はじめましてと頭を下げずに微笑んだのは、緑の目が特徴的な背の高い男性だった。
安室さんも随分とスタイルがいいと思っていたけれど、その人はさらに上をいった。なんというか、安室さんと比べるとよりがっしりとしていて、より男性らしい。正直ちょっとときめいた。
「安室くんから話は聞いているだろうか?」
「……あ、はい! ちょうどお仕事を探しているからと。ええと、外国の方? なんですよね?」
「ああ。でも日本人の血も入っているし、言葉に不自由はない」
世良秀一と名乗ったその人は、安室さんの知人で真純ちゃんのお兄さんだという。確かに、目元が似ている。穏やかそうな印象が強くて、よくよく見てみないと気が付かないけれど。
「榎本梓と言います。バイトの件、引き受けてくださってありがとうございます。ほんとうにマスターがそろそろ倒れそうで……」
「安室くんは有能だったろうからなぁ。彼の穴を埋めるには程遠いだろうが、精一杯努めるつもりではある。よろしく頼むよ」
本業が軌道に乗り、やむなくポアロのバイトを辞めることになった安室さん。申し訳なさそうに後に入ってくれそうな人を探してはみると言っていたが、正直、本当に探してくれるとは思っていなかった。有能だけど、唐突にズボラになるところもあったし。こう言ってはアレだけど、シフトに関してはことさらルーズだったので、本当にあわよくば、くらいにしか思っていなかったのに。
まさかの安室さんを超える美青年がくるとか、まったく、本当に、想像を軽く超えてきた。
少しだけドギマギしながらも、オープン前の店内に案内してエプロンを着けてもらう。早速仕事を覚えてもらわなくては。安室さんはいなくなったけど、安室さんのおかげで定着したお客様は残っている。女子高生だけは同時に来なくなったけど、料理が美味しいという評判で通ってくれているお客様をがっかりさせるわけにはいかない。
「ちなみに、料理は出来ますか?」
「安室くんに基礎は叩き込んでもらったから、レシピがあれば簡単なものなら作れると思う」
「アフターケアすごい……」
試しにと、安室さんが残していった伝説のレシピの一つ、ハムサンドを作ってもらうことにする。ありがたいことに、この料理に必要なのは一手間だけなので難しい技術は要らない。
レシピを受け取った世良さんは、これは作り方も覚えているぞとにこやかに蒸し器の準備に入った。どうやら本当に覚えているらしい。シャキシャキのレタスと隠し味のお味噌が、すでに懐かしくなりつつある顔を思い出させた。
舌鼓を打ちながら、色々とすごい人だったなぁと改めてしみじみしてしまった。なんというか、台風の目って感じの人だった。
「美味しそうに食べてもらえると、張り合いがあるな」
「あ! すみません! つい……」
「謝ることではない。安室くんは採点が厳しくてな、いつもしかめ面でしか食べてくれなかったんだ」
「えっ」
「まあ彼は俺のことが嫌いだからなぁ」
「えっ?!」
色々と衝撃的なことを立て続けに話されて、処理が追いつかないままにコーヒーを差し出される。淹れるときにさらっと蒸らしたんだけど、すでに一般的に求められる基準をクリアしてるの、なんなんだろう。イケメンはなんでも出来ないといけないのだろうか。
「美味しい……。教えることがすでにほとんどない気がします……」
「褒められると気分がいいな。キッチンスキルは安室くんから及第点はもらっているから、安心してほしい。でもホールには立つなと言われてしまってな……」
「なんでですか?」
「敬語が喋れないんだ」
「割と致命的ですね」
「日本人はかたすぎる」
「うーん、グローバリゼーションってこういうことなのかしら……?」
何はともあれ、猫の手も借りたいと思っていたところに舞い込んだのが、猫どころか経験者クラスのスキル持ちだったことは素直に喜ばしいわけで。細かいところは目を瞑ることにしよう。
人として問題なさそうならなんとかなるでしょう。今はともかく、マスターの心が折れるのを阻止するのが先決だ。
「改めまして。よろしくお願いしますね、世良さん」
「よろしく。梓さん」
「……さん付けは出来るんですね?」
「安室くんがそう呼んでたから移ってしまったよ」
ちなみにこの人、事情は知らないけれど、最近までは世良と名乗っていなかったらしく。特に店が忙しいときに苗字で呼びかけても一向に反応してくれなかったので、悲しきかな、とんでもないイケメンを下の名前で呼ぶという苦行を強いられることになるのだけど、この時の私はまだそれを知らない。