僕は兄さんによく似ていたと思う。
顔付きこそ僕は真純に近いけど、中身は兄さんにそっくりだったと断言できる。記憶力に自信があるし、得意なことに打ち込む時の集中力は突き抜けている。昔の兄さんは特別に好きなものはなかったので、後者が発揮されることはあまりなかったけど、それでも、記憶力の良さは人一倍だった。
聞いたことは忘れずに、聞いたことから筋道を立てて推理することも得意だった。要するに、肉体派より頭脳派だ。
真純は完全に肉体派で、頭は良い方なのだけど、考えるより先に手が出ることがあるのが玉に瑕。と、今は真純のことは横に置いておく。話は、居なくなってしまった兄さんのことだ。
ともかく、兄さんは気性の穏やかさそのままに、荒事がとんと苦手だった。運動神経はよかったので、いじめられてボコボコにされるなんてことは全くなかったが、殴り返す方法が分からないと言わんばかりに困った顔で笑いながら逃げるのだ。秀吉、危ないぞと。手を引いて走る兄さんは時折僕の方を振り返りながら、みんな喧嘩が好きで困るよなと笑っていた。
そんな兄さんに、僕はチェスなら勝てるんだけどなぁと返したような気がする。息を切らせながらぼやく僕に、息一つ乱さないまま兄さんはなんと言っていただろうか。頭を撫でて、何か褒められたような気がするのに。
兄さんは、父さんと母さんを尊敬していた。
もちろん僕も尊敬しているけど、二人みたいになりたいとは思えなかった。僕はそんなに運動は得意ではないので。兄さんは頭も良くて運動も得意だったので、素直にああなりたいと思えたのだろう。そう。嘘ではなかった。
父さんと母さんを見て、二人ともカッコいいよなぁと、目を緩ませた兄さんの言葉は嘘ではなかった。僕にはわかる。きっと、メアリー母さんも理解しているだろう。
ただ、気付けば、どこかが歪んでしまっていただけで。それがどこだか、僕たちには一つ足りともわからないというだけで。
そしてそれが何よりも、致命的だった。
射撃の訓練を始めた兄さんは、父さんが息を呑むほどのスピードで上達していった。いつだったか、お酒を飲みながら発した言葉をよく覚えている。親としては、恐ろしい。
つまりは、親じゃない、父さんの仕事の立場で言えば、どうしようもなく頼もしいという意味なのだろうと、理解するのには数年かかった。僕が二人の仕事を正しく理解したのはずっと後になってからだったから。
その頃には、兄さんはアメリカに発っており、真純もそれなりに大きくなり、手紙は数ヶ月に一度しかこなかった。
恐ろしかった。兄さんが、手が届かない程遠くに消えていく気がした。怖くて堪らなくて。それでも、大好きな兄さんを困らせたくなくて。けれどどうしようもなく、不安に押しつぶされそうで。
苦しさに負けて筆を取ると、滲んだ文字を撫でるような優しさに満ちた手紙が来た。怖かった。怖がってしまうことが苦しかった。
だって、一番怖いのは兄さんのはずなのだ。僕は知っている。兄さんは、荒事がどうしようもなく苦手なのだ。
「どうしたの?! そのアザ……」
「母さんとやりあってな……。なに、やられてばかりじゃないさ」
父さんの死の真相を突き止めるのだと言った。そうして、兄さんは言葉通りそれを成し遂げた。
母さんの身体を元に戻してみせるのだと言った。そうして、兄さんは言葉通りそれを成し遂げた。
全ての根源をこの世から排除するのだと言った。そうして、兄さんは言葉通りそれを成し遂げた。
兄さんは、きっと僕のような生き方をしてきた人間には理解できないほど危ない橋を渡り、細い糸を手繰り寄せ、事を成し遂げたのだと。方向性は違うけれど、僕も一端の勝負師ではあるので。その素晴らしさだけは理解できる。その、苛烈さも。
「秀吉、久しぶりだな」
服の下に包帯を隠して微笑んだ兄さん。僕の頭を撫でて、終わったよと安堵した顔を見せてくれた。タイトルを取ったんだな、素晴らしいことじゃないかと褒めてくれた。お前は昔からボードゲームが得意だったなと得意げに、まるで自分のことを自慢するように。
ああ、ああ。こんなにも、僕の兄さんは変わってない。きっとずっと、喧嘩なんて誰よりも嫌いなままなのに。嫌いなことを貫いて、苦手な場所に身を置いて、きっと色んなものを犠牲にして、身を削り、もう、ボロボロなのは身体だけじゃない。
「元気でな」
怖かった。兄さんが遠くに行ってしまう。今度は本当に消えてしまう。確信があった。もう、今、引き止めなければ僕は、永遠に兄を失う。
いやだ、いやだ。そんなことは嫌だった。でも、僕を大切にしてくれる兄が、母を愛している兄が、ろくに顔を合わせていない妹を慮る兄が、それを全て捨てたいと望むほどに苦しいのなら。
「兄さんも、元気でね」
僕は、兄の命だけは、守りたかった。
苦しみを捨てて生きてくれるなら
俺は、嘘を吐き続けている。