贖い   作:赤穂あに

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花を贈る

 

 月に一度だけ花を手向ける。色鮮やかなみずみずしい花を、季節の花を。

 幾度と繰り返せば花屋も慣れたもので、今日は品種改良で生まれた新種の薔薇を勧められた。桜のような色合いが、日本人らしくて好ましいと思ったのでそのまま購入したのだが、今になって薔薇を贈るなど余りにも滑稽で少しだけ笑ってしまう。

 しかも、このあと俺が持ち帰って部屋の花瓶にさすのだと思うとなおのことだ。一人暮らしの寂しい我が家の色味は、この月に一度の手土産くらいもので、そろそろまともに雑貨も揃えておかないと、ふとした時の来訪で問い詰められそうだ。

 俺としては、ほとんどない物欲に従っているだけなので、心配しなくとも平気なのだが、それをいうには今までの行動が問題だったので素直に口をつぐむとする。

 線香ではなくディフューザーを。慎ましやかな花ではなく艶やかな花を。彼女が好むかどうかも定かでないまま、贈り続ける。品々を添えられる石が何も言わないのをいいことに、やりたいようにやる。俺が望むままに動く。

 俺を好いてくれたその気持ちに、報いる方法も分からぬままに。

「あなただったのね。まあ、他に足繁く通ってくれる人もいないけれど」

「おはよう、志保。早起きだな」

「おはよう。誰かさんがいつもこそこそ月命日にお参りしてるって、お節介なお巡りさんが教えてくれたから」

 知らないフリをするのも、どうかと思ったのよ。一度言葉を区切って、志保は控えめにあくびをこぼした。あいも変わらず朝に弱いらしい。その歳から夜更かしばかりだと十年と経たずに後悔しそうなものなのだが、それこそお節介な上に人によってはセクハラだ。

 気安い空気をわざわざぶち壊すこともあるまいと、お節介なお巡りさんのことを考えながら言葉をもらす。

「降谷くんはお人好しだからなぁ」

「あなたがそれを言う?」

「俺のはただの自己満足さ」

「降谷さんも同じでしょう。知らなければ、私は今日ここには来ないもの」

「そうか。呼び出してくれてもよかったんだがなぁ」

「ここで話をしたかったの」

「明美の前で?」

「そう。お姉ちゃんの前で」

 明美の墓前で、志保は聞く。明美のことをどう思っていたのかと。いまさら嘘偽りを重ねて誤魔化すつもりなど毛頭ないのだが、これを明美に言うのかと思うと、さすがに喉が重かった。

 わからないと、正直に答えた俺に対して、志保は憤るわけでもなく同じ言葉をおうむ返しした。少しだけ上がる語尾に、意味を咀嚼しきれない戸惑いを感じる。

 それもそうだろう。見殺しにしておいて、その相手への気持ちの形も定かでないなど。しかし、俺にはそう答える他なかった。俺は、明美への気持ちが、わからないのだ。

「今から話すことは、夢物語だと思ってくれて構わない」

 少しだけ前置きをして、俺はとうとう口にする。昔は、未来に起こることが少しだけわかったということを。何度も何度も繰り返し夢見ては、父が死ぬことも、母が薬を飲むことも、明美を見捨てることも、志保が死のうとも死に切れなかったことも、全て知り得ていた。

 そうして知り得た上で、俺は父を助けなかったし、母を守らなかったし、明美を死なせたし、志保を放置した。全ては、見た夢の通りにする為に。

 そういう意味で言えば、俺が明美に抱いた感情は、まさしく、死んでほしいという一言に尽きる。ただただ、俺は明美に死んでほしかった。

 俺を責めて、言わなければわからないのかと詰ってほしかった。見放す俺を追及してほしかった。今でもそうしてくれないかと願っているし、どうしてそうしてくれなかったのかと考えてしまう。

 もっとも、その疑問への答えは俺自身が持っているので、揺らぎようがないのだが。俺はどうしたって赤井秀一にはなれなかった。

 俺は彼ほど有能ではなく、そして突き抜けた野望も抱けなかった。父が死ぬ時も、その無念を晴らすことより残った家族の心身の方が大切であったし、真実を追い求める快感にも酔えなかった。

 俺は彼ほど勇敢ではなく、そうでありながら彼以上に利己主義であった。俺は結局、我が身の可愛さに日和見を貫いただけ。あらゆるものを自分を中心として天秤にかけては、傾く方に、夢見の方に指針を示した。

「あなたは、お姉ちゃんに死んでほしかったの?」

「……ああ、そうだ。明美が死ぬことを、俺は強く望んだ」

 そう言えば、志保はあやすように笑った。

「嘘ばっかり」

 あなたのこと、正直者だと思っていたのだけどと志保は言う。そうして一つ間をあけて、そうじゃないわねとまた笑った。

「わからないって、そういうこと」

「どういうことだ?」

「鈍いのねってことよ」

「まあ、とろくさいところがあるのは認めるが」

「やだ。世良さんが予想の斜め後ろからくるって言ってたけど、ほんとね。お姉ちゃんが可哀想」

「……どういう文脈だ」

「あなたはきっと、お姉ちゃんがどれだけあなたのこと好きだったのか、一生気付かないんでしょうね」

「おい、志保」

「質問はその答えが出た後にするわ」

「……何を聞くんだ?」

 志保は笑う。優しく笑う。許すように、仕方がないのだとほだすように、笑うのだ。

「お姉ちゃんのこと、愛してたかどうか。いつか答えを聞かせてちょうだい」

 志保の顔は、どうしようもなく似ている。

 責めてくれない明美と、いやになるほど重なった。

 

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