ハッとしたように肩を揺らして流れるように床に座り込んだ。いわゆる、土下座だ。

 申し訳ございません。くぐもった声に応えるように、拘束されていた両腕の自由が戻ってくる。土下座が三つに増えた。あまり人目を気にするたちではないが、流石に目に毒だ。誰にも見られていないのは理解しているが、風見くんがいるという事実がそれを半分ほど否定する。

「風見くん、もういい。気にしてないから顔を上げてくれ。君たちも」

「いえ、本当に、面目次第もない……」

「降谷くんの指示だろう? 日本人は勤勉だからな」

「…………なんともお答えしづらく」

「そうか。それなら何も言わなくていいさ。俺はどうすればいい? ここで待てばいいのか?」

「赤井さん……!」

「僕の部下を懐柔するな」

「やあ。このくらいで風見くんは俺にほだされたりしないさ」

「どうだかな」

「ひえ」

「かわいそうだろう」

「うちの教育方針に口出しするな!」

「パワハラは感心しないぞ」

「お前が山下りたと思ったらそのまま出国したからだろうが! 一度戻るならそう言え!」

 なんだ、心配してくれたのかと笑えば、無言で殴りかかられた。もちろん素直に殴られる意味もないので軽く躱す。

「僕がお前の心配だと?」

「入国者リストを見て先回りして風見くんを寄越すくらいだ。心配じゃないのか?」

「死なないように見張りだ!」

「そうか。優しいな君も。その分は今後彼らに回してやってくれ」

「そもそもお前に回していた分はない!」

 胸ぐらを掴みなかなかの剣幕で迫ってくる降谷くんに、なぜか俺ではなく風見くんたちが震え始めた。怒りの矛先がいつ飛んでくるのかと怯えているのだろうか、可哀想に。今思うと、先ほどの奇行もこの上司からの圧のせいなのだろうなと、あまりにも不憫に思う。

 繰り返して降谷くんに苦言を呈してもよかったのだが、彼は俺から言われるとますます厳しくしそうでもある。天邪鬼だから。もっとも、俺が言えたことでもないのだが。

「それで? 君は俺になんの用だ? まさか完全な私用でもないだろう?」

「……お前に仕事の斡旋をしてやる」

「……警察沙汰はお断りしたいんだが」

「安心しろ。飲食店のキッチンホールスタッフだ」

「なるほど、安室くんの穴埋めか。わざわざ俺にお鉢が回るということは、事後処理が完了していないのかな?」

「ええ、ええ! この国は何をするにも申請が要る国なものでね!!」

「律儀な国だな」

「お前らが緩すぎるだけだ!」

 これ以上は何を言っても火に油を注ぐだけになりそうだったので、話を切り上げて承ろうとだけ答える。やけに素直だなと不愉快そうに顔を歪めた降谷くんも、なかなかどうして素直だなと思う。言わぬが花、俺はこういう性質だとだけ答えておいた。

 とりあえず、これで食い扶持は確保できた。貯えはたんまりあるが、浪費していくだけではさすがに一生分は足りなかったので渡りに船だ。

 そしてさらにありがたいことに、住居の手配もしてくれるそうだ。出来るだけ手狭な家を所望すると、何を勘繰ったのか降谷くんはみすぼらしい家は却下するぞと息巻いた。山籠りに無言出国した俺にもまあ非はあるのだが、どうやら彼はとことん俺を疑っているらしい。

「考えすぎだよ」

「はっ。前科二犯がなにを」

「広い部屋だと掃除が大変だろう? だから狭い方がいいんだ」

「は?」

「俺は人並み程度しか家事スキルはない。そういえば、キッチンスタッフも出来るかどうか怪しいな」

「それでよく承ろうとか言えたなお前!!」

「人より覚えはいいぞ」

「そういう話じゃない!」

 まあなんとかなるだろうと笑えば、なんとかさせてやると返事が来たのでどうやらなんとかなるらしい。降谷くんが言うのだから、たぶんなんとかなるだろう。

 

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