贖い   作:赤穂あに

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ジェイムズ・ブラックが重宝した部下

 赤井くんが居なくなった。辞表はとうの昔に受理されていたので、FBIという組織から彼にいうことは特にない。

 あえて言葉にするのなら、今までの貢献を讃えることくらいだろうか。彼がいなければ、かの組織は未だに世界に巣食ったままだっただろうから。

 彼は不思議な青年だった。誰よりも優秀、誰よりも冷静。だからこそ、誰よりも行動が迅速で、周りはそれに振り回される。彼という人間は、常に台風の目だった。それを疎んだ者も少なくないが、いつだって彼はその実力だけでそれら全てをねじ伏せてきた。

 燃える炎のような男だったと、言っていいだろう。

 そんな彼は、組織の壊滅作戦が完遂されたと同時に、FBIを辞めると言った。何故かと問えば、いつものように皮肉げな笑みを浮かべてもう目的は果たしたのでねと言い切った。彼がFBIにこだわった理由は、あの日、全て無くなったのだと悟った。満足気な顔をした赤井くんを見たのは、あれが初めてかもしれない。

 そう、私には、彼は満ち足りたのだと、そう思えたのだ。

 だが、現実はどうやら違ったらしい。彼は不義理な男ではないので、遠くに行くとなれば挨拶の一つもありそうなものなのに、それがない。

 上官という立場を考えれば、なるほど、私に挨拶がないのは仕方がないと思える。しかし、ジョディくんに聞いても、キャメルくんに聞いても、誰も彼の行く先を知らないのだ。どうやら名探偵の彼も、何も聞いていないようだ。

 ああ、何故、彼の顔を、満ち足りたのだと私は思い込んでしまったのか。

「申し訳ない、Mrs.世良。私も彼の行き先は知らなくてね」

「いえ、Mr.ブラック。こちらこそ、散々世話になったにも関わらず、挨拶一つ出来ない息子で不甲斐ない」

「とんでもない。彼は、本当に素晴らしい捜査官でしたよ。彼さえ受け入れてくれるなら、今すぐにでもこちらに戻ってきてほしいくらいだ」

「……あの子は帰らない、きっと」

 私たちがここを訪ねることも、もうないだろう。世話になった。感謝している。赤井くんの母はそう告げて、静かに去って行った。その姿は彼の手本となった人らしく、私が想像していた彼の去り際そのもので、私は少しだけ寂しくなる。

 彼という人は義理堅く、人情味あふれ、しかし、それらを覆い隠して任務にあたることのできるという、優秀以外評価のしようのない人物だった。誤解されやすいが、信頼も厚い。FBIには彼の帰りを待つ者も多い。彼はそういう人間だ。台風の目で、多くの人に影響を及ぼす。去った後すら、そこは荒れている。

「私は、君を、誤解していたのかもしれないな」

 私が見ていた彼は、台風の目だった。多くの人もそう思っただろう。赤井秀一という人間はFBIきっての切れ者で、世界最高峰のスナイパー。誰も隣に立つことは出来ない。後ろを追うことも出来ない。彼の母親さえも。母親が『あの子』と評した彼を、誰も知らないように。

「それじゃあ、ジェイムズ。世話になった」

 FBIを辞める時、彼は簡素な別れの挨拶だけを残して去って行った。握手も交わさず、抱擁もなく、彼は言葉一つでFBIを去った。これからどうするとも言わず、こちらから問えばまあてきとうに考えるさといつものように答えて。

 ああ、そうか。ひらりと背中越しに向けられた別離の言葉が、彼の最期の言葉であって、あの子の発した最初の言葉だったのだと。知ってしまっても、もう遅い。あの子はもう、帰らないのだ。

 

 

 

あの子はどの子




俺は、不義理な人間だ。
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